第2話 祝いと言うべきか、呪いと言うべきか高校入学。
歓迎ムードの先生や生徒が沢山居る希望に満ちた校門前、それに相対するように前日の雨で地面に張り付いた桜と、どんよりとした曇や肌寒さがネガティブな気持ちを増殖させる。入学式に出席する為歩を進める、僕の心の中みたいだ。
桜舞い散る出会いの季節とはよく言ったものである。ギャルゲーならばこの辺で可愛い女の子と出会えるのだろう、今の僕では無理だけど。
手持ち無沙汰ゆえに石を蹴ってみる。誰も知り合いなど居ない、助けてくれる仲間も居ない(今までも居なかったが)この不安な気持ちを晴らす矛先を自分でも探している、と痛感した。初めて来た高校指定の制服が、肩に重みと不安を乗っけてくれる。
高校は無事受かった、高校で使う教科書や教材もバッチリ買った、入学式に遅れずにやって来た、問題は入学後の友人関係だ。
山奥に有り、隔離施設並みに他地域との交流が少ないこの高校に進学したやつらは、軒並み近くの中学卒だ。その狭いコミュニティを大事に生きている、傍から見ても一目瞭然だ。さっきから同じ中学校同士でキャッキャウフフしている。(う、羨ましくなんか有るんだからね!?)
不安は増えていく、実際に目の当たりにしてよく分かった。されど、入学式は始まる。僕は、係の先生の誘導で自分の配属クラスに向かう。事前に渡されていたパンフレットや校内地図を片手に。
「えーと、1年1組の教室は……」
案内の途中で何故か消えた男の教師を恨みつつ、教室を探す。中学の入学式でもそうだったが、初めて入る場所は十中八九迷う、見取図在っても。(蝸牛にでも取り憑かれてるのかな!? )同じ新入生達について行けばよかったのだが、途中トイレに寄ったのが間違いだった。その後案内してもらおうと頼った、男の教師はどっかに消えるし。
その後何とか教室を見つけだし、自分の番号が書かれた机に座る。一番後ろ、廊下側か……ベストポジションである。下手に1番前とかは嫌だ、緊張と不安と後ろからの視線に耐えられないと思う。机の上の封筒には、シラバスや学校の団体保険の申込用紙、部活動届が入っていた。部活か、そう言えば僕は野球部に所属してたのだった。最後の大会の右中間へのヒットは気持ちよかったな。
話す相手も居ない僕は、封筒の中身をじっと見ていた。ちなみに、親は既に入学式会場に居る、思春期真っ只中の僕は親と一緒を嫌った。うん、俺、立派に思春期してるな!
ふと教室の中を見渡す。周りは入学の喜びを友達と分かち合う、校門で見たような希望に満ちた表情のやつらしか居ない。僕とは対極にいる人たちだ。今の僕は、死刑執行を今か今かとビクビクして待っている死刑囚に間違われてもおかしくない。
教室に入って20分はたった頃だろうか、教室のドアが開き教師らしき人が入ってきた。
って、さっき僕を置いてけぼりにして消えたあの男の教師じゃないか。身長は170後半くらい、細い体ではあるがどこか頼もしさを感じるその風格、顔はイケメンと言っても良いと思う、恐らく30代だろう。見た感じ若手とベテランの間かな? 中3の時の教師の若さと顎の長さの反動からか、僕から見たその教師は好印象である。
思い出したくはない中学時代を思い出している事に気づいた。こんな時に限って嫌だったはずの思い出が蘇る。人間、極限まで追い詰められたら、昔の記憶を辿りながら生きる術を見出すのだろうか、そう思ってしまった。
「えー、この1年1組クラスを受け持つことになった高梨信彦です。みなさんよろしくお願いします。この後、皆さんの入学式が体育館で行われます。荷物は教室に置いて出席番号順に整列し、体育館に向かってください」
高梨先生は淡々と説明をした。声、すごい特徴的だな。アニメ声みたいな、ティッシュを鼻に詰めながら話しているような、形容しがたい声だ。
出席番号順は、必ずしも近くに同じ中学の友達が居るとは限らない。知らない人が隣にいる、なので皆静かである。静かとはとても良い事である、皆が静かなら僕の孤独感や周りの視線も気にならなくなるから……。豪に入れば郷に従えだゾ、皆んな!
間も無く式が始まる、そう思うと緊張する。知らない未開の土地、そこへ来た不安な気持ち、日本から海外に移住した昔の人々もこんな気持ちだったのだろうか。
「新入生入場、皆さんは拍手で迎えましょう! 」
気づいた時には、体育館の扉の前に僕は立っており、アナウンスで式が始まったことを悟った。扉が開き、目の前には紅白の幕で飾られた体育館が見え、保護者や在校生や来賓客が拍手で出迎えていた。体育館の広さは中学校と同じくらいだな。
その後の式はと言うと、当たり障りのない、予定調和の祝いの席であった。ここまで来ると、緊張は解けてきた。馴染むというか、落ち着いてきたというか……。
指揮が終わると、今度はHR《ホームルーム》の時間だった。ちなみに、中学校ではHR《ホームルーム》なんて呼ばずにに「学活」と呼んでいたから違和感を持った。間違えて「ホームラン」と読んでしまった(てへぺろ)。
余談だが、LHR《ロングホームルーム》なんて、完全にレフト方向へのホームランじゃないか。
気を取り直し、HRの内容を確認する。要約すると、明日からの学校生活について、封筒の中身の確認である。
「じゃあですね、話す事は以上になります。なにか質問ありますか? ――無いようなので今日は解散となります、では号令をそこの席の、えっと……
先生だって、生徒と対面してすぐである、名前が出てこなくても仕方が無い。
恐らく席が手前だから選ばれたのだろう、湯中と呼ばれた女の子は嫌な顔一つせず、先生に従った。
「起立、姿勢を正して、礼! お疲れ様でした! 」
中学時代の柔道部の挨拶みたいな号令だな。すかさず、先生は駄目出しをする。
「湯中さん、号令は起立と礼だけでいいですよ」
「それならそうと、早く言って下さいよ〜恥をかいたじゃないですか……。まあ、柔道部のくせが抜けない私も悪いですがね。仕方なく、心機一転Take2と行きますか」
やはり柔道部だったのかこの娘。にしては華奢で小さな体をしている。
湯中は元気一杯に声を発した。
「規律と市政を正せ、ド腐れ政治家共! 礼! お疲れ様でした!」
「湯中さん、起立と礼だけを言えば良いのです。わざわざ政治的要素を混ぜなくて結構です」
「きりつは、規律じゃ無くて起立でしたか......これは一本取られました〜」
何とも悔しそうな顔をする湯中。
「く、号令は難しいですね〜。そして日本語ややこしい! 気を落とさず、Take3! 」
じっと湯中を見ていてふと思う、元気な娘だと。こんな感じの子が、陽キャラでありモテるのだろうな。さあ、Take3は成功するのか!?
