四十八話 テトの過去

 僕とプリシアは領主の館へと向かう。


「本当にヒルダに会わなくていいの?」

「よいのじゃ。あの子とはもうすでに今生の別れを交わしておる」

「そうなんだ」


 せっかく来たのだから顔くらい見せていけばいいと思うけど。

 二人だけにしか分からない親子の絆なのかな。

 お互いをよく知っているからこそ今さら言葉を交わす必要もないのだろう。


「気になっていたんだけど、どうしてヒルダには若返りの薬を飲ませないの? 飲めば好きなだけ寿命を延ばせるのに」

「あの子が拒んだのじゃ。ヒルダの願いは家族と共に年老いて幸せに死ぬこと、アタシのような道具に頼った方法で生き続けるのは受け入れがたいようじゃった。それに現在の若返りの薬には欠点もある」


 ん? 若返りの薬に欠点?

 僕の抱いた疑問に彼女は説明をする。


「お兄ちゃんが作った物とは違うぞ。アタシが言っているのはこっちの世界で出回っている未完成品のことじゃ。飲み続けなければ老化を止められなくなる不完全な物じゃ」

「そう言えば僕が薬を渡した時にずいぶんと驚いてたね」

「そりゃあそうじゃ。そもそも若返りの薬を人類で初めて開発し、量産して売り始めたのはアタシだからの。長年の目標だった完成品を、あんなにも軽くお土産のように渡されれば誰でも驚く」


 えっと、なんかごめん。僕も初めて賢者を目の前にして緊張してたし。

 でも、ようやく僕のあげた薬を研究している理由が分かったよ。

 こっちの材料で作れないか調べてるんだね。


「言ってみればその功績でアタシは賢者になったようなものじゃ。おまけに不完全な薬のおかげで莫大な利益も得ることができた。これはこれで良かったのかもしれぬがな」


 プリシアはぬふふと笑みを浮かべた。

 ウチの妹は副業で有名だと聞いてたけど、なるほどそういうことか。

 フォリオの性悪ロリ老婆という言葉が脳裏をよぎったが、僕は頭を振って追い出した。


 近づく領主の館を見ているとあることに気が付く。


「やけに屋敷が大きい気がする。ここの領主って一つの村を治めてるだけだよね」

「いいところに気が付いたの。実はあの屋敷はアタシが建てたものではない。かつてこの土地には大きな町があったのだが、その時に建てられた建物を利用しておるのじゃ」


 彼女によるとあの屋敷にはかつて賢者が暮らしていたのだとか。

 その為、多くの仕掛けが施されており、防衛設備としてはかなり優秀らしい。

 魔力を見てみると確かに屋敷全体を結界が覆っていた。


「それにこの村に来るのは別段数年ぶりと言うほどでもない」

「そうなの?」

「とある用事で頻繁に訪れておるのじゃ。前回は半年前じゃったか。これでも元領主にして村の創設者、さすがに作ったらそのままとはいかぬ」


 へぇ、それは知らなかったなぁ。

 だから娘にもわざわざ会わないのかな。

 なんだかんだ様子は窺ってるみたいだし。


 領主の館の門に到着した僕らは、兵士に止められることなく素通りしてしまう。


 そのまま玄関へやってくるとドアを叩いた。


「どなた様でしょうか」

「プリシアだ」


 ドアを開けて顔を出したのは年老いた男性だ。

 服装がきっちりとしていて小綺麗なので使用人ではないことが分かる。


「おお、プリシア様! ようこそ!」

「うむ、では入るぞ」


 男性に通されエントランスで挨拶を交わす。

 まずはプリシアが彼を紹介してくれた。


「彼はトンプソン家の前当主じゃ。言うなればアタシの孫じゃの」

「初めまして。僕はロイ・マグリス、プリシアの兄だよ」

「これはこれは、祖母のお兄様とは――え!?」


 老人は僕と握手を交わしたところで、にこやかな顔からいきなり驚きの表情となる。

 この雰囲気だと彼も僕のことを知ってるのだろう。ヒルダの息子だし色々と聞かされてもおかしくはない。


「あの、魔界に行ってしまったと言うあの……?」

「うん。最近帰ってきたんだ」


 こっちの世界では魔界とは想像もできない恐怖の場所だ。

 人では抗えない力を持つ悪魔デーモンが跋扈し、どのような歴史を読み解いても帰還した者はただの一人もいないとされている。簡単に言えば人間は魔界を死後の世界である地獄のように思っているのだ。実際は全然違うけどね。


