五十二話 エルメダスの開放

「なんなんだ……あの悪魔デーモン……」


 レイモンドは目の前にできた事実に戦慄する。

 積み上げられた数万の魔族の屍。

 それもたった数十分程度の出来事だ。


 隣ではリベアが恐怖におののいている。

 隔絶した力の差を前にして身動きがとれないでいた。


「ほぉれ、さっさとかたづけてやったぞ。一杯やるか」

「そうだね。君とは話したいこともあったし」

「そう言えば焔丸がどうして呼んでくれないのだと嘆いていたぞ」

「そろそろとは考えてたんだけどね。ほら、こっちだと君らの力って過剰戦力だからさ。なかなか呼ぶ機会がないんだよ」


 僕らはのんびりとした足取りで王国軍へと戻る。


 だが、誰もが恐怖に身構えてしまった。

 はっとした将軍は慌てて兵士達に武器を下ろすように命令する。

 しかたのないことだ。

 無意識でダグラスを脅威と見なしてしまったのだろう。


 プリシアは意外にも笑みを浮かべている。


「恐るべしじゃな賢者アモン。正直あんなものを見せられるとは予想していなかった」

「でもこれで僕の実力が君達にもはっきり分かったんじゃないかな。威圧するわけじゃないが、侮られるのも好きではないからね」

「ふふ、さすがはじゃな」


 もしかしてもしかすると――バレてる?

 ニンマリする妹は正体を悟った理由を教えてくれる。


「気づかぬはずないじゃろ。この妹眼イモウトアイの前では、いかなる物であろうとお兄ちゃんを隠すことはできぬ」


 あ、うん。理由でも何でもなかった。

 ただ妹が異常なだけだった。


「僕のことは秘密にしておいてくれるかな」

「もちろんじゃ。ようやく賢者になってくれたのだから、アタシが邪魔をするはずないじゃろ。むしろ存分に力を見せつけるのじゃ」


 不安だなぁ。プリシアから正体がバレないといいけど。

 イリスにダグラスを任せ、僕は将軍の下へと向かう。


「敵の大部分は死亡、もしくは戦闘不能になった。恐らくこれで敵の戦力は十万強となり暗黒領域へと撤退を余儀なくされるはず。エルメダス首都奪還はほぼ確実と見てもいいと思う」

「これほどの偉業を単独で成し遂げてしまうとは……私は歴史に残る一ページに立ち会ってしまったようだ。貴殿に敬服を」


 将軍は僕に恭しく頭を垂れた。

 即座に全軍が片膝を突いて最大級の謝辞を表わす。

 レイモンドだけは悔しそうに僕を睨んでいた。


「それじゃあ僕は一足先に陣地に戻らせてもらう。後のことは頼んだよ」

「かしこまりました」


 足早にこの場を後にした。



 ◇



 その後、生き残った魔族の軍は一気に後退。暗黒領域へと逃げ込んだ。

 王国軍は無傷のままエルメダス首都に進み、放棄された地を無事に奪還。魔族によって奴隷となっていた人々を解放するに至った。


「ひどい有様だね」

「およそ戦略などない盗賊のような集団だったようですね」


 エルメダスはかつて芸術の都と呼ばれ、その先鋭性と華やかさに誰もが心を躍らせた国家だった。それが今や見るも無惨な荒れ果てた状態。

 彫刻は砕かれ、絵は切り裂かれ、建造物は破損し、道には死体が放置されている。

 人々は気力を失い呆然としていた。開放された喜びなどほんの一瞬、これから待っているのは長い年月をかけて行う復興だった。


 将軍はそっと僕に近づく。


「いかがいたしましょうか」

「できるだけ食料を分け与え傷の手当てを。くれぐれも兵士達に手荒な真似はさせないように」

「かしこまりました」


 軍は命令に従い住民達の保護を開始する。

 エルメダスとグランメルンは元々親交があった国同士なので、バナジャと比べ兵士達の対応も手厚い印象だった。


 一方でレイモンドは町に興味がないのか姿を見かけない。


 先の戦い以降急速にやる気を無くしていることが原因だろう。

 酒ばかり飲んでテントに引きこもっているとか。


「エルメダスがこうなるとは驚きじゃな。この国はグランメルンに負けず劣らずの魔術国家じゃったはず。独自の近接魔術戦闘を得意としていたのじゃが、こうも手ひどくやられたとは魔族とはなんとも恐ろしい」


