第7話 ローストチキンを作るには太った鶏が必要だ(一)

『人は失敗から学び、馬鹿は死なずとも治る。だが、現状を正しく理解できない者は自分で死へのレールを敷いていく』――月帝国皇后 伽具夜の言葉


 閣僚との会談が始まるので、緊張した趣で伽具夜に従いて廊下を歩いていった。

 宮殿窓から外観を見たとき、宮殿だと思ったが、内部には宮殿を思わせる立派な調度品の類は、ほとんどなかった。


 外観は宮殿だが、内部は官邸といった感じだった。

 伽具夜がエレベーター上部のパネルに手を翳してから「閣議室」と短く言うと、エレベーターは地下に向って行った。

 地下に閣議室がある理由は、やはり戦時下に都市が空襲を受けた時の事態を想定してのことだろうか。だとすると、月帝の歴史は戦争の歴史だったのかもしれない。

(とんでもない場所に来てしまったのかもしれない)


 エレベーターが地下十階で止ると、数十メートル歩いた場所に、『閣議室』と表示された部屋があった。

 閣議室は思いのほか狭く、椅子も十二席しかなかった。正面入口奥には、椿が座る王の席と、皇后の伽具夜の席が奥に二席あり、背後に月帝の旗を掲げられていた。

 長く大きなディスプレィを兼ねたテーブルには左右五席ずつの椅子があり、すでに椅子には右二人、左三人の人間が座っていた。


 右にはビン底眼鏡をした青いボサボサ髪に白衣を着た女姓と、赤い軍服を着た年配の軍人。

 左にはさっき戴冠式で会ったスパンコールの僧衣に金色の袈裟を着た坊さん、白いタキシードに丸眼鏡を片目にだけ掛けて怪盗紳士風の男、最後に全身を黒の金属パワードスーツで覆った人のよさそうなお爺さんがいた。


(全員、閣僚に見えねー。しかも、大臣五人って、どういうこと。そりゃ、閣僚が多くてもどうにもならない国もあるけどさ。これで、皆で黄金の仮面とか着けたら、完全に閣僚というより、悪の秘密結社じゃん。それとも、他の閣僚は初日から遅刻なのかな)


 伽具夜と椿が閣議室に入室すると、五人が起立して、左手を右の肩に当てた。

 どうやら、月帝式の敬礼なのだろう。

 一番奥の席は他の席と比べて確実に豪華であった。右側には王冠をあしらった一回り大きい背凭れがついている席があった。

 概観的にも国王の席だと思い座ろうとしたら、座る直前に椅子を引かれ、壮絶に尻餅をついた。国王の威厳なぞ、あったものではない。元からないけど。


 尻の痛みを覚えながら立ち上がると、伽具夜から「そこは私の席だ」だと怒られた。 

 椿は謝って左側の小ぶりのやや豪華ポイ席に腰掛けながら「ひょっとして、王様って、月帝じゃ皇后より下? それとも、王様って傀儡?」と正直な疑問を持った。

 椿と伽具夜が席に着いた。伽具夜が「閣議を始めます」と宣言すると、立っていた五人は席も着いた。


 椿は「閣僚って本当に五人しかいないの」と聞くと、逆に「そうよ」と軽く流された。

 閣議について、伽具夜から説明があった。

「議事進行は私が仕切るわよ。私の隣にいるのが新しい国王、椿国王よ。すぐに死ぬかもしれないけど、自棄ならず、皆にはこの泥舟に最後まで乗ってもらうわ。では、泥舟の船長より、挨拶をお願いするわ」

「ど、泥舟の船長って普通紹介するか」とは文句を言えなかった。


 なにせ、わかっているのが、西にロマノフの都市ペテルブルグがあり、国境を接しており、北側が元コルキスト領の都市ベルポリスを挟んで、コルキスト領内だという事実だけ。

 ロマノフとコルキストが組んで仕掛けてくる初見殺しが本当だとしても、軍備もわからなければ、国庫の中身も不明だ。


 どこかの国のように、老朽化で撃てないミサイルばかりあったりとか、はたまた、どこかの国のように、GDPの二倍近くの借金を抱えていたりすれば、大きな口は叩けない。


 まずは、国の現状を聞くのが先だ。

 椿はぎこちない態度で挨拶をした。

「えー、この度、月帝国の国王になりました。椿幸一です。国王はやったことありませんが、精一杯、努めてさせていただきます」

 椿は椿自身で発言しておいて「これじゃあ、学級委員長の挨拶と変わらないよ」と思い、少し自己嫌悪に陥った。挨拶を終えると、全閣僚の顔には露骨にガッカリ感が漂っていた。


