第3話 最初は処女の如く(三)
結局、戴冠式には出る事態になった。
戴冠式用に用意してあった赤い軍服に着替えようかと迷っていると、伽具夜から「決断が遅過ぎると」とキレられ、普段着のシャツとジーンズという、寝た時のままの格好で、むりやり戴冠式に出席させられた。
戴冠式は宮殿内の簡素な白塗りの結婚式場のような場所で行われた。参列者は二百人ほど。
芸術的な絵が描かれた、大きな天井画がある聖堂で、多くの参列者がいるかと思ったが、これなら親戚の派手な結婚式のほうが、もっと豪華な気がする。
伽具夜は黒い胸元の開いたドレスを着ており、椿と一緒に中央の通路を歩いていく。
歩いていると、出席者のひそひそ声が聞こえてきた「やっちまったな」「あれが国王かよ」「あの間抜け面は、外れだな」「なに、あの格好。乞食みたい」との正直な出席の声が、容赦なく耳に聞こえてくる。
非常に嫌な気分だった。おごそかな儀式がこのあと続くのかと思いきや、司祭と思わしき人は、スパンコールの僧衣に成金趣味的な金色の袈裟を着た坊さんだった。
(ここは、袈裟を着た坊さんって、おかしいだろう。せめて、場所が教会形式なんだから、カトリックとかロシア正教的な司祭の人が出てこなきゃ、変でしょう。それに坊さんって、俺的には栄光より、なんか葬式をイメージするんだけど)
助手も僧衣なら、わかる。だが、僧侶の助手は地味な茶色の公家が着るようなゆったりした和服を着ていた。助手は青い髪で、灰色の瞳をした十四歳くらいの子供だった。
戴冠式を取り仕切るのは、とてつもなく、アンバランスな組み合わせの人物二人だけ。
椿が式典のやりかたを聞く前に、スパンコールの僧衣を着た坊さんが、王冠を助手から受け取って、「はい、どうぞ」と椿の頭に載せた。
黙って頭を下げて王冠を頂いたが、妙な気分だった。
坊さんは王冠を載せる時に、誰にも聞こえないような小声で「ぜひ、宗教省へ予算の増額を」と囁いた。
椿は微笑んで何もいわなかったけど「俺は宗教が嫌いだ」が本音だった。
それより、結婚式場に似たチャペルで胸元の開いた黒いドレスの美女と並んで、スパンコール衣装を着た坊さんから王冠を載せられるのって、文化形式がどうにも受け入れられない。
(やっぱり、月帝と俺は、合わないのかもしれない)
戴冠式場で伽具夜がおざなりに拍手をすると、参列者が伽具夜の機嫌を損ねないための計らいか、続いて威勢よく拍手をした。たったそれだけで、戴冠式がお開きとなった。
助手からは、すぐに「はい、王冠を返してくださいね。王冠は貸衣装屋のレンタルですから、遅れると、延滞金が発生するんで」と王冠が没収された。
「王冠くらい、本物を用意しろよ! え、なに、それとも、王様の価値って、この国じゃ、そんなものなの? 王冠って、そもそも貸衣装屋で用意できるの? なら、いっそ王様をこっちの星で公募とかすればいいじゃないか」と言いたかった。けれども、口には出せなかった。
口に出したら伽具夜なら、「あ、そう。じゃあ、そうするわ」と発言して、椿を前国王として、どこかの牢獄に幽閉する可能性が頭を過ぎったからだ。
それなら、まだ乞食みたいな格好と評されても、王様の扱いがいい。
戴冠式の所要時間は十分あったかどうかだった。完全なやっつけ作業だ。
(明らかに歓迎されてねー。いや、むしろ、がっかりされている。侮られている。微糖コーヒーに入っている砂糖量並みの期待感だ)
その後、宮殿のバルコニーから見えた雰囲気が、また異常だった。
暗殺防止のためか、バルコニーの厚いガラスは閉まったまま。群衆の前には歩兵が銃を持って並び、後ろに放水車が何台か控えていた。
