八十五話 レイズンブラス国

 ぱちぱち火の中で弾ける枯れ枝。

 オタマで鍋をかき混ぜながら思わず涎が出そうになる。

 空は星が瞬き三日月がくっきりと出ていた。


「まさかロッカクさんがここまで自活力がなかったなんて」

「しょうがねぇだろ。飯なんざ食わなくても生きていけんだからよ」

「それでもお腹は空きますよね」

「そこら辺の草でも食っとけば紛れる」


 派手なシャツを着た彼は、横になったままぽりぽりお腹を掻く。

 やっぱり見た目通り生活はだらしないみたいだ。

 この人が魔界での保護者だと思うと気が重くなる。


「はいどうぞ」

「悪いな」


 彼は器を受け取ってスープを啜る。


「塩っ気が足らないな」

「節約しないといけませんからね。まだルドラークを出たばかりで村や町にはよれませんし」

「そういやそうだったな」


 僕らは現在、ルドラークの隣のクロッサル国へと至っている。

 ここはまだ通り道に過ぎず、目的はさらに隣のレイズンブラス国だ。

 その国に例の遺跡があるのだとか。


 だが、未だ懸念もあった。

 ルドラークが僕らの捜索を未だ継続している点だ。

 ロッカクさん曰く、王を殺された彼の国は国をまたいで追いかけてくるだろうと。

 事実、ルドラークからの追っ手はクロッサル国にまで及んでいた。


「どこまで逃げれば諦めるのかな」

「そりゃあもう無理だと判断するまでだろう。ルドラークの手が出せない国に入るまでは、この生活は続く」

「レイズンブラスは?」

「残念だが、まだ奴らの手が届く範囲だ」


 再びため息が出る。

 王様を殺して罪悪感がないわけではない。とんでもないことをしでかしてしまった意識だってちゃんとある。でも、ああでもしないと僕は殺されてたし逃げ出すことはできなかった。

 こう見ると僕は、トラブルを起こす本当にどうしようもない奴らしい。


 財布を開くと少しばかりのお金が覗ける。

 資金も心許ない。どこかで稼がないといけないだろう。


「次の町に着いたら魔導蒸気機関車に乗るぞ」

「……なんですかそれ」

「キーマにもあっただろうが。見てないのか」

「ずっと仕事をしてましたから」


 ロッカクさんが言うには魔力を動力源とする大きな乗り物があるらしい。

 もしかするといつかみたあの金属の乗り物だろうか。もしそうなら俄然興味が湧く。


 僕らは交互に見張りをしながら休息をとった。



 ◇



 町の一画に駅と呼ばれる建造物があった。

 鞄を持った悪魔達が列車が来るのを待ち続ける。

 僕にとっては奇妙な光景だった。


「こんな紙切れを買って本当に乗れるんですか」

「紙切れじゃない。切符だ。これがないと乗れねぇからな」


 手の中にあるのは小さな紙。

 表面にはどこからどこまで乗るかの記載がされている。

 やっぱり魔界は人間界よりも進んでいるなぁ。


 ぼぉおおおおおおおおお。


 聞き慣れない音が聞こえ、思わず周囲に魔獣がいないか確認する。

 落ち着きのない僕にロッカクさんは頭を叩いた。


「今のは汽笛だ。もうすぐ来るぞ」

「例のあれが! ここに!?」


 ワクワクが止まらない。

 あの乗り物にようやく乗れるんだ。

 早く来い。早く来い。早く来い。


 来た!


