四十六話 暗殺

 その日の夕方に王国軍は首都近くで野営を行った。

 敵に悟られないように火はできるだけ使わず水と乾物だけでしのぐ。

 偵察によると敵軍はすでに首都に帰還しているようだった。


 もちろん予想した範囲内の出来事だ。

 総合的な移動距離を考えると、どうしても敵軍の方が僅かに到着が早くなる。

 けどそれでいい。必要なのは敵に接近を悟らせないこと。


「本当に上手くゆくのか? これで失敗すれば責任は貴様やプリシアにとってもらうからな」

「ふぉふぉ、賢者が二人も揃っていて戦いに勝利できないなどあってはならないこと。それとも将軍はこれから得るだろう華々しい栄誉を欲しくはないと申すか」

「……ふん。そこまで言うのならもう少し我慢してやろう」


 フォリオが将軍の機嫌を損ねないように対応する。

 ここからが正念場。彼の機嫌一つで全てが台無しになってしまう。

 僕は石ころが足下に転がってきたのを見て岩陰に移動する。

 そこには楓が待っていた。


「ロイ様。主の準備が整いました」

「分かったよ。フォリオに伝えておく」


 彼女は一礼して闇の中に消える。

 戻った僕はフォリオに作戦開始を耳打ちする。


「おお、どうやらプリシア殿の作戦が開始されるようですな」

「そうか。ではこちらも動くとしよう」


 将軍が重い腰を上げて軍に指示を出した。

 これから行われるのは首都占領作戦。

 この戦いで勝利を収めれば、王国は晴れてバナジャの領土を自分たちのものにできる。


 僕達は軍よりも一足先に首都の様子を見に移動した。

 適当な岩陰に伏せると、それほど遠くない場所に大きな外壁が見えた。

 あれこそが元バナジャ国首都デヘトリスだ。


 デヘトリスの中では無数の灯が見える。

 外壁の上を歩く見張りの兵士は予想よりも少し多めか。

 川の目前で強襲されたことが不安をかきたてたのかもしれない。


「ご主人様、見てください」


 イリスに促されて別の方向へ視線を向ける。

 そこには二十ほどの敵兵の集団がいた。

 彼らは門に近づくと見張りと言葉を交わし中へと入れてもらう。


 数十分後、見張りが交代したかと思うとゆっくりと門が開き始める。

 すると素早く外で待機していた数百の兵が静かに侵入。

 正門近くを完全に掌握すると、続いて数千の兵が続々と侵入を果たした。

 数分後、王国の旗が外壁の上で振られた。


「成功だ。ここから攻撃が始まる」

「軍が来ました」


 サインを確認した王国軍が一気にデヘトリスへとなだれ込む。

 間もなく怒声と悲鳴が聞こえ、いくつもの金属音が響く。


 その後、魔帝国軍はデヘトリスより撤退。

 大幅に西へと後退し、王国は元バナジャ領土を完全制圧した。



 ◇



 王城謁見の間。

 本日は多大な戦果を挙げたマードン将軍と他数十人に、国王より報償授与が執り行われた。

 僕も賢者として式に参加し、式典を静かに見守る。


「貴公は祖国へ多大に貢献した。よってここにその栄誉を称え報償を与える」

「まことにありがたき幸せ。国王陛下と我が祖国に深く感謝いたします」


 将軍は報奨金と新たな領土を受け取った。

 皆が彼らを褒め称え賛辞する。

 だがしかし、最も貢献したはずのプリシアは報償どころか、なんらねぎらわれることもなく賢者達がいるこちら側の席で式を見守っているだけだ。


 なんとなく初めから分かっていた。

 賢者という称号は王族にとって扱いやすい駒であることに。

 国民の信を集め軍部を押さえ込む最良の犬なのだ。


 どうして賢者を軍の指揮官ではなく参謀に付けるのかもそこから見えてくる。

 与えすぎるといずれ王族を滅ぼす刃となるからだ。

 力を与えすぎず、名誉も与えすぎず、報償は最低限。

 これがこの国で賢者を飼う条件だ。


「貴殿が新しい賢者か。正体不明とはなかなか面白い」

「お初にお目にかかる賢者プリシア。僕の名はアモンと言う」


 式典を見ながらそれとなく挨拶を交わす。

 アモンとして会うのはこれが最初だ。少し緊張する。


「アタシのいない間にベネディクトが捕まり新しい賢者が据えられていたとは、一人だけ蚊帳の外でなんとも不愉快じゃな」

「それについては僕から謝ろう」

「よい。あのベネディクトを引きずり落とした点で気は晴れておる。まぁそのおかげでウチのメイドがスパイ容疑で数人拿捕されたことは想定外ではあったがな」


 そう、屋敷のメイドがベネディクトと繋がっていたことが露呈し拿捕された。

 もちろんその情報を流したのは執事であるエドワードだ。

 プリシアが戻ってくることをきっかけに掃除をしてもらったというべきかな。


「しかし、なぜあの者をビルフォリオは後釜に据えたのじゃ。確かに優秀ではあるが、まだ賢者にするのはいささか精神と力が足りぬと思うが。お主は何か知っておるか?」

「いや、実は僕も彼のことは把握してなかった。一応ビルフォリオが引退すると言うことは耳にはしていたのだけれど」


 ビルフォリオの後釜には、プリシアの弟子であるレイモンド・ベルザスが指名された。

 異例の十七歳にしての賢者就任は王都をずいぶんと沸かせたのだとか。


 しかし、問題は賢者となった彼の態度だ。


 今や師匠と同じ席に座ったとは言え元は師弟関係。

 にもかかわらず彼はプリシアに上からものを言うような態度で接していた。

 あまりにも綺麗な手の平返しに彼女だけでなく僕ですらも呆気にとられていた。


「ふん、この程度の戦果で喜ぶなんて。僕が参謀となっていれば魔族共をエルメダスからも退かせていた」

「まさにその通りだ。君は歴代の賢者の中でも群を抜いて資質がある。いずれこの王国の歴史に燦然と輝く実績を残すこととなるだろう。だが今は我慢したまえ。まだ君は賢者になったばかりなのだ」


