好きなものが好きじゃなくなっていく
初めから嫌いなものなんて無かった。
食わず嫌いも見た目が苦手なものも、最初は何とも思わなかった。
体に刺さると痛い針さえも、知らないものは魅力的に見えた。
好きなものがあった。
好きだったものがあった。
昔は好きだったのに今では何も思わない。
感じない。
公園の遊具。
使い古したペン。
やり過ぎてつまらなくなったゲーム。
趣味の変わった服。
年齢に合わないからと自ら手を放す。
あんなに好きだった食べ物も、子供っぽいといって勝手に毛嫌いする。
心では好きなのに格好つけたふりをして見ないようにするものもある。
でも本当に好きだったの?
目の前に置かれて飛びつくぐらい好きだったの?
他に選択肢が無かったから好きだったの?
私の好きな色、私の好きな部屋、私の好きな模様、私の好きな触感、私の好きな動物、私の好きな花、私の好きなパン、私の好きな映画、私の好きな飲み物、私の好きなお店、私の好きな本、私の好きな手、私の好きな顔、私の好きな瞳、私の好きな肌、私の好きな体温、私の好きな血管、私の好きな耳、私の好きな、私の好きな、私の好きな
どれだけ並べてみてもどれが本当に好きだったのか分からない
あの時はあんなに好きだったはずなのに
何回も聞いた音楽
リクエストして何回もリピートして、機械が壊れるくらい、レコードが擦り切れるくらい、テープが伸びてしまうくらい、ディスクの中央に擦り傷が出来るくらい、機械のベルトが切れてしまうくらい、タップした箇所が反応しなくなるくらい、何回も何回も、止まらない。
それなのに今では選ぶことも無い。
私の視線に好きな文字が入ってもそのまま通り過ぎる。
見ようとしない、眼中に無い。
どれだけ好きなものも、いつかは擦り切れて何も感じなくなっていく。
あなたが私のことを好いてくれたとしてもそれは永遠ではなく、いつしか無関心へと変わっていく。
当たり前の空気になっていく。
私は空気だった。
空気になるのが早かった。
空気にするのも早かった。
私が好きなものはどんどん空気になって陳腐になっていく。
どれだけ気持ちを向けようと努力しても興味がない。
何も思わないし、感動したことを思い出そうとしても余計にシラケるだけで私にとってはただの空気だった。
それでもかつては好きだったもの。
かつて好きだったものが好きではなくなっていく恐怖だけが付きまとう。
その恐怖から逃れるために好きでいようと取り繕って、仮初の笑顔を作る。
私はこれが好きなんだ。ありがとう、好きなもの覚えていてくれたんだね。
私が好きなものはとっくに空気になっているのに、あなたにとってそれは私の好きなもの。
何回も何回も繰り返して、私にとってかつて好きだったものを繰り返して、私は何回も好きなふりをする。
私がはっきり言えばいいのだろう。でも私は好きだったものが好きじゃなくなっていることが怖くて、好きだったふりをする。
私はいつまでもこれが好きなんだと思い込もうとして、自分の周りに自分の好きなものだと思って、自分がかつて好きだったものを身にまとい、傍に侍らせる。
それはとても気持ち悪くて、私はどんどん消耗していく。
いつかそれが嫌いになって、吐き気が出て来ても、私がかつて好きだったものはいつまでも私の傍を離れない。
私は好きだと思い込んで内にあるものを隠れて吐き出しながら、いつまでも好きと言い続ける。
とても気持ち悪い。
私が見ていた、かつて好きだったものはすべて灰色。
全部灰色に見える。
灰になって全て風に吹かれて消えてしまえばいいのに。
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