四十話 賢者アモン誕生

 王都に衝撃的なニュースが駆け巡った。


「号外! 賢者ベネディクトが反逆罪で拿捕! 新しい賢者に正体不明のアモンと名乗る男が指名された!」


 新聞をまき散らす青年。

 拾い上げた人々は新聞に目を走らせ驚きに叫んだ。


 その頃、王宮では授与式が行われていた。


 国王アランの前に跪く謎の魔術師アモン。

 謁見の間には名だたる貴族達が勢揃いしていた。

 当然ながらそこには賢者達の顔も。

 ただし、ビルフォリオの姿だけはどこにもなった。


「これより賢者の称号授与を始める。証をここに」


 王の指示に従い騎士が小さな木箱を運ぶ。

 箱を開くとその中には、竜の模様が描かれた指輪が納められていた。


 六賢者の称号『賢人の証』である。


 指輪を手に取った王は、アモンの左手をつかむと中指にはめる。

 そして、アモンは颯爽と立ち上がって左手の指輪を周囲に掲げて見せた。

 彼に贈られる拍手と歓声。


 新たな賢者の誕生に王宮は喜びで溢れていた。



 ◆



「つかれたぁ」


 授与式を終えた僕は自室のベッドに倒れ込んだ。

 とは言っても式典が行われたのは昨日の話、それからずっと拘束されてようやくさっき自宅に帰ってきたのだ。


 説明すると長くなるので割愛するが、ようは式典の後に開かれた舞踏会や貴族の有力グループが開く宴会に顔を出したりと休む暇もなく走り回ったからである。

 まぁそれはいいとしよう。賢者として最低限認知してもらう為には、最初くらいは我慢しなければならない。

 僕を苦しめたのは、貴族に関する膨大な情報量である。自己紹介の後、家柄の長い説明が行われ、誰と誰の親戚で誰と結婚予定で、どのような事業を展開していて……etc.


 おかげで今の僕は、王都に暮らす貴族同士の相関を、小一時間ぐらい語れるまでになってしまった。正直、賢者になるんじゃなかったとすでに後悔している。

 ほんともう二度と貴族の宴には参加しないと心に誓うよ。


 コンコン。


 ノックがあったので返事をするとイリスが入室をする。

 彼女は僕に近づくなり鼻をスンスンとならした。


「汗臭いですね。おまけにお酒の臭いがします」

「いくらか飲まされたからね」

「お風呂を沸かしましたのでお入りください」


 僕はありがとうと言って部屋を出ようと、イリスがスッと前に回り込んでずいっと顔を近づける。


「私に黙っていかがわしいことはしていませんよね?」

「するわけないだろ。昨日はただ挨拶をしてきただけだよ」

「では先日、ビクビクしてご帰宅なさったのはどうしてでしょうか」

「あれは……ビルフォリオが……」

「賢者が?」


 僕は答えられずお風呂場に逃げる。

 イリスは「逃しませんご主人様!」と追いかけてきていた。


「おっ、当主っち! おっす!」


 廊下の突き当たりで不意にピノが顔を出した。

 しかもサーニャにレリアまで一緒だ。


「ピノ、ご主人様を今すぐ取り押さえなさい!」

「え? お? おお、合点承知!」

「うわぁぁああああっ!?」


 カエルのごとく飛んできたピノが僕を捕まえる。

 縄でぐるぐる巻きに拘束すると、四人が微笑みを浮かべて僕を見下ろす。


「で、賢者がどうしたのですか?」

「黙秘するっ!」

「ますます気になりますね」


 イリスは三人を連れて僕から少し離れた。


「当主っちどうしたんだよ」

「どうもこうも何かを隠しているようなのです。これは腹心として見過ごせません。締め上げてでも早急に事態の把握をするべきでしょう」

「でもご当主様が話したくないことを無理矢理聞き出すなんて……」


 サーニャだけは僕を庇おうとしてくれる。

 昔から君は優しい子だったね、僕はほんと部下に恵まれているよ。


「気になる女ができた可能性もありますわよ。もしそうならイリスの言う通り、多少強引にでも洗いざらい吐かせないと後手に回ることになりますわ」

「そうですねっ、しっかりゲロってもらいましょう!」


 サーニャぁぁああああっ!

 うわぁぁあああああああああっ!!


「へぇ、あの輝ける童貞と呼ばれた当主っちがねぇ。本当かなぁ」

「他人事ではありませんよ。もしその女が敵勢力のスパイだったらどうします。取り返しがつかなくなる前に正体を暴いて始末しないと」

「でもその秘密が女がらみなんて分からないだろ。当主っちって研究とか金に関係することでやらかしがちだしさ、今回もそっちなんじゃないの?」

「…………ありえますね」


 僕の元へ戻ってきたイリスはジト目で観察する。


「判断がつきませんね。いっそのこと自白剤でも投与しましょうか」

「やめてぇぇえ! 正直に言うからそれだけは!」


「おや、皆様方こんなところにいらしたのですか」


 執事のエドワードがタイミング良くやってくる。

 彼は僕と四人に視線を向けてから――無言で立ち去ろうとした。


「待って待って! 何か用事があったんじゃないの!?」

「おっと、厄介ごとの臭いがしたもので無意識に退散するところでした。それでですが、ご当主様にお客人が来られておりますよ」


 客人? 誰だろう?

