第11話 最強の異能力者になったはずなのに……

「あっはっはっは!」


 見渡す限り焦土を化した街を見て、生井はけらけらと笑い声を上げた。もわもわと黒い煙が舞い上がり、感じられる人の脂が燃える匂いが心地いい。


 あのクソガキが一体どうして燃えなかったのは不明だが、これだけ燃やしてやれば一緒に熱で焼け死んだだろう。


 最高の気分だ。できることなら、あのクソガキの醜い本性を暴いてから殺してやりたいところだったが、これだけ燃えれば酸素はなくなって窒息してかなり苦しんだことだろう。


 俺に逆らうからこんなことになるんだ。俺の能力は最強だ。生きている奴は、俺に勝てるはずないのだ。なにしろ俺の能力は――


「生物の温度を操る能力だから、か?」


 煙の向こうから声が聞こえたのを察知し、生井は身構える。


 生井にはもう焦りはなかった。これだけの炎に襲われてもなお生きていても不思議ではない。なにしろあいつは、生井の能力を無効化するなにかがあるのだから。その程度で焦っていては、これから行う並み居る異能力者たちの本性をさらけ出させたり、殺したりなどできない。これは、俺に与えられた試練なのだ。神は、越えられない試練は与えないという。神になぞ、この人生で一度も祈ったことはないけれど。


 煙が晴れていく。そこには赤黒い繭のようなものがあった。赤黒い繭から手が生える。その手を振り払うと、赤黒い繭は砂のように吹き飛んでいく。中からは現れたのは、先ほどとまるで変った様子のないあの若い男。


 どうする? もうここに燃やせるものは残っていない。奴を燃やすのであれば、誰かゴミを連れてこなくてはならない。


「それにしてもひどいことするな。一体何人燃やして殺したんだ」


 あの若い男はそう言ってため息をついた。


「ん? どうなってる? ダウンタウンの一角がいた人間が全員燃やされた。街もだいぶ燃えてる」


 若い男は、誰かの通信しているのか、ここにはいない何者かと会話をしている。


「え? どうしてって……どうにもできなかったんだよ。逆上した生井がやりやがったんだから。俺は知らねえよ」


 あのここにいない誰かと話すあの若い男は隙だらけだ。奴を殺すか? と考えたが、あいつにはどういうわけか生井の異能力が通用しないのだ。


 くそほどムカつくが、逃げるしかない。生井は怒りで拳を握りしめた、通話に気を取られているいまなら、簡単に――


 あの男に背を向けて、歩き出そうとしたその時――


「ぎゃっ!」


 熱いものが生井の足に突き刺さった。生井のふくらはぎを、赤黒い杭のようなものが突き刺さっている。ふくらはぎを刺された生井は、そのまま無様にまだ熱が残る地面に転がった。