椿が姿を見せると、民衆は騒ぎ出した。遠めで見えないが、民衆は怒っているようにしか見えなかった。
それでも、椿が愛想笑いを浮かべて手を振ると、民衆はなにやら叫び出し、最前列の盾を持つ兵士と押し合いを始めた。
椿の横で、伽具夜が命令した
「放水を開始しなさい」
椿が「えっ」と思っている間に、次々に放水が開始された。軍が催涙弾でも投げたのか、煙が立ち上った。歩兵もおそらく、ゴム弾だとは思うが、発砲を開始した。
国王の顔見せ行為が、明らかに暴徒鎮圧作業と化していた。
(ちょっと、やばいって、これって。こんなシーン、テレビで見たけど、このあと独裁者って、よくて亡命で、残りは形だけの裁判で処刑されたり、反乱兵に殺されるって)
さすがにまずいと思い、伽具夜に意見をしようとして横を見た。
伽具夜がうっとりとした顔で、言葉を紡いだ。
「見て見なさい、椿。王家に反対する民衆が、虫けらのように散っていく。いつ見ても、いい光景だわ。あははは」
「怖えよ、あんたの考え方。仮にも、人の上に立つ人間でしょうが」とは、恐ろしくて、口にできなかった。
椿は言葉を飲み込むと、ちょっと言い方を変えた。
「ちょっと、伽具夜さん。これ、ひどくないないですか? 俺、笑顔で手を振っただけですよ」
伽具夜は気にしないとばかりに踵を返した。
「いいのよ。どうせ、民衆なんて、税金を搾取するためか、戦場という名の地獄の釜に投げ込むための素材だから。あんまり機嫌とる価値なんて、ないのよ。図に乗らせると手が付けられなくなるしね」
「俺が何もしなくても、この国は滅ぶな」と椿は直感した。
戴冠式を終ると、小さな部屋に連れて行かれた。
部屋に着くと伽具夜が命令した。
「さあ、これを、耳に隠すように詰めて、こっちのスイッチを、手に隠すように持ちなさい。戴冠式も無事に済んだから、私は女王を降りて皇后として、補佐役に徹するわ。お前が王様として、指導者になったのだから会談は指導者たる王様がするのよ」
椿は感心して感想を漏らした。
「へー、俺が指導者である王様になると、権限が委譲されて、女王は皇后になるんだ」
椿は素直に従い、渡されたイヤホンの先のような物を耳に詰め、手に隠れるような小さなスイッチを握った。
部屋の後ろの壁には日の丸が掛っていた。
「日の丸がある。なんで日本の旗が、ここに?」
伽具夜は何を言っているんだとばかりに言い返した。
「日の丸? なに、それ? 赤い満月は月帝国のシンボルよ。赤い月、それは神が済む場所。月帝国は、この世界の中心とならなければいけない国なのよ」
どうやら、この惑星の月は赤いらしい。月帝という名が現すように、真っ赤な満月がこの国の象徴のようだ。
伽具夜は部屋の隅に壁に寄りかかり、険しい顔で発言した。
「戴冠式と国民へのお披露目のスケジュールは、各国に通達してあるわ。そろそろ、ロマノフの貪欲な牝豚とコルキストの戦争狂が挨拶に来るころよ」
他国の指導者に対して、ひどい言いようだ。
それとも、伽具夜が〝あれ〟なだけに、他の国との関係は最悪なのだろうか。だとすると、いざと言うとき、亡命もできないじゃないか。
伽具夜がイヤホンとスイッチについて説明した。
「イヤホンは、私が話す言葉が、お前だけに聞こえるわ。スイッチを押すと、こちらからの音声が向こうに聞こえなくなるから、私に話があるときだけ使いなさい。いいこと。隣に補佐役の皇后がいて、あれこれ教えていると思われたら、ダメよ。舐められたらすぐに、食われるわよ」
やっぱり、隣国との関係は、よくないらしい。
「そういえば、この惑星って、どんな国があるんですか」
「まだ、教えていなかったわね。惑星の名前は、イブリーズ」
