第12話 ローストチキンを作るには太った鶏が必要だ(六)

 段々と色々な物が見えてきた。見たくない物も見えてきたけど。ようはインフラを整備して、公共事業を行えばいいんだ。

 金融機関を整備して、経済を好景気に持って行けばいいだけの話だ。あとは、貯まったお金で、大学と研究所を建てまくればいい。


 椿は宣言した。

「よし、月帝は戦争をしない。軍備も隣国を刺激しないように、これ以上の拡張はしない」

 軍務大臣の顔が明らかに、汚い物でも見るかのように歪んだ。きっと伽具夜も怖い顔をしていると思うので、横は見ないようにした。


「月帝はまず、お金を貯めることを第一に、国内を整備して経済大国を目指す。経済が順調なら国民も喜ぶでしょう。あとは、貯めたお金で、アーティファクト発掘と科学技術に振り向けて、次元帰還装置の開発を目指す」


 伽具夜が事務的な口調で発言した。

「お前に正直に聞きたい。経済大国を目指し、経済の力でこの大陸でのし上がっていきたいの? それとも、次元帰還装置でさっさと帰りたいだけなのか、はっきり教えて欲しいわ」


 伽具夜の瞳にはいつもと違って怒りや軽蔑の色はなかった。ないがゆえに、不気味だった。

 椿は小声で答えた。

「それは、その、帰りたい。そのために、経済大国を目指す」


 伽具夜は、やっぱりね、と言った口調で、講評した。

「私は別に、お前に帰って欲しくないわけではないのよ。正直に言うと逆で、今すぐにでも帰って夏休みとやらを、グダグダ過ごして欲しいわ。でも、補佐役の皇后という立場上、言わせてもらうわ。お前の案は、最低最悪の案よ」

「ど、どこがいけないんだよ」


 伽具夜は冷徹な表情で、チクチクと椿のまずい点を挙げつらった。

「お前は自分自身の将来しか考えていないわ。よくて、月帝の国民の暮らしぶりまでしか考えていないわよね。お前が何かをしている間に、他の指導者がどう動くかを、まるで気にしていない。これは致命的な打撃となるわよ。お前の計画では、次元帰還装置の開発から実行まで二十年~三十年も掛かるのよ。お前が歳を取らなくても、世界の時間は停まらないわ。開発から実行まで二十年では、遅過ぎるのよ」


「じゃあ、どれくらいなら、いんだよ」

 伽具夜がそっけなく言い放った。

「次元帰還装置で帰るつもりなら、開発から実施まで、二年でやれないと帰れないわよ」

「でも、科学大臣は最低でも三十五年は掛かるって」


 伽具夜は、どこまで頭が悪いんだと言わんばかり椿に教えた。

「それは、月帝の所有する五都市でやるからよ。科学力は主に、保有する都市数に関係するのよ。特に、相手の首都には科学省の本部があるから、他国の首都制圧で得る科学力の増加は大きいの」


 伽具夜は科学大臣に視線を向けて命令した。

「科学大臣計算、もう一度、計算して。ただし、ロマノフとコルキストを、首都も含めて都市を完全併合した場合よ」

 科学大臣はすらすら答えた。

「それだと、三年から四年でしょうか。皇后様が仰る、開発から実装までを二年にするためには、科学力を底上げする次元帰還装置に関連するアーティファクトを手に入れるか、もう一カ国の完全併合が必要になりますね」


 伽具夜が再び椿に向き直り、きつい視線で睨みつけて、椿の提案を再度、酷評した。

「わかったかしら? ロマノフ、コルキストを倒しだけでも、まだダメなのよ。両国を超幸運の初ラッシュで倒せたとしても、経済大国の道を歩んだ場合、ポイズン、ガレリア、バルタニアが猛攻に出たら、経済大国にのみに舵を切っていれば、四年も防ぎきれないわ」


 椿はなおも経済大国案を取り下げなかった。

「だから、戦争しないって。引き篭もって、十五年を掛けて、日本に帰るんだよ」

 伽具夜はもう説得を諦めた表情で、椿とは全く視線を合わせず、投やりに確認してきた。


「わかったわ、最後に確認させて、西からのロマノフが進行してくるかもしれなけど、これは無視。ベルポリスの件に関しても、コルキストが再併合する場合でも、邪魔はしない。仙台と大阪は、そのまま自治都市にしておいて、軍事予算はこのままで、国内の経済基盤整備に重点的に力を入れて、引き篭もって経済大国を目指すのね」


 椿は黙って頷いた。

 伽具夜は完全に匙を投げた態度で、最後に忠告した。

「国王は椿ですもの、好きにしたらいいわ。ただ、今日から死ぬまで、私の寝室には足を踏み入れないで。食事も一人で摂ってちょうだい。私の部屋にも、用のあるとき以外、来ないで。最後に警告しておくわ。今回の状態だと、内政屋は死ぬわよ。地政学的にも確実に死ぬわよ。重要事項だから、二度も死ぬって警告したわよ。では、警告も済んだので、閣議を終了します」


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