 彼が名前を知らせないと言うことは面識がない可能性が高い。

 でも知り合いでここに来ていない人なんて、もういなかったと思うけど。


「その人は今どこに?」

「それがその……馬小屋はどこにと聞かれたので、裏にあるとお伝えしたところ、突然興奮したように飛び出されてしまいまして」

「馬小屋?」


 屋敷の裏手側には小太郎とリルルの寝床である馬小屋がある。

 なぜそんなところに行きたがるのか不思議だった。

 もしかしてその客人は自分の馬を少しでも早く休ませたかったとか?


 ひひぃぃん!


 小太郎の嘶きが聞こえた。

 僕らは二階の窓から外の馬小屋を覗く。


「はぁはぁ! なんと美しい肉体! 待ってくれ、儂にもっと触らせてくれ!」


 小屋から小太郎とリルルが飛び出す。

 その後を追って見覚えのある人間が顔を出した。


「ビ、ビルフォリオ!? なんでここに!?」

「あの女が賢者? ご主人様、どういうことかちゃんと説明してください」

「するからひとまず彼を――じゃなかった、彼女を捕まえて」

「では私が行って参りますわ」


 レリアが窓を開けて飛び降りた。






「――それでどういうことでしょうか?」

「…………」


 僕の対面のソファーに座るビルフォリオはロープで縛られていた。

 もちろんだけど僕も縛られたままで、隣では微笑を浮かべるイリスが事情を求めていた。


「おおおおっ! これが師匠の素顔ですな! 卓越した魔術師でありながら美貌も並々ならぬとは、やはりアモン様は儂がこの身を捧げるにふさわしい御方のようだ!」

「貴方は少し黙っていなさい。じゃないと記憶を消して裸で放り出しますよ」

「はい、静かにいたします!」


 やっぱりビルフォリオは女の子になっていた。

 僕をキラキラした目で見ており、その可愛らしい外見からとてもかつて老人だったとは思えない。

 僕はあの夜の出来事をイリスに話した。

 というかこの部屋にはピノ、サーニャ、レリアもいるので、四人に説明をしているような状況だ。心なしかピノを除く三人の目が冷たく鋭い。


「ではうっかり口にしてしまった条件を彼が信じてしまい、その結果女体化の薬と若返りの薬を口にしてしまったと?」

「そ、そうなんだ! それに後日ちゃんと断るつもりだったから、イリスに言うまでもないだろうって思ってたんだ!」

「なのに居場所がバレてしまった……と?」


 そう、それこそが想定外だった。

 僕はアモンとロイ・マグリスを結びつけない為に、入念に偽装工作を行っていた。

 サーニャとレリアには、度々僕とイリスの姿で町をウロウロしてもらっているし、臭いでたどれないように臭い消しの薬液も全身に振りかけている。さらに髪の毛一本落とさないように痛くなるほど身体をこすってブラッシングしているんだ。

 なのに彼女は僕をあっさりと見つけた。それがどうにも信じられない。


「どうも侮っておられるようだ。儂とて元賢者の一人、たとえ足跡がなくとも探し出すくらい容易なこと。いや、むしろ儂だからこそできたと言えるかもしれませんな」

「その方法……とは?」


 ごくりと喉を鳴らす。

 魔界の賢者などと呼ばれる僕ですら、なんの手がかりもなく探し人を見つけ出せることはできない。一体いかなる方法で僕の居場所を突き止めたのだろうか。


「木の棒を倒してここまで来ました」



「……え?」



「師匠を想って棒を倒す、するとその気持ちに応えて儂をここへと導いてくれるのです。いやはや三日もかかるとは予想外ではありましたが」

「三日って、もしかして授与式にいない間もずっと棒を?」

「もちろん。儂ならできると確信しておりましたぞ。どんなに不審者の目で見られようが、どんなにゴミ溜めのような場所を通り抜けようが、儂は諦めずひたすらに木の棒を倒し続けたのです。そして、ようやく儂の求める御方と再会できた」


 よく見れば地面を這ったかのように顔や服が汚れている。

 まさかそんな方法で僕を見つけるとは呆れを通り越して感心する。


「ちょっと待ってください、彼は――じゃない彼女は賢者と言いませんでしたか?」

「ふっふっふっ、よくぞ気が付かれたイリス殿。実は儂はすでに賢者ではなくなっているのだ」


 な、なんだって!??

