六十三話 銀魔会

 マントをはためかせて宮殿内の廊下を進む。

 すれ違う者達は立ち止まって一礼した。


 ここでの僕は賢者アモンとして認知されている。


 短期間で数々の武功を打ち立てた、顔も素性も未だに明かされていない新進気鋭の謎の賢者として。

 同時にひどく恐れられる存在としても認識されていた。

 賢者ベネディクトを始め賢者アルベルトなど、僕が動けばいかなる相手であろうと、その企みを潰されしまうと。おまけに国王のお気に入りであり、何をしても許される特権を持っているとまで根も葉もない噂が広まっていた。


 おかげで僕と接する人達は恐怖で固まってしまう始末。


 どうにかしないといけないなぁなんて思いつつ、打開策が見つからないまま今日まで過ごしている。


「おやぁ、陛下のお気に入りのアモン君じゃないか」


 柱の陰から賢者レイモンドが姿を現わす。


 偶然出会ったと言うのは不自然すぎる。

 僕が通りかかるのを待っていたのだろう。


「何か用かな」

「別に。全員が呼び出されているのだから、偶然会うことだってあり得るだろう?」


 彼は僕の肩に腕を回して笑みを浮かべる。


「なぁ、君と僕とで手を組まないか。今いる賢者はどいつもこいつも埃のかぶった古くさい連中ばかりだ。あんな奴らに取り入るより、僕達で『賢者会ラウンドオブワイズ』を牛耳った方が早くないか」

「具体的に?」

「操り人形にするんだよ。魅了針を使ってさ」

「魅了系統の術と道具の使用はこの国では禁じられている。今の言葉は聞かなかったことにするから、君もきちんと実力で認められるように頑張った方がいい」


 彼の手を振り払って歩き出す。

 後方から舌打ちが聞こえた。





 謁見の間で頭を垂れる五人の賢者。

 未だアルベルトの空けた穴は埋められないままでいた。


 玉座から見下ろす国王陛下は「楽にせよ」と僕らに命令した。


「貴公らに一つ良き知らせがある。この度『賢者会ラウンドオブワイズ』の下部組織『銀魔会シルバーロッド』の設立が決定された。プリシア、四人に詳しい説明を」

「御意じゃ」


 主席賢者であるプリシアが手元の書類を開く。


「今回設立された『銀魔会シルバーロッド』は、魔術師でのみ構成された特殊攻撃部隊じゃ。少数精鋭を主とし、その選出及び全ての管理と指揮権は各賢者に一任される」

「どういうことだ。それはつまり軍に賢者を組み込むってことか?」

「聞くのだブルックス。続きはまだある。これに伴い賢者は国王直下の部下として編入されることとなるのじゃ。今までのような中途半端な独立性を維持するのではなく、軍事にも口を出すことのできる上位組織として命令系統を一本化する計画じゃ」


 僕を除いた三人の賢者が動揺する。

 今まで六賢者は各々で国王や国から独立性を保ってきた。一応『賢者会ラウンドオブワイズ』なんて組織はあったが、それは形だけで賢者達のちょっとした話し合いの場に過ぎなかったのだ。


 だが、今回の話は今までの全てをひっくり返す出来事だ。


 賢者を正式に国の管理する戦力として認め、組織に組み込むことを決定した。

 これにより賢者は国王の命令を拒否することができなくなり、拒否する場合は罰則が適応されることとなった。

 要するに賢者は称号ではなく役職となったということ。


 僕は今日される話を事前に知っていた。というより今回の提案は僕からしたもの。

 国王もプリシアも僕の考えを話すと喜んで賛同してくれた。


「冗談じゃないわ! 確かに陛下には忠誠は誓っているけど、私達は自由意志を尊重された存在のはず! 軍部なんかに身を置けば、あっという間に命令を聞くだけの人形にされて使い捨てにされてしまうわ!」

「俺も同意だ。俺達賢者は象徴的存在、独立性があるからこそ自由な発言が許され、国民からの希望を遠慮なく陛下にお伝えすることができる。それを無くせば誰が国民からの信を集める」

