三十九話 賢者ビルフォリオ

 王宮に戻った頃にはすでに夜となっていた。

 僕はビルフォリオに付いて再び賢者達のいる謁見の間へ。


「敵の部隊は壊滅。指揮官は逃したものの敵に大打撃を与えたことは確実でしょうな。これで王都においそれと手を出せないことを向こうも理解したはず」


 ビルフォリオは陛下にそう報告した。

 謁見の間にどよめきが生まれる。

 王は笑みを浮かべつつさらに質問する。


「して、その戦果にアモンはどのように貢献した?」

「貢献などと……これは彼がたった一人で成し遂げた偉業。儂はただその場で彼――あの方のお力を呆然と見つめていただけでございます」


 大臣が「二万の魔族をたった一人でだと!?」と動揺を露わにする。

 ただ、三人の賢者はいずれも無反応だった。


「アルベルト、結論が出たのではないのか?」

「はい。どうやらアモン殿は賢者にふさわしい方のようです。ならば我らは約束通り彼を六賢者の一人として受け入れることにいたしましょう」

「プリシアの意見は聞かぬのか?」

「今回は状況なども鑑みて、多数決をもってこの案件を緊急的に処理し、後日彼女に報告をする所存でございます。前線にいる彼女ならば今回のことは、やむを得ないことと理解してくれるはずです」


 アルベルトと三人の賢者は一礼した後、謁見の間を退室した。

 残されたのは僕と陛下と大臣、それと数人の兵士だ。


「これで貴公は、この国の魔術師の頂点の一人となったわけだが気分はどうだ?」

「実感はないかな。念を押しておくけど約束は破らないでね。僕が賢者になることを受け入れる最低条件なんだから」

「承知している。ただし貴公も余とこの国へ忠義を示し続けてもらわねばならんぞ」

「そのつもりだよ。じゃあさっそく言葉と態度を改めようかな」


 陛下は「その必要はない」と首を横に振る。


「貴公の不遜な態度、余は気に入っているのだ。忠義は行動で表わせば良い」

「それならいいけど。僕もこの方が楽だし」


 僕は陛下としばし会話を続けた。

 ベネディクトは今後投獄され、余罪がないか取り調べを受けるそうだ。

 副参謀と名乗る魔族の男からは、敵側の情報を聞き出す為に厳しい処置が下されるだろうとも聞いた。


「しばらくは奴の指示に従っていた者や、協力者探しが行われることとなるだろう」

「潔白が証明されたのだからプリシアも前線から引き戻せるよね?」

「いや、現在の状況ではそれは難しい。彼女には我が軍の立て直しと前線の押し上げを命じているのだ。今戻られたら王国軍は一気に押し込まれる恐れがある。そうなれば敵は我が国の領土になだれ込むこととなるだろう」


 プリシアが派遣されたのは、たまたま都合が良かったってことなのだろう。

 ベヒーモスの件を前線に送り出す理由に上手く利用された。

 優秀な魔術師に戦況を変えてもらいたい陛下と、戦場に出たくない賢者達の思惑が一致した結果だと予想する。

 実に腹の立つ話だけど、同時に賢者達の気持ちも理解できなくもない。

 僕だってできれば戦争には参加したくないし、ずっと好きな研究だけをしていたいんだ。


「まぁよい、それで貴公の役職と給与のことなのだが……」


 僕はすぐに無用であると首を横に振った。


 賢者というのはあくまで称号、それだけで給与が発生するわけではない。

 王室相談役や宮廷魔術統括責任者などの役職を引き受けることで、賢者は生活費を稼いでいるのである。

 ただ、実際のところ生活をそれだけで支えるのは不可能に近く、全員が魔道具販売などで荒稼ぎをしているのだとか。特にウチのプリシアはそっちではかなり有名らしい。


「僕には役職もお金も必要ない。あまり困っていないんだ」

「それは困るな。まるで余が優秀な者を、タダ働きさせているかのように見られるではないか」

「それはそうだけど、僕としてはあまり縛られたくない」


 陛下は「ならばこれはどうだ」と一つの提案をした。


 それは僕が国王個人の相談役になるというもの。

 給与はそれほど高くはないものの、顔を合わした時に話に乗る程度で、頻度も時間も短い非常に拘束力の緩い役職だ。


 その名も『アラン国王相談役』だ。


 ちなみにアランというのは陛下の名前、彼はアラン・フィ・グランメルンという十七歳で即位した若き国王だ。噂ではなかなか有能な方らしい。


「新人賢者の僕がそんな大役を受けていいのかな?」

「これは余が個人的に貴公を相談役として雇うと言うだけの話だ。引き続き王室相談役は継続される。それに参考となる意見は多い方が国益となろう」


 それはそうだけど、僕が他の賢者に恨まれないか少し心配だ。

 給料は安いけど国政に口を出せる権利を得たのは割と大事だと思う。

 予想通り大臣が青ざめた表情で口を挟んだ。


「陛下、それはいくらなんでも……アモン殿は賢者とは言え身元も分からないような御方。国を左右する陛下のおそばに相談役としておくべきではないかと……」

「ふん、大臣ともあろう者が余の真意を分からぬか。彼の者は賢者達の防衛を易々と突破して余の元へと来たのだぞ。それはつまりいつでも寝首をかけると言うこと、ならば意味を成さない守りを固めるよりも、あえてもっとも近い場所に置いて、その忠誠心がまことなのか確かめる方が重要ではないか」


