五十一話 ダグラス見参!

 王国軍は関所を抜け、三つの砦を抜ける。

 その度にレイモンドは愕然としていた。

 己の得るはずだった戦果を、いきなり現われた僕に奪われてしまったのだ。

 なんの為に派遣されたのか分からない無能賢者、と兵士達に影で笑われていた。


 軍は三日でアップリア草原に到着。

 陣を敷いて魔族との戦闘に備えていた。


「――ここで進行を止めなければ次は暗黒領域。恐らく奴らは死に物狂いで倒しに来るハズじゃ」

「ふん、だったら好都合じゃないか。僕の立案した素晴らしい作戦で奴らを壊滅させてやる。そうだろリベア」

「主のおっしゃる通りですわ」


 作戦会議では将軍と指揮官が勢揃いしている。

 参謀と副参謀であるレイモンドとプリシアは将軍のすぐ近くに座り、机を挟んでお互いに顔をつきあわせていた。

 僕はと言えば最も遠くの席に座って一部始終を見聞きしていた。


「敵軍は現在、著しい士気の低下と想定よりも早いこちらの進行に混乱状態であることが予測される。私としてもうって出ることには異論はありませぬ」

「アタシも同意見じゃ。とは言え無闇に攻めればいいと言うものでもない。向こうも草原でこちらを叩くつもりであることは容易に推測できるからの」

「だからといってこれほどの攻め時を見過ごすつもりか。ここはいち早く叩くべきだ。今なら数で押しつぶせる」

「だから焦るなと言っておる。まずは敵の策がなんなのかをよまねば、一転して不利な状況に追い込まれるのだぞ」


 レイモンドとプリシアが口論を続けていた。

 ひたすらに平行線で将軍も各団長も呆れ気味である。


 不意にプリシアから声をかけられた。


「お主はどう思う? 飛び入りとは言えそれなりに考えがあってここに来たのだろう?」

「まぁね。話してもいいけど実行するかは君達に任せるよ」


 僕の考えはこうだ。

 先に僕が敵に先制攻撃を仕掛け、敵が陣形を崩したところで後方に控えていた王国軍が一気に攻め込む。実にシンプルで効果的な作戦。


「馬鹿馬鹿しい! この明暗を分ける戦いを貴様に任せろというのか! 冗談じゃない! 僕は断固として反対だ!」

「アタシは悪くない策と思うがの。すでにあの者の実力ははっきりしておる。本人がどうにかできると言っておるのなら、ここは一つ任せてみるのも選択の一つではないかの。将軍はどう思う?」


 この場にいる全員が将軍に注目する。

 決定権は彼にあるのだ。

 彼が別の案を採用すると言えばそれまで。


「ふむ、もしアモン殿がしくじっても後退すれば良いだけの話。軍に被害は及ばない。もし成功すれば最高の戦果が見込める。いいでしょう、その案を受け入れましょう」

「将軍!?」

「彼の実力を貴殿もすでにご存じではないか。一夜にして関所と三つの砦を落とすその力、どう考えても頼らない手はない。我々は名誉の為だけに戦っているのではない。王国に暮らす民の為にこの身をなげうっていることをお忘れなく」

