五十話 アモンの参戦
現在、王国軍は前線基地を首都デヘトリスへと移し防衛線を敷いている。
そこで問題となったのが首都の状態だった。
魔族がやりたい放題に荒らしたおかげで、拠点としての機能は大幅にダウンしていたのだ。その為、王国が最初に取りかかったのは建物の修復やバナジャ人の保護だった。
首都に残されていたその多くは女子供ばかり、力仕事のできる男性は魔族に殺されもはや自力で生活を維持できる状態ですらなかったのだ。
未だ両国間でのしこりは存在している。だがしかし、この悲惨な状況を目の当たりにした王国に死体を蹴り飛ばすほどの怒りはどこにもなく、ただただ哀れみだけがあった。
「立て直しの状況はどうじゃ」
「厳しいと申し上げておきましょうか」
プリシアの問いかけにガルビア将軍は顔をしかめる。
ガルビア将軍はマードン将軍の後釜となった人物だ。
マードンほど攻勢的ではないものの、常に全体のことを考える守備に長けた人物である。
プリシアとも親交があるため比較的意思疎通がしやすい。どうやら陛下は相性の点も考慮してくれたようだ。非常にありがたい。
「陛下はできればエメラルダスの三分の一は手に入れろとおっしゃっております。故にここを十分に補強してから進軍する予定です」
「それまでにどれほどかかりそうじゃ」
「最低でも二ヶ月ほどは必要かと」
今度はプリシアが腕を組んで考え込む。
彼女の頭の中では攻めか守りかでせめぎ合いが起きているに違いない。
確かに守りを固めるのは重要だ。けれど攻め時は今でもある。
勝利を得たことで最高潮に士気が高まっている今の軍が攻撃に必要なのだ。
「首都の先にはなにがある」
「山を越えた後、ファーラ塩湖がありますね。さらにその先にはバラスムジ関所が行く手を阻み、エメラルダスへの侵入を阻害しております」
「陛下は塩湖は必ず手に入れよと言っておったの。ならば少なくとも関所を落とさねば完全に手に入れたとは言い難い」
「ですが今進軍すればここの守りが手薄となります。デヘトリスを落とされでもしたら、我々は前後に挟まれ窮地に立たされるのは間違いないでしょう」
一通りの会話を聞いていた僕が発言をする。
「だったら敵を関所からおびき出せばいいじゃないか。ようは相手が砦に籠もっているから困っているんだよね。誘い出して別部隊で砦を押さえたのち、前後で攻撃すれば被害も少ないと思うけど」
「それはそうじゃが、どうやっておびき出すというのじゃ」
「簡単な話だよ。向こうよりもこちらの戦力が圧倒的に小さければ自然と前に出てくる」
関所を守っているのはそんなに多くはないだろう。せいぜい千人もいれば良い方だ。
そんな彼らに百人の敵が向かってきたとする。わざわざ守りに入るだろうか。
否。もし僕が魔族の兵士なら攻めるはずだ。彼らも手柄が欲しいはずだからね。
「じゃが百の兵ではやられるだけだぞ」
「そこで魔術を使うんだ。見たところバナジャは雨量が少ない地域、塩湖ならカンカン照りだし景色もほとんど変らない。もし鏡のようなもので兵達を隠せば見破るのは難しいはずだよ」
「鏡……なるほど、後方に兵を隠し百人をおとりに使うのか。同時に砦を制圧する別部隊が回り込み襲撃。だとすると兵は五千もいらぬな」
敵を分断するのは戦の基本だ。
攻めがたいのなら攻めやすくすればいいだけのこと。
「……なにやら外が騒がしいな」
ガルビア将軍が席を立ったところで兵士の一人が報告に来る。
「報告いたします! 賢者レイモンド様がただいまお越しになりました!」
「レイモンド? あの新しい賢者か?」
「はっ、じきにここへ向かわれるものかと」
将軍がプリシアに視線を向けた。
それは『そんな話聞いていないぞ』といった意味を含んだものだ。
