第13話 国家同士の約束の結末と三人の指導者(一)

『朕は人との約束は守りますわ。ただ、御免なさい。朕には、どうしても貴方が人間には見えなかったの』――ロマノフ女王 テレジアの言葉


『この借りはいつかお返しすると約束した。だから必ず返す。ただし、返済方法の選択権は当方にのみあるのだよ』――コルキスト執政官 ソノワの言葉


『私かて、ほんまは、やりたくて、やっているのと違いますう。たあだ、いつやっても人の首を切り落とすのだけは、人には譲りたない思います』―― ポイズン総統 鳥兜の言葉



 椿は経済大臣と話を進め、民衆には悪いが、増税に踏み切った。

 別に、税金を椿の懐に入れるわけではないし、税金は資源開発、高速輸送インフラ整備、国内金融機関の改善に使うのだから問題ないと思ったからだ。


 経済大臣に勧めに従った案の丸呑みだったが、経済大臣は怪盗紳士風の装いを別にすれば、至極まともな人間だった。

 閣議終了後、茶色い公家風の服を着た少年が執事としてやってきた。戴冠式時に宗教大臣の助手をやっていた少年だ。


 少年執事は、地下十階にある部屋に椿を案内した。小さくかつチープで、急遽作成したような『王様の部屋』と書かれた看板が掲げられていた。

 椿に与えられた部屋の広さは、六畳ほど。


 部屋にはベッド、机、本棚、電話機はあるが、窓がなかった。ただ、突貫工事で付けられた、スライダー式のルームライトと、空調があるのが救いだった。

「はは、王様生活の一日目にして、家庭内別居になったよ。正確には宮殿内別居というべきかもしれないけど」


 少年執事がきょとん、とした顔で教えてくれた。

「王様、普通。貴族階級では、ご夫婦といえど、寝室や生活空間が別なのが、普通なのでは?」

「あ、そうなの。知らなかった。じゃあ、これで、よかったの、かな?」


 でも、寝室に足を踏み入れるな。用がある時以外は部屋に来るな。だから、パートナーとしての絆には亀裂が入っている気がする。

 とはいえ、閣議室のやりとりを少年の執事にまで話す気はなれなかった。もっとも、こういうゴシップはすぐに、知れるだろうけど。


 椿は改めて部屋を見た。

(この場所って、きっと、閣議前まで物置か何かだった気がする。やっぱ伽具夜と喧嘩したのはまずかったかな。でも、いきなり戦争はないし、俺に戦争なんて、無理だよ。それに、ビン底眼鏡の軍務大臣は頼りなさそうだし)


 椿は空腹を感じた。そういえば、朝から何も食べていない。

 少年執事に食事を頼むと、すぐに部屋に届けられた。

 王様の食事というので、どんな料理が出てくるのかと思ったら、納豆ご飯と味噌汁と、甘味のある菠薐草ほうれんそうのお浸しか出なかった。


 伽具夜の地味な嫌がらせだと思ったが、いつも食べている物なので、残さずいただいた。

 いちおう執事には「次の食事は月帝で普通に食べられている料理を食べたいと」リクエストしておいたが、どうなるかわからない。


 なにせ、宮殿は伽具夜の支配下にある。この後、嫌がらせのように延々と同じ日本食を出されるかもしれない。

 少年執事が退出前に説明した。

「お部屋は、暗殺を避けるために、国王様、伽具夜様と私しか、外からは入れない設定になっております。もし、不都合がありましたら、設定を変更しますので、お申し付けください。では、私めは退出いたしますので、御用がありましたら、いつでも内線電話でお呼びください」


 元物置だったような、六畳間に設置されてあるベッドに転がり、思案した。

(なんかで、こんな事態になったのかなあ。いいさ。日本に帰る方法はわかったんだ。歳を取らずに帰れば、きっと夏休み初日の俺の部屋に帰れるはず)


 そこで、椿の頭に不安が持ち上がった。

(でも、ひょっとして、仮想現実じゃなくて、本当に宇宙人に攫われたのなら、歳を取らなくても、リアルに地球でも時間が流れていて、帰ったら未来なんだろうか。いいさ、今の異常な状況と戦争狂の女王に振り回されて、血の河を渡らせられるよりは、よっぽどマシだ)


 椿はベッドの下に、ベッドより一回り小さく厚みのある長方形の装置が入っているのを見つけた。これが、代謝速度減縮装置なのだろうかと、試しにベッドの上で寝てみる。だが、何も体に変化はなかった。

(本当に大丈夫なのかな、あの軍服の科学大臣)


 パジャマに着替えてベッドに横になると、今朝から目まぐるしく起きた展開が頭を過ぎた。だが、最も鮮明に頭に思い浮かんだのは、伽具夜の裸身だった。

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