五十四話 ベネディクトの危機
数日後、急遽呼び出された僕は宮殿へと赴くことに。
陛下の前で一礼するとすぐさま本題へと移る。
「エルメダス奪還の報告はすでに聞き及んでいる。よくぞ成し遂げてくれた、余は貴公という素晴らしき臣下をもてて感極まっておるぞ」
「そう言ってもらえて僕も嬉しいよ。でも一つ言わせてもらえないかな。なぜレイモンドなんかを参謀なんかに据えたんだい」
「……そのことか」
陛下は悩ましげに額を押さえた。
やはり彼も悪手だったことは良く理解していたようだ。それでもそうしなければならなかった、その理由を僕は知りたかった。
「戦を経験させたかったというのが一点。賢者としての実績を作らせると言うのがもう一点。この二点をアルベルトにどうしてもと頼まれたのだ」
「どうして主席賢者の要求をのむ必要があったんだい。断れば良かったじゃないか」
「確かにそれもできなくもなかったが、アルベルトは王室相談役であり幼き頃より余の教育係を務めている者。どうしてもと頼まれるとなかなか断れぬのだ。もちろん予断を許さぬ戦況であれば余も撥ね付けたであろうがな」
余裕の出てきたタイミングでレイモンドをねじ込んだってわけか。
陛下としても多大な恩のあるアルベルトの頼みを無下にもできず、最終的には説得されて決断を下してしまったということか。
確信した。この国をむしばんでいる一つは主席賢者アルベルトだ。
「しかし貴公が突如参戦したことに余は驚かされた。この短期間で前線と王都を行き来するなど、一体いかなる移動方法を用いて行っているのか大変興味深い」
「大したことじゃないよ。特別足の速い馬に乗っているだけさ」
「ほう、ならばその馬をいつか見てみたいものだな」
陛下は近くにいる大臣に声をかける。
頷いた彼は高官から一枚の羊皮紙を受け取り僕に差し出した。
「それは此度の正式な辞令書だ。貴公には参謀となって軍を動かしてもらう」
「プリシアは?」
「副参謀としてエルメダスの復興に力を注いでもらうつもりだ」
今回はそれほど悪い配置じゃないみたいだ。
復興を成し遂げればちゃんと評価はされるだろうし、決して軍への発言権がなくなったわけでもない。
逆に言えばそれだけ僕への評価が高いってことでもあるのだと思うけどさ。
「それでレイモンドはどうするつもりかな。もうこっちには戻ってきているんだよね」
「あの者には無断で帰還した罰としてブレバー領の復興と警戒を任せている」
ああ、先日の魔族の大規模奇襲で被害が出たからね。
防衛戦力を補充するまでは守りが手薄になるし、その間の穴埋めを彼にさせることにしたのだろう。
「陛下、そろそろセレーヌ王女との面会のお時間です」
「そうか。ところでアモンは王女とは面識は?」
「雑談をするくらいには仲は良いかな」
「ではこのままでも問題ないな。王女をここへ招け」
陛下の命令に従い、兵士が謁見の間に王女を招き入れる。
彼女はしずしずと部屋に入ると、僕を見つけて柔和に微笑んだ。
「お久しぶりでございます陛下。即位式以来でしょうか」
「そうだな。ひとまず其方が無事で余は安堵している」
「ありがたきお言葉、胸に染み渡るようです」
同盟国の王族同士と言う事もあって互いに面識はあるようだった。
それどころか談笑を交えるくらいでかなり距離は近い。
「アモンには言っていなかったな。彼女は余の親戚にあたるのだ」
「なるほど、だからずいぶんと仲が良いのか」
「はい。幼き頃から度々顔を合わせては野原を駆けたものです。今は懐かしき思い出ですね」
王女は表情を引き締めて本題を切り出した。
ただ感謝を言いに来たのではないことは僕も陛下も理解している。
恐らくこれからのことと陛下の真意を確かめるため。
エルメダスを王国の一部にするのか、それとも今まで通り独立した国家としての権限を維持させてもらえるのかを彼女ははっきりさせたいのだ。
「率直に申しあげます。陛下はエルメダスの今後をどうお考えでしょうか」
「ふむ、ずいぶんと直球だな。だが余はそういうのは嫌いではないぞ」
「それで答えは?」
「決まっている。エルメダスは国家として今後も独立を維持し、我が国との同盟関係を継続してもらうつもりだ」
「……そうですか」
セレーナは表情を変えず返答をする。
王国に吸収されなかったと言う事は喜ぶべきところなのだろうが、それは同時に王国は必要以上に助けないという意思表示の表れでもあったのだ。
