第4話 最初は処女の如く(四)

 椿が悶々としていると、伽具夜が正面の壁を見て、楽しそうに発言した。

「さっそく、ロマノフの女王ステシア・テレジアから通信が入ったわよ。言っとくけど、ロマノフは王配殿下が補佐役で、女王が指導者だから、間違えないでね。テレジアは猫を被っているけど、実際は表も裏もある人物だから、そこはお忘れなく」

「まだ、心の準備ができていない」との言葉より前に、正面モニターに映像が映った。


 オレンジ色の髪をカールにして、黄色いドレスを着た、灰色の瞳を持つ、小柄で椿と同年代の女性が映し出された。女性はスカートの端を軽く持ち、挨拶してきた。

「初めまして、月帝国の王、椿様、ロマノフの女王ステシア・テレジアと申します。お目に掛かれて光栄ですわ。お互い、共存共栄と行きましょう」


 初めて目にしたテレジアの仕草は、可愛く見えた。

 椿はテレジアの魅力に、初恋のごとく心ときめいた。

「こちらこそ、よろしくお願いします。できれば、国のため公私共に仲良くありたいですね」


 テレジアは瞳を曇らせ、悲しげに提案した。

「実はロマノフは隣国、コルキストに脅かされているのです。ロマノフの東からいずれコルキストが攻めてきますわ。戦争は本位ではないのですが、わたくしは国民と国土を守らなければいけません。そこで、提案がありますのよ。椿様は軍を進めて、北上してください。ロマノフと月帝国でコルキストを挟み撃ちにして、分割しましょう」


 いきなりの可憐な少女から戦争提案に「えっ」と言葉に詰まると、耳に装着したイヤホンより伽具夜の声が聞こえた。

「なら、まず、同盟の証に、月帝領内の最西端近くにねじ込むように造られている港湾都市ペテルブルグを譲渡しろと言ってみなさい」


 椿はとてもでないが他国に都市を譲渡しろとは言いたくなかった。だが、伽具夜が怖いので、表現を変えて、提案してみた。

「ところで、テレジアさん。月帝領内近くの最西端にあるペテルブルグの件ですが、どうにかなりませんかね。どうも、本来、月帝が治める領内にロマノフの都市があるのを、ウチの皇后が嫌っているようなので」


 テレジアは申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめんなさい。椿国王様、ペテルブルグは月帝領内に近く存在していて、ご迷惑かもしれませんが、しばらくお貸しください。ペテルブルグから月帝国に侵攻する行為は、決してしません。それどころか、コルキストの首都を無事に攻略できた暁には、献上しますわ」


 言い方は丁寧だが、ペテルブルグを渡す条件がコルキストに対する共同戦線とも聞こえるので、踏ん切りがつかなかった。

「テレジアさん。すいません、コルキストとはまだ敵対関係にないので、戦うと決めたわけではないのです。ですから、コルキストに対する共同戦線を張るお話はお受けできません」


 テレジアは灰色の瞳に悲哀の色を浮かべて、残念そうに伝えた。

「こちらこそ、月帝国に無理な戦争のお願いをして、すいませんでした。コルキストとの件は、こちらで、どうにか対処します。ぺテルブルグの件は、また後日お話しましょう。でも、コルキストには、くれぐれも気をつけてください。コルキストの指導者は、非常に危険な人物なのです」


「わかりました。気を付けます。でも、できれば、話し合いで解決するつもりですから」

 テレジアは最後に、「椿様は、お優しい方なのですね」と、はにかむように付け加えて通信を切った。


 椿はテレジアとの通話回線を遮断した。テレジアに姿を見られないように壁に寄りかかって、写らないようにしていた伽具夜が、冷たい視線を送ってきた。

「テレジアを気に入ったのかしら、あのテレジアを」

 テレジアに好感を持ったのは事実だ。


 けれども、伽具夜はパートナーなので、浮気と見られたくなかったため、カッコを付けて言い訳した。

「嫌ですよ、そんな。ちょっと可愛いなと思っただけですよ。伽具夜さん、妬かないでくださいよ」


 伽具夜は冷たい視線を送りながら質問してきた。

「ところで、お前。今、テレジアに試されたのが、わかったかしら」

 会談のどこにもテレジアに不自然な点が見えなかったので、椿は答えられなかった。


 伽具夜がどこか椿を見下したように説明した。

「テレジアがドレスの裾を持って挨拶したでしょう。お前は、テレジアの動作を可愛い仕草だな、程度にしか思わなかったようだけど、さっきの仕草は臣従を意味する挨拶なのよ。テレジアはそれに気付くかどうか、まず試した。気付かないと感づくと、いつも遣っている自分の呼称を、朕ではなく、わたくし、と呼んで親しみを誘ったのよ。結果、見事に我が椿国王様は、テレジアに好感を抱いたわけよ」


 伽具夜は目を瞑って下を向き、首を小さく横に振った。

「ロマノフが月帝の最西端にあるペテルブルグを持っている限り、いずれロマノフは月帝に侵攻してくるわよ。それを、お前は全く省みずに、問題を先送りしたのにも呆れたわ。やっぱりお前は、死ぬ運命にあるようね」

 また、死ぬと言われてしまった。なにか言い返そうとすると、通信が入った。今度はコルキストからだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る