第9話 ローストチキンを作るには太った鶏が必要だ(三)

 椿の悶々とした思いをなぞ、知ろうとしないであろう伽具夜が「次、宗教大臣」と言葉を続けた。

 すると、さっきの戴冠式で予算増額をこっそり耳打ちした、スパンコールの僧衣を着た坊さんが、立ち上がった。


「宗教大臣の天海五条です。どの都市にも寺院が不足しています。現状では、調査隊に国土を探させても、カイエロの発見は難しいと思われます。なので、予算の増額を――」


 ビン底眼鏡の軍務大臣が立ち上がって叫んだ。

「それを言うなら、軍備拡張が先でしょう! ペテルブルグとベルポリスさえ落せば、我が国は俄然、有利なのよ」


 科学大臣も負けじと立ち上がり、叫んだ。

「軍拡や宗教に使う金があるなら、科学省に金をくれ! まだまだ研究しなければいけない事柄は、いっぱいあるんだ。世界の真理は遠いんだ」


 国務大臣のビン底眼鏡、科学大臣の鋭い眼光、坊さんのギラつく欲眼が、火花を散らした。

 今一つ、これが現実なのかどうかわからないが、わかった事実があった。

 椿が元いた世界同様に、閣僚たちは閣僚自身が担当する部門の予算を第一に考えている。しかも、閣僚同士の仲が良いとはお世辞にも言えない。

(まずい。これは本当に、泥舟の船長かもしれない)


 伽具夜が貫禄を持った態度で釘を刺した。

「そこまでになさい。宗教大臣、予算は国王の専決事項であり、今は状況確認の時間です」

 宗教大臣は合掌して座ろうとしたので、椿は次の大臣の話に行く前に挙手した。

「待って。カイエロって、なに?」


 伽具夜が露骨に舌打ちするのが聞こえた。

 宗教大臣が、にんまりと笑顔を浮かべ、説明する。

「カイエロとは、この大陸に神が残した遺産であり、六つ全てが揃う時、月より神が降臨なされる神秘の秘宝です。ただ、発見調査には、都市にある寺院の数が関係してきます」


「神様って、本当にいるの。もう少し詳しく聞かせてよ」

 宗教大臣が予算獲得に繋がると見たのか、にんまりと笑みを浮かべた。だが、宗教大臣が話すより先に、伽具夜が不機嫌に説明した。

「カイエロは別名で、神々が作ったメジャー・アーティファクトの呼称よ。六つ発見すれば、月より神様が現れて、願いを一つ叶えてくれるわ。椿が日本に帰りたいと願うなら、日本にお土産を付けて帰してくれるわよ」


「そんな重要な事項、どうして、黙っていたんですか!」

 伽具夜は、すっ惚けた口調で答えた。

「あら、日本に帰る方法を聞かれた時、神様にお願いすればいいいって、教えたでしょ」


 確かに、記憶を辿れば言われた気がする。だが、調査隊を出してカイエロを発掘して六つ集めろ、というような具体的な話ではなかった。

 椿は急ぎ確認した。

「ということは、なんですか、カイエロを全て集めれば、戦争して他の指導者の首を刎ねなくても、いいんですよね」


 伽具夜は不機嫌な調子で説明を続けた。

「話はそう簡単には、いかないのよ。カイエロは大抵、どこの国でも首都近郊に湧くのよ。つまり、他国の首都を全部制圧して探すしかないのよ」

「待って、くださいよ。別に、月帝が他国の首都を制圧して探さなくてもいいでしょう。他国に探してもらって、交渉で渡してもらえば問題解決ですよ」


 伽具夜がきつい視線で椿を睨んで、強い口調で牽制の意見を述べた。

「甘いわね。カイエロは、単体でも強力な兵器の材料になったり、国力を底上げできる聖異物でもあるのよ。そんな、相手が有利になる物を、首の取り合いの最中に、他国に簡単に渡すと思っているわけ?」


 椿が伽具夜の正論に言葉が詰まると、伽具夜が畳み掛けるように言葉を発した。

「それにアーティファクトには、マイナー・アーティファクトってのが十二個存在するのよ。マイナーの半分はネガティブな効果を持っていて、発掘した時点で国に悪い影響を及ぼすのよ。場合によっては、発掘行為そのものが、戦闘に有利だった戦況を引っくり返すから、発掘にはリスクを考慮して上での決断が必要なのよ」


「なら、発掘前に眠っているアーティファクトがネガティブかどうか調べる方法を見つければいいでしょう。科学大臣さん、アーティファクトを発掘する前に、発掘対象のアーティファクトの性質がネガティブなものかどうか、調べる方法はないんですか?」


 科学大臣が平然と答えた。

「難しいので開発に時間が掛かりますが、あります。ただ、椿国王様が、帰りたいだけなら、アーティファクトを識別する技術を開発するより、次元帰還装置の技術を集中して開発すれば、お土産はないですけど、楽に帰れますよ」


 またも伽具夜によって、重要事項を隠されていた。

 椿は伽具夜に食って懸かった。

「待ってください、次元帰還装置の開発って、なんですか? そんな、他にも帰る方法があるなら、なぜ最初から教えてくれないんですか」

 伽具夜は憮然とした表情で、子供が口喧嘩した時のような言訳をした。

「自分で技術開発を進めて見つければいいって、言いました」


 自分で見つけろとはいったが、科学省に予算を付けて、科学技術を振興させ、次元帰還装置を完成させればいいとは、口にしていなかった。

 だが、ここで、言った、言わないは、不毛な議論になるので、座った。

 さっき、伽具夜の言葉にホロっと来たのが馬鹿だった。伽具夜自身が戦争をさせ、この大陸を血で染めたいのだ。


 だからこそ、カイエロの存在も次元転送装置の開発も教えなかったのではないのだろうか、だとしたら、とんでもない悪女だ。

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