 プリシアの言葉に僕は思わず反応してしまう。

 だってすごく興味があるんだ。


「その近接魔術戦闘ってどんなの?」

「武器に魔術を付与して戦う戦闘方法じゃ。元来エルメダス人は遠距離攻撃を不得意としておってな、その結果生まれたのが『魔法剣ソードアート』と呼ばれる術だそうじゃ」


 魔法剣ソードアートかぁ、魔界でも似たようなのは見たことあるかな。

 でも一概にひとまとめにはできないものでもある。

 付与する魔術の組み合わせによって、効果が何倍にもなる大きな可能性を秘めた戦闘方法が魔法剣ソードアートなんだ。魔術の特性にもぴったりだし。


「その魔術を詳しく調べるにはどこに行けばいいかな?」

「図書館に行けば良い。あそこなら数多くの魔法剣ソードアートの辞典が所蔵されておるはずじゃ」


 図書館! 知識の宝庫じゃないか!

 あああ、早く見たい! 


「僕達はこれから図書館に行くけど君はどうする?」

「そこら辺をぶらぶらするつもりだ。久々の人間界を見物するのも悪くない」

「夕食前には戻ってきなよ」

「子供ではないのだ。そのくらい分かってる」


 ダグラスは「夕飯はハンバーグで頼むぞ」と言って軽やかに走り去る。

 やっぱり子供じゃないか。相変わらずだな。





 エルメダス図書館。そこはこの国で最も大きな数万点の書物を所蔵する場所だ。

 魔術に関することから農業や歴史など、幅広くここには収められている。


「ふむ、やはりここも荒らされた形跡があるようですぞ」

「そのようですね。いくつも抜き取られたような痕跡があります」


 ずらりと棚に並ぶ本は確かに所々抜けている箇所があった。

 そのほとんどは魔術関連。特に召喚に関した物ばかりのように思う。


 そもそも僕は魔族達が何を目的に戦争をしているのかよく分かっていない。


 単に先祖の復讐を行う為? それとも手狭に感じた領土を広げる為?

 もしくは食糧難などのやむを得ない事情があって侵攻するしかなかった?

