五十五話 大森林の巨石路
イリス達はエルメダス国に一足先に出発。
僕はベネディクトを連れて彼女たちと合流を果たした。
「――で、連れて帰ってきたってわけですか」
腕を組んだイリスに睨まれる。
視線の先は僕の後ろにいるベネディクト。
「私にはもう以前のように刃向かう気力はない。あの方から守ってもらえるのなら何だってするつもりだ」
「それは構いませんが口調が気にくわないですね。もっと丁寧に、心を込めて、どちらが上と下かよく理解した発言をお願いします」
「あぐっ!?」
イリスはベネディクトの首を掴んで持ち上げる。
「まぁまぁ、彼もまだ牢から出てきたばかりで、どういった対応をしたら良いのかよく分かっていないんだ。ここは優しく教えてあげようよ」
「はぁ……ご主人様は甘すぎます。でもそう言うところが……なのですけどね」
「え? なんだって?」
「な、なんでもありませんっ!」
よく聞こえなかったけど何か言ってたな。
ま、どうせ悪口だろう。
床で咳き込むベネディクトは現在、魔術封じの手錠も首輪もしていない。
一応彼は未だ犯罪者という位置づけにあるものの、再教育対象者として拘束だけは解かれていた。普通ならそのようなことはしないのだが、今回は特例中の特例であり、希望したのが僕と言うこともあって許可が出たのである。
さすがに魔術の使えない人間を預かっても使い道が少なすぎるからね。
ちなみにではあるが、ベネディクトには未だ正体を隠している。
いずれ僕の元から離れることを考えるとバラすべきではないだろう。
それに彼がそれをネタにアルベルトに再び取り入ろうとしないともいいきれない。
あくまで執行猶予を与えられた犯罪者だ。くれぐれも油断するべきじゃない。
「けほっけほっ、私はアモン――様にお仕えして汚名を返上したいと考えている。故に誠心誠意尽くすつもりだ」
「なるほど。これが最後のチャンスだとよく理解しているようですね。ならば私からこれ以上言うことはありません。一人前の配下としてビシバシ鍛えますので覚悟しておいてくださいね」
「しょ、承知した……」
青ざめた顔でベネディクトは返事をする。
僕は懐からとある物を取り出して彼に差し出した。
それは杖と眼帯だ。
「さすがにタリスマンは返してもらえなかったよ」
「いや、これだけあれば充分――ぶげぇ!?」
イリスが彼の顔面を殴る。
「敬語を使いなさい」
「は、はい! 申し訳ありませんでした!」
彼もしばらくは大変だろうなぁ。
イリスは下の者には厳しいからね。
「まずはその格好です。そんなみすぼらしい姿ではご主人様の品格が疑われてしまいます。貴方は今日からこれを着なさい」
それは紺色のローブだ。装飾などは一切なくシンプルなデザインのもの。
薄汚れた麻の服を着ている彼には悪くない一品だと思う。
「これは……なんと心地の良い肌触り。簡素に見えて実は高価な品なのでは?」
「確かに安物ではありませんが、値の張る物でもありませんよ。エターニアならどこにでも売られているローブです」
「魔界の服だと……だとするとどれほどの価値が……」
戦々恐々としつつすぐに着替えたベネディクトが戻ってくる。
顔には眼帯、右手には杖、その身には紺のローブが身につけられていた。
どうやら髭も剃ったらしく以前よりも若々しい印象を受けた。
実際、彼はまだ四十代なのでそこまで年を食っているわけでもない。
「最初に言っておきます。くれぐれもアモン様や私から逃げられるとは思わないことですね。貴方の想像を超える方法で必ず見つけ出し殺します」
「しょ、承知しました……」
