四十七話 牢屋の男

 翌日、僕はベネディクトと面会をする為に宮殿へと足を運ぶ。

 奴は現在地下牢にて取り調べを受けている最中だ。


 予想通り宮殿の中は慌ただしかった。


「おお、これはアモン殿!」

「ゲブロ大臣」


 相変わらずでっぷりと肥えた身体を揺らしていて歩くだけでも大変そうだ。

 今日に限っては特に汗を流して息が上がっている。


「この騒ぎはなんなのかな」

「ご存じないのですか? 昨夜マードン将軍が何者かに殺害されたのです」

「将軍が殺害だって??」


 少々わざとらしく驚く。

 大臣はハンカチを取り出すと額を拭いた。


「いやはや私も、亡くなられたことを今朝聞いて驚いた次第です。まさか勲章をいただいたその夜にとは。いや、むしろだからこそともいえるのでしょうが」

「どう言う意味かな」

「どうも犯人は物取りのようなのです。報奨金やその他金品がごっそり奪われておりまして……」

「目撃者は?」

「それが誰もいないそうなのです。聞けば将軍は多くの部下に休暇をとらせたそうで、その為に屋敷は警備が手薄となっていたとか。犯人はそこを上手く突いたようです」


 僕は「なるほど、昨夜なのか」と何かを考えているようなポーズをとる。

 もちろん驚いてもいないし悲しんでもいない。だって僕が命じたんだだから。

 大臣は一瞬だけ目を細めて僕を観察するように見た。

 一応僕も疑われているのかな。当然だよね、身元不詳だし。


「ところでアモン殿は本日はどのような要件で来られたので?」

「そうそう、ベネディクトに面会をさせてもらおうと思って来たのだった。ちなみに聞くけど誰かに許可をもらわなきゃいけないかな?」

「いえ、そのようなことは。ですが質問内容は記録させていただきます」


 大臣は地下牢への場所を教えてから足早に去って行った。



 ◇



 地下牢では多くの政治犯が投獄されている。

 取り調べが終わった後に正式に処刑か監獄行きかが決まるのだが、それが決定するまでには数ヶ月を要する。

 管理を任されている兵士は僕を見るなり敬礼した。


「ベネディクトに会いたい。構わないかな」

「はっ、賢者様ならば問題ありません! 面会についての注意をお聞きになりますでしょうか!」

「聞かせてもらおう」

「地下牢での犯罪者との面会はあくまでも扉越しにて許可されております! 双方の発言は監視員が全て記録させていただきます! 犯罪者への物品の引き渡しなどはいかなる物であろうと禁じられております! 以上のことを踏まえて面会をお願いいたします!」


