第三章 戦争と魔界賢者

四十一話 最前線

 空を駆ける小太郎。地上ではリルルが疾走している。

 現在、グランメルン王国西方を移動している。

 この辺りは編み目のように広がるヘッズ川が、永い年月をかけて大地を侵食しており、無数の谷が迷路のように連なっている。


 その名もクロディナス峡谷。

 乾燥した赤茶けた土に無数の地層は僕の知識欲を刺激する。


「まだ返事はありませんか?」

「うん。すでに五時間が経過してるけど一切連絡がない」

「考えたくはありませんがすでに……」

「さすがにそれはないと思う。あの子には楓がついているんだ。いくら相手が魔族だとしても、彼女が必ず何らかの手段をこうじているはず」


 僕は術で周波数を設定し声をとある人物に飛ばす。


(半蔵、楓から連絡はあったかい?)

(いましがた入ったところです。どうやら敵の奇襲に遭い、少数部隊と共に山中に潜伏しているとのこと。プリシア殿も負傷はしているものの存命と報告を受けております)

(ありがとう。僕らが向かっていると返事をしておいて)

(承知つかまつりました)


 さすがは半蔵の妹。やっぱり優秀だ。

 楓は半蔵の妹だ。面識は少ないけどその実力はよく知っていた。

 まさかこっちで会うことになるとは思ってなかったけどね。

 彼女がプリシアの使役悪魔で本当に良かったと思うよ。


「どうやら無事らしい。でもまだ油断はできないよ」

「ああ、半蔵経由で生存報告を受け取ったのですね。ですが逆に気になります。プリシアと楓が手こずる相手とはどのような者なのか」


 イリスは僕の後ろでそれらしい敵のことを考えていた。

 確かに彼女の言う通りだ。プリシアは王国魔術師の最高峰である賢者だし、楓も一流の忍びなんだ。いくら奇襲を受けたとは言え、あの二人が逃げなければならないなんてあまりにも不自然だ。部隊を同行させていたという点を考えても引っかかる。


 だとすると敵はかなりの大規模か悪魔デーモンを率いた少数精鋭。


「イリス殿~! そろそろ代わっていただけませぬか~!」


 地上を走るリルルの背中では元賢者のフォリオが叫んでいた。

 しかし、イリスは冷たい目で彼女を見下ろす。


「私の可愛いリルルの背中が気に入らないと言うのですか?」

「い、いえ、そうではありませぬが! 儂も師匠のお背中で雄大な景色を見てみたいなと思っておりまして!」

「景色ならリルルの背中からでも十二分に堪能できます」

「ぐぎぎ、小癪な小娘め!」

「何か言いましたか?」

「なにも」


 イリスとフォリオは仲が悪い。それはこの数時間でよく分かった。


 ことの始まりはどちらが僕の後ろに乗るかだった。

 最初、フォリオが僕の後ろに乗ることになっていたのだが、そこへイリスが「ご主人様の後ろを守るのは私の役目です」と断固拒否。フォリオは「師匠のおそばで学ぶのが弟子の務めですぞ」とさらにそれを拒否。

 結局、僕は交代で乗れば良いとなだめたのだ。

 で、結果的に先に乗ったイリスが力で我が儘を通しているわけだ。


 ちなみにフォリオを家に置いてこなかったのは、彼女と色々と話をしなければならないことが山積みだからだ。

 下手に放置すると何をしでかすか分からないし。

 なので僕は緊急的に彼女も前線へ連れて行くことにした。


「そろそろバナジャ国元領土ですぞ! ここからは儂が案内しまする!」


 フォリオはリルルを走らせ先を進む。

 さすがは動物好きを自称しているだけのことはある。あのリルルを上手く操り乗りこなしていた。

 これにはイリスも感心の声を漏らす。


「乗り手としても有望ですね。もしかすると『ライダー』への高い適性があるのかもしれません」

「かもしれないね。彼女の為にもう一頭飼うのもいいかもしれない」


 ライダーとは一般的に魔獣乗りのことを指す。

 才能のあるライダーはその魔獣の特性を生かし、力を存分に引き出した上で独自の戦い方を編み出すのだ。

 魔界において上位に挙げられるライダーは、僕が苦戦するくらい本当に強い。正直フォリオをどう育てるべきなのか悩んでいたけど、これでとりあえずの方向性は決まったのかもしれない。