ベネディクトはイリスの気配に気圧されつつ深々と一礼する。
彼女がただの
「あの、それですがあそこにいる方々は?」
彼の視線の先にはソファーでくつろぐダグラス、シュナイザーの毛繕いをするフォリオがいた。
「あっちは僕の弟子。で、あっちは召喚した八魔神のダグラス」
「八魔神!? あそこでだらしなく寝転がっているあれが伝説のダグラス!?」
「うん」
聞く話によるとダグラスは、数千年前の書物には何度も登場する有名な
魔神となった現在ではもはや存在すら疑われているとか。
「おーい酒がないぞ、酒が」
「ダグラス殿、飲み過ぎですぞ」
「無償で召喚されているのだからこれくらいかまわんだろ」
「仕方ないですな、酒瓶を持ってくるので待っててほしいですぞ」
「ふはははっ、そうこなくてはな!」
完全に駄目人間と化している。
この場合駄目悪魔と言うべきなのかな。
ベネディクトは呆然としながら「とんでもないところに来てしまったかもしれない」と呟いた。
◇
エルメダス国の復興は二ヶ月を過ぎた辺りから急激に加速した。
王国から人手を募り大量に送り込んだからだ。
中継地点である元バナジャの首都デヘトリスにも商売人が押し寄せ急速な復興が行われていた。
これにより補給路は強化され、王国軍は暗黒領域へと進行する準備がようやく整った。
「――問題はどうやって帝都に攻め込むかじゃ。暗黒領域には大森林と高い山脈が行く手を阻んでおる。ここを突破するには至難の業じゃ」
「うーむ、どうしたものか」
プリシアとガルビア将軍が地図を眺めながら頭を悩ませている。
同席する各団長も案がないらしく腕を組んだまま一言も発することはない。
「山脈までの道は僕が作るよ。そこでひとまず前線基地を建設、時間をかけて安全な山越えのルートを探そうと思う」
「お一人で大森林に道を? 本当に可能なのでしょうか?」
怪訝な表情を浮かべる将軍。
いつもは絶賛してくれるプリシアも今回ばかりは微妙な表情だ。
「おにい――じゃなかった。アモン殿はあの場所を見たことがないからそういえるのじゃ。あそこはとんでもなく広大な森、おまけに凶暴な魔獣も生息していて道などとてもではないが無理な話じゃ」
「大丈夫だって。僕で駄目だったら別の手段を考えれば良いだけじゃないか。とにかく一回は挑戦させてもらえると嬉しいかな」
「ふむ……承知しました。アモン様がそこまで言うのならお願いいたしましょう」
ガルビア将軍は頷いて許可を出した。
エルメダス国から西へ数十キロ、地平線の彼方にまで続く大森林がそこにあった。
あまりの広さに僕も驚いたくらいだ。
人間界にも魔界の森に匹敵するくらいの森があったのかと。
「儂にはここに道ができるとはとても想像できないですぞ」
「はははっ、そこまで難しいことじゃないよ。やり方の問題じゃないかな」
「私にはそうは思えないのだが」
僕とフォリオとベネディクトは森の端に足を踏み入れる。
鬱蒼と茂る木々は空も覆い隠し、鳥と獣の鳴き声が至るところで聞こえていた。
「君に一つ聞きたいことがある。アルベルトと言う人物は一体どんな魔術師なんだい」
「どのような……難しい質問だ」
ベネディクトは立ち止まってしばし熟考する。
「恐らく王国で一番の魔術師。それは知識も力も悪徳もあらゆる面に対してだ」
「君は彼の使う術を見たことがあるかな」
「数回だけ。あの方と正面からやり合おうと考えているのならそれは止めた方がいい。なぜならアルベルトという人間はすでにこの世にいないからだ」
僕は足を止めて振り返る。
彼の言葉の意味をよく理解できなかったからだ。
アルベルトがこの世にいない?
