七十八話 傭兵

 部屋に戻ってきた僕は夢心地だった。

 三人の女性に全身を洗われてしまったのだ。

 恥ずかしさを抱くと同時に言葉にできない変な感覚も味わった。

 あれはまだ味わってはいけない大人の感覚だったのだろう。


 火照ったままベッドに潜り込み悶々とした。




 そして、翌日。

 僕は宿の裏庭で一人パンツを洗っている。


「ううう、こんなことになるなんて……」


 羞恥心でどうにかなりそうだ。

 原因は昨夜見た夢。目が覚めたら大変なことになっていた。


「あら、坊や」

「げ」


 昨日の三人の女性が裏庭にふらりとやってくる。

 彼女達も傭兵のようで腰には剣を帯びている。


 背の高い金髪の美女は僕のパンツを見てにんまりした。


「悪かったわね。ずいぶんと刺激させちゃったみたいで」

「うううっ」

「やだ、この子泣いてる」


 恥ずかしい。今すぐ死にたい。

 ルナ、テト、お兄ちゃんは今、人生で一番の辱めを受けている。

 辛いけど耐えてきっと帰るからね。


「いいわね、可愛い。食べちゃいたいくらいだわ」

「やめときな。ガキに惚れられでもしたら面倒だろ」

「ま、それもそうだね。じゃあね」


 女性は僕の頭を撫でてから去って行った。


 内心でほっとしつつ急いでパンツを洗う。

 魔界の女性には気をつけよう。またパンツを汚すことになりそうだ。



 ◇



 宿を出るとさっそく武器屋へと向かう。

 そろそろちゃんとした武器を手に入れるべきだと考えたからだ。


 だが、すぐに僕は現実を思い知ることとなる。


「高っ!」


 鉄の剣――二十万ベルト。

 完全に予算オーバーだった。


 一番安い剣でこれだ、所持金の少ない僕には手が出せる代物ではなかった。

 すぐに剣は諦めナイフを見る。どうやらこっちはかなり安いようだ。


「うーん、一万か二万」


 僕は二つのナイフで迷う。


 一つは一番安い一万ベルトのナイフ。

 デザインはシンプルでとても質が良いとはいえない。その代わり値段は安くそこそこ使えそうな印象だ。


 もう一つは二万ベルトの質の良いナイフ。

 デザインも凝っていて大切に使えば長持ちしそうな雰囲気だ。


 そう言えば父さんがよく『道具は良い物を選べ』と言ってたな。

 質の悪い農具はすぐに壊れてしまう。だから少し高くてもできるだけ長持ちする物を選ぶべきだとよく言ってたっけ。


 よし、ここは二万のナイフを買おう。





 店を出た僕は腰に装備されたナイフに顔が緩んだ。

 ピカピカの新品のナイフ。早く使ってみたいな。


 さて、次は仕事探しだ。


 まだ所持金は十万ベルトあるので、これが尽きるまでに新たな収入源を見つけなくてはいけない。

 できれば働いてすぐにお金がもらえる仕事が望ましい。


 僕はどうやら疫病神らしい。

 だからできるだけ短期間で済む悪魔と深く関わらない職を見つけたかった。

 もうバッカスさんみたいな人を出したくなかったのだ。


 町を歩いていると、気になる建物を見つける。


「もしかしてここが傭兵ギルドかな」


 武装した人々が出入りしている。

 看板にもそう書いてあるので間違いない。


 僕はほんの少し足踏みしたものの、意を決して建物の中へと入った。


「うっ」


 ギルド内には殺伐とした空気に満ちていた。

 体格のいい男達が鋭い視線を僕に向ける。

 思わず後ずさりして怖じ気づいた。


「あら、坊やじゃない」

「ほんと、あのガキだ」

「いいじゃんいいじゃん。こっちにおいでよ」


 宿にいた三人の女性が僕を見つけて捕まえる。

 ぐいぐい建物の奥に連れて行かれ、壁際で囲まれてしまった。


「子供がこんなところに何の用?」

「あの、僕、仕事を探してて……」

「ふーん、わけありみたいね」


 僕は頭から足先までじろじろ見られる。

 最後に首の辺りで匂いを嗅がれて女性は目を細めた。


「良い魂じゃない。傭兵になるのは初めて?」

「はい」

「そ、じゃあ好きにしなさい」

「え」


 あっさりとしてて拍子抜けした。

 変に絡まれるんじゃないかと覚悟していたのだ。


「ガキが傭兵になるなんて珍しいことじゃない。すぐに死ぬのもね。私はそういうのが嫌いで安直な子供を追い払ってるのだけれど、坊やは見所がありそうだから許してあげるわ」

