第19話 国家同士の約束の結末と三人の指導者(七)

 次に起されたのは五日後で「仙台が陥落した」との知らせだった。そこで、コルキストのソノワより、会談の申し込みの通信が入った。

 椿はすぐにコルキストに抗議した。

「ベルポリスは平和裏に併合するんじゃなかったんですか。それに、仙台まで侵略するなんて約束違反だ」


 ソノワは灰色の瞳を冷たく輝かせ、雄弁に語った。

「それは、言いがかりです。ベルポリスは元々コルキストの都市であり、平和的に併合するのは、努力目標でしかなかった。もっとも、平和的に併合するための使者は無駄なので、一度も送りませんでしたけどね。それに、仙台の件は、貴公にも責任があるのはないですか。宣戦布告して我が軍の部隊を先に攻撃したのは、月帝が先ではないですか」


 椿は歯噛みした。先に月帝の偵察機をベルポリス内で落とした行為を非難しようとも思っただが、ソノワはシラを切り通すだろう。

 それに、仙台、陸奥を落とされれば、次は首都の東京が危ない。東京を守るために、軍を東京に集中させれば、大阪と堺がロマノフに落とされる。

 ここは、どうしても戦争をいったん停戦させなければならない。


 椿が何も言えないと、ソノワが完全に見下した表情で、提案した。

「まあいい。貴公にも言い分はあるでしょうが、私は時間が惜しい。このまま東京まで兵を進めてもいいのですが、私は借りをきちんと返す性分です。陸奥を引き渡しなさい。そうすれば、和平に応じましょう。せっかく成長した東京を戦場にしたくはないでしょう」


 椿はコルキストの東京を戦場にしたくないとの提案は嘘だと思った。

 コルキストは、ロマノフと戦闘中の大阪に展開している部隊を首都防衛に回されるのが嫌なのだ。首都が危ないとなれば、嫌でも大阪と堺方面の部隊を戻さざるを得ない。


 部隊が戻れば、戦いは長引き、コルキストは被害を出しただけで、首都を落せないかもしれない。そのうちに、ロマノフが手薄になった堺と大阪を手にするのは確実。

 陸奥を労せずして手にして、大阪と堺をロマノフに渡す行為を邪魔するのが今回のコルキストの外交の目的だ。


 ここで、陸奥を渡して和平をすれば、コルキストは無傷の状態で陸奥が手に入る。

 月帝は戦力の大部分をロマノフ軍と戦いに向けられ、堺と大阪を落とされずに済む展開がありえる。そうなれば、ロマノフは戦力を消耗しただけで、何も得るものがない。


 国境を接しているロマノフとコルキストは、いずれ戦争状態に入るのは必然。戦争状態に入るまでに、ロマノフを一方的に消耗させるための和平案だ。

 ロマノフに右手で握手を差し出しておいて、左には銃を持つようなコルキストのやり方は、汚いといえば汚いが、賢いといえば賢い。


 ソノワが険しい顔で迫った。

「さあ、貴公の返事を聞かせてもらおうか」

 ソノワに騙されたのは悔しいが、条件を飲むしかなかった。和平が成立すれば、まだ大阪と堺は守れるかもしれない。


 だが、二日後、ロマノフ軍勢は大阪を陥落させた。

 ロマノフとの戦闘は一進一退だったので、ロマノフ側が大阪を落すのに、もっと時間が掛かると思っていた。

 仙台と陸奥から引き上げた兵力を再編成し、急いで大阪に回せば、ギリギリで大阪を防御できるとの計算だった。


 けれども、大阪は戦闘で落ちる前に、平和主義者の大阪首長が白旗を上げて、勝手にロマノフの統治下に入ってしまった。結果、大阪方面の戦線が崩壊。

 大阪を手にしたロマノフは、勢いに乗って一気に堺まで陥落させた。


 ここでも、伽具夜が首長の首を替えろとの提案を拒否した付けが回ってきた。

 今度は、ロマノフのテレジアから通信が入った。

 テレジアは他国の都市を二つも併合しておいて、なんの呵責も見せていなかった。


 むしろ、片手で髪をクルクルと弄びながら、余裕すら見せていた。

「ごきげんよう、椿国王、この度はとても簡単なお話があって、来ましたの。これ以上の戦争は無益、ここは互いに条件なしで和平を結びましょう」

「いや、断固戦う」とは口にできなかった。残されたのは首都のみ。


 首都は他の都市と比べ防衛施設が充実しているので、篭城すると決めれば、敗戦で生き残った兵力を集めるだけでも、とりあえずはコルキストやロマノフからは守れる。


 すでに、軍務大臣から事前予測により、残った兵力と急遽掻き集めた兵力だけでは大阪や堺の奪還は不可能に近いとの報告を受けている。

 仮に堺を奪還しに動き、失敗すれば、ロマノフとの戦で敗れ、もう余力がなくなったところをコルキストが首都を落としにくる可能性があった。


 かといって、ロマノフとの戦争状態を続けたままにしておけば、今度はコルキストが北方で国境を接するロマノフの都市を次々と落していくだろう。

 そうなれば、ロマノフが攻勢を受けた機に乗じて、ペテルブルグまで奪取という機会もあるかもしれない。奇跡的に、堺、大阪、ペテルブルグまで取れたとしよう。


 ただ、その後に待っているのは、さらに力を付けたコルキストが北側からの都市を逐次制圧してくる展開だ。

(どうする? こうなったら、せめてロマノフだけでも道連れにしてやろうか?)

 テレジアはしばらく返答がないと、悪魔の微笑みを見せて次なる提案をしてきた。


「では、こうしましょう。お互い無条件といいましたが、こちらが譲歩しますわ。ロマノフは大阪の海底油田から上がってくる石油を全て、無償で月帝に差し上げます。月帝領内には、大阪にしか油田がなかったはず。石油がないと、庶民の生活はもちろん、戦闘機も戦車も動かせませんものね」


 テレジアは痛いところを突いてきた。

 確かに東京には石油の備蓄があるが、戦車や戦闘機を作って運用するとなると、どうしても大量の石油が必要になる。

 備蓄分だけでは、戦車や戦闘機といった通常戦力の確保すら儘ならない。

 とはいえ、これで、ロマノフ対コルキスト戦が始まれば、石油を輸入に頼っている状況にある月帝は、ロマノフと組まざる得なくなる。


 おそらく、テレジアは、もう月帝を見ていない。月帝を分割した今、国境を接する、対コルキスト戦を見越しているのではないのだろうか。

 椿はやっと、外交のやり方がわかった気がした。椿はロマノフの和平案を飲んだ。

 コルキスト戦、ロマノフ戦と続き、戦争が終結したが、あとに残ったのは、首都東京のみだった。

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