六十二話 テトの帰還
魔族との戦争が終結して二ヶ月。
僕らの日常は平穏が戻りのんびり過ごしている。
魔帝国とは和平交渉を結び、いくつかの条件と共に賠償金支払いで戦後処理は終了した。
公にはなっていないが、開戦の原因が元主席賢者のハンス・アルベルトと言う事もあり、王国側としては声を大にして魔帝国を責めることができなかったのだ。
結果的にこちらがかなり譲歩した形となってしまったのは仕方のないことだろう。
元主席賢者ハンス・アルベルトの処遇についてだが、国王アランは彼の者に反乱の兆しありとし内乱罪を適用した。
処罰は監獄にて無期懲役。
またもや六賢者から重犯罪者が出たことで世間に動揺が広がった。
もちろんこれは表向きの刑罰だ。実際は僕が身柄を預かりさらに厳しい罰を与えている。その辺りは後日、国王にきちんと説明をしているので納得はして貰っている。
ただ、漬物石にしていると言ったら腹を抱えて笑っていたけど。
後任の主席賢者にはプリシアが任命されることに。
国王はアモンを主席にするべきなどと言っていたが、さすがにそれは贔屓が過ぎるし、僕としても忙しくなるのはごめんなので丁重にお断りした。なぜか国王と一緒にプリシアまでもが残念がっていたけど見なかったことにした。
で、魔王であるテトの処遇だが、先に述べたとおりの交渉結果となった為、彼に関してはこれからも魔族の王であることが許された。
というか魔帝国内の人気が異常に高い為、下手に触れられないというのが正しいところだろう。反感を買ってまた戦争を引き起こされては非常に困るわけだし。
兎にも角にも一応の収束を迎えたのである。
トントン。トントン。
包丁で野菜を切って鍋に入れる。
「よし、完成っと」
「こちらもあと少しです」
隣ではイリスが鶏の丸焼きを作っていた。
台所に肉の焼ける良い匂いが充満する。
「ご当主様、こちらの準備は整いました」
サーニャがにっこり微笑んで戻ってくる。
会場の準備も完了となればあとは料理と主役を待つだけ。
玄関からドアの開く音が聞こえたので僕はそわそわする。
「ふむ、ずいぶんとお腹の空くいい匂いじゃな」
「なんだプリシアか」
「なんだとはなんじゃ! 可愛い妹にひどいのじゃ!」
「ごめんごめん。つい主役が来たのかと思って」
確かに失礼だよね。
忙しい合間を縫って帰ってきているのだから。
ダイニングの席に座った妹はキョロキョロとする。
「ずいぶんと派手に飾っておるの。主役と言っていたが誰が来るのじゃ」
「テトだよ。わざわざ魔帝国からこっちに来るって言うから、歓迎会を開いてあげようかと思って」
「なぬっ!? アタシはそんな話聞いておらぬぞ!?」
「そりゃあ話してないからね」
「なぜ!?」
「だって最近のプリシア忙しそうにしてるし」
ガーンと我が妹は青ざめた顔でショックを受けた。
いや、僕としては気を遣って伏せていたんだけどね。
新しく主席賢者になった彼女は、自宅に帰れないほど忙しくしてるし。
変に気を散らすようなことを言わない方がいいかなと判断したのだ。
ただ、サプライズ的な感じでテトに会わせてあげる予定はあったので、あえて今日の歓迎パーティーだけは妹抜きで進めることになっていたのだ。
「主席賢者を辞めるのじゃ! お兄ちゃんに粗雑に扱われる日々は嫌なのじゃ!」
「謝るからそんなこと言わないで。よしよし」
僕は喚き始める妹を抱きしめて頭を撫でる。
「むふぅ、すはすは。しかたないのぉもう少しだけ我慢するのじゃ」
あっさりと態度を軟化させて嬉しそうにする。
昔から妹は大体コレで機嫌が直るのだ。
