八十三話 捕縛者
ガオンの鋭い爪がロッカクの首の表皮を僅かに切る。
彼は後方に下がり炎をを使って攻撃した。
「
「ちっ」
ヌーラの創り出した風の壁が炎を防ぐ。
すかさずガオンが前に出てロッカクを襲う。
突き出される鋭い拳から逃げつつ、彼は攻めあぐねいていた。
「二人がかりってのは卑怯じゃないか」
「悪魔に正々堂々を期待することの方が間違いじゃないかしら。ここは魔界、力こそが全て。勝者こそが正義よ。シュルル」
「弱者の戯言など通用しない! キーマにいた貴様ならそれをよく理解しているだろう!」
ガオンの風を切るような強烈な蹴りが、ロッカクの脇腹にめり込む。
弾き飛ばされた彼はなんとか滑るようにして着地した。
片膝を突き血を吐く。
「っつ……何本か折れたなこりゃあ」
「お前には期待していたんだ。次期幹部としてな。今からでも遅くはない、あのガキを殺し魂を俺に献上しろ。そうすれば今回の件は全て水に流してやる」
「そう言って後で俺も始末するんだろ。付き合いは短いがどういった奴くらいかは知っている」
「嘘は言っていない契約を結んだっていい。お前の望む内容でこちらに戻してやる」
立ち上がったロッカクは目を細め、僅かに口角を上げた。
「俺はな、嘘つきだから嘘が分かるんだよ」
「やはり騙せないか。愚かな男だ、大人しくこちらについていればいい思いをさせてやったものを」
「あー、そう言えばあんたら俺達より先にカリントを出たんだよな」
「……? それがどうした?」
「わりぃな。ルドラーク王はロイが食っちまった」
彼の言葉はガオンとヌーラを動揺させるのに充分だった。
ガオンに至っては後ずさりして両手で頭を抱えた。
「計画が……真にキーマを我が物にし、ルドラーク王を喰らい王位を簒奪するはずだった……俺の計画が……」
「今頃カリントは大混乱だろうな。直にキーマにも情報は流れさらに混乱が広がる。いいのか、こんなところで油を売ってて」
「貴様……許さん……」
怒りに震えるガオンは腕が太くなる。
服を破り隆起した筋肉が露わとなった。
ガオンの固有能力『部分強化』である。
「部分強化か。確か肉体の一部分だけ向上させると聞く。あんたは腕みたいだな」
「地味な能力だが強力だ」
「
ヌーラの付与した魔術によって移動速度までも向上する。
風によって強く押し出されたガオンは強化された腕で攻撃を再開する。
間一髪躱した彼は、背後にあった樹があっさりと貫通したことに冷や汗を流す。
「やべぇ、本気でやらないと死ぬなこりゃあ」
ロッカクは真の姿を露わにする。
黄金色の人型の狐がその場に出現した。
「それが貴様の真の姿か」
「別に隠してたわけじゃないんだぜ。この姿だと煙草が吸いにくくてよ」
「この期に及んでまだ煙に巻こうとするか。紅蓮の狐」
「……一族のはみ出し者さ。それくらいあんたも分かるだろケムブストの脱走者さんよ」
「互いに過去は詮索するべきじゃないようだな」
「理解が早くて助かる」
ロッカクは煙草を取り出し口にくわえる。
彼の周囲に無数の火球が発生し、煙草の先に火が付いた。
「
火球がガオンめがけて放たれる。
「ぐははは! なんだこれは、攻撃にもなっていないぞ!」
炎がガオンを包み込むが、ダメージを与えている様子はない。
一見すると魔力抵抗の高さが攻撃を防いでいるように思われた。
「魔力抵抗ってのは言わば魔術を防ぐ膜だ。攻撃を受ければ消耗する。じゃあ魔術攻撃が持続すればどうなるか分かるか」
「しまっ――うぐっ!?」
猛烈な熱さを感じ始めたガオンは慌てて体から炎を振り払おうとする。
しかし、いくら逃げようとしても炎が体から離れることがない。
「ガオン、それは精神攻撃よ! 魔術を使って無効化しなさい!」
「やってくれたな狐ごときが、
ガオンを取り巻いていた炎が消える。