 老人は冷や汗を流す。


「いやはや祖母の悲願が叶ったということですか」

「そうなるの。それはそうと取って食ったりはせぬから落ち着け」

「失礼。歴史に語られるような偉業を目の前にしたと思うとつい動揺が。まさか大伯父である方を私が恐れるはずもないでしょう」

「……それもそうじゃの」


 僕らは応接間に案内され、淹れ立てのお茶を出してもらう。

 ティーカップをテーブルに置いたプリシアはそれとなく会話を再開する。


「ところでアンリはおらぬのか?」

「お忘れですか、あの子は今は王都で冒険者をしております」

「あ~、王都に来るとか言っておったのぉ」

「ちょ、ちょっと待って。プリシアはアンリを知ってるの?」


 又甥と妹は不思議そうに首をかしげた。


「アンリはアタシの弟子じゃぞ?」

「弟子!?」


 かつてアンリが師匠について言っていた光景が、フラッシュバックのように浮かび上がった。


 『その気持ちすっごく分かります! 実は私の師匠もぜんぜん教えてくれない人でして、弟子そっちのけで自分の研究のことばかり! ほんと酷いですよね!?』


 痛い。胸が激しく痛い。これは罪悪感からくる痛みだ。

 僕も弟子をほったらかしにする師匠だったけど、まさか妹も同じタイプだったなんて。

 ごめんよアンリ。マグリス家の長男として深く謝罪するよ。


 聞けば前当主は孫に最高の魔術師の教育を施すべく、プリシアに指導を頼んだそうだ。

 結果的に一人前にはなったものの、弟子であるアンリは師匠に非常に不満を持つに至ってしまった。


 ……完全にウチのイリスと同じ道を辿っている。


「それで本日来られた用とは?」

「そうじゃった。この屋敷に地下室があるじゃろう、アタシ達をそこへ入らせてもらいたい」

「もちろん構いませんが……そこで何を?」

「家族の品が保管されておるのじゃ。ヒルダから聞いたことはないか、曾祖父母が長男に宛てた手紙などがあると」


 又甥は「あ~」とぽんっと手を打つ。

 記憶にあるらしい。


 彼は立ち上がって地下室へと案内する。





 ガション。施錠が解かれ地下の一室に入る。


 そこは比較的綺麗な金属で作られたがらんとした部屋だった。

 三方の壁には三つの扉があり、又甥は鍵で左側の扉の施錠を解く。


「どうぞ」


 扉の向こうには金属製の大きな箱が置かれている。

 どうやら箱には長期保存の仕掛けが施されているのか、見た目だけで言えば真新しい印象を受ける。

 プリシアは箱を開けて中から封筒をとりだした。


「これじゃ」


 受け取った封筒には『ロイ・マグリスへ』と書かれていた。

 僕は恐る恐る口を開き中の二十枚にも及ぶ手紙にゆっくりと目を通す。


 父と母はそれぞれが十枚手紙を書いたらしい。


 父は照れくさそうに挨拶を始め、いつかこれを読んでいることを願っていると書いている。内容のほとんどはルナとテトに関してだ。それから僕がいなくなった日、神様から天罰が下ったのだと思ったと書いてあった。