冷たいと思うかもしれないが、これは国家の長としては正しい判断といえる。魔族との間に緩衝地を作り敵の盾にすることは至極当然。だからこそエルメダスを取り戻すことを急いていた。
それが分かっている彼女の胸中は複雑なはずだ。
「必要な物資はしっかり供給させる。復興の指揮も賢者プリシアに任せてあるので、決して悪いようにはしない。安心されよ」
「重ね重ね寛大なお心に感謝いたします」
満足そうに頷く陛下に王女は笑顔を浮かべた。
この様子ならこれからの交渉も上手くいきそうだな。
前線のことも気になるし退散するとしよう。
「そろそろ僕は帰らせてもらうよ」
「む、もう行くのか。まだ色々と話したいことがあったのだがな」
「それはこの争いを終わらせてからだ」
「難なくと言い放つその意思の強さ。ククク、やはり貴公は余の見込んだとおりの男だったようだな。素晴らしい戦果を期待しているぞ」
陛下に一礼してから謁見の間を退室した。
◇
屋敷に戻るとリビングでいびきを掻いて寝ているダグラスを見つける。
周りには空になった酒瓶が転がり、何かの食べかすが机や床に散らばっていた。
相変わらずひどい。これで一国の王だというのだから臣下はさぞ大変だろう。
「お帰りなさいませご主人様」
「うん、護衛ご苦労だったね」
ダグラスの眠るソファーの対面ではイリスが読書をしていた。
読んでいるのはエルメダスの図書館で見つけた『魅力的な女性の技術』などという本だ。
昔から彼女はこの手の本をよく読んでいるのを僕はよく知っている。
「ほーら、シュナイザー! しっかり身体を洗うですぞ!」
「ぐぴぴっ!」
窓から外を覗くと、フォリオがシュナイザーを大きな桶に入れてごしごし洗っていた。
近くでは小太郎とリルルが座って待っている様子が窺える。
乾燥した土地に長く滞在していたから、騎獣達もずいぶんと汚れていた。
そこに気が付く彼女はやはりライダーの資質が高いように思える。
「で、後進育成会は上手くいきましたか?」
「そっちは問題なかったよ。陛下と王女の謁見もおおむね予想通りだったし」
「独立国家としての体裁は保てると言う事でしょうか」
「そうなるね。ただ、これからエルメダスは王国に頭が上がらなくなるだろうけど」
実質エルメダスは王国の傘下に入ることとなる。
以前のような対等な同盟関係とはいかないだろうね。
まず陛下がそれを許さない。
セレーヌがこれからやるべきことはどこまで妥協を引っ張り出せるかだ。
少なくとも交易で王国に有利な措置をとらざるを得ないだろう。
「ちなみにここまでの移動はどうだった。ダグラスは王女の気を紛らわせてくれたかな」
「その狙いはおおむね達成できたでしょうね。予測不能な彼の行動と発言に、終始笑っておりましたから。全裸で石を囓った時はそれはもうお腹を抱えて――下品な話なのでこれくらいにしておきましょうか」
全裸で石を囓ったってどういうこと!?
なにしたのダグラス!?
まったくそこに至った経緯が見えてこないので逆に興味が湧いてしまう。
そりゃあ昔から変な人物ではあるけど、少し見ない間にもっと悪化したかな??
「んがぁ……んあ? お、ロイじゃないか」
「おはよう。楽しい旅路だったみたいだね」
「まぁな。美人が二人もいれば飲む酒も美味いからな」
ニヤリとするダグラスは、新しい酒瓶を取り出して親指で蓋を弾いて抜く。
「ぶはっ、人間界ってのは何千年経っても変らねぇな。もう少し文明が発達していても良いと思うんだが」
「確かにそうだよね。なんでだろう」
彼のふとした疑問は僕の頭にはなかったことだ。
考えてみればずいぶんと発達が遅い気がする。
魔界では数千年あれば新しい画期的な技術が開発される。
時間の流れが緩やかな
なのに人間界は知識を消去されているかのごとく文明が遅々として進まない。
不思議だ。なんでなんだろう。
「いやぁ、なかなか疲れましたなぁ。いい汗をかきましたぞ」
部屋に入ってきたフォリオはほてった顔でご満悦の様子だ。
散々騎獣でモフモフしたからだろう。
イリスの横に座った彼女は風の魔術で涼む。
「ねぇ、聞こうと思ってたんだけど、君はどうしてレイモンドを賢者として指名したのかな」
「お? ああ、そのことですか。簡単な話ですぞ。お世話になったベルザス様へのご恩返しとしてその系譜の者で賢者に近し実力者を指名しただけですぞ。プリシアもそのつもりで弟子にしていたはず」
ベルザス……それってプリシアの師匠の家名だよね?