ロッカクはその場から動かずふてぶてしく煙草を吸っていた。
「ずいぶんと余裕じゃないかロッカク。逃げ出すならさっきだったぞ」
「だろうな。あんたと俺とでは力の差があるのはよく知っている。まともにやってちゃ勝ち目がないことくらいな。だから小手先を弄させてもらった」
「あぐっ」
ヌーラが膝を折る。
その背中には一本の杭が突き刺さっていた。
ゆらりと彼女の背後からロッカクが姿を現わし、先ほどまでロッカクだった者は岩の固まりとなって崩れ落ちる。
「謀ったわね……この嘘つきが――どうして! 魔術が使えない!?」
背後に手を向けたヌーラは魔術が使えないことに愕然とする。
それどころかみるみる力が抜けて行き、うつ伏せで倒れてしまう。
「無駄だ。あんたに突き刺したのは『魔封じの杭』、俺と一緒に消えたことをもう少し警戒しておくべきだったな」
「よくも、この私にそんな物を」
「あんたは運が良い。俺は女を甚振る趣味はねぇからな。牢屋で受けた仕打ちにはあえて目をつむってやるよ。で、人質を取られたわけだがどうするガオン」
笑みを浮かべるロッカクにガオンはうなり声をあげる。
「好きにしろ。そんな女、今となってはどうでもいい」
「ガオン!?」
「本心からじゃないんだろうな。けど、あえて乗ってやるよ。どうせ女を殺すつもりはなかった――!?」
ロッカクは背筋が凍り付くような寒気に襲われ、その場から離脱した。
直後にヌーラの真上から何かが高速落下する。
「こんなところにいたのか罪人ヌーラ」
「がはっ、あなたは、まさかメルフェントスさま」
ヌーラはグリーンの長髪の美男子に踏みつけられていた。
鋭い双眸がガオンとロッカクに向けられる。
「泳がせておけば君達に会えると思っていたが、まさかここまで上手く運ぶとは自分でも驚いた。さて、ガオンにヌーラ、宝物庫から盗み出したいくつかの宝を返してもらおうか」
十二魔将三位絶風のメルフェントスが殺気を放つ。
ガオンもロッカクもプレッシャーにあてられその場から動けない。
「盗んだ宝は……ほとんど売り払った……残っているのはそこの奴が持っている魔封じの杭だけ……」
「杭は全部で四本だったか」
視線がロッカクに向いた瞬間、ガオンは背を向けて走り出す。
が、投げられた槍によって地面に縫い付けられた。
「がはっ!?」
「どこまでも愚かな。我が国から脱走した上に宝まで盗み出すとは、貴様達の犯した罪がどれほどベオルフ様のお顔に泥を塗ったか分かるまい。帰国しだい死よりも重い罰を味わわせてやろう」
「こ、これを」
ロッカクは震えながらも三本の杭を地面に置いた。
それを見たメルフェントスは目を細める。
「間違いないようだな。いいだろう、この二人を上手くおびき寄せた褒美に今回は見逃してやる」
「ありが、とうございます」
彼は命拾いしたことに安堵した。
八魔神ベオルフが従える十二魔将は、魔界でもトップクラスの戦闘力を有する上級悪魔によって構成された集団。下級悪魔であるロッカクとは天と地ほどの差があった。
「ロッカクさん!」
「馬鹿、こっちに来るな」
戦闘を終えたロイがロッカクに駆け寄る。
彼の青藍の目を見たメルフェントスが大きく見開かれ、すぐに好奇の色に変る。
「面白い手土産ができたようだ。紅ではなく青藍の目とはな……少年、名を聞こうか」
「ロイ・マグリスです」
「覚えておこう。存分にこの魔界で肥え太るがいいぞ
「!?」
メルフェントスは鎖でガオンとヌーラを縛り上げ、四本の杭を懐に入れた。
指笛を鳴らせば上空から一頭の竜が降り立つ。
それはワイバーンと呼ぶにはあまりに禍々しい多眼の竜だった。
「さらばだ」
竜は三人を乗せ舞い上がった。
◆
僕は呆然とメルフェントスが去っていた方角を眺めていた。
いきなり現われて全てをかっさらっていたのだ。
「もうだめかと思ったぜ」