 フォリオの先導でクロディナス峡谷を抜ける。

 しばらく荒野が続き、さらに森を抜けた先に元バナジャ国の領土があった。


 バナジャ国の領土は山々が連なった入り組んだ地形になっており、人々は標高の高い場所に暮らしているそうだ。

 彼らは独自の戦闘術を先祖代々受け継いでいて、その剣の腕前は近隣諸国でも随一と謳われるほど。おまけに質の良い鉱物が採れる為、造られる武器も王国の物よりも数段上だと評されている。ここまで言えば察しのいい人はすぐに気が付くだろう。

 そう、この国の領土を全てとられてしまうと、王国にとって非常に都合が悪いのだ。


 責められにくい地形に豊富な資源。

 緩衝地帯もなくなり王国は一気に追い詰められることとなる。

 だからこそ軍は必死になって魔族を押し返そうとしているのだ。


 長く険しい山道を抜けラガナ高地へと至る。

 ここまで来るとちらほらとバナジャ人を見かけるようになった。

 浅黒い肌に独特の模様が編まれた長袖の民族衣装は目をひく。


 フォリオはリルルの足を止めさせると、道行く老婆に聞き慣れない言葉で話しかけた。


「――なるほど。前線はこの先ですな」

「言葉が分かるの?」

「儂はバナジャ人とグランメルン人のハーフでしてな、幼き頃にバナジャ語は学ばされておりますゆえ」


 へぇ、それは知らなかったな。彼女の両親はさぞ苦労したことだろうね。

 どちらの国も婚姻を認める空気はないからね。

 バナジャが滅んだ今でこそ言える話かな。


「先ほどの老婆に聞きましたが、この先にある山を二つ越えた先に前線があるそうですぞ。ところで無知で大変申し訳ないのですが、師匠は一体誰をお捜しなのかそろそろ教えていただけませぬか」


 フォリオの質問にハッとする。

 そういえば彼女に何も言ってなかった。

 ただ前線に行くとだけ伝えたんだ。


「僕はプリシアを探しているんだよ」

「プリシア……あの賢者の一人の?」

「そうだよ。僕の大切な妹だ」

「つまり師匠は、あの性悪ロリ老婆の兄上?」

「ウチの妹ってそんな風に呼ばれてるんだ」


 ショックだ。あんなに純粋で可愛くて賢いのに。

 イリスは納得したのか深く頷いている。


「詳しい説明はまた今度にするよ。とにかく僕は正真正銘あの子の兄だ」

「いやはや師匠が並列の魔女の兄上だったとは。三人・・揃って桁外れの才能を有しているとは羨ましい限りですな」


 彼女は「ならばプリシア殿の為にも急ぎましょうぞ」と拳をグッと握りしめる。

 なんだかんだあったけど、彼女を弟子にしたのは良かったのかもしれない。

 前の姿さえ思い出さなければ、素直で賢くて可愛い女の子なんだ。


 ……あれ? 今、三人って言った?

 もしかしてテトを知ってる??


「ひとまず前線に行き、軍にプリシア殿の行き先を聞くのですぞ。さすれば彼女の潜伏している場所も割り出せるはず」


 フォリオはリルルを走らせる。

 僕も追いかける為に小太郎の腹を軽く蹴った。



 ◇



 戦いはダーバ高原と呼ばれる場所で行われている。

 たびたび戦闘を行っているのか無数の死体が転がっており、地面には魔術攻撃による無数のえぐれた跡があった。


 僕らが陣地にやってくると、警備をしている兵士にすぐさま声をかけられる。


「何者だ! 身元とここへ来た要件を言え!」

「賢者ビルフォリオである。すぐにここの指揮官と面会を願いたい」

「賢者!?」


 兵士の目の前にいるのは、ビルフォリオの幻をかぶったフォリオだ。


 僕がアモンとして面会を申し出ても良かったのだが、残念ながらここは王都から遠く離れた最前線であるが故に、新しく就任した賢者の存在はまだ伝わっていない。その代わりだが、ビルフォリオが賢者を辞めたことも伝わっていないので、今回はその時間差を利用することにしたのだ。


