八十話 追いかける者達2

 キーマを出発した馬車は、ルドラークの町ホイッスルに到着した。

 ロッカクは御者に礼を言って降りる。


「さてと、ここにあのガキがいるか調べねぇと。つってももう旅立ってるだろうが」


 ボキボキ、肩をならして背伸びをする。

 ポケットから煙草を取り出して火を点けた。


 紫煙を吐き出し視線を彷徨わせる。


「しけた町だな。キーマだったらそこら中に女がいるってのによ。長居するには向いてねぇ場所だな」


 彼はそうぼやいて酒場に入る。

 カウンターの席に着くとマスターに酒を頼んだ。


「どうぞ」

「ありがとよ」


 グラスに入った琥珀色の酒を一気に飲み干し息を吐いた。


「悪いんだが包帯とかないか。金は払う」

「ウチじゃ、これくらいしか置いてないよ」

「十分だ」


 彼は両手両足の穴を包帯で巻いて隠す。

 すでに出血は止まっているが、あえて巻くのはあまりにも目立つからである。

 加えて傷が開いた際の止血の役割も兼ねていた。


「なぁマスター、この町にこんくらいのガキが来なかったか」

「それだけじゃ分からないな。ここにも子供は大勢いる」

「えーっと、両目が青くて黒髪で、どっか頼りない感じのなよなよした奴でさ」

「……覚えがないな。たぶんウチには来てないと思う」

「そっか」


 ロッカクはカウンターに銀貨を置いて酒場を出た。

 次に宿屋に入り店主に声をかける。


「――泊まってったよ。一泊だけだけど」

「本当か!」

「ああ、よく覚えてる。次の日落ち込んだ顔でパンツを洗ってたからな」

「はぁ? パンツ?」


 有力な情報に出会えて彼は些細な話は聞き流した。

 それよりも行き先が気になって仕方がなかったのだ。


「どこに行ったか? 知らんね。こっちは客を泊めるだけで細かい話まではしないんだ。でも、金がないとかぶつぶつ言っていた気がしたな。それに風呂で一緒になった傭兵となにやら親しげにしていたようだし」