「くっ……」


 将軍に諭されレイモンドは表情を歪ませた。

 まったくもってその通り。僕らは利益の為だけに戦っているのではない。

 王国に暮らす人々や築かれた文化や歴史を守る為に血を流している。

 得られる報奨などはあくまでもおまけだ。


「では決まりじゃな。決行は明日ということでよいか」

「問題ないよ」


 こうして会議は終了した。



 ◇



 翌日。アップリア草原に兵がずらりと並んだ。

 対する魔族の軍も陣形を組み、全力で阻む構えである。


 馬に乗った互いの将が前に出て言葉を交わす。


「再度通達する。グランメルン王国は我がバロニア魔帝国に降伏せよ。我ら魔族に逆らえば必ずや滅びの道を歩むことになろう」

「そっくりそのまま言葉を返そう。誇り高き王国は決して膝を屈しない。今ならまだ間に合う、手に入れた土地を元の民へと返し自国に戻るがいい」

「愚かな人間よ、今日という日を後悔することになるぞ」

「戦わずして降伏することこそ最大の後悔だ」


 どちらの将軍も交渉が決裂することは分かっていた。

 ここまできて退くなどあり得ないからだ。

 それでも事実は必要だ。寛大な心を見せたと言う事実が。


 戻ってきた将軍は言葉を発することなく僕に目配せした。

 小さく頷き前へと出る。


「今になって不安になってきたのじゃ」

「ふん、これからあいつのメッキが剥がれるのが楽しみだ」


 プリシアは心配そうな顔で見ており、レイモンドはニヤニヤしながら眺めている。

 妹には悪いけど人を見る目はもう少し養った方がいいと思う。

 あのような愚かな弟子をとってしまったことは彼女の失敗の一つだ。


「ご主人様、それでいかなる手段であれらを始末するのでしょうか」

「グヒヒ、師匠の華麗な魔術が楽しみですな」


 付いてくるのは仮面を付けたイリスとフォリオ。

 プリシアには僕らは急な用事ができて王都に帰還したと伝えている。

 その際、お兄ちゃん成分がどうとか言ってたらしいが無視してもいい話だろう。


「ダグラスを召喚するつもりだ」

「え!? あのダグラスですか!?」


 珍しくイリスがぎょっとする。

 フォリオは誰なのか分からず首をひねった。


 そうだよね。魔界では超の付く有名人だけど、こっちでは知る人ぞ知るって悪魔デーモンだし。

 それに召喚されるのも数千年ぶりじゃないかな。

 無名だった頃はよく召喚されてたけど今はさっぱりって言ってたからさ。


「二人とも召喚まで攻撃を防いでくれるかな」

「承知しました」「了解ですぞ」


 どこからか角笛が鳴らされ戦が始まる。

 魔族の軍勢から鬨の声があがり、こちらを威圧する。

 直後に大量の矢と魔術が放たれた。


「物理障壁、展開」

「魔術防壁、展開ですぞ」


 二人が障壁を創り出し攻撃を防ぐ。

 王国軍は盾でなんとかしのいでいた。


 僕は杖を地面にトンッと落とす。


 炎が走り召喚の魔法陣を形成する。

 紫色の光が放たれると、目を覆うような眩しい雷光の柱が出現した。

 バチバチ地面に電気が走り一人の男が姿を現わす。


 金の鎧を身に纏う大柄な男。

 その髪は鮮やかな紫色でありオールバックにしている。

 右手には自慢の巨斧を握り、そこにいるだけで圧を発していた。


「八魔神の一柱・金色のダグラスここに見参!」


 ずばっとポーズする。

 相変わらず見た目と性格が釣り合っていない。


 彼は僕を見るなりしばし沈黙する。


「あああっ! ロイか! 若返っていたので分からなかったぞ!」

「久しぶり。元気にしていたかい」

「もちろんだとも! ところで今のポーズどうだった!? 格好良く決まっていたか!?」

「あー、もう少し偉そうな方が良かったかな」

「そうか。もう少し改良を加えるべきのようだ」


 懐から手帳を取り出してペンでなにやら書き加えている。

 中身はカッコイイポーズ集だ。何度か見せてもらったことがあるが、子供の落書きみたいでなんとも言えない気分にさせられる。


「よしと。それで呼び出したのは?」


 くいっとジョッキを持つ仕草をする。

 未だ戦場のど真ん中にいることに気が付いていないらしい。

 相変わらず鈍感というかマイペースというか。


「ご主人様並に鈍感な方なので注意しなさい」

「なるほどですぞ」


 イリスとフォリオの会話が聞こえて驚く。

 僕はこんなに鈍くないけど!?


