六十話 ハンス・アルベルト

密かに王都に戻った僕は、アルベルトが帰還していることを確認してから各所に仲間を向けた。


 少し前からエドワード達に身辺を探らせていたので、繋がりのある者達の名前はすでに判明していたのだ。アモンとプリシアの名前をフル活用し、それらを徹底的に追い詰め、脅し、交渉のテーブルに着かせ、協力するように約束させた。


 そして、説得するべき相手は一人だけとなった。


「いやはや前線からお戻りになっていたとは。アモン殿の足の速さには驚かされますな」

「大したことはないさ。本気を出せば一日で戻ってこられるからね」

「そ、それはなんとも驚愕すべき事実で……」


 持っていたティーカップをテーブルに置いた。

 目の前にはハンカチで額を拭くゲブロ大臣。


 現在僕は、彼の本宅の応接間にいる。


 突然の訪問にも大臣は快く迎えてくれ、こうして美味しい紅茶と菓子をいただいているところだ。


「ところで本日来られた要件とは?」

「単刀直入に問おう。君はアルベルトと裏で繋がっているな」

「突然なにをおっしゃられるか。私が主席賢者とそのような関係であるはずもないでしょうに。とんだいいがかりです」


 大臣は表情を一変させ怒りを露わにする。

 まぁ当たり前だよね。アルベルトの悪事がバレれば繋がっている者も芋づる式に捕まってしまう。大人しく喋る方がむしろおかしい。


 僕は持ってきていた紙束をテーブルに投げ置いた。


「じゃあこれはなにかな? マードン将軍の屋敷から出てきたものなんだけど、これには王国の村々からさらった人々の性別や年齢が詳細に記載されている。で、君に見てもらいたいのは報告書の受取人がいずれもゲブロ大臣となっている点だ」

「まさか!?」


 慌てたように紙を掴んで内容に目を通す。

 もちろん王国民だけじゃない。バナジャやエルメダスの人間までもそこには記載されていた。

 そして、それら書類はマードン将軍邸の隠し部屋に保管されていた。

 もしかしたらとピノに探らせたら案の定だった代物である。


「これは……恐らく私を陥れようとする偽造書類でしょうな。マードン将軍とは生前仲良くさせておりましたが、まさか密かに私をこのような物で引きずり落とそうとしていたとは……」

「うん、それでこっちはベネディクト邸から出てきた書類だ」


 どさっと新たに紙束を放り置いた。


 その内容は大臣からベネディクトを介してアルベルトに贈られた金品の目録である。

 ベネディクトの方からも大臣に大量の賄賂があったらしく、金額に日時に受け渡し場所までご丁寧に書かれていた。

 それにプラスして大臣の殺したい相手のリストまで付随している。

 もちろんそれらに書かれた名前の者達はすでにこの世にいない。


 これはつまり大臣は王室相談役であるアルベルトに賄賂を差し出すことで国王からの厚遇を維持し、ベネディクトを使って邪魔者を消していたということだ。一方のベネディクトもアルベルトや大臣に重宝されることにより、賢者の地位にまで上り詰めた。

 恐らくだがマードン将軍の方も同じ図式が成り立つだろう。


「こ、これは! あれほど探したのに見つからなかっ――じゃなく! これも間違いなく偽造書類です! その証拠に、私にはまったく身に覚えないことばかり!」

「で、こっちが宮殿の隠し部屋から出てきた前国王の書類だ」


 さらに追加で紙束を置く。

 大臣はまだあるのかと目をこれでもかと見開いた。


 こっちの書類には、アルベルトの人体実験の報告書と大臣から受け取った人間の詳細が記載されている。

 どちらにも前国王の筆跡できっちり両者の名前が書かれており、分かるものにしか分からない裏の印と呼ばれる王家の印が押されていた。


 こうなると言い逃れはできない。

 大臣は苦虫をかみつぶしたような顔となった。


「正直に話しましょう。実はこれは王命だったのです。全ては前国王陛下が私に下した命令でした。臣下である私がどうして逆らうことができましょう」


 大臣は一転して事情を話し始める。

 アルベルトともしもの際の打ち合わせをしていたに違いない。

 まぁ素直に吐くとはこっちも思ってないからね。


「君に伝えてなかったけど、僕はすでに元賢者にして魔皇帝であるであるテト・マグリスの身柄をこちらで押さえている。加えて君を除いた今回の関係者全員がすでにアルベルト弾劾に賛同している状態だ」

「は? 全員?」

「そう、君を除いた全員だ。その状態で君だけアルベルトの味方をすれば、国王陛下はどう思われるだろうか。他のものは刑が軽くなっても、君とアルベルトだけは……ね?」


 言わなくても分かるよね。どうなるかくらい。

 アルベルトと同等の罪をかぶりたくなければ協力するしかない。


 さらに僕はおもむろに立ち上がって窓際に立つ。


「君には素敵な家族がいるようだ。僕にも大切な兄妹がいてね、それらを失ったと知った時はそれはもう身を引き裂かれる思いだった」


 窓から見える庭では、三人の子供が杖を握りしめて魔術の訓練をしていた。

 視線を再び大臣に戻せば、彼は冷や汗を流し青ざめた顔だった。


「僕に全てを任せてくれれば彼らを路頭に迷わせることはない。あくまで目的はアルベルトの弾劾であって君達を残らず排除したいわけではないんだ。それともベネディクトやマードン将軍のようになりたいのかな」