「ありがとよ」


 ロッカクは宿を飛び出し傭兵ギルドへと向かう。


「いねぇか」


 ギルドに入って早々に落胆した。

 彼はカウンターへと行き男性職員に声をかけた。


「ここに目の青い黒髪のガキが来なかったか」

「三日前に来ましたよ。依頼を受けて町を出たと思いますが」

「どこだ! どこに行った!」

「落ち着いてください」


 職員の胸ぐらを掴んで強引に引き寄せる。

 ギルド内にいた傭兵達はじろりとロッカクを睨む。


「あなたあの子のなんなのかしら」

「あ」


 声をかけられ振り返れば、そこには三人の女性がいた。

 普段のロッカクなら口笛を吹いて口説いていただろうが、今の彼はあいにくそのような気分でもない。


「ロイのこと知ってんのか」

「へぇ、あの子ロイって言うのね」

「こっちは暇なわけじゃねぇんだ。知らねぇなら失せろ」

「知ってるわよ。行き先も」

「!?」


 微笑む金髪の美女にようやく彼は冷静さを取り戻す。

 煙草を取り出し火を点けて、安堵するように大きく煙を吐き出した。


「すまねぇ。ちょっとわけありで取り乱してた」

「そう、それであなたはあの子のなんなの」

「あー、親戚のおじさん?」

「にしては似てないわよね」

「悪い、今のは嘘だ。殺したダチが世話してたガキだから探してんだよ」

「殺したダチ?」


 ロッカクはぼりぼり頭を掻いて、どう説明すべきか頭を悩ませる。

 自分でもどうしてあんなガキを追いかけているのかよく分かっていなかった。なんとなく放っておけない、そんな感情で突っ走っていることに気が付いたのだ。


「罪悪感……なんだろうな。俺にはダチを殺してまでガキを始末する理由が、実のところなかったんだ。だからこんなにも気分が悪い」

「よくわからないけど、あの子を守るのが今の貴方の救いなのかしら」

「そうだな。あいつを導いてやることで俺はダチに許されるのかもしれない」

「不器用な男ね」


 金髪の美女は微笑む。


「あの子はフィンストンへ向かったわ。護衛依頼を引き受けたらしいから、きっと行き先はカリントじゃないかしら。無事に雷獣の峡谷を抜けられてたらの話だけど」

「ありがとう、恩に着る!」


 ロッカクはギルドを出て馬車乗り場へと走る。

 フィンストン行きの適当な車を見つけて乗り込んだ。



 ◇



 馬車が森に入る。

 ロッカクは逸る気持ちを煙草で紛らわせていた。


 もしあのガキがガオンやヌーラと出会ってしまえば確実に殺される。

 あの二人はヤバい。個の実力ですらピスターチの旦那に引けを取らない。それが揃って殺しに来るんだ、どう考えたってあのガキに勝ち目なんてあるはずがない。


 できることは早く見つけ出し逃げること。

 カリントに行けばあいつらが待ち構えているはずだ。

 ロッカクはそう考えながら頭をかきむしる。


「止まってくれ!」


 御者に声をかけて停車させる。

 道には死体が散乱していた。


 彼は蝿がたかる人型の死体を一つ一つ確認する。


「あのガキはいねぇか」


 安堵して胸をなで下ろした。

 恐らく護衛中に盗賊に襲われたのだろう。だが、ロイはなんとか切り抜けフィンストンへと向かったようだった。

 彼はロイの魂を思い出しこの結果は当然であると納得する。


「あいつは曲がりなりにも旦那の魂を吸収した奴だ。そこらのゴロツキになんとかできるわけもねぇか」


 煙草を火を点けて一息つく。


「おっさん、少し休憩にしようか」

「それはいい。ちょうど馬が疲れていたんだ」


 ロッカクはしゃがみ込んで死体の懐を漁る。

 出てきたのは貨幣の入った袋だった。


「なんだよ、金も取らずに行ったのか。しかし、これで乗車賃が浮いて大助かりだな。金は天下の回り物、あって困ることはねぇ」


 全ての死体を探り金を集める。

 いくらかの銀貨を御者のオヤジに渡した。


「向こうに付いたら馬に美味いニンジンでも食わせてやれ」

「こんだけありゃ俺も酒が飲めそうだな」


 受け取ったオヤジはほくほく顔だった。

 思わぬ臨時収入は悪魔でも喜ぶ。


 しばしの休息を得た後、再び馬車は走り出した。



 ◇



 ロッカクはフィンストンへ到着した。

 車を降りた彼は御者に礼を言ってロイの捜索を開始。


 ――の前に橋の上で一服。


「ど田舎もここまでくりゃあいいもんだな。煙草がうめぇ」


 立ち昇る紫煙は緩やかな風に流され、山の間から見える夕日が町や地上を照らす。

 彼はこの時間の魔界が一番好きだった。


 下の川では子供が水遊びをしていてはしゃぐ声が響く。


「俺もまともに結婚してりゃああれくらいのガキがいたんだろうな。いや、ロイくらいのガキか? ま、どうでもいいな。縛られる位なら根無し草がちょうどいい」


 気が付けば煙草は吸い終わっていた。

 足で煙草を踏み消し町の中へと足早に進む。


 彼は先に宿屋へと向かうことにした。


「いらっしゃいませ」


 宿のカウンターではそばかすの残る少女が挨拶をした。

 ロッカクは笑みを浮かべ、少女にずいっと身を乗り出す。

 彼女は不審な男に警戒感を強め身を退いた。


「聞きたいことがあるんだが、この宿に青い目をした黒髪の少年が来なかったか」

「ええ、来ましたよ」

「やっぱカリントへ向かったか?」

「ゴムの外套を購入してたからそうだと思います」

「サンキュウ。これは礼だ」


 彼は銅貨を置いてひとまず宿を出る。

 すでに空は薄暗く星が瞬いていた。


 予想通りロイはこの町に到着し、雷獣の峡谷を抜けたのだろう。

 確かに彼から見ればロイは子供だ。おまけに疫病神で悪運の持ち主。しかし、一方で窮地を抜けられるだけの判断力と幸運も備えていた。ロイなら峡谷は無事に抜けられているはず、彼はそう考え酒場へと足を向ける。