「ボクもお二人に同意ですね。国家から一定の距離をとっているからこそ可能となる事がある。賢者が直接行使できる武力となることは好ましくないと思います」


 三人とも反対らしい。

 当然と言えば当然、組織に組み込まれれば嫌でも戦場にかり出される機会が増える。

 それからは逃げることも逆らうこともできない。死ぬ可能性だってあるだろう。


 しかし、これは予想の範囲内だ。


 研究者気質の賢者が兵士や騎士のまねごとなど好むはずがないのだから。

 ようやく得た安泰の場所をそう簡単に捨てるはずなどない。


「お主達の言い分はよく分かるのじゃ。じゃが、これはむしろ賢者を守る為に決めたこと。先頃のアルベルトが起こした騒動の詳細は知っておろう?」

「魔術で操った元賢者テト・マグリスを魔帝国に潜り込ませ戦争を起こし、我が国を存亡の危機にまで追いやろうとした犯罪者……だったね」

「うむ、その通りじゃアモン。全てはアルベルトの企てた謀反じゃった。これに先王が協力し、事態は他国を巻き込んだ戦争へと発展してしまった。ここで問題になるのは賢者を誰にも止めることができないと言うことじゃ」


 そう、現在の賢者は巨大な力を持ちながら、何者にも縛られない危うい存在だ。

 国王も国民も賢者でさえも賢者を止めることができない。だからこそアルベルトのような手合が出てきても見て見ぬフリをするしかなかった。

 もしチェック体勢が整っていたら、テトだってああなるようなことはなかったのだ。


 プリシアは続ける。


「これを防ぐには賢者をいつでも行使できる武力とし、第三者による行使停止権限を付与することが望ましいと判断したのじゃ」

「第三者? それって陛下と対等に接する事のできる存在じゃないと意味ないわよね? それに賢者が謀反を起こした際はどうするのよ」

「順序立てて説明する。まず賢者は『賢者会ラインドオブワイズ』内にてそれぞれを監視し、不審な行動がないかチェックする。報告書を陛下と第三者組織に提出、その際陛下の命令が国益に反していないかをチェックし、その報告書も第三者組織に提出する」

「ちょっと待って。重要機密も教えるって言うのその第三者に」


 ローズマリアの指摘はもっともだ。

 機密情報を漏らすのは国家としてはあるまじき行為。もしそこから外部に漏れたら大問題だ。


「第三者組織で情報開示を許可されるのは、賢者に任命された者だけじゃ。関係書類も厳重に保管される。この任命権は『賢者会ラウンドオブワイズ』に与えられた特権じゃ。たとえ陛下であろうと口出しすることは許されぬ」

「それで?」

「うむ、この第三者組織に与えられる特権は『賢者の即時職務停止』じゃ。これが発動された場合、全ての賢者は職務を放棄し、第三者組織に身柄が引き渡されなければならない」

「あのね、さっきも言ったけど、第三者は陛下と同等の権限を有する者じゃないと意味がないないわよ。もし陛下が強硬手段に出れば簡単に無視できるもの」


 プリシアはニヤリと笑みを浮かべた。

 三人は眉間に皺を寄せて怪訝な表情となる。


「第三者組織とは冒険者ギルドのことじゃ」

「……なるほどね。ようやく理解が及んだわ。ギルドは国内の冒険者という戦力を大量に抱えてる、陛下や軍に対抗するとしても充分過ぎるわ。それに情報収集能力にも優れ、監視者としてはこれ以上にない力を有している」

「そうじゃ。最終的には賢者同士の話し合いになるだろうが、少なくともどうするべきか全員で考える時間はできるじゃろう」


 ローズマリアは納得したのか目を細めて僅かに口の端を上げる。

 反対にブルックスは腕を組んで目を閉じていた。レイモンドに至ってはどう判断すべきなのか二人をチラチラ見ていた。


「話を戻すが『銀魔会シルバーロッド』とは、より実践的に教育を施す賢者養成の組織でもあるのじゃ。指揮官である賢者には軍でも独自に判断が許される権限が与えられ、将軍相当の地位が約束される」

「ほぅ、将軍相当とは。そりゃあいい。てことはだ、今までみたいに頭の悪い指揮官の命令を大人しく聞く必要もねぇし、馬鹿なことを言い出したら拘束することも可能ってことか」