「逃げていい、なんて言ってないぜ」


 くそ――それでもいまの生井には逃げることしかできない。生井は無様に地面を這いずって、あの若い男から逃げようとする。


「がっ……!」


 生井のもう一つの足に赤黒い杭が突き刺さった。激痛が走る。そして、熱い。身体の中が焼かれているのではないかと思えるほどの苦痛だった。


「だから逃げるなよ。それ以上、痛い思いしたくないでしょ」


 そう言った若い男は少し様子が変わっていた。どうやら、怒っているらしい。生井が行った行為か、それとも先ほど通信していた相手かはわからないが。


「……なにが目的だ」


 生井は姿勢を立て直し、無様に倒れたまま若い男に相対する。自分よりも年下と思われる男に、見下されるのは屈辱だった。


「だからさ、話を訊きたいって言ったでしょ。忘れたの?」


 若い男の様子は最初から一切変わっていない。自分の能力が通用しなかったことも含めて、生井はこの若い男に異様さを感じていた。


「知るかそんなもん。で、なにを訊きたいんだ?」


「お前に異能力を与えた仮面の男を知ってるよな?」


 若い男は空中でなにか操作をして、倒れている生井の近くに顔写真を投影する。馬鹿みたいな仮面をつけた男の写真。


「ああ、知ってるよ。なんだか知らんが、こいつが俺に金を渡して異能力を与えたんだ。それがなにか?」


「ちょっと故あって、俺はこいつのことを追ってる。居場所とか知らない?」


「知らねえよ。はじめに会ったきり、会ってねえしな。何回か連絡を寄越してきたけど、あいつらに関わりたくなかったから全部無視した。本当だ。嘘は言ってねえ」


 屈辱ではあるが、話をして終わりなのであればそれでいい。さっさと終わらせろと生井は思う。


「ふーん、そうなんだ。どう思う?」


 若い男は再び誰かに質問する。


「ああ、そうかわかった」


 誰かの通信を終えたのか、若い男は生井に向かってくる。


「よかったな。あんたはこれで開放だ」


「な……」


 本当に話を聞くだけだったのか? これだけのことをやられたってのに、まさかこれだけ? 本当になんなんだこいつ。わけがわからない。同じ人間とは思えなかった。


「でも、ちょっと待って。これだけはつけさせてもらうわ」


 若い男がそう言って生井の右手に装着したのは手錠。しかし、それは、右手首だけに装着された。


「なんだこれは」


 動きを拘束されなかったのはいいが、どうしてこんなものをつけられなければならないのだ。


「だってあんた、異能力使って悪さするでしょ? 俺としても、こんなひどい惨状を起こしたくないし、保険ってやつ」


「…………」


 若い男がなにを言っているのかよくわからず、生井は顔をしかめた。


「ふん、これで俺はお役御免ってことだな」


「そうだね。手がかりなさそうだし」


「つーか、これ抜いてくれねえか?」


 生井は突き刺さっている杭のようなものを指さす。


「いいよ。こっちがやったことだし、けがの手当てくらいはやってあげるけど」


「お前に手当てされるくらいなら死んだ方がましだ。そもそも、手当てぐらい自分でできる」


 生井の言葉を聞いて、若い男は「そうかい」と言う。若い男は生井に突き刺さった杭を引き抜く。引き抜く時、焼かれるような激痛が走った。それでも、生井は立ち上がった。


「……大丈夫か?」


 よろけた生井に関心のなさそうな声で訊いてくる若い男。本当に、なにからなにまで腹立たしかった。


「次会ったら殺してやる……」


 生井は、まるで負け犬のような台詞を言った。なんとも無様なことこのうえない。


 生井は、よろよろと、焦土とした街を通り抜け、裏路地に入る。


 まずは、この足をどうにかしなければならない。動脈は傷ついていないようだが、このまま放置しておくのはまずいだろう。薬局か病院は近くにあっただろうか。端末を起動し、あたりを検索する。ここから百メートルほど先に行ったところに、寂れた薬局があった。


 とりあえず、ここまで行こう。医療費は、別に異能力を使って踏み倒せばいいか。せっかく異能力を手に入れたのだし、その特権は十全に使ってやるのが筋というものだろう。


 くそ、と生井はよろよろと歩きながら吐き捨てる。


 あのガキは、一体何者だ? 生井の異能力が通用しないなんて。奴を殺すのであれば、どうして生井の能力が効かなかったのかを解明しなければならない。


 今度会ったら、あの余裕ぶった顔をぐちゃぐちゃにして、絶望の淵に叩き落としてやる……。


「お、お前」


 背後からそんな声が聞こえた。生井は足を止め、背後を振り向く。そこにいたのは、十二かそこらのガキがいた。震える手で、大振りの包丁を持っている。


「お、お前のせいで……姉ちゃんが……」


 ガキはカタカタと包丁を震わせている。勇気を振り絞り、生井のところにまでやってきたのがすぐに理解できた。なかなか微笑ましい光景である。


 だが、刃物を持ったところでなんだというのだ? 異能力者になった生井を、刃物なんかで殺せると思っているのだろうか?


 燃えて死ね。


 生井は頭の中でそう考え、ガキに向けて力を放つ。


「な……」


 しかし、ガキが燃え上がることはない。ガキに向けて、いくら力を放っても、それは現実のものとはならなかった。


「ね、姉ちゃんの仇だ!」


 ガキは包丁を構え、どたどたと近づいてくる。


「な、なんでだ。どうして異能力が使えない? なにがどうなって……」


 と、そこで自分の手首にかけられた手錠のことを思い出すと――


 ずぶり。


 腹になにかが突き刺さる音が聞こえた。そこを見ると、ガキが生井の腹に包丁を突き立てていた。ガキは、手に持った包丁をぐい、と押し上げて、引き抜いた。


 腹を刺された生井はそのままぐったりと地面に倒れる。


 倒れた生井を、ガキは見下ろしている。だがすぐに、ガキは刃物を隠して立ち去った。


「あ……」


 誰か、助けてくれ。そう言おうとしたが、腹を深々と刺された生井は救助を求める声すら上げることはできなかった。


 刺された腹からは、とめどなく血が流れている。


 死ぬ。


 その言葉が頭に浮かんだ。いままさに、それが近づいていることを自覚して、生井は心から恐ろしくなった。


 嫌だ。誰か。誰か助けて。どうして俺がこんなことに。俺は異能力者なのに。どうしてこんな。そんなことあっていいはずがない。嫌だ。死にたくない。どうして俺が死ななきゃいけないんだ。俺はすべての頂点に立つ最強の異能力者なのに。なんてこんなことに。こんなの間違っている。俺はなにもかも正しいのに。痛い。身体に力が入らない。怖い。死ぬのは嫌だ。誰かいないの? こうなったら誰でもいい。誰か、俺を――


 生井の声は届くことなく、彼は、誰もいない街の片隅で呆気なくこと切れた。

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