「問題は俺だな。あそこにゃ良い思い出はないんだよな」


 酒場のカウンター席へ腰を下ろしマスターに酒を頼む。

 出されたウィスキーを一気に飲み干し金を置いて店を出た。


 彼はその足で防具店へと立ち寄り、ゴム製の黒い外套を購入。


「うし、時間もねぇし行くか」


 彼は峡谷へ向けて走り出す。

 驚異的な速度で森を駆け抜け、雷獣の峡谷へと至った。




「……いるな」


 闇に満ちた暗い谷。

 そこではピカピカと黄色い光が無数に輝いている。

 それら全て怪物と呼ばれる雷獣である。


 雷獣は見かけこそ虎に見えるが、その力は一夜にして町を壊滅できるほど。

 放つ雷撃は一般的な悪魔ですら防ぐことは容易ではなく、その足はさながら雷のごとく速い。瞬発的な速度なら魔界でも指折り。

 ロッカクでも相手にすれば数分で死を迎えることだろう。


 故に彼は最も最適といわれている夜間の谷越えを行うことにした。


 金属製の橋は夜の冷気にきしんだ音を響かせる。

 昼間の雷獣は橋の音に敏感だが、夜間の場合は気にもしない。

 その理由が昼間に膨張した金属の収縮により発生する音。


 雷獣は夜間は獲物を獲ることはできないとよく理解している。

 それに加え己の放つ光は相手に察知されやすい。

 無駄に向かっても徒労に終わることが多いので、夜間は比較的動かないことが多いのである。


 ロッカクはきしみ音に足音を紛れ込ませ静かに橋を渡る。


 ぎぎぎぎ。不快な音が響くが谷底の光は動かない。

 時折、底の壁面から壁面へ稲妻が走る。

 彼はそれを見る度に冷や汗を流した。


「生きた心地がしねぇ……」


 橋を渡りきると、彼は先ほどまでいた向こう岸に目を向ける。

 そこには彼と同じように夜間に峡谷を渡ろうとする集団がいた。


「馬鹿だな。そんな人数で渡れば臭いでバレるってのに。ま、俺には関係ねぇか」


 足早に離脱する。

 数分後、谷の辺りから雷鳴と獣の咆哮、そして悲鳴が木霊した。



 ◆



 ガオンとヌーラの乗る魔導蒸気機関車はカリント駅へと到着した。

 二人は男達を引き連れて下車。

 彼らを目撃した人々は異様な空気に素直に道を譲る。


「まったく遅い乗り物だ。カリントに来るだけで数日も要するとは」

「仕方ないわシュルル。ウチには飛行騎獣がいないもの。それとも今回の件で設けることにしたのかしら」

「不要だ。使用頻度と維持費を考えれば割に合わない」

「でしょうね。じゃあ我慢するしかないわ」


 ヌーラに諭されガオンは眉間に皺を寄せる。

 キーマ工業は莫大な利益を得る企業だ。しかし、決して無駄な買い物をするほど裕福でもない。得た収入の大半は人件費や施設の維持費などに費やされ、その上で隣国であるルドラークに上納金を支払っているのだ。


 このような関係が形成されたのは、事情を知れば仕方のないことと言える。


 トイオックスは無法地帯であるが故に統率もとれておらず、いずれも暮らしていた場所から追いやられたならず者ばかり。

 そんな者達が訓練された軍を相手にまともに戦えるはずもない。

 ましてや巨大な領土を誇るルドラークに睨まれでもしたら一瞬で消し飛ぶことだろう。

 そこでキーマ工業の先々代はルドラークの王と契約を交わし、上納金を納める代わりに不干渉を約束させることに成功した。


 つまり最高責任者となったガオンは未だ、小さな土地を治める仮初めの領主に過ぎないのだ。


「まずは陛下に話を通す。その方がスムーズに進みそうだ」

「そうね、どうせ一度は手放す予定だったし。シュルル」


 駅の構内から外へ出たガオンは目を細める。

 ルドラーク首都カリント。そこは数百万の悪魔が暮らす巨大都市。


 石造りの建物が並び空を飛行騎獣が舞う。

 隙間なく敷かれた石畳はこの町の繁栄を象徴しているようであり、駅の前にある噴水では、角と飛膜を有した悪魔らしい悪魔がルドラークの力を誇示している。

 行き交う悪魔はキーマとは違い、小綺麗な服に身を包み裕福さを醸し出している。


「いずれここも俺達の物にしてやる」

「当然シュルル。でもまずは力よ、全てを手に入れるには王に近づかなければ」

「その通りだ。俺はこんな底辺で終わる男じゃない。いずれは名付きになって、一国を手に入れ、そしてあの最上級悪魔クラウンデーモンへと至るのだ」

「そうなればベオルフも……」

「ああ、奴に怯えて暮らすこともなくなる」


 ガオンの脳裏に不敵に見下ろすベオルフの姿がよぎった。


 かつて下級兵士だったガオンとヌーラは、八魔神の一柱ベオルフの支配下にいた。

 だがその生活は悲惨な物だった。甚振られ、奴隷のように使われ、肉壁として戦場へ駆り出され続ける毎日。

 二人は命がけで国から脱出し、キーマへと流れ着いた。


 しかし、脱走して数十年、二人は今もなおベオルフを頂点とするケムブスト国の影に怯えていた。

 いつか追っ手が始末しに来るのではないかと。


 ガオンは拳を握りしめ、町の中心にそびえる王城へと向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る