こういうところは相変わらずあの頃と変らない。
「しかし今やテトは一国の主じゃ。国賓級を気軽に呼ぶのはさすがにどうかと思うのじゃが……」
「それなんだけど、今回の訪問は伏せてきてもらう事にした。ほら、テトって魔族の王だけど角が生えてないじゃないか。だから知らない人が見ても分からないと思ってさ」
「それはそうじゃが……賢者としては見過ごすことのできない行動なのじゃ」
「大丈夫だよ。テトはいい子だから」
「何の解決にもなっていないと思うのじゃが」
彼女は溜め息交じりに「聞かなかったことにするのじゃ」と今回の件をスルーすると決めたようだった。
ちなみにテトを迎えに行っているのは弟子のフォリオとベネだ。
ベネというのはベネディクトのこと。そのまま呼ぶのははばかられたので短縮して正体を誤魔化している。
とまぁ二人がテトを迎えに行ってくれているので、移動で入国がバレることはそうそうない。
「殿、畑で収穫した野菜でございます」
「ありがとう。これでサラダが作れそうだね」
勝手口から顔を覗かせたのは半蔵だ。
持った籠にはつやつやと輝く採れたての野菜が美味しそうだ。
そこで彼が台所の中を見回す。
「そう言えば最近ダグラス殿を見ないですな」
「ああ、彼なら一ヶ月前に魔界に強制送還したよ」
魔神をこっちに留め続けるのはあまり良くないと判断したんだ。
ベオルフが死んだ今、魔界の情勢が変る可能性が高い。加えて彼の不在は魔界のバランスを大きく崩す恐れもあった。
ただ、帰還の日の彼はひどかったな。
ソファーにしがみついていやいやと子供のようにだだをこねてたし。
仕事をしたくないとか、もっとタダ酒タダ飯でダラダラしたいとか、駄目人間のようなことをのたまっていた。
気持ちは痛いほど分かるけど事情が事情なので今回は強制的に帰らせたんだ。
「非常に残念。あの方と少し酒について語り合いたかったのだが」
「そう言えば半蔵はお酒好きだもんね」
そんなところで玄関から騒がしい声が響いた。
どうやらテトが来たみたいだ。
サラダはイリスに任せて僕はダイニングへ向かう。
「こんにちは兄ちゃん」
「テト!」
僕の前にあの頃のままの姿でテトが現われた。
身分を隠す為に平民の子供の格好をしているが、佇まいは落ち着いていて品を感じさせる。
それでいて服に大きく刺繍されたクマさんが、なんともよく似合っていて可愛い。
僕の見ているものに気が付いたのか、テトは顔を赤くして恥ずかしそうにする。
「これはジュスティーヌの趣味で余の選んだものではない」
「うんうん。そうだよね」
「ちゃんと話を聞いてないだろ兄ちゃん」
むすっとする弟の頭を撫でてやる。
それから抱きしめて頬ずりした。
ああ、可愛いな僕の弟は。ほんと帰ってきて良かった。
ずっとこの柔らかほっぺをスリスリしてられるよ。
ふと、弟の背後にいる者に目が行く。
そこには平民の格好をしたジュスティーヌがいた。
ただ、なぜか親指を囓って悔しそうな表情を浮かべている。
「ハッ! 挨拶が遅れて申し訳ございません! この度はご招待いただきまことにありがとうございますっ! これは我々からのささやかながらの贈り物でございます!」
「そんなにかしこまらなくていいよ。ここじゃ身分なんて関係ないんだし」
「とんでもない! 陛下の愛する兄上様ともなれば軽んじることはできません!」
彼女にお礼を言いながら差し出されたものを受け取る。
それは木箱に入った瓶詰めだった。
六つ入った小瓶の一つを持ち上げて見れば、どうやらそれはなにかの素材らしいことが分かる。
うーん、草かな?
