第6話 最初は処女の如く(六)

 椿が伽具夜と話を終え、通信部屋を出ようとしたところで、突如、通信が入った。

 相手にされていない発言のあとだったので、椿は伽具夜がアドバイスするより早く、電話に出るような軽い気持ちで、通話に出た。


 通信相手は目尻に紫のアイシャドーを塗り、栗色の髪を肩まで伸ばして、年齢が伽具夜と同じくらいの女性だった。ただ、伽具夜よりも、どことなく、大人びた印象を感じさせる。


 衣装は和服に似た着物を着ていたので、同じ日本人かと最初は思った。

 相手の女性は、にっこりと微笑むと、友好的に挨拶をしてきた。

「お初にお目にかかりやす。ポイズン国で総統をやらしてもらっております、鳥兜とりかぶとあおい、言います」


 鳥兜には、テレジアとはまた別の魅力があった。鳥兜は京都美人といった感じだった。

「こ、こちらこそ、初めまして。椿幸一といいます」

 鳥兜は小鳥のように笑って喋った。

「そない、緊張せんかて、よろしいわ。うちも緊張してしまうさかいに」


 椿はテレジア、ソノワより、鳥兜に対して一番好意を感じた。

「貴女も、日本からやってきたんですか?」

 鳥兜が小首を傾げて、わからないといった表情をした。

「ご期待に添えんようやけど、日本いう国は、知りまへんわ。それに、椿はんは月帝国の人と違いますか?」


 鳥兜という名前に和服姿なので、日本人かと思ったが、違うのか。それともここでは、現実を持ち込むのはNGで、役になりきらないといけないのだろうか。

 椿はとりあえず、話を合わせる選択をした。

「いえ、わからないなら、なんでもないです。それで、ご用件は、なんでしょうか。月帝と友好を結びたいのでしたら、大歓迎です。ポイズンとは大陸の先端同士で離れていますから、国境も接していません。いえ、もちろん、国境を接していても、軍事的に攻めるつもりは一切ありませんよ」


 鳥兜は両手を胸の前で合わせて無邪気そうに喜んだ。

「嬉しいわあ、平和的な指導者で安心しました。ただ、一つお願いがあるんどすけど、いいどすか」


 椿はそこで違和感を持った。

(あれ、これ、ひょっとして、キャッチ・セールス的な外交? 何かお金とか資源とか、たかられるんだろうか)

 非モテ系の椿にとって、あまりに愛想がいい女性は悲しいかな、疑いの対象だった。


 椿の心境の微妙な変化を読んだのか、鳥兜は笑った。

「嫌ですわ、椿さん。別になにか、いただこうというわけではないんどす。ただ、お願い言うのは、ちょっと後ろを向きになって、下を見て欲しいんどすわ」

 後ろ向きになって下を見ろ? それぐらいなら、いいけど。

 椿が後ろ向きになって、下を見ると、鳥兜がせがむよう「もう少しだけ、頭を下げておくれやす」と頼んできた。


 椿は頭を垂れて、床を見ると、鳥兜が 悩ましげな声を出した。

「ああ、椿さんのうなじ、ほんま、綺麗どすなー」

(え、男のうなじなんか見たかったの? なんかポイズンの総統って、変わった人だなあ)


 下を向いてばかりの椿が疲れたので「もういいですか」と聞くと「おおきに」と鳥兜はお礼を言って通信を切った。

(なんだったんだ、今の人は)

 椿が疑問に思っていると、伽具夜が冷ややかに継げた。

「これで、お前の未来は、ハルマゲドンよ。初見殺しは二カ国で仕掛けるといったけど、間違っていたと訂正するわ。ポイズンも参加したようね。おそらく、テレジアが誘ったんでしょう。いいの、お前。段々、首が危なくってきているわよ」


 伽具夜の言いように、つい腹が立って、言い返してしまった。

「仮にテレジアちゃんとソノワさんが組んでも、鳥兜さんまで敵に回ったなんてどうして、今の会話でわかるのさ。鳥兜さんは、友好的だったじゃないか」

 伽具夜は、もう知らないとばかりに言い放つ。

「鳥兜の性癖を知らない人間のセリフね。全くおめでたい奴は、どこまで行っても、おめでたいわよ。ある意味、パーツとして気に入られたのは本当なんだけどね。どんな意味で気に入られたか、いずれわかるわよ。わかった時には、遅いかもしれないけどね」


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