「見所ですか……?」

「長年の勘ってやつね。魂の質も良いし、場数をこなせば強くなるわ。ただし、良い師匠につけばの話だけど。どう、私が手取り足取り教えてあげても良いわよ。もちろん気持ち良い指導付きで」

「ふわぁ」


 女性から甘い香りが漂ってくる。

 頭がふわっとして思考がまとまらない。


「マジでこのガキを連れて行くのか」

「ま、いんじゃない。ペットを作るの今に始まったことじゃないし」


 ペット……?

 なんだろうそれ。


 ふわふわする思考の中で僕は漂っていた。

 だが、不意にルナやテトの顔が脳裏によぎった。


 急速に意識が覚醒し、僕は慌てて女性の輪から抜け出す。


「今のは何!? 僕に何をしようとしたの!?」

「へぇ、私の魅了香チャームから抜け出すなんてやるじゃない。見くびってたわ」


 女性達はクスクスと笑う。

 怖い。この人達は僕に何かをしようとしていた。


「ちょっと残念だけど、あなたなら一人でそこそこやっていけそうな気がするわ」

「何を言って……」

「あっさり落とされるようなら精根尽き果てるまで吸い尽くして、最後に魂も啜ってやろうって思ってたけど今ので考えを改めた。有望株には恩を売る、これね」


 女性は僕の腕を掴んでカウンターへと引っ張る。

 受付にいる男性に声をかけた。


「この子が登録したいって。登録料は私が払う」

「え、でも……」

「いいのよ。その代わりあなたが良い男になったら恩返ししてね。これは契約よ」


 女性は小指を差し出す。

 恐る恐る小指を差し出すと、女性はぐいっと小指に小指を絡ませた。

 変な悪魔だ。優しかったり怖かったり、つかみどころがない。


 僕は書類に記載、すぐに金属製のネックレスを渡された。


「それはドッグタグっていうのよ、死んだ際にどこの誰か確認するための認識票ね。報酬の良い仕事をもらいたければコツコツこなして階級を上げなさい」

「階級ですか」

「そ、お金が欲しければそのタグを黒くするのね」


 女性は胸元から黒いタグを取り出す。

 ギルド内で動揺が広がった。


「最上位の傭兵になればブラックタグが与えられるわ。私は【魔豹のソアラ】どこかの戦場で会えるといいわね。もちろん敵になれば殺すから」


 緊張からごくりと喉を鳴らす。

 ほんの一瞬、三人から発せられた殺気に背筋が冷たくなった。


 傭兵は悪魔同士で戦う仕事だ。いずれ彼女達とも戦うことになるだろう。

 もしかすると僕は選択を間違ったのかもしれない。


「じゃあね坊や」


 三人はギルドを出て行った。


 良い人……だったのだろうか?