 承諾した僕は杖を預けて、兵士にとある扉の前に立たされる。

 金属製の分厚い扉には小さな窓が付いていて、そこが開かれると中の様子が確認できた。


 冷たい石造りの小部屋。あるのは藁でできた寝床と壺だけだ。

 部屋の中央では乱れた髪に無精髭を生やしたベネディクトがいた。

 しかも眼帯は奪われタリスマンのなくなった目はぽっかりと穴が空いている。


「元気にしてたかな」

「…………」


 返事はない。こちらに視線を向けることもない。

 顔はやつれていて覇気が全くなかった。

 これがかつて名を馳せた元賢者だったなんて誰が信じられるだろうか。


「アモンだ」

「!?」


 名乗るとぴくりと反応した。

 その目には強い殺意がにじむ。


「誰かと思えば私を蹴落として賢者となったアモン様ではないか。今の姿を嗤いにでも来たのか」

「そんなつもりはないよ。今日は聞きたいことがあってこさせてもらった」


 ベネディクトの顔にようやく笑みが浮かぶ。

 けど、それは悪意に満ちた狂気を想像させる表情だ。


「今さら私に何を聞きたいというのだ」

「君は……主席賢者になりたかったのかな?」

「はははっ、何を言い出すかと思えば! そんなのは賢者を目指す者なら誰だって思うに決まっている! 真の賢者とは主席の位に就いた者のことを示すのだからな!」


 なるほどね。賢者は皆主席になりたいのか。

 これはなかなかいい情報だ。

 でも僕もあまり時間がないからここで揺さぶりをかける。


 僕は素早く近くにいる兵士に『意識飛ばしの術』をかけた。

 これで数分ほど兵士は会話を聞くことができない。


「昨夜マードン将軍が死んだそうだよ」

「将軍が!? ばかなっ!?」

「なにをそんなに驚いているのかな? 彼は物取りに入られて殺されただけだよ」

「いやそんなはずは! あの方がそのようなこと!」


 彼は立ち上がって部屋の中をぶつぶつと呟きながらうろつき始める。

 その様子はまるでなにかに怯えているようだった。


「取引をしないか」

「……取引だと?」


 食いついた。


「そうだ、君はこのままだと確実に処刑されるだろう。でも、僕なら陛下に口添えして監獄行きに変更することもできる。そこならここよりはまだマシじゃないのか」


 彼は飛びつくように扉の小窓に顔を近づけた。

 臭い息が向けられているが今は我慢だ。


「頼む。私はまだ死にたくない」

「君にそうするだけの価値があるのかな?」

「ある。ここでは話せないが私を生かせば必ず役に立つはずだ」

「分かった。じゃあそれまで君の安全は僕が保証しよう。もちろん働き次第では相応の報酬も与えるつもりだ。例えば自由とかね」

「自由……」


 ベネディクトの目がギラギラとする。この様子だとアルベルトは会いに来てないのかな。

 それとも自由を約束する代わりに口止めしているのかも。

 ただ、仲間とも言える将軍が死んだことで彼の忠誠心は揺らいでいる。

 僕はそこにつけいる隙があると考えた。


 念の為にもう一押ししておくかな。


「ビルフォリオが引退して、代わりにレイモンドが称号を得たのは知っているかな?」

「ああ、兵士が話していたのを聞いた」

「主席は最近、彼をずいぶんと可愛がっているそうだ」

「やっぱりか。私は捨てられたのだ」


 力なく床に座り込んだ。

 そろそろ兵士にかけた術が切れそうだ。

 僕は小窓から小さなスイッチを投げ入れる。

 拾い上げた彼はまじまじと見ていた。


「それは僕を呼ぶ道具だ。もし危険にさらされそうな時はそれを押すといい」

「どうして私にここまでする」

「色々理由はあるけど、僕は祖国が腐っていくのが許せないんだ。かつて両親や家族や僕が愛していた国はこんなのじゃなかった」

「フッ……意外にも貴様はロマンチストなのだな」


 ベネディクトはスイッチを懐に隠す。

 ちょうど兵士にかけていた術が切れたので、僕は不自然がないように言葉を続ける。


「ちなみに主席になるにはどうすればいいかな」

「二つ方法がある。一つは現役の主席に後継者として指名されること。もう一つは主席が後継者を指名せずに亡くなった場合、国王陛下によって賢者の中から指名される方法だ。貴様は主席になりたいのか」