でもこの辺りじゃ見ない形をしている。
「魔術師への土産はやっぱり素材が一番だ。兄ちゃんは魔族領の生き物はまだ知らないだろ? だからレア度の高いものを厳選して用意させたんだ」
「へぇ! それは嬉しいな! ところでこの草はなんて名前なの!?」
「えっとこっちはペアンテ草で――」
僕とテトは早速会話に花を咲かせる。
彼も独自の研究はずっと続けていたみたいだし、話す内容がなかなか面白い。
特にペココロ虫の生成する粘液が血液の凝固を阻害する辺りはかなり興奮した。
「ご主人様、そろそろ席に着かれては?」
「あ」
気が付けばテーブルには料理が並べられ、イリスもプリシアも席に着いていた。
もう間もなくフォリオとベネもやってくるだろう。
僕とテトはテーブルを挟んだ対面に座ってゆっくりする。
そうそう、ジュスティーヌは僕がアモンだってことはすでに知っている。
彼女は口が堅いみたいだし漏らすことはないだろうということで、終戦した後日正体を明かしたのだ。
その時の慌て振りはそれはもうすさまじかった。
泣きながら無礼を謝罪されたらどうしたらいいのか分からなくなるよ。
「遅くなりましたぞ。いやはやベネの騎獣はしつけがなっておらんですな」
「それを言うならお前のシュナイザーだロ。あのひよこはいつもワタシの身体をなで回ス」
「貧相な身体を哀れんでいるのですぞ。主人である儂の豊満ボディと比べてな」
「豊満と言うほど豊満でもあるマイ。とうとうボケたかクソジジイ」
フォリオとベネは部屋の入るなり杖で殴り合いを始める。
なんで賢者ってこうも仲が悪いんだろう。
「二人とも席について」
「「はい」」
全員が揃ったところでサーニャ、ピノ、レリアがグラスにワインを注いだ。
「テトとの再会を祝して乾杯!」
グラスが掲げられパーティーが始まった。
◇
カンカン。金槌で木材に釘を打ち込む。
現在、僕は裏庭で小屋を作っていた。
野菜もほどほどに収穫できるようになったし、そろそろ家畜に手を出そうかと考えたのだ。
一応飼育する生き物は決めてある。
やっぱり最初は鶏辺りが良いと思うのだ。
鶏ならそこまで面積も使用しないし、卵はしょっちゅう使うからちょうどいい気がする。
それに村で暮らしていた頃も鶏と豚にはずいぶんとお世話になっていた。
ほどほどの大きさの小屋を設置して、今度は周りに柵を造り始める。
スペースとしては二十羽くらいは入りそうな大きさだ。
どうせ庭は余るほどあるし使用人も結構いるからこれくらいは必要だろう。
「兄ちゃん、なにをしてるんだ?」
上から声をかけられて見上げる。
二階の窓からテトが顔を出していた。
「鶏小屋だよ。そろそろ家畜が必要だと思って」
「兄ちゃんって百年たってもやってること変らないんだな」
弟が呆れたように笑う。
そりゃあそうさ。だって僕の心はまだ村民なんだから。
間近で父さん達の開拓を見て育った誇りはある。
「暇だから余も手伝うよ」
「じゃあ畑の方を見てくれるかな。今は半蔵一人で草抜きしてると思うから」
「わかった」
ぱたぱた足音が遠ざかって行く。
久しぶりのこの感じ、帰ってきたってしみじみ実感するなぁ。
べたんべたんべたん。
聞き覚えのある足音が聞こえて振り返る。
そこにはシュナイザーがいた。
「どうしたのシュナイザー」
「びい」
「ん?」
「びいびい」
羽を騎獣小屋に向けてなにやら訴えている。
もしかして新しい騎獣が未だに気に入らないのだろうか。
召喚したとき不機嫌そうだったし。
僕は騎獣小屋へと向かう。
「ぐるるる」
小屋の前でうなり声を上げる白い虎。
あれがベネの騎獣として召喚した白虎だ。
白虎は魔界の怪物の中では比較的力の低い分類に入る。
足の速さはかなりのもので、その飼いやすさの相まって騎獣としてはトップクラスの人気を誇っているのだ。
ただ、難点が一つだけ。
鶏肉が大好物なのである。
でもシュナイザーはフェニックスだし体格も白虎よりも大きい。
それにどちらも頭がいいので殺し合いをすることはないと思っていたのだが。
ちなみにこの白虎には『ビャー子』という名前が付いている。
もちろん名付けはベネ。
眼帯を付けて格好つけている割にネーミングセンスはないらしい。
「がうっがうっ!」
「びぃびぃ!」
二頭のにらみ合いが続く。
小屋からは小太郎とリルルがじっと覗いていた。
あれは他人の喧嘩を楽しむ顔だ。
止めてくれればいいのに。
「ほらほら冷静になって。仲良くしようよ」
「がうがうっ!」
「びぃ!」
いきなり戦いが始まった。
シュナイザーが僕の背中を蹴り飛ばしたかと思えば、ビャー子が腹部に頭突きをかます。弾き飛ばされて地面に転ぶと、二頭は毛と羽毛を辺りにまき散らして、殴り合いや頭突きを繰り返す。
一応どっちも手加減はしているみたいだけど、端から見るとかなり激しい喧嘩だ。
二頭の決着は付かず畑の方へ走って行く。
しばらくしてテトの叫び声が聞こえた。
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