イノブイ
にぃつな
第1話 ロタの始まり
「……お主が来てはや、1年になるじゃの」
犬耳を生やした小柄の老人と背が高い人間が交互に座っていた。木製のテーブルの上にはお茶が置かれていた。まだ暖かく入れたばかりで口にもっていくとぬるく感じた。
「最初は右も左もわからなかったのですけども、あなたのおかげでこの国で暮らすことを許可ももらえるようになりましたし、感謝していますよ、村長殿」
目の前に座っている二足方向の犬が座っていた。彼のことは村長=老人のことである。
「旅立つのかの、もう少し老人の話を聞いても…」
「帰ってから聞きます。俺は今から剣士としての職業の申請をしてきますので」
「そうか、そうだったの。わかった。帰ったら、まっすぐワシの家にこいの」
「村長さんのお話はとても興味深い話ですから」
村長と別れ、村を出た。
村から少し歩いた先に大きな橋があり。橋の下は大地が割れたような亀裂が走っている。いつからできたのか記述はなく、向こうの国と村と行き来するのに不便だとして、当時の王様が道を作ってくれたのだという。
(この下は何があるのだろうか…)
この橋を渡ったのは三回目だ。
一回目はこの世界に迷い込んだ時。
二回目は村長に連れられ、町で村の住人として申請してくれた時。
三回目は剣士の申請を得るために訪れている。
橋の下は不気味で時々、「おおお~おおお~」と雄たけびを上げるような声が聞こえていく。それも一人ではなく数えきれないほどの人数の声だ。亀裂に落ちた亡霊たちが橋を渡る者に引きずりこもうとしている声なのだと、村長は言っていたことを思い浮かべていた。
石造りの橋を超えるとそこは門。
15メートルほどの高さの城壁に阻まれ、5メートルほどの大きめの門が人々が通る道である。背筋よりも三倍以上は高い扉は、だれが通るのだろうかと疑問を浮かべていた当時、村長が「巨人族が通っていくため」だとか。
門の前に二人組の男が立っていた。
二人とも二足方向の犬耳を持ったビースト族。人間とはかけ離れている。モフモフの毛皮に身を包み、鼻をクンクンと臭いをかぎながら人の区別を把握しているのだ。村長いわく、人間よりも嗅覚に優れているため、嘘を見抜けることができる力を持っていると語っていた。
つまり、だまし討ちは彼らには通じないということだ。
「許可書を見せてみろ」
内ポケットから許可書を取り出した。古臭い時代で化学などまだ発達していないためか、手ごろなサイズの巻物に、筆で書いた似顔絵と名前、職業、年齢、性別、出身などを記載されたものだ。
「はい、約12か月前ですが、更新したほうがいいですよね?」
「本人であることは確かだ」
許可書を返却し、まじまじと顔を見つめる。
「更新は6か月に一度と決まっておる。今回は大目に見るが、次回は忘れるなよ」
「ありがとうございます」
門番たちに手を振って、別れの挨拶をし、町の中へと入った。
モダンな造りの建造物が立ち並び、最上階でも2階までしかない建物が多い。建物を高くしないのは城壁を超えてはならないという掟があるという話。詳しいことは聞けなかったがよほど重要な秘密があるのだろう。と、心の中で思い留めた。
町行く人々は物珍しそうに自分を見てくる。
この町には人間はいないからだ。希少で見たものに幸福が訪れるといわれる種族が歩いているのだ。人々は一旦立ち留まり、お辞儀をしていく。まるで王様のような気分だが、これは決していいものではないのだ。
そもそも数少ない希少の動物は、誰でも神様のようなものになれるわけでなく…
「いたぞ! つかまえろー!」
と捕獲しようと待ち構え襲ってくる連中が多いのだ。
なぜなら、
「傷つけずに捕らえろよ」
高く売れるからだ。
犬と猫の耳を持った人獣が多いこの町で、人間が平穏に暮らせるわけでもない。一年前は村長がいたからこそ、他国に売りに出されることはなかったが、今は違う。一人しかいないから、自分でなんとかしなくてはならない。
「また、ですか…」
と、彼らに視線を送ると、どうやら自分ではなく角の方で怯えている少年と訴えている少女に向かって縄を向けていた。
(同じ人間…? だとしたら…)