 伽具夜が補佐役ながら椿を一瞥もせずに、議事を進行させていった。

「国王の挨拶で、皆この国の抱える深い病理と、先行きの暗さは、わかったと思うわ。だけど、病理の根源が国王なのよ。つまり、致命的な欠陥を取り除く手当が不可能な現実は、わかってもらえたと思うわ。でも、皆には絶望を胸に、最後まで椿国王の面倒を見てやって欲しい」


「根源的な病理が俺って、酷くないですか。こっちは一生懸命やろうとしているんですよ! それに、絶望を胸にって、希望の間違いでしょう」と発言したかった。だが、ヒールの尖った靴で足を踏まれそうだったので、黙って座っていた。

 伽具夜が議事を進行させていった。

「まず、軍を預かる軍務大臣から報告して頂戴」


 軍務大臣と聞いて、てっきり、赤い軍服の男が立ち上がるのかと思うと、なんとビン底眼鏡を掛けた白衣の女性が立ち上がった。

(ちょっと、貴女が軍務大臣なの? どう見ても秘密兵器とか開発してくれそうな科学者さんだよね。軍人と違うよね。階級章もしてないし。しかも、軍人が閣議に白衣って、いいの? 本当に軍務大臣で合っているの、ねえ)


 椿の驚きを他所に、青いボサボサ髪の白衣の女性は当然の職務だとばかりに説明を開始した。

「軍務大臣のメルシア・サザビーです。我が軍の兵力は、歩兵が三万、戦車二十輌、ロケット砲十輌、戦闘ヘリ十機、戦闘機二十機、爆撃機十機、それに、バトル・ドミネーターのヘッジホッグが四機です」


 伽具夜が少し驚いたような表情で確認した。

「通常戦力が少ないとは思ったけど、バトル・ドミネーターを最初から一個小隊、保持してのスタートなのね」

 軍務大臣が頷いたところで、椿が手を上げて質問した。

「すいません、バトル・ドミネーターって、そもそも、なんですか?」


 軍務大臣が説明した。

「バトル・ドミネーターとは、簡単に申し上げますと、ベルタ鉱を動力の基幹部品に使った、戦闘兵器であり、椿国王が元いた国にはない未来兵器とお思いください。戦闘能力は戦車、ロケット砲、戦闘機、爆撃を大きく上回ります。ヘッジホッグは巨大な球体状のボディに、大量のミサイルを搭載し、シャイターン軽粒子フィールドを纏っており、通常兵器の攻撃をほとんど無効化します。ただ、欠点として、移動速度が遅い点があげられます」


「バトル・ドミネーターってのが凄い兵器らいし事態はわかりましたけど、結局のところ、どれくらい強いんですか?」


 軍務大臣が力強い声で答えた。

「ヘッジホッグが四機に歩兵が五千もいれば、充分ペテルブルグを落とせますよ。ただ、ヘッジホッグはペテルブルグと正反対のベルポリス側付近の陸奥にいるので、いったん首都まで南下させて、西への輸送が必要です。輸送インフラが整っていない状況では、ヘッジホッグの展開に一ヵ月は掛かりますが、ご命令があれば、すぐに、ペテルブルグの攻略は完了するでしょう。ペテルブルグ攻略を開始してよろしいでしょうか?」


 ペテルブルグにどれくらいの兵力がいるのかわからないが、ロマノフの他の都市は全て、ペテルブルグと内海を挟んだ向こう側の大陸にある。きっとペテルブルグには、そんなに軍を配置していないだろう。ただ、それでも、たった四機で一つの都市を落とせるとは凄い。


(でも、ロマノフには攻撃しないって言ったばかりだしな。いきなり嘘を吐いて攻めたら、テレジアちゃん、物凄く悲しむんだろうな。それに、そんな凄い兵器で攻撃したら、ペテルブルグでもいっぱい死人が出るんじゃないんだろうか)


 椿が決断できないでいると、伽具夜が「軍務大臣、座っていいわ、次、科学大臣」と議事を先に進めた。

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