ロッカクさんが大の字で地面に倒れる。
僕には分からなかったが、それほどまでに恐ろしい相手だったのだろう。
「そっちはどうだった」
「一人だけ逃してしまいました」
「上出来だ」
彼は上体を起こして煙草を取り出してくわえる。
指で火を点けると煙を吐き出した。
狐の口だとやっぱり吸いにくそうだった。
「これでトイオックスへの侵攻はなくなったのかな」
「さぁな、そこまでは責任もてないぜ。つーか、次のキーマの代表が上手く立ち回るだろう。俺達が心配すべきは自身だ。近いうちにやべぇ追っ手が出てくるぜ」
「ひぇ、追っ手!?」
急に怖くなって震える。
僕はロッカクさんの腕を握って早く行こうと声をかけた。
「分かった分かった。と、その前に金だ」
彼は死体の懐から財布を抜く。
それから宙に漂う白い靄のようなものを集めて飲み込んだ。
「ふぅ、腹一杯魂を喰らうってのは久しぶりだ」
「さっきの白いものは魂なんですか?」
「なんだ知らねぇのか。魂ってのはしばらく死体の周りを漂うんだぜ。ロイも魂や悪魔についてもう少し勉強しねぇとな」
彼と僕はリュックを背負い、この場を後にした。
◇
ガオンとヌーラの襲撃から二日が経過。
僕らは無事にルドラークの遺跡に到着することができた。
遺跡はモッコリの村のすぐ近くにあり、人知れずひっそりと崖の上に存在していた。
「噂にゃあ聞いていたが、マジでボロボロだな。まんま遺跡だ」
「作りはトイオックスにあったのと同じみたいです。とりあえず帰れるかどうか試してみますね」
僕は石柱の囲む舞台に上がり、ナイフで腕を傷つけ血を垂らす。
それから魔力を流ししばし待った。
「……それが起動させる方法なのか?」
「人間界側の遺跡がこんな感じで動いたので、こっちでもそうなのかと」
「ふーん」
ロッカクさんは遺跡を観察して回る。
最後に舞台へやってきて軽く触れた。
「魔力を吸収しているのは確かだな。つーことはこいつはまだ生きてる。単純に必要な物が足りてねぇってことなんだろ」
「足りないもの? なんですか?」
「俺が知るわけねぇだろ。考古学者でも遺跡の専門家でもねぇんだぞ」
「そうですね」
僕は本を取り出して眺める。
恐らくここに求めることが記載されているに違いない。
「一日だ」
「え?」
「ここで帰還に時間を費やすのは一日だけだ」
「どうして!? 諦めろってことですか!?」
「ここではといっただろ。遺跡は他にもあるんだ。今回は思いつく限りのことを試して、それでだめだったら、別の遺跡で再挑戦すればいいじゃねぇか」
「でも!」
「お前忘れてないか。俺達はこの国ではお尋ね者なんだぞ」
言葉がでない。僕がここでだだをこねればそれだけ危険が増す。
彼にとっても僕にとってもゆっくりしている時間は本来なかった。
ただ、帰りを待っている家族のことを思うと、どうしても焦りを抱いてしまう。脳裏にルナとテト、お父さんお母さんの顔が浮かんで胸が締め付けられた。
「分かり、ました。一日だけ、待ってください」
「それでいい。チャンスはまだあるんだ、焦る必要はない」
「はい」
背中を向けたロッカクさんを見て僕はふと思う。
今ならバッカスさんの仇を討てるのではと。
飛びかかるつもりで獣のように姿勢を低くした。
(……本当にこれでいいのか)
僕は迷いを抱き攻撃するのを止める。
彼はバッカスさんを殺した、それは紛れもなき事実。でも果たしてそれは彼が個人的に望んだことだったのだろうか。たぶんそうじゃない。もし罪があるとすれば、彼にその命令を下した者だ。
「僕を殺そうとしたのはガオンからの命令があったからですよね」
「そうだったかなぁ。覚えてねぇな」
ロッカクさんは派手なシャツをはためかせて歩き出した。
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