危機感を抱き、自分はとっさに彼らの輪に入った。
興奮しきってか1年前にあっているにも関わらず自分の顔を覚えていなかった。
「人間が一匹増えたぞ! こりゃ~俺にも運が巡ってきたぜ!!」
口元からヨダレを垂らし、むき出しの歯を見せつける。荒い息を吹きかけ、目の前のお宝を奪おうとする獣の目をしていた。獣だけど。
「ロタです。一年ぶりですねカシワさん」
「なんだ~? 俺の名前を知っているのか? どこで聞いた!」
やや落ち着いてきてはいるが、まだまだ顔を見分けることはできないようだ。続けて言葉を投げかける。
「落ち着いてください。兵士でもなければ門番でもないあなたが、一般人を襲っていいわけではありません。あなたもお子さんがいるでしょう。悲しませる前にその手を置いてください。この子たちは俺の保護下にあたりますので」
そういうと、仲間のひとりがカシワさんに「落ち着け、この人村長が連れていた人間だ」と耳にささやいた。
カシワさんは思い出したかのように「そうか、そうだったな」と自分に近づき、鼻をこすりつけた。
「忘れていたわ。すまんかったな。一年とは…もうずいぶんあっていなかったな。今日は、どうかしたのか?」
思い出してくれたようだ。
よかった。食われるんじゃないかとひやひやした。
「役職で剣士を申請しに来たんです。今日は、村長は家で留守番です」
「剣士、か。確かに、村長の弟子だけでは名が通らないからな」
ふむふむと顎に手を置きながら感心する。
「それで、後ろの二人はどうするんだね? できれば、ディナー用として頂ければ数年の食費を渡しても構わないが」
自分は断った。せっかく同じ種族に合えたんだ。二人を引取るという話をした。
「わかった。お前さんの好きにするがいい。ただ、俺は守らないし、ましてやお前たちがどうなろうと知ったこっちゃない!」
相変わらず手厳しい人だ。
カシワさんとその仲間は攻撃してこない。その代り他の人からの攻撃には一切目を瞑るということだ。
「あの…!」
押し黙っていた二人のうち少女が口を開いた。
「黒き霧が迫ってきているんです! どうか助けてください!」
「くろききり…? ガハハハ!!」
カシワさん含めた人獣が大笑いした。
「な、なにがおかしいんですか! 本当なんです! 私、見たんです!」
「く、黒き霧なんて、架空の敵だぞ。幼稚園児でも知っているほどのレベルだ。それを信じて、助けてなんていわれて、はいそうですかと頷くわけないだろ」
笑いを押さえながらカシワさんは少女に向かって全否定した。
黒き霧はおとぎ話の中に出てくる架空の敵だ。歴史のなかでもその存在は語られておらず、その名前が出るときは、子供をからかう時だけで、逆パターンは今までなかった。
「ほ、本当なんです! 信じてください!!」
カシワさんは少女に睨みつき、真剣な目で聞いた。ウソを見抜く力を使って。
「夢で見たんです」
怖細い声で言った。
睨みつけるカシワさんに恐怖してなのか少女の口には力が弱かった。
「わかった。信じよう」
以外にもカシワさんは信じた。ウソではなかったようだ。
「だけどな!」
念を押して、人差し指を少女の前に出した。
「証拠を持ってきな」
証拠…そんなものはない。少女はさらに暗くなった。
「俺――」
「ぼくが、連れてきます!」
さっきまで怯えていた少年が泣きながら言い放った。少女よりも強く迫力があるその声にカシワさんは黙ってしまった。
少女は振り向き、少年を見つめた。
「ガハハハ! わかった。証拠を連れて着たら、信じよう」
ガハハハと笑いながら彼らは立ち去っていった。
市役所で剣士を申請し、家へ帰路していた。
二人を連れていると、周りからの視線は厳しく、物珍しそうな目と哀れな目、睨みつける眼光と様々。
食用にしか思っていない連中が圧倒的に多かったような気がする。
自分から離れた瞬間、二人はきっと今晩のディナーにされてしまうのだろうかと二人から離れないように歩くのは神経が切り刻む。
橋を渡り、村へ帰ると村長の家の前でざわついている。
村の住人が取り囲み、なにやら話し声が聞こえてきた。
「かわいそうに身寄りがないのに…」
「あんたはよくしてくれたよ。村のみんなのためにさ…」
