第16話 国家同士の約束の結末と三人の指導者(四)

 経済方針と外交方針が固まると、閣僚と伽具夜はすぐに閣議室から出て行った。

 椿は空腹だったので、食事を摂るために、バレンに食堂に連れて行ってもらい、月帝国風の料理を食べようとした。


 一品目に出てきたのが、銀色のスープだったので「これ、飲めるの」と正直に思った。試しにスプーンで一口だけ掬ったら、とても苦くて飲めなかった。

「なに、これ、苦」と苦情を述べると、給仕をしていたバレンが「ちょっと失礼」と皿のスープに指先を付けて舐めて「普通に美味しいですけど」と感想を述べた。


 二品目は、皿の上に紫色のフリスビーほどある大きな貝が載っており、貝の実と細かく刻んで野菜が載っていた。

 一皿目の料理の味がひどかった経験もあるので、スプーンで一口そっと食べると、ワサビを苦くしたような、変な味がした。


 バレンに食わせると、やはり「充分に美味しいですけど」と普通に答える。

 結論、月帝国料理は苦い。料理が辛いなら、喰えるが、苦いのは食べられない。

 結局、素材に塩だけ掛けて焼いて食べる形式になったが、それでも出てきた野菜類全般は、ほとんど苦味があった。

「苦くない野菜って、ないの」


 バレンが灰色の瞳を曇らせて意見した。

「ないことはないですけど、苦味がない野菜なんて、月帝では貧しい人間が食べる物ですよ」

 結果、前回食べた納豆ごはんに、味噌汁、菠薐草ほうれんそうのお浸しを食べる結果になった。

 ちなみに月帝では菠薐草という名の草ではなく、誤爆草という名前で、米もザザと呼ばれていて、家畜のエサとして栽培されている飼料だった。


 椿はご飯を食べながら、正直な感想を漏らした

「俺、残り十八日間、生きていけるかな」

 バレンが平然と失礼な言葉で提案した。

「どうやら、王様には月帝の宮廷料理は御口に合わないようですね。むしろ、味覚が家畜に近いようなので、家畜のエサをご用意しましょうか」


「ちょっと、バレン君。俺。本当に怒るよ」

「だって、今お召し上がりになった食事の誤爆草もザザも、この国では家畜のエサとしてしか栽培されていませんよ」


 どうやら、完全に月帝国の料理は俺の口には合わないらしい。

(でも、待てよ。納豆や豆腐は手間が掛かるから、家畜のエサではないよな)

 椿はすぐに尋ねた。

「さっきのほら、茶色いスープに白い具が浮かんでいたのと、発酵した大豆の料理あったでしょう。スープと大豆料理は家畜のエサとは違うよね」


「両方、ポイズンの料理ですよ。とてもではないですけど、あんな臭いのする発酵食や、ぶよぶよした具の入った変な味のスープ、よく食べられましたね。確かにポイズン下層労働者は、ザザや誤爆草でも人間が食べていますけど」


 どうやら、月帝の人間はポイズンの人間の料理が口に合わず、下に見ているらしい。でも、逆にいえば、ポイズンの料理なら俺の口に合うのかもしれない。

「ごめん、俺の食事。月帝風からポイズンの庶民料理に変えてよ」


 バレンはどこか蔑むような目で椿を見て、不平を述べた。

「えー、王様は私が口できないような高級食材を食べられる立場なのに、ポイズンの下層労働者の料理を召し上がるのですかー」

「それは違うよ、バレン君。食文化に上下はないんだよ。どこの国の食べ物であれ、下に見るべきではないんだよ。ましてや、庶民の食べ物を馬鹿にするなんて、いけない行為だよ。そこは王様として命令するけど、改めなさい」


 バレンは少しだけ感心した表情で頭を下げた。

「ご無礼をつかまつりました。国王様。国王様の仰せにお言葉は、もっともでございます。では、今度から王様には高給な苦味を抜いた、下層労働者の食事や、家畜飼料を蒸した物をご用意させていただきます」


 椿はもう諦めて何も言わなかった。

(だめだ。こいつ、よくわかってないよ。それとも、わかっていてやっているのか? 可能性はあるな。こいつ、正直に皇后派と明言していたからな)


 椿は最後にポイズンで飲まれている、お茶を飲んだが、完全な抹茶だった。

(ひょっとして、月帝国とポイズンは料理に関しては反対の価値観を持つ国なのかな。総統を名乗った鳥兜さんも、ちょっと変わった性癖があるけど、まともな部類だった。俺、呼ばれる国を間違えたかな。でもなあー、さすがに、掃除当番とは違うんだから、鳥兜さんに担当する国を換わってくれとは言えないよなー)


 部屋に帰ると、経済大臣から収入支出報告書を取り寄せ、どうにか理解しようとしているうちに眠ってしまった。

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