 大臣はしばし考え「出過ぎた真似をいたしました」と頭を垂れた。

 なんだかプレッシャーを感じるなぁ。

 ますます下手なことが言えなくなった感じだ。

 まぁ陛下もそれを狙って口に出したのだと思うけどね。


 僕はそろそろ帰ることを告げる。


「今回の件ご苦労だったな。明後日には貴公の賢者授与が正式発表されることとなるだろう。もろもろの詳細は手紙にて記載しておく」

「分かったよ。それじゃあ失礼」


 一礼して僕は謁見の間を後にした。



 ◇



 宮殿を出るとビルフォリオが僕を待っていた。

 彼は広い庭園の中央にある噴水の縁に座っており、僕の姿を見つけるとゆっくりと立ち上がる。


「アモン殿、六賢者入りおめでとうございます」

「うん。それでなにか話があるのかな」

「……少しの間散歩でもしませぬか」


 僕と彼は出口に向かって歩き始めた。


「貴方様の魔術まことに素晴らしいものでした。二万の兵を圧倒し、強力な悪魔デーモンさえも単独で倒して見せた。人とはああも強くなれるものなのかと感嘆したほどです」

「僕の場合そうならないと生きてはゆけなかったからね。建前はいいから本題を話してくれないかな」

「いえ、決して建前などでは……まぁいいでしょう。言葉をいくら重ねたところでこの気持ちが伝わるとも思えませぬからな」


 彼は戦いが終わってからずっとこの調子だ。

 考えが読めなくてちょっと気味が悪いんだよね。

 戦いを見せる前の彼の方がよっぽど分かりやすかった。


「アモン殿!」


 ガバッと彼は地面に両膝を突いて土下座スタイルになる。

 いやいやいや、まさか……彼は賢者だよ。王国魔術師の頂点の一人なんだ。

 だからこれから起こることなんてあり得ない。


「儂を弟子にしてください!」


 あああああ、やっぱりだ……。

 そんな気はしてたけど、実際に目の当たりにすると結構ショックだ。

 賢者は僕ら平民の憧れで雲の上の人達だったのに。

 こう言ったら不敬なんだけど、陛下よりもよっぽど尊敬と憧れを抱いていた。


「やめてくれないかな。貴方のそんな姿は見たくない」

「儂は賢者としてではなく魔術師ビルフォリオとして、貴方様に弟子入りを志願しております。どうかその英知を一欠片でも儂にお与えください。お願いいたします」

「うーん、困ったな……弟子は取ってないんだけど……」

「そこをなんとか! もし賢者であることが障害となっているのなら、今すぐにでも陛下に称号を返上いたしまする!」

「待った待った! とりあえず冷静になろう!」


 参ったなぁ、本当に今は弟子をとってないんだよねぇ。

 それに賢者の弟子が賢者って大問題になると思うし。

 ここは無理難題をふっかけて諦めてもらうのが一番かな。


「僕は女性しか弟子にとってないんだ。だから申し訳ないけど諦めてもらえるかな」

「なんと!? それは好都合!」


 え? なんだって?

 

 彼は懐から小瓶を二本取り出す。

 一つは青い液体が入ったもの。

 もう一つは赤い液体が入ったもの。

 

 彼はまず最初に青い方を飲んだ。

 すぐさま赤い方を飲んで小瓶を地面に落とす。


「うぐぐぐ……」

「だ、大丈夫かい?」


 地面に両手を突いた彼は何かに耐えているようだった。

 そして、彼に変化が起きる。


 たるんでいた皮膚は水も弾くような張りのある白い状態に。

 やや骨太に思われた身体は一回りも二回りも小さくなり、胸が大きく膨らんだと思えば曲線を描く細身の身体へと。

 はげ上がった頭部からは、薄茶色の髪の毛が大量に生えてあっという間にロングヘアーとなった。


「ふう……この青い薬液は儂が開発した新薬『TS薬』なのです。赤い方は若返りの妙薬ですな。しかし、我が身に試すのは初めてだったので、いささか緊張してしまいましたな。ぶははははっ」


 立ち上がった女性は十七歳ほどで可愛らしい顔立ちだった。

 ぱっちりとした大きな目に笑うと現れるえくぼ。

 胸は大きく身長は僕よりも少し低いくらいだ。

 彼(?)は懐から紐を取り出して髪をポニーテールにする。


「どうですかなアモン殿、これで弟子にしていただけますかな?」

「えっと、あの、その……」


 言い訳が思いつかない。

 と言うか今起きた出来事が衝撃的すぎて頭が上手く回らなかった。


「では儂はアモン殿の弟子と言うことでよろしいか」

「あ……うん。もうそれでいいよ」


 考えるのが嫌になって僕は認めてしまった。


「なぁに心配無用ですぞ。儂はなんせ色々と経験豊富ですからの。いかなる要求にも弟子として応えて見せましょうぞ。むしろご褒美」

「あの、その……」

「まったくアモン殿はタイミングがいい。女体化を夢見ていた儂がようやく薬を完成させた次の日にそのようなことを言っていただけるとは。ああそうそう、ちなみに儂は受けが専門で――アモン殿?」

「うわぁぁあああああっ!!」


 僕は耳を押さえて走り出していた。

 その後、僕はどうやって自宅に戻ったのかよく覚えていない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

いつもお読みいただきありがとうございます。

遅くなってしまいましたが、ここで感謝を述べさせていただきたいと思います。

皆様から頂いた星やフォロー一つ一つが私の原動力であり、読んでいただいている方々からの応援の声と思っております。引き続き本作品をどうかよろしくお願いいたします。(作者より)


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