「おじいちゃあぁん」
泣き崩れる子供もいれば、哀れに悲しんでいる人、辛そうにしている人と、みんなある一点に顔を向けている。
嫌な予感がした。
自分は真っ先に人混みを避けてその場所へ駆け寄った。
すると、想像したくない出来事が目の前で倒れていた。
「村長おおお!!」
朝、出かける前まではちゃんと話していたし、飲み物も飲んでいた。昨夜、布団をかけてくれた、食事を作ってくれた、この世界のことを教えてくれた。
あんたが…あんたが、生きていたからこそできたことだ。
自分は自分は――
「ロタ!」
振り返るとそこにひとりの少女が立っていた。
村長の孫娘だ。犬耳をもった人獣。
「セン!」
名前を呼ぶとセンはこっちに睨みつけた。
「おじいちゃんから伝言! 『運命の道が開かれた。これは若いころに巫女から託された言葉じゃ。北の町へ行け。そこでお主が知りたいことがある』!」
村長が言っていたことが妙に少年少女と出会ったことを予知していたかのような言葉に聞こえた。
北の町。そこに行けば、自分がなぜこの世界に来たのかを知ることができる。
「わかった。ありがとうセン!」
センとはあまり関わることが少なかった。
村長を嫌っていたようで、昔話が自慢のように聞こえてくるからって家族総出で嫌っていたそうだ。でも、自分が現れたことによって村長はいつもニコニコと笑うようになり、機嫌がよかったそうだ。
村長が倒れたいま、家族たちは泣いている。
いなくなってせいぜいした風でもない。
(村長……あんたは嫌われてもいないよ)
空へ昇っていく村長がいたような気がした。天へバイバイと手を振り、見送った。
葬儀に顔は出さず、少年少女の前に近づき、「北の町へ向かう。きっとその黒い霧の正体もわかるはずだよ」と優しくそう告げた。
北の町へ行けば何かわかるはず。
村長が託すぐらいだ。
*
ロタが、この世界に来たキッカケは――
1年前、友達と船に乗って旅行している最中だった。激しい嵐に合い、船は遭難し、海に投げ出された。友達の行方はわからない。気づいたときには、この島にたどり着いていた。
空には二つの惑星が浮かんでいた。
ひとつは太陽。この世界を照らす光の存在。
もうひとつは月。この世界の夜を照らす闇の存在。
自分は、この世界が知っている世界ではないことを実感し、その辺をさ迷っていたとき、村長と出会った。
言葉は通じず、どうしたらいいのかと迷っていたとき、村長が古い言葉を口にした。それは日本語なのだが片言。でも聞き取ることも話すこともできた。
村長の世話になりながら、この世界の歴史と文化、技術、言語を学び、今に至る。
*
自分は双子を引取り、村を出た。
「北の町……ハスラ村か」
「ハスラ村?」
少年はそれがどんな村なのかと気になっていた様子だ。
「占い師の猫バアがいるところだよ。会うのは…一か月ぶりだな」
空を見上げながら猫バアのことを思い出しながらそう話した。猫バアは黄金色の毛皮を持つ美少女だ。ただ、村長いわく定年を超えたババアとか言っていたが、自分から見たら、年齢はあまりわからなかった。
「久しぶりの再会だね」
「んっ! なーんか楽しそうだね」
少女がにこやかだ。
お通やの後なのに。
「同じ人と会えたのが嬉しいかな」
確かに、自分もそうだった。
初めてこの世界に来て人間と会えたのはこの子たちが初めてだ。でも、慣れてしまったのかそうも感じないのが不思議だ。
「えーと…」
そういえば、まだ名前を聞いてもいなかったな。
「レインとこっちがアラン」
少女がレイン、少年がアラン。それぞれ名指した。
「レインとアランだね。俺はロン。この先危険なマモノがいる森を通ることになるんだが、その格好でいいかな?」
元の世界の私服のままだ。
お互い見つめあい、しばし間を開けてから
「大丈夫だと、思う」
「いやいや、大丈夫じゃないと思うよ」
慌てて村に戻って余ったお金で服を買い、ついでに武器や食料なども購入し、森に向けて出発した。
イノブイ にぃつな @Mdrac_Crou
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