 出来の良すぎる息子に頼りすぎた罰をお与えになったのだと。

 もし生きている間にまた会うことができた時は、沢山我が儘を聞いて甘えさせてやりたいと綴っている。最後に愛しているロイと締めくくられていた。


 僕は涙がこぼれそうになっていても我慢した。

 唇をかみしめ必死で耐える。


 母はすぐに僕が元気にしているのかどうかを聞いていた。

 ルナやテトのことは短めに書かれ、大部分は僕のことばかりだった。生まれた日のことや育って行く日々のこと。たくましく成長してくれた嬉しさに、なかなか彼女ができないことへの心配。あの日僕がいなくなったことへの悲しみ。みっちりと母の文字で記されている。

 僕は笑いつつも手紙にぽつぽつと涙をこぼしてしまう。


 愛しているロイ、と締めくくられた文字を見て僕はどうしようもなく涙を我慢できなかった。


 僕も、僕も二人を愛してる……。

 百年過ぎようがずっと。


 プリシアが後ろからぎゅっと抱きしめる。

 彼女は何かを言うまでもなくただ抱きしめていた。


 どれほどそうしていただろうか。

 僕は涙を服の袖で拭いて息を吐き出した。


「ありがとう。落ち着いたよ」

「うん」


 僕は手紙を懐に入れて箱の中を確認する。

 そこにはかつて父が使っていた剣や本、母が作ってくれた服やマフラーが入っていた。

 それらを握りしめて二人に産んでもらい育てていただいたことを感謝する。


「はは、大切すぎて着られないや」

「そうじゃの」


 隣で相づちを打つ妹の頭を軽く撫でる。

 そこでふと、箱の底にある物を見つけた。


 なんだろうこれ。


 首飾りだと思うけど、ぶら下がっている飾りの部分には円盤状の金属が付いていた。

 銀色の金属の表面には、十二枚の翼を持つ天使のような女性が紋章として刻まれている。おしゃれとして付けるにはずいぶんと飾りの部分が大きい。

 どちらかと言えば何かの証として作られたようにも思える。


「これは?」

「アタシも知らぬのじゃ。お父さんが所有していたようじゃが、一切説明をしようとしなかった。それで後になって調べたのじゃが、どうも北にある不可侵の条約を結んでいる小国にそのような証を持つ一族がいるらしい」


 北の小国の一族……?