 金属のレールの上を黒い塊が進んでいる。

 煙突から白煙を吐き出し早くもないが遅くもない速度で駅へと近づいていた。


「すごい、どうやって動いてるんだろう!」

「だから魔力――そういや俺も具体的には知らないだったな」


 魔導蒸気機関車はブレーキをかけてゆっくりと駅へと停車する。

 動力である先頭の黒い塊の後ろには、連結された茶色い長方形の箱がいくつも並んでいる。まるで巨大な芋虫やムカデだ。箱には窓があってガラスがはめ込まれている、中を覗けば備え付けの椅子があって座っていた悪魔達は立ち上がって下車していた。


 むふぅうう。すごい、これはなんてすごい乗り物なんだ。

 一度にこれだけの人や物を運べるなんて、この世にこんな素晴らしい物があって良いのだろうか。


「べたべた触るな。少しは落ち着け」

「あっ!」


 車体を撫でていたところでロッカクさんに引き剥がされる。

 もっと触らせて欲しい。もっとこれについて知りたい。


「しかし、そんなに興味があるのか?」

「ありますっ!」

「じゃあレイズンブラスで関連の本でも買って勉強しろ。あそこには魔導蒸気機関の製造所があるらしいし、お前の知りたいことはだいたい揃ってるだろ」

「せ、洗濯機の本とかもありますか!?」

「そこまでは知らねぇよ」


 僕らは車掌に切符を見せて車内へ乗り込む。

 座席に腰を下ろし視線を巡らせた。


 楽しいなぁ。楽しいなぁ。僕は今、あの乗り物に乗っているんだ。

 どれくらい速く走れるんだろう。気になるなぁ。こんな物を作る人はすごいよ。畑を耕すしか能のない僕には真似できない偉業だよ。


 ぼぉおおおおおおおお。


 汽笛が鳴り、各扉が閉められる。

 がくん、車内が揺れてゆっくりと進み出す。

 とうとう出発の時だ。


「見てください! 進んでますよ!」

「そりゃあ列車だからな……はしゃぎすぎだろ」

「はぁぁああああ! 段々速くなる! 見てください、駅がもうあんなに遠くに!」

「いやいや、まだそこまで離れてないだろ」


 ぐんっ、とスピードが増して列車は加速する。

 すでに馬車の速度を超えている。僕の知るどんな乗り物よりもこれは遙か上を行く。

 景色が流れあっという間に後方へと消える。これだけの重量でこれだけのパワー、僕は奇跡を見ているのかもしれない。技術というのはここまでできるのか。すごい。


「ほれ」

「なんですかこれ」

「駅弁だ」

「えき……べん??」


 木製の箱を開けばソーセージを挟んだパンが三つほど入っていた。

 なるほど、これを食べながら景色を楽しむんだな。まいったなぁ、この乗り物はどこまでも僕を興奮させてくれるよ。


「あはははっ! あはははははっ!」

「お、おい、どうして急に笑い出すんだ」


 パンを食べながら魔界の風景にうきうきする。

 相変わらず夕焼けのように空は赤いけど、こうしてみると悪くない。

 もちろん人間界の青い空の方が僕は好きだ。


「何を読んでるんですか」

「……自著だ」

「それってロッカクさんが書いた本ってこと?」

「そうだな」


 背表紙を見れば『真・魔界英雄譚 著者:ブロッコリーX』と記載されている。

 タイトルはともかく著者名がダサい。


「どうして自分の名前を使わなかったんですか」

「本名は使わないものなんだよ普通。小説ってのは自分の妄想の産物、内容によっては黒歴史にだってなる。できるだけ距離を取っておくのが正しい姿勢だろうな」

「そうなんですか。僕にも読ませてください」

「……やるよ」


 彼は本を僕に渡した。

 小さくぶ厚い本。


 時間を潰す意味も含めて読み始めた。



 ◇



「そこそこの長旅だったな」

「…………」

「おい、ロイ」

「え? あ、はいそうですね」


 僕は本から顔を上げて返事をする。

 そこでようやく自分が駅にいることに気が付く。

 いつの間にか列車から降りていたようだ。


「熱中しすぎじゃないか」

「面白いんですよコレ! まだ半分くらいですけど、次が気になって止まらないんです!」

「そ、そうか……ありがとよ……」


 彼は珍しく照れくさそうにする。

 何を恥ずかしがっているのだろうか、この本はとんでもなく面白いと言うのに。特に主人公がヒロインを守る為に、身を挺して敵の全身脱毛魔術を受けたのには感動した。果たして髪の毛を失って絶望した主人公は、ここからどうやって復活するんだろう。気になる。