「いや、興味はないけど一応聞いておこうと思ってね」


 僕は目配せして『もう行くよ』と合図する。

 彼は小さく頷いた。


 正直、彼を証言者として保護することは気が進まない。

 けどアルベルトへの切り札として手元に置くべきなのは明らかだ。

 妹を守る為にも個人的な感情は今は捨てるべきだろう。

 それに利用されていたことを考えるとベネディクトに情状酌量の余地は多少ある。


「面会は終わりでしょうか?」

「うん、忙しいのに付き合ってもらってありがとう」

「とんでもありません! いつでもお越しください!」


 杖を受け取って僕は地下牢を出る。



 ◇



 僕はプリシアと一緒にパルナロイ村へと来ていた。

 小太郎には適当に時間を潰して欲しいと言うと、早速どこかへと走り去る。

 その姿を見送りながら妹は感心した様子だった。


「麒麟とはなんとも雄々しく賢い生き物なのじゃな」

「まぁね。多分魔界でも飼っているのは僕くらいじゃないかな」

「それはなぜじゃ?」

「頭数が少ないことと悪魔デーモンにあまり懐かないことが原因かな。僕の場合人間だし、小さい頃から大切に育ててるから親みたいに思っているのかも」


 小太郎の小さい頃はそれはもう可愛かった。

 僕自身、麒麟と言う生き物が好きだったこともあって、かなり愛情を注いだ自負がある。

 彼自身も魔界の賢者の愛馬という誇りもあるみたいだし、そう言うのが積み重なって小太郎と僕の今があるんだ。


 二人で村の中へ入ると、見知らぬ男性が僕の隣にやってくる。


「半蔵?」

「はい」


 相変わらず完璧な変装だ。一瞬誰だか分からなかった。

 彼は僕らを見て「楓は付いてきておらぬのですか?」ときょとんとする。


「兄上が一緒なので大丈夫でしょう、って言って今は魔界に帰ってるよ」

「我が妹ながらなんと気の抜けたことを。久々に会って指導してやろうと思っていたところなのに」

「それだから逃げたんじゃないのかな」


 半蔵の訓練は厳しいって聞くからね。

 楓も会いたいけど会いたくないって様子だったし。


 半蔵に連れられてとある家に案内された。


「質素な住まいでしょうが、どうかゆっくりしてくだされ」

「ありがとう。プリシアも座って」

「う、うむ……」


 半蔵の家は実にシンプル。

 テーブルと椅子それに寝床。あとは台所があるくらいだ。

 一人暮らしの独身男性ならこんなものかなと思う。


 彼はお茶を淹れてくれてから席に着いた。


「して、来られた要件は?」

「領主の地下に用があってね。あ、紹介するよ彼は僕の直属の配下の半蔵だ。で、こっちが妹のルナ。今はプリシアって名乗ってる」

「半蔵です」「プリシアじゃ」


 二人は軽く挨拶をする。

 半蔵はともかくプリシアは怪訝な表情だ。


「お兄ちゃん、本当にこの者が楓の兄なのか?」

「え? そうだけどおかしい?」

「見た目があまりにも普通すぎる」


 あ、そういうことか。

 半蔵が小さく頷くとドロンッと煙に包まれ本当の姿を見せた。

 全身を包み隠す黒装束、覆面の隙間から見える両目は鋭く、眼光だけで相手をひるませることができそうだ。

 魔界で十本の指に入る超一流の忍びが彼だ。


「失礼いたした。変装とは目立たず溶け込むことが常であるが故、殿の人望を見誤らせることになりかねないところでした」

「そ、そこまでは思っておらぬ。少し気になっただけじゃ」

「ならば安心いたした」


 妹が困った表情で僕を見るので、ついつい笑ってしまいそうになる。

 半蔵は楓以上にかしこまった話し方をするからね。慣れるのには少し時間が必要だ。


「それで村の様子はどうかな」

「はっ、ここ最近は敵の動向は感じられず、ひとまずは落ち着いたと判断しております。現在は領主が近隣の村を吸収しており、兵として取り立てることで領地全体の防衛を強化している次第」

「てことは住人の数は増えてるってことかな?」

「いかにも。先にあった魔族の攻勢は村々の結託するきっかけとなったようです。それによりこのパルナロイ村はほぼ町と言ってもよい規模となっておりまする」


 へぇ、それは嬉しい誤算だね。

 ここには半蔵がいるし、なんとなく安全に感じたのかもね。

 この分だと早い内に半蔵を引き上げても良さそうな流れかな。


「じゃああと一ヶ月ここに滞在して安全だと判断したら戻ってきてくれるかな」

「了解いたした」


 家のドアを誰かがノックする。

 半蔵は一瞬で変装すると、ドアを開けた。


「ああ、ウドさん。どうしたんだ」

「聞いてくれよマイケル。ウチのかみさんがキレて手が付けられないんだ。どうしたら機嫌が直るのか相談に乗ってくれよ」

「どうせまた浮気が原因じゃないのか」

「なんで分かったんだ!?」


 半蔵は僕らをチラリと見る。

 そろそろお邪魔かな。


 僕とプリシアは席を立つと軽く挨拶をしてから家を出た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る