「そのような報告はアタシも聞いていない。しかしながら非公式にレイモンドが来たとも思えぬのじゃ。奴は賢者とは言えまだ発展途上、陛下も他の賢者も勝手な行動を無視するとは思えぬ」
「ずいぶんな言われようだな。プリシア殿」
会議を行っている部屋に、レイモンドが一人の女性を連れて現われる。
相変わらずの紺色のローブにおかっぱ頭の金髪。それに握られた杖とその手には賢人の証の他に、いくつもの煌びやかな指輪がはめられていた。
女性の方は使役悪魔のようで、きわどい黒のドレスを身につけた金のロングヘアーの美しい女性だった。この感じからするとサキュバスかな。
「リベア」
「…………」
名前を呼ばれた使役悪魔が彼の為に椅子を引く。
どかっと腰を下ろした彼は足を組んだ。
「ずいぶんと趣味が変ったようじゃの。お主はそのような貴金属は好まぬはずじゃった。それにその使役悪魔も」
「僕だって変りますよ師匠。おっと、今は賢者同士だからプリシア殿って呼んだ方がいいですかね。ははははっ」
あからさまな変りように、どんどん僕の中でレイモンドの株が下がり続けている。
元々高慢なところはあったが、大切なところはきちんと押さえる賢い人間だと僕は認識していた。
まさか賢者になっただけでここまで増長するとは。
それともこれもアルベルトが接近した影響だろうか。
「そうそう、お二人はご存じないと思いますのでお伝えします。今回から参謀はこの僕となりました。プリシア殿には副参謀として僕のサポートをお願いいたします」
「なんじゃと!? それは陛下のご命令か!?」
「もちろん。ああ、でも王室相談役のアルベルト様の助言があったからこそではありますがね。本当にあの方は有能だ」
やられた。僕がいない間にアルベルトはプリシア潰しを本格的に進めていたんだ。
恐らくレイモンドを派遣したのは、手柄をとらせプリシアが役に立たないことを国内にアピールするため。彼が手柄をとれば、推薦したアルベルトも自然と株が上がる。
こうなった以上、どんなにプリシアが出来の良い作戦を立てようが、手柄は全てレイモンドのものとなってしまう。
最悪だ。完全に後手に回っている。
イリスとフォリオが僕に無言で『どうするのか』と問いかけている。
分かってる。もう僕が本格的に動くしかない。
「――では詳しい話を聞かせてもらおうかな」
笑みを浮かべるレイモンドはゆっくりと指を組んだ。
◇
深夜、僕はデヘトリスの一室で身支度を整える。
顔には仮面を付け賢人の証を指にはめた。
「ご主人様が動かねばならなくなるとは。アルベルトという男は油断なりませんね」
「まったくだよ。早い内にどうにかしないといけないね」
ベッドで横になっているイリスは僕の姿をしている。
彼女には僕とアモンが別人であることを証明する為の、アリバイ作りに協力してもらっている。
僕をよく知る彼女なら失敗はしないはずだ。
もちろんプリシアに正体を明かして協力してもらう案もあったが、彼女はあの調子だから僕とアモンが同一人物だと分かると、態度で正体がばれる可能性が高くなってしまう。
よってプリシアには引き続き明かさない方針だ。
部屋の窓を開けると僕は夜の町に出る。
首都デヘトリスは石造りの建物が多く沢山の積み木が並んでいるように見える。
夜の町は兵士達によって沢山の灯が瞬いていた。
皮肉にも王国軍が来ることでこの町は活気を少しずつだが取り戻している。
かつては敵だったが今は共通の敵を持つ仲間なのだ。
建物の屋根を飛び移りながら騎獣を呼ぶ。
「小太郎」
「ぶるるるっ」
小太郎に飛び乗り、一気にバラスムジ関所へと向かった。
ファーラ塩湖へと到着した僕はひとまず地上へ降りる。