 なんで!? どうしてそんなことに!?

 見れば彼女の指にあるはずの賢人の証がなくなっていた。


「アモン殿と話をしたあと、儂は自宅に戻り陛下にお手紙をしたためました。長い修行の道に入るので、このまま賢者を続けることはできないと。そして、いただいた証は返上し、次の賢者にすべき者の名を記したのです」

「その手紙はどこに!?」

「もう陛下の手に届いている頃でしょうな。儂も三秒くらい悩みましたが、師匠の英知を授かる為には賢者などしている場合ではないとすぐに結論が出ましてな。これで心おきなく修行に専念できますぞ」


 なんてことを! これ、完全に僕のせいだよね!?

 ど、どうしよう! 賢者を引き抜いたなんて大問題だよ!

 もしバレたら絶対に陛下と他の賢者達から怒られる!


 内心でひどく慌てる僕とは違い、イリスは冷静な態度で彼女に質問を続けた。


「貴方を元賢者だと知っている者はどの程度いますか?」

「一人だけですな。ですが、その者は口が硬くどのような状況であろうと、許可なく正体をバラすようなことはいたしませぬ。つまり今の儂はどこに出しても恥ずかしくないピチピチの新人美少女魔術師ですぞ」

「都合がいいですね。今すぐ消しましょう」

「ひぇっ!? お、お助けを!」


 サーニャとレリアがビルフォリオを逃さないようにがっちりと捕まえる。

 立ち上がったイリスは右手に紫の炎を出現させる。

 僕は慌てて彼女たちに落ち着くように声をかけた。


「そ、そこまですることないって! そうだ、ほら、賢者を弟子にすれば王国の裏側も色々と教えてもらえるし、魔界にはない沢山の術だって学ぶことができるじゃないか!」

「ウチにはもうプリシアがいるじゃありませんか」

「えーっと、その、じゃあサーニャ達の手伝いとか!」

「何人メイドがいると思っているのですか。もう必要ありませんよ」

「……ごめんね、ビルフォリオ」

「師匠ぉおおおおおお!!」


 必死に逃げようとするビルフォリオにイリスが迫る。

 彼女は僕に弟子入りする為に賢者を引退した。

 こうなるとたとえ記憶を消して解放したとしても不自然さが残ってしまう。

 行為に矛盾が生じれば、本人だけでなく周囲にも影響が及ぶ。その結果、僕の正体が露見する可能性が高くなるのだ。


「馬小屋の管理者にすればよろしいかと」


 いつの間にか入室したエドワードが発言した。

 するとイリスが炎を消す。


「それはどう言う意味ですか?」

「ビルフォリオ様は馬小屋に向かわれる前にずいぶんと熱心に、小太郎様とリルル様の扱いを聞かれておりました。恐れながら申し上げますと、彼は非常に生き物の飼育に長けた者なのではと。事実、小太郎様もリルル様も多少嫌がってはおりますが、敵意は見せておられません」

「そうですね。確かに」


 小太郎もリルルもプライドが高い。

 なので僕とよほど仲がいいか、実力を認めた相手にしか身体を触らせない。

 あの二頭が怒りもせずに逃げるだけなんて、よくよく考えればかなり珍しいことだ。

 実際、あの二頭の世話ができるのは、魔界でもここにいる四人の使用人と他数人くらいだ。


「小太郎様とリルル様のお世話ができるのはありがたいですね。私の場合、手が離せないことも多いですから」

「ご当主様がこの国の賢者となった今、影で動く任務も増えることでしょうし、もう一人くらい世話係が欲しいとは思っていましたわ」

「アタシはどっちもでいいや。てか、肩を揉ませる奴ができてむしろ好都合じゃん」


 三人の使用人は賛成のようだ。

 イリスも少し悩んでから「ま、いいでしょう」と納得した。


「ですが、ご主人様にいかがわしい行為を行わないことが条件です。それがのめるのならこの屋敷に置いてあげましょう」

「も、もちろんですぞ! 忘れておられるようだが、儂は元男なのですぞ!」

「よろしい。では貴方は今日から『フォリオ』と名乗りなさい」

「ははー、ありがたき幸せ!!」


 フォリオは深々とお辞儀をする。

 これじゃあ僕の弟子と言うよりイリスの配下だ。


『……っあ……ちゃん!』


 不意に通信が入る。

 微かに聞こえる声は妹のもののようだった。


「どうしたんだ!? なにかあったの!?」

『……と……が……じゃ!!』

「よく聞こえないよ!」



『お兄ちゃん……助けて!』


 

 それっきりプリシアからの通信はなかった。



 第二章 〈完〉


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

いつもお読みいただきありがとうございます。作者の徳川レモンです。

ストックがなくなってしまいましたので、書き溜めに入りたいと思います。

何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。


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