第15話 国家同士の約束の結末と三人の指導者(三)

 伽具夜に執務室が占拠された事態は、いいだろう。だが、王様と大臣が金融大国に走ろうとしている話を知っていて金融取引って、究極のインサイダー取引ではないだろうか。


 深く考えるのはよそう。ここは封建国家だ。誰も皇后を告発できるとは思えない。それに、伽具夜とは元々大きく価値観が違うのだから、できるだけ衝突は避けよう。嫌な思いをするだけだ。大臣と話すだけなら、どこでもいい。


 ただ、誰も半年間、会いに来ずに起されなかった事実は、やはり寂しさを感じた。

「バレン君、閣議室に行こう。案内して」

 椿が閣議室に入ると、閣僚二人の他に、伽具夜がいた。


 伽具夜は半年ぶりに会ったのに、相変わらず不機嫌な顔をしていた。

 椿にしてみれば、二時間ぶりぐらいなので、椿からは話しかけ辛かった。

 経済大臣から「これを」と国の収入支出報告書を見せられたが、よく見方がわからなかった。

「すいません。これ、よく見方がわからないんですけど、どう見るの」


 横で伽具夜が呆れたように口を出した。

「収入支出報告書もまともに見られないのに、よく経済大国を目指すなんて言えたものね。半年間、お前は何をしていたのよ」

「寝ていました」とは、さすがに告白できなかった。


「いや、その」と適当に言葉を濁すのが、やっとだった。

 経済大臣が苦笑いの表情で説明に入った。

「簡単に申し上げますと、現在、国庫には二兆円程度の余剰金があります。来月の収入から支出を引くと、来月には月額二百二十億円程度の黒字になります。今後も、黒字になった分を国内の整備を進めていけば、順調に増えて行き、三年後には月額一千億円程度の黒字になると思います」


 日本の国家予算の規模から比べると、金額は少ない。

 国庫の余剰金が二兆円、毎月の収入が二百二十億円の黒字が、国として好調なのかどうか、椿には正直わからなかった。

 物価が日本と同じなのかも不明なので、月帝が金持ちなのか貧乏なのか判断もつかない。


 椿の反応を見て、伽具夜が興味なさそうに発言した。

「月額一千億円の予算を科学技術省に回して、大学や研究施設の完成をさせれば、だいたい二十年で次元帰還装置が完成するわよ。お前の計画通りにね」


 椿はいささか楽天的に考えた。

(一年を体感時間で一日と計算すれば、日本に帰れるまで、二十日。なんだか、別にそれほど深刻に考える事態ではない気がしてきた。問題は、帰った時だな。俺がいなくなった日本でも時間が停まったままでいてくれればいいんだけど)


 椿は伽具夜に尋ねた。

「ねえ、伽具夜さん。俺のいない間、日本って、どうなっているの? やっぱり、時間が停まっていて、帰ったら、また時間が動き出すの」


 伽具夜は全く興味なし、といった態度で返事をした。

「さあ、どうかしら。帰還した人間がどうなったかまでは、補佐役は本当に知らないのよ。案外、普通に二十年が経過していて、日本は核戦争で滅びているかもね」


 そこでいったん言葉を区切り、椿の様子を楽しむように伽具夜は見て発言した。

「そんな顔しないでよね。意見を聞かれたから、正直に答えたまでよ。でも、神様のからの通達だと、悪いようにはしないとなっているわ」


 神様の正体が、宇宙人でも人事担当者でもいい。とりあえずは、家に帰りたい。

 椿が黙ると、パワードスーツから顔だけ出している外務大臣が口を開いた。

「先ほど、ポイズンの総統である鳥兜様より、アーティファクト発掘調査隊の派遣の申し込みがありました」


「許可があれば、他国にアーティファクトの調査団って送れるの」

 外務大臣は当然という顔で答えた。

「送れますよ。ただ、発掘したアーティファクトを素直に渡すかどうかは、別ですか」


「それって暗に、ポイズンに苦労だけさせて、カイエロやネガティブ以外のアーティファクトが出たら横取りできる、ってこと?」

 外務大臣は、ゆっくり頷いた。

「でも、調査発掘の資金を出して調査に来たアーティファクトを横取りされたら、滅茶苦茶、鳥兜さん怒るよね」


 伽具夜が恐ろしい言葉を平然と発言した。

「他国に発掘調査隊が発見して、発見段階で調査団が丸ごと他国で姿を消す事態というのは、よくある展開なのよ。私としても、今回は発掘調査隊を受け入れて、アーティファクトが発見された時点で、発掘調査隊には、まるっと消えてもらおうと思っているから、王様の許可を取りに来たのよ」


「それをやっちゃー、おしまいでしょ」

 伽具夜は細い眉を吊り上げて、怒の言葉を口にした。

「なに寝ぼけた言葉を吐いているのよ。鳥兜は他人の土地からアーティファクトを探して持っていこうとしているのに、なんの対価を提示してこなかったのよ。だったら、費用負担だけさせて、成果が出たら、横からいただくのが普通でしょ。発掘調査隊が一人残らず消えたら、こちらが兵隊を使って横取りした証拠は残らないわ。発掘事故で消えたと報告しておけばいいでしょうが」


「悪魔だ。それ悪魔の発想法だよ」とは思ったが、口にしなかった。もう、何を言っても価値観が合わない気がする。

 鳥兜のお願いは個人的に聞いてあげたい気がするが、ここでお願いを聞くと、伽具夜が暴挙に出てしまい、結果として外交関係が、拒絶より悪い結果を生む気がした。

 椿は伽具夜の意見を、やんわり否定した


「外務大臣、アーティファクトの発掘は初めてだから、自国で掘ってみたいと言って、今回は丁寧に断ってよ」

 伽具夜が珍しく建設的な意見を述べた。

「じゃあ、宗教大臣に伝えて、寺院を増やして、発見確率を上げて、アーティファクトを探させる段取りをするわよ。調査して見つかったら、発掘させるけど、いいわね」


 椿は一つくらい伽具夜の提案を呑むのは止むなしと思い、首を縦に振った。

 伽具夜が平然と経済大臣に命令した。

「許可が下りたから、国庫から一兆五千億円、使うわよ。それに調査隊の予算を毎月の支出に入れなさい。何かアーティファクトが出るまで、使うから」


「一兆五千億円! ちょっと待ってください。伽具夜さん。それ、現在の国庫の四分の三に当る金額ですよ。そんなに出したら、国の経済発展に使うお金が減りますよ」

「大丈夫よ。軍拡をしないんでしょ。だったら、資源発掘で得た余分なレアメタルとベルタ鉱をバルタニアに輸出解禁しなさいよ。海に囲まれて鉱物資源がないバルタニアなら吹っ掛けても、どうにか金策に走るはずよ。二兆円くらいなら、国債を発行してでも集めるわ」


 資源がない国の悲哀だ。高値で足元を見られて売りつけられているよ。

(でも、余っている希少資源をバルタニアに売るのは、案外まともな策だな。バルタニアは立地的に海運国家だから陸軍に力を入れていないだろう。侵略される可能せいが低いなら、戦略資源の輸出もありだな。ベルタ鉱もレアメタルも経済の発展に使ってくれれば、月帝国は安全だ)

「よし、レアメタルとベルタ鉱は輸出して、お金に換えよう」

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