一面が塩に白く覆われ、空気が澄んでいるのか上には星空が輝く。
いつか戦争が終わったら、ここは良い観光地になりそうだ。
地平線に山が見える。
ちょうど谷となる辺りで小さな明かりが灯っていた。
あそこがバラスムジ関所だ。
狙いを定めて術式を構築する。
これから放つのは戦略型魔術と呼ばれているものの一つ。
いくつかある中で威力は最も小さい。
「
右手に白色の火球が出現する。
それは星々のように小さな光が瞬いていた。
放った次の瞬間、地平線に光の柱が出現した。
昼間のように地上を明るく照らし、次第に柱は細くなって消える。
遅れて強烈な爆風が塩湖を駆け抜けた。
魔術で空間を歪ませてレンズを作りだす。
関所のあった場所を確認すると、そこには赤く発熱する巨大な穴ができていた。
深さはそれほどもないので兵が通り抜けることは問題ないだろう。
懐から地図を出してエルメダスの領土を再確認する。
この塩湖からバラスムジ関所を抜けた先には、三つの行く手を阻む砦があるそうだ。
その先に主戦場となるだろうアプッリア草原地帯が広がっている。
エルメダスの首都を落とすつもりなら、絶対にそこを押さえなければならない。
懐から懐中時計を取り出す。
どんなに急いでも草原までが限界かな。
◇
午前七時、朝日に照らされる首都デヘトリス。
僕はとある物を片手に持ったまま軍司令部へと入った。
「――じゃからこの案が最良なのじゃ!」
「ダメだね。僕はアルベルト様にいただいた素晴らしい作戦でいくつもりだ。だいたいこんな場所を直してなんになる。どうせやつらはなにもできやしない」
「だからといって全軍で攻めるなど愚策じゃ! アルベルトは前線の都合など何一つ考慮しておらぬ! 兵はすぐに補充ができる消耗品ではないのだぞ!」
「僕の前でアルベルト様を愚弄するな!!」
プリシアとレイモンドが口論をしていた。
将軍は黙って見守っており、僕の姿をしたイリスとフォリオは沈黙している。
僕は持っていた物を机に放り投げた。
それでこの場にいる全員がこちらに気が付く。
「貴様は……アモン? なぜここに??」
「まさかお主も派遣されたのか?」
僕はすぐには答えず、適当な椅子を持ってきて机の前に座る。
「違う。僕は僕の都合でここへ来た。別に行ってはいけないと止められてたわけではないしね。それに王国の利益になるのなら歓迎してくれるんじゃないかな」
「何を言って……これはなんじゃ?」
プリシアは机に置かれたいくつもの布をとって広げる。
「アップリア草原までを塞いでいた全ての砦の旗だ。関所もないから今ならすぐにでも草原に行けるはずだよ」
「ばかなっ! バラスムジ関所だけでなく三つの強固な砦も落としただと!? どこにそんな戦力が! いや、そもそも貴様はいつから戦っていた!?」
一同が驚愕に染まる中、レイモンドは取り乱したように問いかける。
そうだよね、焦らないわけがない。
彼はこの戦で手柄を立てることになっていたんだから。
「一人でだよ。昨夜の内に全て落とした」
「ありえない……そんなのは嘘だ! でたらめに決まっている!」
「では偵察部隊を送るといい。事実を補強するだけだと思うけどさ」
そこで将軍が立ち上がる。
「すぐに偵察を出しましょう。もし本当なら貴方は多大な功績を得ることとなりましょう」
「どうぞどうぞ、お好きなように」
レイモンドは握った拳を振るわせ怒りで顔をゆがめる。
悪いけど僕はアルベルト側に回った相手は容赦するつもりはない。
たとえ妹の元弟子だとしてもだ。
三日後、偵察より戻った兵士によって全ての砦が壊滅したことが確認された。
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