 なんで父さんがそんなものを持っているんだ。

 だって彼は紛れもなく王国生まれの王国育ちだ。


「以前、お父さんが言っていたことを思い出したのじゃが、それは祖父から譲り受けたと言っていた」

「祖父? 僕らのおじいちゃんってことだよね?」

「もしかするとアタシ達のルーツは北にあるのかもしれぬ」


 意外なところで意外な事実を知ることになろうとは。

 もしかすると僕らが兄妹が魔術の才に恵まれていたのは、そこに理由があるのかもしれない。

 証を懐を収めるとプリシアが咳払いをする。


「大切なお話しがあるようですな。では私は外で待っております」

「すまぬな」


 又甥は察して退室する。

 プリシアは大きく息を吐いてから話を切り出した。


「テトについてじゃ」

「聞かせてもらえるんだね」


 彼女は小さく頷く。

 ようやく弟に何があったのか知ることができるのか。


「まず最初に言っておく。テトは元賢者じゃ」

「テトも?」

「うむ、アタシ達は魔術の才能と運に恵まれておった。タイミング良く二つの席が空き、アタシとテトは二人揃ってそこに座ることができたのじゃ」


 だがプリシアは「それが間違いだったと」暗い表情となる。


 かつての賢者、システィ・ベルザスに見いだされ魔術師となったルナとテト。

 二人は才能をメキメキと伸ばし二人揃って最年少で宮廷魔術師へと至ったそうだ。

 そして、運良く賢者の席が二つ空いたところで、師匠システィの強い推薦によって二人揃って賢者へとなることができた。

 誰もがそのことを祝福し歓迎した。


 けれど、テトは大きな過ちを犯していた。


 賢者になるには王家に忠誠を誓うと同時に、己が一つの独立した力であることを表明しなければならない。

 なぜそのようなことをするのかは歴史を振り返れば分かることだ。

 しかし、テトは賢者となったことに浮かれるあまり、命令への拒否権をないもとのしてしまった。


 その結果。テトは王家専属の暗殺者として暗躍させられることとなった。


 命じたのは前国王、テトは来る日も来る日も反逆の疑いがある者を処分し続けた。

 他国へ侵入し、スパイ紛いのことも行っていたそうだ。

 彼はどす暗い闇へと落ち続けていた。


 だがしかし、一方でルナの輝きは増し続けていた。


 周囲に恐れられるようになったテトの近くにいたルナ。

 そのおかげで外敵は彼女に近づくことすらできなかった。

 表でルナが名を高め、裏ではテトがルナの邪魔者を廃しながら名を高めていった。


 とうとう彼は限界を迎えた。


 国王に魔族の調査と脅威の排除を命じられ、彼は一人暗黒領域へと姿を消してしまった。その数十年後、バロニア魔帝国と称する魔族の国家が新しい王を掲げて王国に宣戦布告を行ったのだ。


 その王の名はテト・デ・バロニア。

 かつて賢者でありながら王国の裏を知り尽くした男。


「――そうしてテトはアタシですら引き戻せない闇へと染まってしまったのじゃ」

「そんなことって……」


 僕は単純にルナと喧嘩別れをしてこの国を出て行っただけだと思っていた。

 だってヒルダだってそう僕に説明してたし……。


「もしかしてヒルダから話を聞いたか? 残念だがあれはアタシの作り話じゃ」

「なんでそんなことを」

「娘に祖国の闇を話せるわけがなかろう」


 でもでも、賢者なら交渉次第では後から拒否権を手にすることだってできたはずだ。

 テトが暗殺に手を染め続ける必要なんてなかったんじゃないか。


「当時の国王は非常に攻撃的で頑固で傲慢な男じゃった。何度アタシとテトで交渉をしても、最初に提示した内容に変更は加えないと突っぱねるばかり。あやつは一度手にした便利な道具は決して手放さなかった」

「賢者を辞めれば……」

「それも考えたのじゃ。じゃが、あやつは退路すらも断った。テトが賢者を降りるならアタシも賢者から無理矢理引きずり落とし、その上で与えた領地は取り上げると言い始めた。それどころか家族すらも皆殺しにすると……」


 僕の中で前国王への怒りが芽生える。

 テトは……ルナや家族を守る為に犠牲になったんだ。


「だが国王だけが原因ではない」

「?」

「アルベルトじゃ」


 主席賢者のハンス・アルベルト?

 なぜここで彼の名が?


「アルベルトは当時、すでに主席の座に座っておった。あやつはああ見えてお兄ちゃんより年上じゃ」

「若返りの薬だね」

「うむ。それでじゃが、アルベルトはテトに国王からと称し、自身の命令を何度も遂行させていたようなのじゃ。それで気になったアタシは、テトが消息を絶った後に奴を何度も調べた」

「結果は?」

「限りなくクロじゃ。奴はどうもテトが消息を絶つに至った経緯に、一枚噛んでおるようじゃった。どのようなことをしたのかは具体的には分からぬが、テトが王国を敵視するだけのことをしたのは間違いない」


 つまりテトは前国王に魔帝国に行くように命じられ、その上でアルベルトに何かをされたのだ。それが原因かは分からないが、少なくとも弟が王国と決別し、攻め滅ぼすべきだと考えるようになった一因なのは確実だ。


 ハンス・アルベルト。

 奴は一体何を考え何をしようとしているのだ。


「前国王は?」

「すでに病死しておる」

「そっか、テトに代わって殺してやろうと思ったんだけどな」

「そうじゃの……」


 僕は妹を抱き寄せて力強く抱きしめる。

 弟の僕を呼ぶ悲痛な叫びが聞こえた気がした。


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