 真横でレイモンドとアルベルトがひそひそと会話をしていた。

 主席賢者であるアルベルトはどこか油断のならない人物だ。

 僕の長年の勘があの男を危険だと警告している。


 不意に国王がプリシアに顔を向ける。


「賢者プリシアもご苦労だった。しばしの休息を得てエルメダス奪還へと向かってもらいたい」

「御意。陛下の御心のままに」


 妹は即座に了承した。



 ◆



 式典が終わった日の深夜。

 王都の屋根を二つの人影が走る。


「当主っちも面倒なことを頼むよなぁ」

「文句は目的を達成してから言うものですわよ」

「へ~い」


 ピノとレリアは軽口を交わしつつ、人の目には留まらぬ速度で貴族街へと向かっていた。二人はとある大きな屋敷の前に来ると、門を守る兵士に目を向ける。


「正面から入るか!? 派手にぶっ殺そうぜ!」

「バカ。これは隠密任務ですのよ。見つからないことが大前提ですの」

「ちぇ、アタシも戦争に行きたいなぁ」

「それは私も同じですのよ。我慢しなさい」


 レリアは大きく跳躍し、屋敷の真上を門を飛び越え敷地へと容易に侵入を果たす。

 遅れてピノが合流し二人は物陰に身を潜めた。


「ピノは左側から入ってくださいませ。私は右側から屋敷の中へと侵入し、目標を見つけ次第始末いたしますわ」

「了解。もう一度確認するけど、そいつは立派な髭のあるおっさんなんだよな?」

「一番偉そうなのを殺せばいいの。確実に息の根を止めるのですわよ」


 ピノと別れたレリアは、右側から回り込んで屋敷の窓から内部へと入る。

 薄暗い廊下を無音で駆け、目に付くドアを片っ端から開けて確認した。


「一階にいないとすると二階ですわね。おっと」


 彼女は気配を感じ、素早く廊下の天井に張り付く。


「なんで俺が人間ごときにこんな扱いを受けなきゃいけねぇんだ。余分に魂をもらわないとやってらんねぇぜ」


 ぶつぶつと呟きながら悪魔デーモンらしき男が通り過ぎて行く。

 この程度の使役悪魔を警戒に回らせていることにレリアは内心で呆れる。

 同時にご当主がわざわざ出向く必要はなかったと確信した。


 彼女は二階に上がり、声のする部屋の前で立ち止まる。


 ドアをわずかに開けると、薄暗い部屋の中でカイゼル髭を生やした中年の男性が、若い女性とソファーで激しいキスをしているのが見えた。

 唯一の灯は窓から差し込む月光のみだ。


 ああ、私もたった一度でいいからご当主様とあのように甘く激しい一時を過ごしたい。

 レリアはそう思いつつ魔術によって創り出された麻痺の煙を部屋の中に充満させる。


 きぃいい。


 ドアを開けて中に入れば、ピクピクと痙攣するマードン将軍の姿があった。

 テーブルには国王より与えられた金貨と勲章が置かれている。


「バカな男。ご当主様に気に入られればこのようなことにはならなかったのに。どのような御方なのかも分からないとは所詮人間ですわね」

「き、きさばは……」

「私は貴方を始末する為にやってきた者」

「だれが……おれを……」