 悪魔にも色々な性格の人がいるようだ。


「そうだ、仕事」


 僕はひとまずお金になるような仕事を探して掲示板へと行く。

 そこでは無数の依頼が張り出されていた。


 システムは冒険者とほぼ同じらしい。


 できるだけ払いがよく簡単な依頼を探した。

 だが、内容はどれも傭兵らしいハードなものばかり。


 盗賊退治、指名手配犯の捕獲、近場の戦場の増援、輸送の護衛などなど。


 比較的マシなのは護衛かな。

 襲撃がなければ戦わなくて済むかもしれない。

 それに報酬もなかなか良かった。


 行き先は隣町のフィンストン。タダで馬車に同乗できるのも魅力的だ。


 僕は護衛の依頼を剥がしてカウンターへと向かう。

 お金を得る為にもここはあえて危険に飛び込むしかない。



 ◇



 荷物を積んだ馬車が一台。

 目の前には腕を組んだ中年の男がいる。


「ガキ二人かよ」

「文句があるなら他の奴雇えよ! どうせ誰も来ねぇけどな!」

「ちっ、早く乗れ。すぐに出発する」


 僕ともう一人の少年は馬車の荷台へと乗った。


「フレッド。よろしくな」

「僕はロイ・マグリスだ。よろしく」


 同じ年ほどの赤毛の少年。

 背中には剣を背負いやんちゃな印象を受ける。

 どうやら彼も同じ依頼を受けたらしい。

 一人で心細かっただけに少し安心した。


「ロイはいつから傭兵に?」

「今日からだよ」

「うへぇ、俺よりぺーぺーじゃん」

「迷惑掛けるかもしれないから先に謝っておくよ」

「んなこと気にすんなよ。ま、先輩として色々教えてやるさ」


 フレッドは一年前に傭兵になったらしい。

 この辺りを点々としながら仕事をこなしていると言っていた。剣の腕に関してはそこそこ自信があるらしく、元傭兵の父親の指導を受けて磨いたとか。

 僕は内心でこの依頼は達成できたものとして考えていた。


 フレッドがいればどんな敵も撃退してくれるに違いない。

 僕とは違って彼はちゃんと戦う術を身につけているのだから。


「おいガキ共、気を引き締めておけよ。この辺りにゃ、度々盗賊が出て荷物を奪っていくんだ。ぼやぼやしてっとすぐに死んじまうぞ」

「わかってるって。傭兵の俺に任しとけ」

「はぁぁ、こんなことなら依頼料ケチるんじゃなかったな」


 馬車は思ったよりも揺れが少なく乗り心地は悪くなかった。

 車を引くのは黒い二本角の馬。恐らく人間界にもいるバイコーンという魔物だろう。

 晴天でポカポカしていて気持ちいいから瞼が重くなってくる。


「なぁ、ロイはどんな魔術持ってんだ」

「え、魔術?」

「何だよその顔。悪魔ならどんな奴でも得意な魔術を持ってるだろ」

「あ、うん、そうだね。僕は……炎系が得意かな」

「いいなぁ。俺はまだ水系しか使えなくてさ、絶賛練習中なんだよ」

「悪魔も魔術の練習をするんだ……」

「当たり前だろ?」


 てっきり悪魔は生まれつき魔術を完璧に操るのかと思っていた。

 そうじゃなく彼らもちゃんと試行錯誤して少しずつ成長しているんだ。

 姿形は違うけど、悪魔も人も本質は変らないのかもしれない。


 僕はそれとなく魔術の使い方を聞いてみた。


「フレッドはどうやって魔術を使ってるの?」

「簡単だよ。使いたい術をイメージして――ほら」


 彼の左手から水がジャバジャバ出てくる。

 僕はすかさず水筒の蓋を開けて水を補充した。


「おい! 俺を井戸代わりに使うな!」

「あはは、ごめん」


 でも魔術の使い方は覚えた。

 イメージが大切らしい。

 試しに手の平に炎の玉が出るように想像してみる。


 ぼっ。


 右手からほんの少し力が抜け、真っ赤な炎の玉が出現した。

 僕はその光景に夢でも見ているような感覚になる。

 だって、何の才能もないただの村人が魔術を発現させたのだから。


「まだイメージが固まってないみたいだな。火力にムラがあって不安定だ」

「そうなの?」

「魔術が上手い奴は現象を細かく設定して組み立てるらしいが、まだ覚えたての俺達には荒い現象を作るので精一杯だ。三老師のパチャト様の指導でも受けられたら違うのだろうけど」

「はっ、どこにいるかも分かんねぇおとぎ話みてぇな悪魔が、うすぎたねぇガキを弟子にするわきゃねぇだろ。現実を見ろ現実を」

「うるせぇな! 話に入ってくるんじゃねぇよ!」


 フレッドは依頼主へ悪態をつく。

 護衛をする相手なのにそんな態度でいいのだろうか。

 でも依頼主のおじさんは気にした様子もないので、案外これはこれでいいのかもしれない。


 馬車は森にさしかかり周囲は木々に覆われる。


「ロイ、いつでも出られるように準備しておけ」

「ここに盗賊が?」

「襲うにはうってつけの場所だろ」

「そうだね」


 ナイフを抜いて戦闘の準備をする。

 頼りになるフレッドがいるけど、今は僕も傭兵だ。

 せめて一人くらいは倒さないと。


 馬の嘶きが聞こえ馬車が停まる。


 前後にぞろぞろと異形の男達が現われた。


「荷物は全て置いてけ! じゃねぇとてめぇらの魂を啜るぞ!」


 僕らの前に盗賊が現われた。


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