「あの方は
「なっ!? それは魔術師なら誰でも知っている禁忌中の禁忌ですぞ!」
「だが、あの方はやってしまった。私も酒の席で少し聞いた程度だが、それが真実なのはあの驚異的な力をみれば納得する」
ベネディクトはアルベルトのすさまじい実力を目の当たりにしたと言う。
たった一つの術で中規模程度の村が一瞬にして消し飛んだのだとか。
そして、まだ若かった彼は、その力に畏敬の念を抱いてしまった。
「それは驚きだ。
「そう、あの方は死を乗り越えることで強大な力を手にした。人の身では決してあの方に勝つことはできない」
「じゃあなんで僕に保護を求めたの? 逃げられないと思ってたんだよね?」
「あの異常なまでの魔力抵抗値……失礼を承知で聞く。もしやアモン様も肉を食べられた方なのでは……」
「…………僕は人間だ」
長い間をおいてから答えた。
そう、僕は人間だ。だれが何と言おうと。
何かを察した二人はそれ以上質問をすることはなかった。
僕らは森から出て再び入り口に戻る。
「これだけの森に道を作るのはやはり困難なのでは?」
「いくらアモン様が卓越した魔術師でも現実的に無理がある。このようなことは言いたくないが、できないことはできないときちんと言うべきではなかったのか」
二人は『一緒に謝りに行きましょ』と暗に言っているようだった。
ちょっとショックだなぁ、まだまだ僕は甘く見られているみたいだ。
杖を掲げてトンッと地面に突く。
ミシミシミシ。メキメキメキ。ズガガガガガッ。
巨大な岩の壁が地面から二つ出現する。
木々は勢いよく吹き飛んで宙を舞い、土煙がもうもうと立ち昇った。
現われたのは幅二十メートルほどの石の壁に挟まれた道。
一直線に地平線まで延びている。
「「…………」」
二人はおぼつかない足取りで道に足を踏み入れる。
しばらくぼーっと道の先を眺めてから、突然ガクッと両膝を折った。
「あは、あはははは……ほんの数秒でこれだと……?」
「儂は夢でも見ているのか。こんなこと
壁は厚さ十メートルに高さ三十メートル。
いかに巨大な魔獣でもそう簡単に破壊はできない。
道も馬車が通りやすいように岩で舗装を行っている。
これなら軍も山脈まですぐに到着できるだろう。
ふと気が付くと二人が僕に頭を垂れていた。
「師匠、儂は貴方という素晴らしい方のお側にいられることを心の底から歓喜しております。貴方こそがこの世界の最高の魔術師。賢者などという枠に収まらぬ生ける神話ですぞ」
「私はなんという愚かだったのか。これほどの御方を侮り牙をむいたとは。これより全身全霊を持って貴方様にお仕えし、心を入れ替え、その偉大なる英知と御業を学び取りたい所存でございます」
「う、うん」
フォリオはいいとしてベネディクトまで態度が急変していた。
濁った眼をしていたあの男が、少年のようにキラキラした眼をしているのはちょっと気味が悪い。
あの堂々とした賢者ベネディクトはどこに行ったのだろうか。
「ベネディクトよ、真の忠義者は主人の好みに合わせるものだぞ」
「む、それはそうだが……小娘に言われてもな」
「ぬふふ、まだ分からぬか愚か者め。儂はビルフォリオぞ」
「なに!? 貴様、あのジジイだったのか!? しかしその身体は!?」
「師匠は女しか弟子にとらぬ。故に儂は性別を変えて若返ったのだ」
「な、なるほど! では私もその薬を飲めば!」
え、ええ? なんか勝手に話が進んでるけど?
てゆうかなんで僕の許可も得ずに正体を明かしてるのかな。
フォリオは懐から赤と青の二つの小瓶を取り出してベネディクトに渡す。
それを見て僕はハッとした。
マズい。それはあの時の。
止めようとするがその時には遅かった。
ベネディクトは二つの小瓶を一気に飲み干してしまう。
「ぬぐわぁぁぁぁぁっ!」
「ひぃぇぇえええええっ!!?」
ベネディクトが悲鳴をあげる。
僕も悲鳴をあげる。
ど、どうしよう! ベネディクトが女の子に!?
これじゃあ陛下にどう言い訳をすれば!?
「へっくしょン。なぜか寒イ」
そこにいたのはだぼだぼになった紺色のローブを身に纏う、黒い長髪の少女だった。
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