五十三話 後進育成会

 エルメダス国の復興はほどなく順調に進み始めた。

 王国側の支援があったからもあるが、一番は国民が再び立ち上がる意思を明確にしたことだった。

 レイモンドの言葉は良い方向に発破をかけた感じとなったのだ。

 彼がそこまで考えてあのような暴言を吐いたのかは不明ではあるが、あれがなかったら人々は無気力のままだったかもしれない。ある意味では彼に感謝している。


 人々の中心となり心の支えとなっているのはセレーナ王女である。


 彼女はエルメダス王族の数少ない生き残りの一人らしく、もし王国がエルメダスの存続を望んだ場合、確実に女王になると目されている人物だ。

 故に将軍は彼女に王国側で保護すると申し出たのだが、彼女はそれをあっさりと断りこの地で民と共に復興に尽力すると言ったそうだ。


 その間、僕はエルメダスの為にできることはないかと、多くのことを試してみた。

 食糧事情を改善することを目的に、比較的繁殖力の低い魔界の野菜を農民に渡して育てさせたり、町全体に強固な結界を張ってあげたり、治癒速度が格段に上がる薬の作成を教えたり、医師として町を回って病気の治療を行ったりした。


 その甲斐あってエルメダスの首都ビオーフは、一ヶ月も満たない期間で町らしい景観を取り戻しつつある。


「本当にアモン様やプリシア様、そのほかの方々にお世話になりました。まだ事態は予断は許さない状況ですが、ひとまず安心して生活できる場所を取り戻せただけでも私達は深く感謝をしております」