いや、ちょっとまって、レイモンドも確か同じ家名だったはず。
だとするとレイモンドは妹の師匠の子孫ってことか。
「まさかあそこまで性格に難があったとは。見抜けなかった儂はやはり愚かでしたな」
「仕方がないよ。彼は賢者になる前はなんだかんだ文句は言いつつ優しい人物だったからね。僕自身もあんな風に変るなんて予想外だったんだ。きっとアルベルトが彼を変えてしまったんだろうね」
アルベルトは油断ならない人物だ。
すでにこちらを排除の対象と見ているかもしれない。
それでも未だ放置しているのは僕の手の内が分からないから。
だからこそ接触もしてこない。
その時、僕の懐で小さな振動があった。
取り出すと小さな金属の箱が震えている。
これはベネディクトからの助けの知らせだ。
とうとうアルベルトが始末に動いたらしい。
今頃は牢屋に密かに放っておいた『
僕は杖を握って屋敷を飛び出した。
宮殿の地下牢。
そこでは剣を持ったまま絶命している二人の兵士がいた。
部屋の隅で身を縮めているベネディクトは、荒々しい呼吸をして死体を見つめていた。
僕は別の兵士に死体を運び出させ彼に話しかける。
「殺されそうになったのか」
「あ、あの方は私を消そうとしている――! 頼む、今すぐにでもどこか安全な場所で保護してくれ! このままでは確実に口を封じられてしまう!!」
すがりつく彼にしばし沈黙した。
どうするべきか思案していたのだ。
今の僕なら陛下も多少の無理は聞いてくれるはずだ。
しかし、こんなことで貸しを返してもらうのは不本意。
この先どうしてもお願いしたいことが出てこない保証もない。
とするなら予定を繰り上げさせて監獄送りにすることか。
「アモン、一体どうしたというのだ?」
「陛下」
陛下が地下牢へと現われる。
非常に珍しいことだ。普段は部下任せだというのに。
裏を返せばそれだけベネディクトとは重要な証人だということ。
彼もベネディクトが今すぐに死んでしまうのは避けたいと考えている。
「何者かの口封じらしい。念の為に仕掛けておいた僕の
「貴公はこの事態を予期していたということか」
「ないとは言い切れないからね。賢者である彼が魔族側に寝返ったくらいだ、他にいてもなんら不思議なことはないよね?」
暗に『宮殿内に敵がいる』と教える。
勘の良い彼はすぐに察し、腕を組んで考えを巡らせた。
「すでに得られるだけの情報は得ている。あとは処置として処刑か監獄送りにするだけだったのだが、もしまだ裏切り者がいるとすれば話は変ってくる。この者は重要な証人になり得るからな」
「その通りだ。たとえ名前は知らなくとも顔や声を覚えているかもしれない。少なくともここで殺してしまうのは敵にとって都合の良いことだ」
「すぐにでも監獄送りにするべきか……いや、それでもどこかのタイミングで消されることもあるかもしれぬ。それよりももっと良い案があるな」
僕はどんな案だろうと興味が湧く。
陛下はぴっと人差し指を立てて僕に向けた。
「アモンが直接保護するのだ」
「え゛」
後ずさりするが陛下は逃さないとばかりに腕を掴んだ。
「ベネディクトを罪人奴隷として傍におけばいいのだ。世話役でもなんでもやらせればいい。実は余も悩んでいたのだ。裏切り者とは言え元は賢者、そのような人物をこのまま処刑台に送って良いものかと。だが、貴公が再教育という名目で引き取ってくれるならその必要もあるまい」
「罪人奴隷……再教育……」
ちらりとベネディクトを見れば、何度も『それでいい』とばかりに頷いている。
なんで僕にばかりこんな面倒ごとが降ってくるかな。
そりゃあ気を利かせてあれこれ手を回したせいなのは理解できるけど。
でもこれはないよ。ひどいよ陛下。
「ふははははっ! では頼んだぞアモン!」
バシバシッ肩を叩いて陛下は颯爽と去って行った。
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