 彼女はマードンの耳元で「賢者アモン様よ」と囁いた。


「さぁお話しは終わりですわ。さようなら」


 細い糸が月光によって煌めきマードンの首に巻き付く。


 一瞬で彼の首が飛んだ。


 びゅびゅっと頭部を失った首から血液が噴き出し、その光景を至近距離で目撃する若い女性は涙を流しながらガタガタと震える。


 しゅるりと女性の首にも糸が巻き付いた。


「無関係な貴方には大変申し訳ないのですが、目撃者は全て始末することになっていますの。でも大丈夫、痛みはほとんどありませんから安心して死んでくださいませ」

「い、いやぁ……」


 女性の首が飛んだ。


「これで完了ですわね。あとはお金をいただいて強盗に見せかけると――あら、ピノ」

「先を越されたかぁ。アタシがやるつもりだったのに」

「ふふ、残念でしたわね。今回は私がご当主様にお褒めをいただきますわ」

「ちぇ、べつにいいけどさ」


 二人はその後、将軍の書斎を調べてから屋敷を去った。



 ◆



 僕はレリアとピノが手に入れてきた手紙に目を通す。

 そこには衝撃の事実が記載されていたのだ。


「マードン将軍は……プリシアの殺害を命じられていた?」


 差出人は記載されていないが、相手の『賢者の長として』と書かれている辺り、相手は間違いなく主席賢者ハンス・アルベルトだ。


 別の手紙を見ればアルベルトは、近いうちにベネディクトがプリシアを戦場に差し向ける状況を作ると書いてあった。殺害方法は任せるとある。

 これはつまりベネディクトとアルベルトは繋がっていたと言うことだ。

 しかも察するに力関係はアルベルトの方が上。ベネディクトは裏で彼に従っていたということだ。


 本当の意味で王国を裏切っていたのはアルベルトだったんだ。


 ベネディクトは彼に命じられて魔族と通じていた。

 その手に入れた情報をアルベルトに流し、どうすれば魔族が勝利できるのかを教えていた。目的はなんだ? なぜ王国を裏切る? 主席賢者なのになぜ?


 今後はアルベルトを最大限に警戒しないといけないようだ。


「あの、ご当主様。任務達成のご褒美を……」


 レリアが顔を赤らめてモジモジしている。

 あ、うん……やっぱりご褒美が欲しいよね……。


「じゃあ机に手を突いて」

「は、はい!」


 彼女はお尻を突き出すように机に手を突いた。

 僕は大きく振りかぶるとそのお尻にビンタする。


「はんっ! ひんっ!」

「よくやった! ご褒美だ!」

「ありがとうございますっ! あんっ!」


 こうなったのには深いわけがある。

 元々レリアは魔界有数の巨大な盗賊団の頭だった。

 だが、僕がそこを壊滅させ、お仕置きに彼女のお尻をペンペンしたことから何かに目覚めてしまったのである。

 忠義があるのはとても嬉しいことだけど、これがご褒美なんて僕は少し悲しい。


「あと、罵っていただければ最高です!」

「しないから!」


 結局、僕は彼女のお尻を百二十回叩かされた。


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