「何を言うか。王国民として同盟国を助けるのは当然のこと、むしろ援軍を送ることもできなかった非を許してもらいたい」


 エルメダス国の宮殿の一室。

 円卓でセレーナ王女の言葉を聞くのは、僕とプリシアとガルビア将軍である。

 レイモンドも一応この場にいるが、眉間に皺を寄せてそっぽを向いている。


「それでですが、やはり今後の為にもグランメルン国王とは早い内にお会いしなければなりませんね」

「ならば我々が護衛いたしましょう」

「ありがとうございます。何から何まで感謝するばかり」


 将軍の申し出にセレーナは顔をほころばせる。

 現在のエルメダスは王女に護衛を付けることも苦しい状況、それどころか一台の馬車も有していない状態だった。


「あの、もしよろしければアモン様にも護衛をしていただけると嬉しいのですが……」

「アモン様に? 確かにまだ行き来は安全とは言い難い状況、賢者殿がいるなら安心もできるでしょうが。いかがですかなアモン様」


 不意の提案にしばし頭を悩ませる。

 実は明日にでも王都に帰らなくてはいけないのだ。のんびり馬車で数日かけて帰還するわけにはいかない。


「申し訳ないけど僕は同行できない。その代わりといってはなんだけど、僕の使役悪魔を護衛につけるよ。あの二人と一緒なら安全だし楽しい旅路になるはずだ」


 あの二人というのはイリスとダグラスだ。

 イリスはともかくダグラスは意外と人当たりも良いし、おしゃべりだからセレーナとも上手くやってくれると思う。イリスを付けるのはダグラスのブレーキ役としてだ。


「それなら安心ですね。ありがとうございます」


 セレーナはお礼を言いつつ少し残念そうな顔だ。


 もしかして賢者と一緒に王都入りしたかったのかな。

 まぁそっちの方がインパクトもあるし印象は良いよね。


「僕は王都に帰らせてもらう」


 レイモンドが席を立ち上がる。

 将軍はその言葉に驚いた様子もなく声をかけた。


「よろしいので? 貴殿は陛下よりご命令を賜ってここにいるはず。無許可での帰還は問題になると思いますが」

「ふん、賢者が二人もいるんだ。僕が王都に帰還しても文句はないだろう。もちろんアモンが王都に戻るというのなら話は別だが」

「僕はしばらく戦況を見届けるつもりだ。一時的に帰還することはあっても、完全に離れるつもりはない」

「だそうだ。ではこれにて」


 使役悪魔であるリベアを連れて彼は退室した。


 これでプリシアが参謀に再任命されることだろう。

 アルベルトの思惑を崩せたことは一つの成果だ。


「じゃあ引き続きプリシアにはエルメダスの復興と防衛を頼んだよ」

「承知じゃ」


 話し合いは終わり僕らも解散した。



 ◇



 フォリオと共に王都に帰還した僕は、まずは屋敷へと顔を出す。


「お帰りなさいませご当主様」

「うん、僕がいない間に変ったことはなかったかな」

「半蔵が村から戻ったくらいですかな」

「そうなんだ」


 屋敷の裏手にある畑に行くと、半蔵がせっせと野菜を収穫していた。


「おお、殿ではないか! ご帰還されたのだな!」

「そっちこそ良く帰ってきたね。パルナロイ村の方は上手くいったの?」


 籠を片手に持つ半蔵は、いつもの黒装束ではなく紺色の着流しで自然体だ。

 素顔もさらし男らしい顔立ちで微笑んでいる。


「今ではすっかり町になっております。強固な外壁を築き兵力も大幅に増強、生半可な相手ではあそこはもう落とせぬでしょうな」

「ふふ、どうせ半蔵が色々と入れ知恵したんだよね」

「ぬはははは、バレてしまいましたか。いやはや相談に乗っている内に町の防衛についてなども聞かれるようになってしまいましてな。つい専門的なことも教えてしまった次第」


 半蔵が指導したのなら心配はいらないだろう。

 彼は諜報のスペシャリストだ。敵の嫌がる守りをよく心得ている。

 予定より少し早い帰還になったけど、彼が充分だと考えたのなら問題ないはずだ。


「師匠、そろそろ時間ですぞ」

「あ、そうだったね。それじゃあまたあとで」

「承知」


 一礼する半蔵を後ろに僕は駆けだした。






 到着したのは宮廷魔術師養成所。

 主に宮廷魔術師やその候補となる者達を育成する場だ。


 大きな門を超えて中に入ると大きな学舎が見えてくる。

 ここに集まるのはエリートの卵達。

 貴族魔術師としての立ち振る舞いなどを学び、いずれは官僚や研究者などに就職するそうだ。言わば貴族魔術師の登竜門。ここに入れるかは入れないかで将来は左右される。


 学舎の裏手に行くと開けた場所に出る。

 そこは訓練場となっていて、すでに多くの生徒とローズマリアが集まっていた。


「ようやく来たわね」

「もしかして遅刻だったかな」

「そうじゃないけれど、できれば五分前には到着してもらいたかったわ」

「次からはそうするよ」


 幻毒の才女と呼ばれるリサ・ローズマリアに軽く謝る。

 

 少し癖のある艶のある長い赤毛、アーモンドのような眼は少しつり上がっており、長いまつげと整った容姿は美人としか言い表せない。おまけに紫色の所々切り抜かれたような素肌が見える、スタイルがくっきり浮かび上がるような密着するような服を着ていて、その上からピンクの厚手の外套を羽織っていた。

 妖艶で淫靡な魔女というイメージをどうしても受けてしまう。


 勢揃いするのは十五~十七歳ほどの若い魔術師達。


 いずれもきっちりと身だしなみを整えていて、黙っていても雰囲気で貴族であることがすぐにわかる。

 その中で二人だけやけに目立つ者がいた。

 一人は表向きは穏やかではあるものの、その目には野心に満ちている美男子。

 もう一人は田舎から出てきたであろう野暮ったい見た目の女の子。


「これより後進育成会を始めるわ。十人ずつ前に出て得意な属性で球体を創り、それを十分間維持しなさい。もちろん杖を使用してはダメよ」


 生徒達がざわつく。ローズマリアのつけた条件は彼らにとって想定外だったらしい。

 一人の生徒が手を上げて発言の許可を求めた。


「なに?」

「あの、魔術師が杖を持つのは威力向上や精度補正だけでなく、魔術の持続力の向上も兼ねているはずです。それをなくして魔術を十分間維持しろというのは無理な話では……」

「貴方、この訓練の意味が分かってないみたいね。いくら上等な杖で底上げをしても、地力が低ければ杖を変えた途端に使い物にならなくなるわ。一流の魔術師はどの杖でも同じように魔術を使えなくてはいけない。それとも貴方は最高の杖でないと戦えないと陛下に言い訳をするのかしら」


 彼女の返答に生徒は静かになった。


 確かに彼女の言う通りだ。どのような状況であろうと魔術師は魔術を使いこなさなければならない。それができなければとてもではないが宮廷魔術師にふさわしいとはいえないことだろう。