 僕とロッカクさんは駅の出口に向かいながら会話をする。


「もう小説は書かないんですか?」

「筆を折っちまったからなぁ」

「こんなに面白いのに。きっとこれを読んだ人はロッカクさんの作品をずっと待ってますよ」

「そうかねぇ。ま、確かに一人だけそういう奴はいたがな」

「じゃあその人のためにも書かないと」

「……もう一度か。考えとくよ」


 彼は寂しそうな顔をして微笑んだ。





 レイズンブラス国首都プハーラは、今まで見たどの町よりも発展していた。

 もちろん規模ではなく技術的な面でだ。


 道を行くのは馬車ではなく金属の乗り物。

 それには小さな煙突が付いていて、絶えず煙を吐いていた。

 魔導蒸気機関車の小型版といったところか。


「ロッカクさん、時々見かける腰に付けているあれはなんですか」

「銃って代物だ。正式名称は魔導銃、弾に魔術を入れていつでも発動できる状態にしてんだ。つっても色々面倒ごとの多い代物で、戦闘ではほとんど使い物にならないって話だ」

「でもカッコいいですね」

「お前、変ってるな」


 普通の感覚だと思うけど……悪魔からするとそこまで価値を感じないのかな。

 実際、彼らの魔術は瞬時に発動するから、前もって面倒な作業をしてまで所有する必要性を感じられないのだろう。

 ロッカクさんは可哀想だなぁ。あれの格好良さが理解できないなんて。


「どうして哀れんだ目で見る」

「ロッカクさんは感性が濁ってますよね」

「よく言われるな」


 彼は煙草を咥えて火を点ける。

 駅前のベンチに座ると煙を吐き出した。


「まだここにはルドラークの奴らは来てないはずだ。お前だけで先に宿をとっておけ」

「僕一人ですか」

「俺は行くところがあるんだよ。この先に『パフパフの泉』って宿があるから、必ずそこでチェックインしとけよ」

「パフパフってなんですか」

「ガキは知らなくていい。普通の宿だから心配すんな」


 僕はロッカクさんと別れ宿を探す。


「パフパフ……パフパフ……あった、あそこだ」


 大きな看板に『パフパフの泉』と書かれていた。

 僕は扉を開けて中に入る。


「いらっしゃ~い♪」


 カウンターでは薄着のお姉さんがいた。

 というか露出しすぎていてまともに見られない。


「一泊、したいです」

「あら~、坊やにはここはまだ早いと思うけど~」

「ロッカクさんがここにしろって」

「ロッカク?」


 お姉さんの目つきが変る。

 鋭さが増し怒りを含んでいるような目だ。


「そのロッカクはどこに行ったのかな~」

「用があるとか言って僕だけ先にチェックインに来ました」

「そう、逃げたのね」


 チェックインは素早く行われ部屋を取ることができた。

 ただし、なぜか個室だ。

 お姉さんは貼り付けたような笑顔で対応する。


「ところで君、あいつとはどんな関係なの」

「同行者というか保護者というか、ちょっと複雑でどう説明すればいいのか分からない人です」

「へぇ、あのろくでなしが保護者ね~」

「やっぱりろくでなしなんだ」


 早速部屋に行こうとすると、上へ行く階段と地下へ行く階段があることに気が付く。


 下になにがあるんだろう。

 するとお姉さんに肩を掴まれた。


「坊やにはまだ早いかな~、ウチは宿屋だけど別のお店も経営してるの~」

「パフパフってなんですか?」

「大人になったら教えてあげるわ~」


 気になる。なんだろうパフパフ。

 ニュアンス的に柔らかい何かだと思うけど。

 う~ん、謎だ。


 その後、夜に戻ってきたロッカクさんは、廊下で待ち構えていたお姉さんに捕まり隣の部屋に連れ込まれる。

 それからロッカクさんの悲鳴が聞こえて、長い説教が壁伝いに聞こえてきた。


 どうやらあの人はロッカクさんの昔の彼女さんだったようだ。

 しかもお金を持ち出して行方をくらましていたらしい。


 窓が割れたような音が聞こえた辺りで僕は眠りに入った。


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