「では皆さん、お手を拝借――」
言い終える前に、先生に止められた。
「先生、何故号令を止めるのですか!? 」
「あのですね、私は起立と礼だけを言えば良いと言いましたよね? 何故余計な事を足した挙句にどんどん脇道にそれるのですか……」
「今までの号令の枠に囚われてはいけません、新たなる号令の仕方を模索することが学校生活の向上に繋がるのです! それに起立と礼を言うのは少しいやらしいので……(ポッ) 」
何と、湯中は今までの常識を覆そうと、模索していたのか、末恐ろしやリベラル娘。何故いやらしいのかは分からないけど。
「そうですか、今日のところは私が号令をします。では皆さん、明日からの学校生活頑張っていきましょう。起立……礼。」
結局先生がするんかい。何はともあれ、湯中が入学早々からボケをかましたおかげでクラスの雰囲気は和んだように見えた。男女問わずウケている、凄いな陽キャラの力。ゲームや漫画三昧の僕には無い和ませスキルだ。
教室の中は入学式の余韻に浸って雑談する人で溢れていた。
今日の全過程終わった事だし、帰ってゲームでもするか、そう思い立ち上がる。すると、一躍注目を浴びた湯中が僕の方に近づいて来た。
「君ってもしかして△△市から来た人?」
いきなりでびっくりした、まさか湯中が僕に話しかけるだけでは無く、住んでる市町村を当てるなんて。まさか、これが世に言う湯中ルートなのだろうか……。仏様は僕に微笑んだのか!?
「そそそそ、そうだよ。どどどどどー、どうしたの? 」
我ながら持病の吃音症全開である。言葉は全壊である。
小学校の吃音対策のことばの教室が全く意味をなさない、この有様。女の子を前にしたら仕方ないよね。しかし、僕の特性を理解してくれたのか、湯中はそのまま話を続けてくれる。
「さっき先生から頼まれたんだけどさ、新入生オリエンテーションで新入生代表挨拶を……奥村君、がやる事になったらしいの。だからこのスピーチ原稿を、△△市から来た生徒に渡してくれってさ」
ひらり、と僕にプリントを渡す湯中。女の子が僕の名前呼んでくれたことは嬉しいが、どうやら面倒な事になったようだ。
新入生オリエンテーションは明日、原稿を覚える必要は無いみたいだが緊張はやはりする。
「あ、ありがとう、湯中。でも何で僕なんだろう? 」
「聞いた話だと、入試の結果順に代表スピーチとか挨拶とかを任されるみたいだよ! ひょっとして奥村君、入試凄い順位だったんじゃない? 」
言われてふと思う、確かに僕は県内の偏差値的に見ると50、つまり平均である。しかしこの高校の偏差値は、僕よりも20〜30くらい下だ。だから楽々合格出来たのだ。
まあ田舎の県立高校、定員割れは当たり前だから、合格しなきゃ末代までの恥である。
今思えば、高梨先生が途中消えたのも、このプリントに関係してるのかもしれないな。
「まさか僕が成績上位なんてね、驚いたよ。それと、ありがと、これ、えーと、プリントをわざわざ届けてくれて……」
友達もろくに作ってこなかった僕にとっての女の子との会話は夢のまた夢、大空に浮かぶ太陽を手で取ろうとするくらい無謀なことであった。
でも今は目の前で話している、我ながらすごいと思う。言葉チグハグ、目も合わせられない、思った言葉を口に出せない僕だけど。
湯中は微笑みながら、そして目を合わせてこう言った。
「うん、 全然良いよ。先生は奥村君を見つけられなかったみたいだったからね。代わりに私が……ね! それよりも明日頑張って、ファイト! 」
そう言い残して湯中は友達のところに帰って行った。
僕と会話している以上に友達と居る時間が楽しいのだろう、僕も慣れない女の子との会話を長時間続けるのは、嬉しいを通り越して苦痛である。
「羨ましいな」そう思った――その思いが、湯中へ向けられたものなのか、湯中の友達に向けられたものなのか、あるいは別の何かなのか分からない。しかし、今ぼんやりと有るイメージはそんなもんだ。
湯中の後ろ姿を目で追いながら、ふと思う。髪型はショートカット、背丈は僕よりも小さくて150後半くらいだろう、幼さが残るその顔も可愛い。また、元気な一面と相まって見た目は年下みたいだ。
湯中から貰ったプリントと、その他もろもろを鞄に詰めて僕は両親の車を探す。
明日は頑張らなくては――
総合学科の、普通科には無い高校生活。 三毛猫 @yosikiabe
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