(イブリーズって、どこかの悪魔の名前だった気がする。え、なんか、嫌ーな展開が予感させる名前の惑星だな)
伽具夜は言葉を続けた。
「惑星は、海が大半で、大陸は『づ』の字に連なっているわ。書順から、ポイズン、ガレリア、ロマノフ、カルキスト、月帝の順になっていて、濁点部分は大陸から離れていて、バルタニアっていう国があるわよ」
椿は地球と状況を比べて驚いた。
「六カ国しかないの。それじゃあ、お互いに仲良くしないと、取り返しのつかない戦争へと世界が突入するかもしれないじゃないですか」
伽具夜は買い物の帰り道、風呂用洗剤でも買い忘れでもしたかのように、気軽に教えた。
「言い忘れていたわ。日本に無事にお土産付きで帰る方法があるわよ」
「貴女は、どこまでサドっ気強いんですか、前世は拷問官吏か何かですか。もう、人の面を被った悪魔にしか見えませんよ」とは思っても口にはできなかった。
椿は伽具夜の気の変わらない内に、日本に帰る方法を下手に出ながら尋ねた。
「日本に帰る方法があるなら、真っ先に教えてくださいよ。それがわかれば、王様だって、ちゃんとやりますから」
伽具夜は怒ったような口調で答えた。
「真っ先に? 教えても、やらなければ意味がないでしょ。意味がない行為は優先度が低くなるのが当たり前でしょう」
(こいつは、本当に皇后として王様を補佐する気があるのか。というより、本当に俺の味方なのかよ)
伽具夜は、あっけらかんとした表情で教えた。
「大陸にいる他の五人の指導者の首を刎ねるのよ。別に、大陸にある全部の都市を征服しなくてもいいわよ。あくまでも、目的は首を刎ねて、最後の一人になるまで生き残ればいいだけよ」
「ちょ、それって、殺人じゃないですか! そんなこと、できませんよ」
伽具夜は野獣のように怖い顔をして喰って懸かってきた。
「はあー、人の首は刎ねられませんって、何を暢気なこと言っているのよ! お前が参加しているのは、勝者が一人だけのデス・ゲームなのよ。それに、王権を維持するのに、血の河が死の海に注ぐのは当たり前でしょう。お前が死にたくなければ、代わりに何万もの歩兵を死地に送りなさいよ」
月帝の民衆が、なぜ王家を支持していないか、わかった気がした。伽具夜はきっと民衆に処刑されるタイプの王族だ。
(伽具夜の言う通りに動いていたら、民衆に一緒に殺されるかも。亡命も無理となると、まずくねえ? 待て、伽具夜の性格だ、まだ重要な告知事項を隠している気がする)
椿は努めて前面に笑顔を出して、控えめに尋ねた。
「伽具夜さん、他に帰る方法は、ないのですか? なんか、ありそうな気がするんですけど」
伽具夜は不貞腐れた態度で簡便に教えた。
「あるわよ。神様に頼むのよ。あと、自分で見つけるって方法もあるわよ」
「ないなら、ないと言え!」とは、怖くて面と向かっては口に出せなかった。
でも、事態は深刻化していた。どうやら、訳のわからない世界に連れて来られて、強制的にデス・ゲームに対する参加が義務付けられているらしい。
ただ、伽具夜の口ぶりからは、他の五人の首を取れば帰れるのは事実のような気がする。
そこで、伽具夜の「完全仮想現実による就職試験」発言を思い出した。
(ちょっと待てよ。これ、試験だったら、五人の首を取りに行く、行かない、どっちが正解なんだ? 自分のために他人を犠牲にできる人間は、落とされるのか。それとも、単純な国取りゲームで戦略的な思考を見ているだけなら、五人の首を取りに行かなきゃならないのかなあ。戦争か、平和か、正解は、どっちなんだ)
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