「君を呼び出したのはアレを蹴散らしてもらいたいからだ」

「アレ?」


 振り返って魔族の軍勢を眺める。


「あんな雑魚共を相手にしろって?」

「一汗掻いた方が飲む酒も美味しいだろ」

「それはそうだが……まぁいいか」


 巨斧を肩に乗せてのっしのっしと歩き出した。

 彼は昔から細かいことを考えるのが苦手だ。やるかやらないか。是か否かしか答えを持ち合わせていない。だからこそ迷いがなく強い。


「あの者一人では心配ですぞ」

「大丈夫だよ。彼は最上級悪魔クラウンデーモンだから」

「へ?」


 さては彼の名乗りを聞いてなかったな。

 ちゃんと八魔神の一柱って言ってたじゃないか。

 ダグラスは魔界に君臨する最強の一人だって。


 フォリオはガタガタ震え始める。


「八魔神は伝説の悪魔デーモンですぞ……呼び出すことすら実質不可能とされている怪物の中の怪物……それをあんなにもたやすく……」

「そうなの? 単純に魔力が足りないだけだと思うけど?」

「千人の魔術師でも無理だったのですぞ!?」

「じゃあ一万は必要だったんじゃないのかな」


 弟子が絶句する。それはつまり僕が一万人分の魔力を先ほど使用したということ。

 体感的にもそれくらいはあると思う。

 もちろん僕にとっては大したことじゃないけどね。


「くははははっ! なにを呼び出したかと思えば、金ぴかの鎧を着けた下級悪魔か! あんなの僕にでもできる! お前もそう思うだろリビア――おい、リビア?」

「ひぃ、なんて大きさの気配……恐ろしい……」


 レイモンドの使役悪魔であるリビアは青ざめた顔で萎縮する。

 ダグラスの垂れ流す圧倒的気配に力の差を感じ取ってしまったらしい。


 八魔神ともなると戦う前から敵を伏せる。

 リビアという悪魔デーモンにはダグラスと相対する資格すらなかったということだ。


 反対に人間や魔族には彼の大きさが分からない。

 悠然と戦場を歩くダグラスに魔族は完全に油断していた。


「とうとう王国は血迷ったか! たった一匹の悪魔デーモンで我が軍をどうにかできると思うとは! 誰でもいいさっさとアレを始末しろ!」


 魔族の軍から一人の使役悪魔が飛び出す。

 緑色の肌に角とコウモリ羽。

 下級悪魔のデーモン形態だ。


 だが、その悪魔デーモンは極度に怯えていた。


 何度も振り返り首を振る。

 使役者は相手がなんなのかも分かっておらず「行け」と命令した。

 覚悟を決めた下級悪魔は意を決してダグラスに立ち向かう。


「きぃいいっ!」

「よっと」


 振られた爪を軽く避ける。

 悪魔デーモンは果敢に攻めるが全て寸前で躱され攻撃が当たらない。

 魔族達は早く倒せとヤジを飛ばす。


「お許しくださいお許しください! ダグラス様!」

「ん? もしやお前は我が国の民か?」

「そうでございます! わたしめは貴方様が治めるバルハラント国の民! 契約とは言え八魔神である陛下に敵意を向けることをお許しください!」

「名はなんという?」

「エヒタでございます!」


 ダグラスは手刀で軽く気絶させる。

 倒れたエヒタを見下ろして笑みを浮かべた。


「この俺に立ち向かえるだけの胆力、なかなか気に入ったぞ。魔界に戻ったら相応の役職を与え育ててやろうぞ」


 彼は「さて……」と顔を上げて全力で咆哮した。

 その瞬間、戦場を突風と激烈な気配が走り抜ける。

 あてられた悪魔デーモン達は主人を置いて真っ先に逃げ始めた。

 勝ち目のない戦いをするほど彼らは戦闘狂ではない。


 なぜ使役悪魔が逃げ出すのか魔族達は理解できていないようだった。


「ぐぉおおおおおおおおおおおっ!!」


 ダグラスの咆哮は続き、彼を中心に上空では暗雲が発生する。

 瞬く間に戦場の真上を覆い隠し稲光が走った。


 太い落雷がダグラスに落ちる。


 雷神と化した彼は紫電を発しながら魔族の軍に突貫した。

 すさまじい轟音と共に敵は雷撃で消し炭となり、発生するいくつもの竜巻に巻き込まれて陣形は瞬く間に崩れる。


 嵐が起きていた。


 王国軍のいる場所では青空と太陽が見えているにもかかわらず、魔族のいる場所では雷と風がすさまじく吹き荒れている。

 数百もの落雷が敵に落ち、地上でもダグラスの発する雷撃が天に昇る。

 彼の一振りは衝撃波で数百もの兵を切り裂いた。


 王国軍はその人外の猛攻に戦慄する。


 別名雷神のダグラス。魔界随一の暴れん坊だ。

 あれでもまだまだ遊んでいる程度。彼の本気は大地を割る。


 三十分後。ダグラスは数万もの屍の山を築き上げて戻ってきた。


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