「――っつ!?」


 大臣はぶるりと身体を震わせた。

 誰が将軍を消したのか理解したのだ。


 宮殿の守りをたやすく抜ける者に狙われれば確実に命はない。

 きっと彼ならそれはすぐに察しが付く。

 むしろ付いてもらわないと僕が困るんだ。


「承知しました。貴方様のご意志と決断に賛同いたしましょう。その代わり必ず約束をお守りください。我らの刑は軽くしていただけると」

「心配いらないさ。ちゃんと約束は守る」


 大臣は覚悟を決めたようだだった。



 ◆



 数日後、謁見の間で国王に拝謁するアルベルトの姿があった。


「よくぞ戻った。して戦況はどうであった」

「我が軍は見事魔族の軍勢を破り魔都へウグストに進行、堅い守りを破りこれを陥落させました」

「ほぉ、やはりアモンに任せたのは正解だったな。まさに破竹の勢いだ。ではこれでこの戦争は終わったと考えて良いのだな」


 国王の言葉にアルベルトは「もう一点ご報告があります」と厳しい表情を浮かべる。


「どうやら敵は自滅の道を選んだようで、占領した魔都に未知なる魔術を解き放ちました。その結果、魔都は消滅し我が軍の大半は失われプリシアとアモンも……」

「なんだとっ!? 其方はあの二人が死んだと申すのか!?」

「遺憾ながら事実でございます」

「アモン…………」


 愕然とする国王アランにアルベルトは密かに口角を上げる。

 正義や大義など無意味なものにばかり目を向ける若輩の国王に心底辟易していた、そろそろ私に王位を譲らせ辞退願おう。彼はそう考えていた。


「陛下、そろそろアモン殿との謁見のお時間です」

「そうであったな。ではアルベルトは下が――ん??」


 大臣の言葉に国王もアルベルトも目を点にする。

 すると部屋の扉が開かれアモンが颯爽と入場した。


 彼は白いマントをなびかせ、国王の目の前で片膝を突いて頭を垂れる。


「賢者アモン、ただいま戻りました」

「おおおおっ! 無事であったのだな! アルベルトよ、死んではおらぬでないか! 虚偽の報告はならんぞ! まったく!」

「は、はい……申し訳ございません」


 真横で以前と変らず挨拶をするアモンにアルベルトは偽物ではないかと疑う。

 八魔神ベオルフを相手に生還したなど、とてもではないが受け入れがたい事実だったのだ。


「我が軍は魔都を完全に制圧、魔皇帝の身柄も確保し無事に勝利いたしました。現在はガルビア将軍が戦後処理に向けて準備を進めております」

「そうかそうか! ならば軍も魔都も無事だったと言うことだな! ところで……アルベルトよ。其方が報告した内容とまったく違うのはなぜか答えよ」


 アランは喜んだのもつかの間、表情を険しくしてアルベルトに真意を問う。

 国王である彼にでたらめな報告をしたことは、二心ありと判断されても仕方がない。普段は余裕のある態度を見せているアルベルトもこの時ばかりは、冷や汗を流し焦りを感じていた。


「どうやら私めの勘違いだったようです。なにぶん隠れながら戦況の観察を行っておりましたので、いささか推測や私見が入りすぎてしまったかと。大変申し訳ございません」

「ふむ、しかしこれほど報告と食い違うとな。余も其方を擁護してやりたいところだが、それはいささか無理があるように思う。もしや虚偽と分かってそのようなことを言ったのではあるまいな」