 兵士達は思わぬ訪問客に驚き慌てて謝罪した。

 彼は陣地に行くと、すぐに上官らしき人物を連れて戻ってくる。


「ようこそいらっしゃいましたビルフォリオ様。自分はここの警備を任されている者です。大変失礼かと存じますが、証を拝見してもよろしいでしょうか」

「うむ、見るがいい」


 僕が渡しておいた賢人の証を指から抜き取り、警備責任者に見せる。

 彼は指輪をまじまじと見つめ感嘆の声を漏らした。


「失礼。本物の証を初めて見たもので、少し見入ってしまいました。賢者ビルフォリオ様と確認できましたので、将軍への面会を許可いたします。こちらへどうぞ」


 僕らは責任者の案内する方へと歩き始める。

 陣地の中は無数のテントで埋め尽くされていた。

 そこにいるのは様々な者達。

 訓練をする者、談笑する者、武器を磨く者、ぼーっと空を見上げる者。

 中には片腕や片目を失っている兵士も見かけた。


 ざっと見ても負傷者多数か。なかなか厳しい状況のようだ。

 どうやら我が妹は難題を押しつけられたようだ。


 陣地の中で最も大きなテントの前に来ると、中から女性の甘い声が聞こえる。


「しょ、少々お待ちください……」


 責任者は硬い笑顔でそう言ってからテントの中へ入った。

 直後に中から怒声が聞こえる。


「賢者だと!? そのような報告は受けておらんぞ!」

「しっ、すでに表に来られています」

「くそっ。もういい出て行け」


 テントから襟元を直しながら女性が出てきた。

 彼女は僕らに一礼して早足でこの場を去る。

 軍隊というのは兵士と武器と食料だけあればいいわけではない。

 往々にして精神的にも肉体的にも癒やしが必要なのだ。


 男性が出てきてテント内へと僕らを招いた。


「おお、ビルフォリオ殿。ずいぶんと久しいな」

「マードン将軍も健勝でなにより。まだまだ下も若いようだな」


 派手な鎧を着けた体格のいいカイゼル髭の男性は、わざわざ席を立って握手をする。

 彼はマードン・ストーンビル将軍。この度の戦いの総指揮を執ることになった人物だ。ただ、高い実力に反してその性格は難ありと評されているとか。


 マードンは長机の端の席に着くと、ビルフォリオに座るように促す。

 僕とイリスは表向きは護衛なので、席に着いたフォリオの背後で立ったまま話を聞く。


「しかし、来るなら一報入れてもらいたいな」

「急だったのでな。それに関しては謝ろう。して、ここにいるはずのプリシアはどこへ行ったのだ」

「…………」


 あからさまに将軍の態度が急変する。

 笑顔から無表情となって沈黙した。


「作戦中だ」

「作戦? 参謀であるはずの彼女がどうしてでている」

「それは貴殿には関係のないこと。軍の指揮は私が握っているのだ」

「賢者である儂に関係がないとはよく言えたものだな。その発言、陛下にお伝えしても良いのだぞ」

「……ちっ」


 舌打ちして将軍は椅子の背もたれに体重を預ける。

 どうやら言われたくないことを言われてしまったらしい。

 彼は机に置いてあった酒瓶を掴んで杯に注いだ。


「何が聞きたい。その様子では正式な視察ではないようだからな」

「プリシアがどのような作戦に参加し、どこにいるのかを教えよ」

「……北西にあるゴラウド谷へ夜襲に行かせた。敵の補給経路を断つ為だ」

「賢者を直接行かせたのか? それで付けた兵数は?」

「二十だ」


 それを聞いて僕は彼の正気を疑う。

 補給経路は通常守りが堅い。当然だ、軍の命綱なのだから。そこへたった二十の兵で突っ込ませたのだ。どう考えても殺そうとしているようにしか思えない。


「陛下はプリシアを戦力ではなく参謀として送り出したはずだ。なぜ彼女を無謀な作戦に投入した。もし死んだら大問題となるぞ」

「ふははは、大げさな。彼女はあの六賢者だぞ。むしろ率先してその素晴らしい魔術で敵を討ち滅ぼしてもらわなければ。それにもし死んだとしても名誉の戦死を遂げたと褒め称えられることだろう」


 フォリオは「なんと馬鹿なことを……」と額を押さえた。

 僕はと言うと、内心で激しい怒りを覚えていた。

 今すぐにでもコイツを殺してやりたかったが、それはきっと妹のやっていることを台無しにする。だから僕はぐっと我慢した。


 フォリオは静かに席を立つ。


「もうよい。お前が手段を選ばぬ人間であることは百も承知していたからな。やり方はどうあれ作戦自体はまっとうなもの、これ以上話すことはない」

「それでどうするのだ」

「彼女を救出に行く。我が国は賢者を失うわけにはいかぬのだ」

「ふん、好きにすればいい。死んでないことを願っている」


 心にもない発言なのは明白だ。

 将軍はそう言いながらもニヤニヤしながら酒を飲んでいた。

 僕は必ずこの男に目に物見せてやると誓う。


「行くぞ」


 フォリオは静かにテントをでた。


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