四十五話 シュナイザー
川からそれほど離れていない山道を行軍する敵を発見する。
「見つけた。予想通りこっちに来たみたいだ」
「そうじゃろうな。なにせ井戸を潰されては三日と保たぬ。いたずらに時間を浪費する暇など奴らにはないはずじゃ」
ピヨピヨさんを引き戻し回収する。
すでにこちら側の攻撃の準備は整っていた。
作戦はこうだ。川を目前とした敵軍は必ず森を通り抜けるはずなので、そこを横から一気に攻める。不意を突かれた敵は、追い立てられるように首都のある方角へと逃げると言う流れだ。
ここで注意すべきなのは、深追いはせずほどほどのダメージを与えること。
あくまでも弱らせるのが目的で全滅させる必要はない。
「しかし、あの二人はちゃんと目的を達成してくれるかの」
「大丈夫だよ。フォリオはともかくイリスはすごく優秀だからね」
イリスとフォリオはプリシアの命を受け、彼女の記した手紙を将軍へと届けにでている。
さらに加えてゴラウド谷の進行ルートを確保する役割も与えられている。
というのも高原から首都に最も早く行ける道はあの谷にあるのだ。なのでイリスには僕が作った岩を撤去してもらい、王国軍が安全に通り抜けられる状況を整えてもらう必要があった。
プリシアは振り返って整列する兵士達に言葉をかけた。
「さて、もう間もなく敵がやってくる。すでに承知していると思うが、これは極めて重要な任務じゃ。ここでしくじれば好機を逃すこととなる。死んでも勝つのじゃ」
数人の兵士が何かを乗せた台車を運ぶ。
カチャカチャ鳴っているのでガラスのような物が入っているのだろう。
「これは我が研究室で作成された『肉体強化薬』。もしもの為にと持ってきておったが、ようやく役に立ちそうじゃ。持続時間は短いが、これを飲めば身体能力が二倍にまで跳ね上がる優れものじゃぞ」
兵士達に小瓶が配られ、全員が中の液体を飲み干す。
肉体強化薬かぁ、僕も魔界でよく作ってたなぁ。
不意に脳裏に何かの光景がよぎった。どこかの研究室で僕が女性と楽しそうに会話をしているシーンだ。でもなぜだろう、そこがどこか思い出せない。
あと少しではっきり思い出せそうなのに拳一つ分届かない。
「お兄ちゃん?」
「あ、ごめん。考え事をしてた」
まぁいいや。直にちゃんと思い出すだろう。
そこへ兵士の一人が戻ってくる。
「来ました! 敵です!」
「よし、全員戦闘準備!」
兵士達は草の陰の地面に伏せて身を隠す。
プリシアは楓と共に木の陰に。
僕は大木の上で杖を構えた。
複数の足音が聞こえ始める。
「川はまだなのか」
「はっ、もう間もなくかと」
馬に乗った指揮官らしき人物が騎士と共に先頭を歩く。
その後ろにはぞろぞろと兵士達が付いてきていた。
プリシアと視線を交わす。
彼女はふるふると首を横に振る。
やっぱりまだ早いか。
ここで指揮官を仕留めておくのも手ではあるけど、それだと大したダメージにはならない。むしろ悪手だ。指揮官を失った兵士達は統率を失い、各々の行動を取り始めて収拾がつかなくなる。だからこそ決断を下せる人間は残さないといけない。
僕らはしばらく待った。
そして、敵の魔術師部隊がようやく姿を現わす。
僕らの目的は遠距離攻撃部隊をできるだけ多く殺す事だ。
人間同士の戦いにおいて最も厄介なのが魔術師だからである。
先制は僕からだ。この一発で一気に有利な状況を作る。
「
創りだした無数の火球を高速射出する。
直後に爆炎が爆風を伴って魔術師達を消し飛ばした。
「行くのじゃ! アタシが援護する!」
うぉおおおおおおおおおっ!