「いえ、まさか陛下にそのようなこと!」


 アモンはすっと立ち上がり、国王とアルベルトの間に入る。

 それはまるで国王を守るかのような行動であった。


「陛下、アルベルトは裏切り者です」

「なに!? 主席賢者が!?」

「馬鹿なことを! 私が陛下と祖国を裏切るなど! もし本当にそうだというのなら証拠を見せていただけないと! それも私と陛下が納得するような明確な証拠を!」


 ぎぃいいい。前触れもなく扉が開かれぞろぞろと高官達が入室する。

 その後に兵士が机を運び入れ、その上に大量の書類がどさりと山積みとなった。


 整列する高官に大臣も加わり、全員が両膝を突いて頭を垂れた。


「これが証拠です。貴方の悪事に荷担していた者達とそれを示す全ての記録物。もちろんここにはいないがベネディクトも全てを証言すると約束してくれている」

「――っな!? ぐっ!!」


 アルベルトは誰にも見せたことのない憤怒の表情を露わにする。

 ただ一方で、国王は真実が信じられず戸惑っていた。


「アモンよ、主席賢者の悪事とはいったいなんなのだ! なぜ大臣までもがその者達に加わっているのだ!?」

「陛下は前国王が人体実験を行っていたのは知っていたかな?」

「!?」

「その様子だと知らなかったみたいだね」


 アモンは大臣に目配せし、書類の束から重要なものを持って来させた。

 受け取った彼は国王にそれを差し出す。


「……父上がやらせていたのか?」

「不老不死を求めていたらしい。被害者は数千にも及びアルベルトはその研究の中核を担う者だったんだ」


 国王アランはばさりと書類を落とし、玉座の背もたれに力なく背中を預けた。

 その目は天を仰ぎ誰かに救いを求めているようだった。


 アモンは話を続ける。


「他にもアルベルトは汚職に不正な賢者の推薦にも関与し、忠実な下僕とした元賢者であるテト・マグリスを使い今回の戦争を引き起こした。裏で糸を引いていたのは主席賢者であるハンス・アルベルトだ」

「…………まことなのかアルベルトよ?」


 主席賢者は答えようとはしなかった。

 そればかりか不敵な笑みを浮かべ立ち上がる。


「ふっ、ふはははははっ! なんと茶番! なんと滑稽! たかが新米賢者にこの私が追い詰められるとはな! 警戒などせずに先に貴様をとりこむべきだったか!」


 閉じられていた両目が開き朱く輝いた。

 視線ははっきりとアモンと国王に向けられており、明らかに目が見えていた。

 盲目の賢者とは彼が悪魔化を隠す為の偽装。実際は視力の低下など存在しなかった。


「アルベルトその目は!?」

「説明など面倒。陛下には幼き頃よりお仕えしてきましたが、それも今日で終わりにさせていただきましょう。死んでもらいます」


 主席賢者は瞬時に術を構築し爆炎を放つ。

 黒煙が玉座を完全に覆った。


「”氷結壁アイスウォール”」


 煙が晴れると、向こう側は分厚い氷の壁に覆われていた。

 舌打ちをした彼はすぐさま次の術を放つ。


 しかし、いくら爆炎を放とうとも壁が壊れることはない。


黄金鎖キャンセルチェーン


 とんっ。アモンが杖を床に突く。

 次の瞬間、黄金の鎖が部屋の各所から飛び出しアルベルトに巻き付いた。

 術の使えなくなった主席賢者は鎖を振りほどこうと激しく暴れる。


「なんだこの鎖は!? なぜ術が使えない!」

「それは僕の造った魔術の行使を阻害する魔道具マジックアイテムだよ。上級悪魔にでもなれば効果もないだろうけど、中級程度の君には抜け出すのはまず不可能だろうね」

「くそっ! アモン貴様!」


 アモンは振り返り、仮面を取って見せた。


「僕はロイ・マグリス。テト・マグリスの兄だ。ここで君に戦争で得た褒美を賜りたい」

「おお、それが其方の真の名と素顔か……して、何を望む?」

「ハンス・アルベルトの身柄を引き渡してもらう。僕は彼に最大の苦しみと苦痛を味わってもらうつもりだ。それも永久に」

「ふっ、よかろう。しかしそれだけでは貴公の得た戦果には足りぬかもしれんな。やはり後日、今回の分を差し引いた褒美は受け取ってもらわねばならん」


 ロイは視線を彷徨わせてから「ま、いいか」などと小さく呟いた。


 彼が正体を明かしたのは、絶対にアルベルトを自身の手から逃すまいとする決意だった。

 国に任せれば死刑になることだろう。だが、それではあまりにも甘すぎる。弟の受けた苦痛を、あらゆる人々の怒りを、彼は自らの手で相応に罰を与えようと考えていた。


 ロイは再び仮面を装着し、専用空間マジックボックスから一本の太い針を取り出す。


 氷の壁を解除すると、アルベルトに歩み寄り針を額に突き刺した。


「あ、ああ……ぐぼぉ!?」


 ぼとん。


 床に奇妙な肉の球が転がった。

 それはびくびくんと痙攣しており表面には血管が浮き出ていた。


 拷問道具『無限楽園エンドレスエデン』は突き刺した対象を永久に生かし続けたまま、現実と相違ない悪夢を見せ続ける。精神が壊れることさえも許さず、針が引き抜かれるその日までそう在り続けるのである。


 アモンは肉の球を拾い上げて脇に抱えた。


「お願いがもう一点。証言を決意した彼らにどうか恩情を。国の中枢で働く彼らを失えば国政が難しくなります。人は時に間違いも犯す、そして、彼らはまだその失敗を取り戻せる位置にいる」

「くく、くくく、貴公は実に我が儘であるな! だがそれがいい! よかろう余は大器を示し寛大な心をもって、今回は罰金刑に処分を留めてやろう!」


 おおおっと高官達は安堵する。

 だがしかし、後日大金を請求されて高官達は肩を落とすこととなる。


 国王アランは立ち去ろうとするアモンを引き留めた。


「貴公は……どこにも行かぬよな?」

「そんなはずないだろ。ここは僕の生まれ故郷だ」

「ならばよい。これからも余の傍にいてくれ」

「もちろんさ。賢者だからね」


 白いマントをひるがえした賢者アモンは、堂々と謁見の間から立ち去った。



 第三章 〈完〉



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