第20話 国家同士の約束の結末と三人の指導者(八)
ロマノフとの戦争終了後、今回の一連の事件を総括する閣議が開かれた。
誰も何も言わない。特段、椿を非難する閣僚もいなかった。
だが、明らに今回の失態を招いたのは、国王たる椿の失策だった。
椿は伽具夜から「ほら見たことか」と糾弾されると思ったので胃が痛かった。
本来なら、コルキストやロマノフとの戦争で死んでいった兵士たちが一番の犠牲者だ。
なのだが、顔も知らない兵士たちに対して、残酷だが椿は、あまりすまないと感情が湧かなかった。
伽具夜が厳粛な声で「これより、閣議を始めます」と宣言した。
「まず、軍務大臣から、この壮大な負け戦でどれくらい兵力を失ったかを、説明してちょうだい」
軍務大臣はゆっくりと立ち上がり、沈痛な面持ちで報告を開始した。
「歩兵三万、戦車二十輌、ロケット砲十輌、戦闘ヘリ十機、戦闘機二十機、爆撃機十機、ヘッジホッグ四機です。簡単にいえば、三年前に存在した兵力は、ほぼ全てなくなりました。残ったのは臨時徴兵と緊急生産で創った兵器の余りです。月帝の現在の戦力は歩兵二万、ロケット砲十輌に戦闘機が十機です」
伽具夜が黙って軍務大臣の報告を聞くと、椿に聞こえるように、ずけずけと感想を述べた。
「明らかに戦力を二手に分けたのが失策ね。足の遅いヘッジホッグは捨てるとしても。ベルポリスと、仙台、陸奥まで、最初から放棄する気があれば、ロマノフに大阪と堺まで奪われる事態にはならなかったわ」
伽具夜が棘のある言い方で椿に「責任がある国王陛下としてのご意見は」と聞かれても、もう小さくなって「ありません」と言うしかなかった。
伽具夜はそれ以上、椿を苛める言葉を言わず、付け加えた。
「首都に被害が出なかっただけ、よかった、と現実から目を背けて逃避に走るしかないわね。でも、ここから軍拡に走っても、ここまで見事に初見殺しが決まると、失地回復は無理ね。陸奥か堺は取り返せても、奪還戦争を理由に、すぐに首都まで落とされるわ」
伽具夜が「経済大臣、国内経済はどうなっているの」と経済大臣に尋ねた。
「国内通貨は暴落、インフレと不況に陥りました。ただ、自国通貨暴落前に皇后様の指示で、自国通貨を金に替えて保有していたため、貯蓄してある国庫への損害は、大きくありません。また、バルタニアに輸出しているベルタ鉱とレアメタルの決済代金をバルタニアの外貨で受け取っているので、すぐに資金不足になる恐れはありません」
伽具夜は冷たい視線で、棘のある言葉を吐いた。
「さて、お前はこれから、あと数年で滅び行くかもしれない国で、何をしたいわけ」
椿はもう泣き出したい気分で「家に帰りたい」と正直に申告した。
閣僚たちが一斉に「こいつは、もう最悪だ」とばかりに、あっちこっちに顔を背けた。
椿は半分悔しく、半分腹が立ったので、もうどうなってもいいと思って発言した。
「俺だって、国を別に滅ぼしたくて、こんな状況にしたんじゃないよ! 経済に力を入れて、国民を幸せにしようとしていたでしょう。ただ、戦争の指揮なんてした経験ないし、外交の相手がこれほど、信じられない人間だとは思わなかったんだよ。確かに、伽具夜の意見を聞かなかった責任は、あるかもしれないけど。最初から無理だったんだよー。俺に王様なんて」
椿の意見を聞いた伽具夜は、椿を見ずに科学大臣に聞いた。
「残りの国力を注力するとして、椿国王が帰るための次元帰還装置を開発するのに、どれくらい掛かりそう」
科学大臣が椿一人だけ逃げ出そうとの噴飯物の意見にも拘わらず冷静に予測を述べた。
「軍備もこれ以上は整えず、インフラ整備も中止して、国庫の中身を放出し続けると考えて、三十年でしょうか」
伽具夜は静かに決定を告げた。
「わかりました。では、椿国王を帰すための次元帰還装置の開発に着手しなさい。それが王の御意思です。それでは、今後の方針が決まったので、閣議はこれで終了とします。ご苦労でした」
五人の大臣が退出すると、伽具夜は二人きりなのに、椿を見ないで教えた。
「今回の失策は、経済に走り過ぎたことよ。お前は侵略の危機にあるのに、国を太らせていった。結局、塀も番犬もいない状況で太った豚は、野獣共に喰われる以外になかったのよ。言いたいのはそれだけよ、じゃあ、お休みなさい、椿」
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