 適当に選ばれた十人が前に出て術を行使する。

 両手の上に炎や水の球が出現し、不安定に揺らめいていた。


 一分ほどで七人が脱落。

 二分で残り三人も球体を壊してしまった。


 それから二グループ、三グループと前に出て挑戦するが、いずれも三分の壁を越えられない。誰もが次第にこの訓練があまりにも難易度が高いものだと気づき始めていた。


「今期の生徒は不作ね。前期は五分を超える子が数人はいたのだけれど」

「ちょっといいかなローズマリア。ここは一つお手本を見せてあげるべきじゃないかな。その方が彼らにより深い理解をさせられると思うのだけれど」

「じゃあ貴方がお手本を見せてあげて」


 彼女はニンマリ笑みを浮かべる。

 なるほどね、ここで僕を試してくるのか。

 まぁ別にいいけどさ。


 僕は杖を地面に突き刺し、無手で水の球を創り出した。

 それも綺麗な球体で。揺らめくことなく空間に固定されたかのようにピクリとも動かない。

 生徒達は食い入るように見つめていた。


「これを行うコツは必要な魔力を少し多めに放出し、周囲の空間を魔術の影響下におくことだ。君達は必要最低限の魔力でどうにかしようとしているけど、それでは魔力の流れが滞った際にすぐに自壊してしまう。魔術とは状況に応じてその規模や持続時間を計算しなければならないんだ」


 十分が経過したところで、水の球を一瞬で凍らせて地面に落とす。

 その光景に生徒達は「おおおおっ!」と歓声をあげた。


「思ったよりもやるわね。てっきり大ざっぱな威力至上主義者かと思ってたわ」

「昔はそうだったんだけどね。それだと弟子を育てられないことに気が付いたんだ」

「でしょうね。弟子を育てられない魔術師ほど滑稽なものはないもの」


 うっ、毒のある一言だ。

 覚えがあるだけになかなか心に突き刺さる。


 それからは五分を超える者が続出した。

 しかし、それでも十分を超えることはできないようで、ローズマリアの顔に落胆の色が表れ始める。


「次」


 出てきたのは優しげな微笑を保つ青年。

 最初に注目した内の一人だ。


 彼は炎の球体を創り出すと、僅かにぶれながらもなんなく十分を超える。

 生徒達から驚きの声が漏れた。


「よくやったわね。合格よ」

「ありがとうございます」


 ローズマリアに一礼した青年は、僕の方にも一礼してからグループに戻った。

 するとローズマリアが近づいてきて小声で話しかけてくる。


「あの子は特に私が目を付けてる子よ。名前はギルバート・コーデット。前もって言っておくけど、横取りするような真似は許さないから」

「君が誰を弟子にしようが興味ないよ。そもそも僕は弟子をとってない」

「そう、だったらいいけど。ちなみに聞くけど、あの子以外で有望な子はこの中にいるかしら」

「あの子だ」


 僕はもう一人の女の子を指さす。

 ローズマリアは「あの田舎丸出しの?」と少し驚いた様子だった。


 最後のグループが前に出る。

 その中には例の女の子も含まれていた。


 女の子は土の球体を創り出してピタリと空中に止める。

 しかもそれはよく見ればただの土ではなく水気を含んだ泥の球体だった。

 つまり水と土の二属性を使ってそれを維持しているのだ。


 あの子は難易度が跳ね上がっていることを理解してそれを行っているのだろうか。

 あまりにも自然体で行っているので、ふとそんな疑問を抱いてしまった。


 女の子は軽々と十分を超えて見せた。


「合格よ。貴方名前は?」

「え、えっと、私……ニア・ロックウッドです」

「聞き覚えのない名前。成り上がりね」

「は、はい……」

「どうして二属性の球体なんて創ったのかしら」

「それはあの、えっと、ただ泥が……」

「はっきり言いなさい」


 おどおどした態度にローズマリアは少しいらついている感じだった。

 僕はそんな彼女を見て少し意外な気もしていた。

 余裕の態度こそが大人の魅力とでも思っているローズマリアが、不愉快を露わにするなんて。もしかするとニアみたいな子は苦手なのかな。


 その後、ローズマリア主導の訓練が続けられ後進育成会は無事に終了した。


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