「拘束はやり過ぎじゃと思うが、おおむねそのような考えで良い」

「そいつはいい。でだ、は上がんのか?」


 ブルックスは床にどかっとあぐらをかいて指で輪っかを作った。

 あからさまだが確かにそこは気になるところだろう。


 プリシアではなく国王陛下が発言した。


「役職分にプラスして将軍と同等のだけの額を払おう。加えて戦力として必要な物があればこちらで費用を支払い準備させる」

「経費も国持ちか……案外悪くねぇ」


 ぱぁん。ブルックスは膝を叩いてから立ち上がる。


「陛下、その話喜んで受けさせていただきます」

「おおおお! そう言って貰えて余は安堵しておるぞ!」


 陛下はローズマリアとレイモンドに視線を向けた。

 僕の答えは最初から分かっているので聞くまでもない。


「考えてみればそろそろ抜本的な改革が必要だったのかもしれないわ。賢者と言っても所詮は人間、決して完璧ではないもの。此度のお話し快くお引き受けいたしますわ」

「ボ、ボクもご提案に賛同いたします!」

「そうかそうか! 余は嬉しいぞ! これでアルベルトのような者の芽を早々に摘むことができる! それでアモンはどうだ!?」


 僕は一礼して「もちろん受けさせていただきます」とだけ返事をした。


 これで賢者は国王陛下の命令には一応逆らえなくなった。

 だが、ギルドをバックに付けたことで、無理難題も言い出しづらくなることだろう。

 もうテトのような者を出させたりはしない。少なくとも僕がいる内は。


「話はまとまったな。では各々『銀魔会シルバーロッド』に所属させる者を選出し、書類にまとめて提出せよ」


 僕らは揃って頭を垂れた。




 ◇




 ざばぁ。湯船に浸かって至福の息を漏らす。

 タオルで顔を拭いてから頭に乗せた。


 ふぅう、今日も一日よく働いたなぁ。


 ようやく鶏小屋が完成してさっそく十羽ほど入れた。

 明日か明後日にはきっと卵を産んでくれると思う。


 畑の方も半蔵が面倒を見てくれていて順調そのものだし、人間界でのんびり暮らす夢もようやく叶いつつあるかな。


 できればテトともう一度一緒に暮らしたいけど、たぶんそれは我が儘だ。

 今や彼も一国の主、国民を導いていかなきゃいけない立場だ。もしそこから自由になるには三十年くらいはかかるかもしれないかな。

 でも焦る必要はない。僕には若返りの薬があるからね。


「というか悪魔デーモン寄りの今の身体だと、寿命も延びてるだろうなぁ」


 この首に提げている金のネックレスは、僕の悪魔化を防いでくれているのだ。


 その名も『悪魔殺しのネックレス』。


 有する効果は悪魔デーモンの力の弱体化だ。

 詳しい仕組みは僕も分からないが魔界でもたった一つしかないタリスマンだ。


 これに関してはずっと解析の研究を続けていて、その過程で生まれたのがアルベルトを拘束した魔道具マジックアイテム黄金鎖キャンセルチェーン』だ。


 仕組みが分かればもっと強化した道具も造れると思うのだけれど……まだまだ先は長そうな感じだ。


「師匠、お背中を流しに来ましたぞ」

「え!?」


 フォリオがタオル一枚の状態で入ってくる。

 その後ろを見ればベネまでいた。しかも同様にタオルだけの姿。


「いやいやいやいや! そんなことしなくていいから!」

「何をおっしゃいますか。師匠のお背中を流すのは弟子の務め、あわよくば据え膳として手を出されるまでがセットですぞ」

「そうだナ。その通りダ」


 なに言ってるのこの人達!?

 だいたいベネもなんでいるのさ!?


「もしやベネがなぜいるのかが気になるので?」

「ワタシはもはや男を捨てタ。それよりも師匠の血を取り込み、次代の賢者を創造する方が重要課題であると察したのダ。そ、それに……気持ち的にもそうしたいと思っタ」

「ぐふふ、まさかベネに素質があったとは儂も知りませんでしたぞ。そういうわけで二人でお背中をお流しいたしますですぞ」


 腰に手を当ててフォリオが胸を突き出す。

 ついつい目が行ってしまって身体がこわばった。


 まずい。どこからどう見ても普通の女の子だ。

 元が男だと分かっていても反応してしまう。


 落ち着け、賢者モードになるんだ。

 伊達に百年童貞してないんだ。


「ご主人様、今日こそはお背中をおながし――」

「「あ」」


 入ってきたのはイリスだった。

 一瞬目を点にしたかと思えば、眉がつり上がって三角になる。


「処罰!」

「「あばばばばばばばっ!!?」」


 突き出した手から雷撃が放たれ、フォリオとベネは黒焦げになった。


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