第21話 国家同士の約束の結末と三人の指導者(九)
椿は敗戦の疲れを感じ、自室の六畳間に戻った。
科学大臣に、三十年も掛ってもいいので、次元帰還装置の開発に予算のほぼ全ての振り分け認めた伽具夜には意外性を感じた。だが、正直なところ、どうでもよかった。
三十年後もこの状態で月帝が残っているとは思えなかった。おそらく、そう遠くない未来にコルキストのソノワかロマノフのテレジアが首都を攻めてくる気がした。
「俺、どうなっちまうんだろう」と思って眠ったら「起きておくれやす」と、以前どこかで聞いた覚えのある声に起こされた。
椿を起したのは、ポイズンの総統、鳥兜だった。ただ、服装は前回の若草色の着物から、真っ白な和服になっていた。
鳥兜が笑顔で、寝起き状態だった椿に対して、優しく声を掛けてくれた。
「やっと、直接お会いできましたなあ。初めて会うて、うなじを見させてもらった時から、この日を楽しみにしてたんどす」
まだ、状況が飲み込めなかった。
ポイズンは以前、月帝にアーティファクト発掘の許可を求めてきたが、拒否した。
では、なんで、アーティファクト発掘を断ったのに、ポイズン国の総統、鳥兜が月帝の首都である東京にいるのだろう。それに、執事のバレンは、どうしたのだ。
見渡せば、鳥兜の後ろには月帝国の兵士ではないドラブ色の迷彩服を着た屈強な兵隊が銃を構えて立っていた。
鳥兜がにこやかな顔で話し続けた。
「それにしても、国王陛下の部屋がこないな、地下の小さな場所にあるとは、思いもよりませんでしたわ。でも、地下にあったおかげで、椿はんが御無事で、なによりですわあ。そうそう、こないな手紙がありましたどすえ」
まだ事態がよく飲み込めない椿に、鳥兜が一通の手紙を差し出した。
『前略 椿幸一 様
この手紙を読んでいるという事態からするに、お前の命は、もう残り少ないでしょう。
簡潔に状況を説明するわね。一週間でポイズンがロマノフ領となった堺から大軍を引き連れ、首都を落としに来たのよ。きっと首都は陥落するでしょうね。
各大臣は、都市の役人としては、そのまま首都で何らかの役職で雇用され続けるので、大臣たちの生活に問題はないと考えてくださって、けっこうです。
私はポイズンの首狩り族女に、首を斬られるわけにはいかないので、個人の金融取引で買った原子力潜水艦で、バルタニアに亡命します。
お前を起すと、一緒に逃げると駄々を捏ねられると面倒なので、起さなかったから。
最後だから、言わせてもらうわね。
馬鹿は一度死ね!
草々』
手紙を読んで、理解した。俺はついに全ての閣僚に見限られ、伽具夜にも愛想を尽かされ、バレンからも見捨てられた。
鳥兜が椿の部屋のドアを開けて、優雅に話した。
「ほな、行きましょか」
「行くって、どこにですか? ポイズンですか? それとも、ロマノフ?」
鳥兜はニッコリ笑って何も言わない。だが、何も言わないのが却って不気味だった。
ポイズンの屈強な兵隊が椿を直立不動に立たせ、大きな金属製のリング四つを体に順次、通していく。
リングは、椿の体を通過したかと思うと、下から順にいきなりギュッと縮まり、拘束具に早変わりした。
リングが縮まった拍子に、椿は倒れそうになった。しかし、屈強な兵士が荷物のように椿の体を支え、担ぎ上げた。完全に身動きが取れなくなり、捕縛された。
椿の部屋からエレベーターまで運ばれていく間、随所にポイズンの兵隊が見えた。宮殿はすでにポイズンの兵により制圧されていた。
エレベーターは上階で止まり、バルコニーに出た。
バルコニーからは、ポイズンの軍の砲撃と空爆によって破壊された町並みが見えた。
かっての繁栄が嘘のように、街はボロボロだった。
バルコニーには大鎌と、大きな下駄のような台が用意されていた。
バルコニーから見える中庭にもポイズン軍の兵士がびっしりと並び、離れた場所に月帝国の国民が遠巻きに、怯え半分、興味半分の雰囲気で見守っていた。
家に帰るためには、五人の首を取らなければならない。伽具夜の言葉を思い出した。あれは椿にのみ用意されたルールではない事態を理解した。
鳥兜が細腕ながら、大鎌を肩に担ぎ上げた。大鎌を担ぐと、鳥兜の顔が残忍な表情に変わった。
「では、スパッと行きましょうか」
椿は必死で懇願した。
「うわ、待って、殺さないでー」
椿の発言は、虚しく響いた。椿の体は下駄の形をした処刑台の上に切り落としやすいように首より先端部分だけが出された。
処刑台が拘束具を吸い付け、椿の体を固定した。
鳥兜が椿の表情を確かめるためか、横にやってきて、しゃがんで覗き込んだ。
横に立った鳥兜が冷徹な笑みを浮かべ、実に楽しそうに発言した。
「どうせ、あんさんは、ロマノフに渡しても、首を刎ねられます。ならいっそ、首だけ送ったほうが、手間が省けていいと思いまへんか」
椿は即座に鳥兜の意見を否定した。
「いえ、体も付いていたほうが、バリュー・セット並みにお徳だと思います」
鳥兜はうっとりした表情で大鎌を振り上げた。
「それに、うち、この瞬間だけは人に譲りたくあらしません。最初に見たときから、椿はんの首は、うちが切りたいと思うておりました。お命、頂戴します」
鳥兜の狂気を滲ませた絶叫が、バルコニーに響きわたった。
「死ねやー」
大鎌が勢いよく、振り下ろされ、椿の首は落ちて転がった。
薄れ行く意識の中、返り血を浴びた鳥兜が、うっとりとした表情で、椿の顔を見下ろし、足で踏みつけ、遊ぶように転がすのが、最後に見えた。
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