 そのどれもに可能性があるが、僕は根本を見落としているのかもしれない。


 たとえテトが王国に恨みを抱いていたとしてもそれは個人の感情だ。

 それだけで魔族が動くとも考えづらいし、何らかの大きな目的があって動いていると考えるのが普通である。

 王国への復讐がついでだとすれば、彼らの真の狙いはどこにあるのだろうか。

 もしくはこの考え自体が間違っているとしたら。


「ない! お兄ちゃん、あの本がないのじゃ!」


 走って戻ってきたプリシアがずいぶんと慌てていた。


「ないって?」

「禁書とされていた書物がないのじゃ!」

「それにはなにが書かれていたの?」

悪魔デーモンを召喚の枷から解き放つ方法が載ったものじゃ!」


 衝撃受ける。まさかそんなものがすでに編み出されていたなんて。

 たしかに禁書と呼んでも差し支えない書物だ。


「あれは大変危険な代物じゃ。だから厳重に保管されておったというのに、まさか魔族共が持ち出すとは考えてもいなかったのじゃ」

「狙いはやっぱり……」

「強力な悪魔デーモンを呼び出して戦力に加えるのじゃろう」


 低級と言えど全力を出すことができればその力は脅威となる。

 もし上級以上の悪魔デーモンを呼び出して召喚すれば、王国はもちろん人間界はめちゃくちゃになるだろう。


 タッタッタッタッ。誰かの足音が聞こえる。


「ここにおりましたか! アモン様、すぐに広場へお越しください!」


 兵士の一人が現われ僕らに報告する。

 なにか不測の事態でも起きたのだろうか。


「フォリオはここで待っててくれるかい。できれば僕が興味を持ちそうな本を探してくれていると助かる」

「承知しましたですぞ! 全身全霊で探しまする!」


 すぐに行くと兵士に返事をして図書館を出た。



 ◇



 大勢の人々が集まる広場。

 そこでは将軍とレイモンドが激しく口論を交わしていた。


「今すぐ攻めるべきだ! 弱り切った奴らなら本拠地に攻め込まれても抵抗できないはずだ! 貴様はこの好機をみすみす逃すと言うのか!」

「そうはいっておりませぬ。ですが、今すぐにと言うのは無理な話。この地を拠点化もせず先に進めば必ず手痛い反撃を受けます」

「臆病者め! 勝利を得る為には多少の犠牲もやむを得ないだろうが! 拠点化だと! 笑わせる! こんな場所など何の価値もない! 見ろ、この有様を!」

「レイモンド殿!」


 大勢のエルメダス人がいる前でレイモンドは賢者にあるまじき発言をしてしまった。

 すぐに察した将軍は注意の声を発したが、彼はそれに気が付かず言葉を続ける。


「芸術の国か何かは知らないが、どうせのうのうと危機感も抱かず生きていたのだろう! その怠慢がこの結果だ! せめて魔族共をここで押しとどめてくれれば、我が国がわざわざ動くこともなかったのだ! 使えない奴らめ!」

「それ以上はお止めください」


 人々を割って出てきたのは一人の女性。


 白い布を纏い絹のような長い金髪を揺らす。すれ違った全員が振り返ってしまうような美女だった。

 彼女は薄汚れてはいたが、そのまなざしには光が宿っている。

 そこにいるだけで存在を感じるようなカリスマとも言うべき重みがあった。


「私はエルメダス国王女セレーナ・エシュア。いかに六賢者のお一人と言えど、我が民の前でそのような無慈悲で無礼なお言葉が許されるのでしょうか」

「ああ、聞いたことがあるぞ。エルメダスには大変美しい姫君がいると。君がそうか。それで僕の発言のどこに無慈悲で無礼があるというんだ。事実を述べただけじゃないか」

「いいえ、決して事実ではありません。我が国民は誇りを胸に懸命に魔族と戦いました。敗戦し奴隷に落とされようと、全ての生き残った者達は心の中で抗い戦い続けてきたのです。それを貴方様は侮辱されました。これが無礼でないというのなら貴方様にはどのようなお心があったのかお聞かせ願いたい」


 人々は冷たい視線をレイモンドを向けていた。

 レイモンドはますます機嫌を悪くする。


 そろそろ収めるべきかな。

 僕は割って出て彼らの前に出る。


「もういいだろう。君も言いたいことが言えてすっきりしたんじゃないのか」

「なんだとっ!? 貴様、僕を愚弄するか!」

「愚弄しているのは君だよ。ここにいる人達は苦難を耐え抜いてなんとか生き延びた人達だ。のうのうと着飾って言いたい放題している君とは超えてきた道のりが違う」


 周囲から「そうだそうだ! てめとは違うんだよ!」とヤジが飛ぶ。

 レイモンドの言葉は彼らの怒りに火を付けてしまったようだった。


「何度も何度も僕の邪魔を! 今ここで力の差をはっきりさせてやる!」


 すでに術式を構築していたらしく、杖を突き出して術を放とうとする。

 だが、僕はそれよりも早く魔術を放った。


 ”圧縮空弾エアバレット


 威力を最低にまで落とした空気の弾丸はレイモンドの鳩尾に直撃。

 彼は衝撃で空中を回転して地面に落ちた。


 イリスが近づいて確認する。


「気絶したようです」


 賢者に抜擢されるくらいだから抵抗値もそれなりにあるはず。

 あの程度ではさすがに死なないと思ってたんだ。


 彼の使役悪魔であるリベアは無表情でレイモンドを眺めていた。


「主を守らなくて良かったの?」

「命令がなかったので」


 とんでもなくドライだな。でもこれが本来の悪魔との関係。

 僕やプリシアの方が特殊なのだ。


「貴方様は……?」

「僕も六賢者の一人だ。あそこにいるのは賢者プリシア。この軍には三人の賢者が同行しているんだ」

「そうでしたか。プリシア様、お久しぶりです」

「うむ」


 僕の隣に歩み出たプリシアはセレーナ王女と挨拶を交わす。どうやら顔見知りだったみたいだ。


「大変だったみたいだの」

「はい。ですが王国の皆様が来てくださったおかげでまた希望が見えました」


 二人が話し始めたので僕はイリスを連れて図書館に戻ることにする。

 すると王女に引き留められた。


「あの、どうかお名前をお聞かせください」

「アモン。賢者アモンだ」

「アモン様ですか……」


 セレーナ王女は頬をピンクに染めて微笑んだ。


「またライバルですか……はぁぁ」

「どうしたのため息なんて吐いて?」

「知りませんっ!」


 ぷんぷんと怒ってイリスは先に行ってしまう。

 なんで機嫌が悪くなったんだろう。


 女の子って理解が難しい。


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