兵士達が立ち上がって猛然と敵に立ち向かう。
未だ動揺している敵軍は為す術なく次々に殺された。
「
プリシアの術が敵軍を直撃する。
発動の早い風属性に絞っているのはいい選択だ。
僕は
兵士達も木々を盾にしながらなんとか少数戦に持ち込もうと立ち回っている。
まだこちらが有利だ。このままさらに敵の数を削っておきたいところ。
ぶぉおおおお。角笛が鳴らされた。
ようやく奇襲に気が付いたらしい。
一斉に敵兵が北側へと逃走を開始した。
「深追いするな! 追えばやられるのじゃ!」
プリシアの声に兵士達が脚に急ブレーキをかける。
彼女の言う通りだ。ここで追随すれば敵も闘士をむき出しにして立ち向かってくることとなるだろう。
そうではなく動揺したまま首都に退かせたいんだ。
本番は士気を落とした敵を軍で叩くことであって今じゃない。
「どれだけ倒した」
「はっ、およそですが千近くは仕留めたかと」
「上出来じゃな」
楓の報告に妹は満面の笑みを浮かべた。
本音を言えば僕が全て倒しても良かったんだ。
でも、ここで力を見せ過ぎるのはあとに響くと考えてしないことに決めた。
実力が露呈すると言うことは、それだけ僕とアモンが近くなるということだ。そうなると僕は王国で動きづらくなる。
さらに言えば兵士だって出世したいはずだ。僕が活躍すればするほど彼らの働く機会を奪う思うとやっぱり申し訳ないよね。
「休む暇はないぞ。すぐに死体から装備を剥ぎ取り角を折れ」
兵士達は命令に従い敵兵の鎧を収集。
さらに魔族のシンボルである角を折って一カ所に集めた。
これでほぼ次の作戦の準備は完了だ。
「アタシ達は予定通り遅れて首都に向かう」
「じゃあ僕は一足先に様子を見に行ってくるよ」
◇
谷ではすでに王国軍が行軍していた。
障害となっていた岩は綺麗に片付けられ首都までのルートができている。
僕は最後尾にいるイリスとフォリオを見つけて近くに降下した。
「こっちも上手くいったみたいだね」
「ええ、ですが説得して動かすまでにずいぶんと手こずりました」
「作戦が成功すると思っていなかったでしょうな。まったくあのような者が将軍の座にいることこそが我が国の不幸ですぞ」
老人姿のフォリオが静かに怒っている。
イリスの言う通りかなり苦労したみたいだ。
「でもどうして最後尾にいるの?」
「王都からの伝令者に追わせない為です」
フォリオは魔術で兵士達の足跡を丁寧に消している。
そうか、フォリオが賢者を辞めたことを知られない為に時間稼ぎをしているのか。
王国では賢者を騙る行為は重罪だ。それは元賢者でも対象となる。
もし将軍にバレたりでもしたら即刻斬首刑だ。
僕は二人と歩きながら話をする。
「ところでそろそろフォリオの騎獣を決めようかと思っているのだけれど、君はどんな獣が欲しいのかな。一応希望だけは聞いておくよ」
「ぬひょ!? ようやく儂にも専用のモフモフを!?」
「服を掴まないで。それと顔が近い」
嬉しいのは分かるけど落ち着いて欲しい。
すごく鼻息が顔にかかってるんだ。
「ですが希望と言われましても、儂には魔界の生き物のことはさっぱりでしてな。そもそも師匠が別世界から戻られたこと自体が未だ信じられぬのです」
「どうやって戻ってきたかは話し始めると長くなるからまた今度にしよう。生き物についてだけど、さすがに
「いやはやそれが本当にさっぱりでして。
ああ、そうだったね。悪魔召喚が本来どんなものか思い出したよ。
召喚された
だから情報料として追加の魂を要求する。
これは
ただし、特例として
ようするにビジネスパートナー以上に仲良くなれれば、色々融通してくれるという話だ。
でも、そうなると僕のセンスで選ばないといけなくなる。
フォリオが好きそうな騎獣かぁ。分からないなぁ。
「ご主人様、少し前にフェニックスの雛を拾ったのをお忘れですか」
「そう言えばそうかも。エターニアの騎獣小屋に預けたままにしてたっけ」
たまたま通りかかった山で死にそうになっていた雛を見つけたんだ。
僕はどうしても無視することができなくて、拾って連れて帰ったんだった。それから見てないからどうしているのかは分からないけど、ウチの国の騎獣育成者は一流だからそれなりに育ってると思う。
「フォリオはどうかな。フェニックスの雛」
「もちろんOKですぞ! 小さくて可愛らしいモフモフも大歓迎!!」
小さく……はないかな。
見れば分かると思うけどフェニックスの雛は結構大きい。
しかも意外に足が速いのが特徴だ。
「あれ?」
突然行軍が止まる。
どうも数分間の休息をとるらしい。
「小太郎とリルルはここで待ってて」
「ぶるる」「がう」
僕は二人を連れて岩陰に移動する。
「じゃあ召喚するよ。名前はまだないから自由に付けてくれて構わないから」
「それは朗報! その可愛らしい見た目に合った名を与えますぞ!」
杖の先を地面に落とすと、炎が走り召喚の魔法陣を描いた。
魔法陣が輝きフェニックスの雛がその姿を現わす。
「…………」
「…………びぃ」
絶句するフォリオと、ふてぶてしく見下ろす巨大な雛。
高さはおよそ三メートル。黄色い羽毛に雛とは思えない生意気な目。
これこそが魔界の怪物の一種フェニックス……の子供だ。
「モ、モフモフですな……」
羽毛に伸ばそうとする手を、雛は短い羽でぺしんとはたく。
そうなるのは当然。フェニックスは麒麟やフェンリル以上に気難しい生き物なのだ。
ちなみにこの雛は雄なのでさらに気難しい。
「まぁまぁ、彼女には君に乗ってもらうことになっているんだ。だからとりあえず仲良くしてよ」
「びぃ?」
雛は僕の言葉に首をかしげる。
羽を彼女に向けて『こいつ男だけど?』などと言っているような態度を見せた。
「フォリオ、幻を消してあげて」
「承知したですぞ」
元の少女の姿になると雛は目をぱちくりさせた。
それから顔を近づけて顔や胸やお尻の辺りを舐めるように見る。
「びぃ!」
「あ、大丈夫なんだね」
雛が目をキラキラさせて頷く。
そうだった、性格が難ありだったから小屋に預けたんだった。
この雛、とんでもなく女好きなんだ。
「うへへ、モフモフですぞ。これはこれでよいものですな」
「ぐびぃ。ぐびびび」
雛とフォリオが抱き合ってだらしない顔をしている。
もしかして最高のペアだったのかもしれない。
「ではお前は今日から『シュナイザー』ですぞ!」
「びぃっ!」
シュナイザーと名付けられた雛の頭の上に飛び乗るフォリオ。
彼女は雛の視界に入らなくなったところで素早く老人の姿に戻った。
「ご主人様、休息が終わったようです」
「僕らも出発しよう」
小太郎とリルルと合流すると、二頭はシュナイザーを見て呆れたように溜め息を吐いた。
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