三十五話 罪と罰

 静まりかえる謁見の間。

 王も賢者も兵士達も呆然とした表情で僕を見ていた。

 床にはベネディクトが倒れている。


 正直期待外れだった。


 賢者である彼なら僕の知らない魔術を使ってくれると思ったのだが。

 出てくる術はどれも見たことのあるものばかり。非常に残念でならない。


「彼の術が一切効かないとは……君は一体……」


 賢者の一人が歩み出る。

 その両目は閉じられているが、一部始終は理解しているようだった。

 僕は服に付いた埃を払い、改めて王と賢者達に挨拶する。


「僕はアモン。どこにでもいる魔術師の一人さ」

「魔術師……人間なのか?」

「正体は明かせないけど正真正銘の人だよ」

「あの異常なまでの魔力抵抗と身体能力を目の当たりにして、素直に君を人と認めるのはいささか抵抗がある」


 不意に拍手が聞こえた。

 僕や賢者が目を向けると、王が満面の笑みで手を叩いていた。


「予想以上に貴公はただ者ではなかったな。秒殺の光賢と呼ばれるベネディクトをこうもたやすく倒すとは。最悪、賢者達に取り押さえさせるつもりだったが、その必要すらなかったようだ」

「陛下はこの者をご存じで?」

「無論だ。アモンこそ我が寝所に忍び込み、奴の裏切りを教えてくれた侵入者なのだ」

「彼が!?」


 賢者達は杖を構えて術を構築し始める。

 どうやら彼らは僕を味方とは見ていないようだ。

 王を守るようにして陣を組む。


「アモンよ。聞かせてはくれまいか貴公の真の目的を」

「?」


 王にそう言われて僕は首をかしげる。

 真の目的? もしかして別の狙いがあって裏切りを告発したと思われてるのかな?


「僕は彼のやっていることが気にくわなかっただけだ」

「では貴公は裏切り者を捕まえる為だけに、余の寝所に潜り込んだと申すのか?」

「うーん、宮殿にどんな防衛魔術が張られているのか興味があったってのもあるかな。ま、今回の件はベネディクトを捕らえることが目的であって、それ以外は特にこれといってないんだよね。だから聞かれてもこれ以上返答しようがない」


 僕はきびすを返してこの場を去ろうとする。

 これでベネディクトは裁かれるはず。賢者が反逆罪で捕まるなんて前代未聞だけど、だからって放置するよりは何倍もマシだと僕は思っている。


「待て。これだけのことをしておいて、すんなり逃してもらえると思うなよ」


 バヂヂッ。床に電気が走ったかと思えば、一瞬にして目の前に大柄の男が立ち塞がった。

 がっしりとした身体に盗賊のように荒々しい髭の生えた人相。

 見た目と動きがぜんぜん釣り合っていない。

 もしかすると彼が『雷走の剛賢』と名高いトーマス・ブルックスかな。


「裏切り者を告発したことだけは褒めてあげるわ。でも、陛下の寝所に忍び込んだことは許されざる大罪よ」


 ブルックスの横に煙のように女性が現れた。

 振り返ると同じ女性が杖を構えている。

 だとすると突然現れたアレは魔術で創り出された偽物か。

 長い癖のある赤毛の美しい女性。

 たぶん彼女が『幻毒の才女』で有名なリサ・ローズマリアだろう。


 僕は内心でワクワクする。

 ブルックスもローズマリアも素敵な術を沢山持っていそうだ。

 特に先ほど見たブルックスの移動方法には痺れた。

 恐らく電撃に乗ることであの加速を実現しているのだろう。

 やっぱり賢者は発想が違う。僕の好奇心をキュンキュンさせるよ。


「賢者達よ、ここでの戦闘は控えよ。それとアモン、貴公にはまだまだ話がある。勝手に帰ってもらっては困る」


 ブルックスとローズマリアは渋々術を解いて杖を下ろす。

 王は兵士達にベネディクトと魔族の収監を命じ、魔術封じの手錠がはめられた二人は意識がないまま連行された。

 謁見の間が軽く片づいたところで王は襟を正す。


「貴公が自身と国を思って行動したことは分かった。だが、先ほど賢者が述べたとおり寝所へ侵入した罪は償ってもらわなければならない。それに我が国は現在、魔帝国と戦争のまっただ中だ。士気を維持する為にも一人とて賢者を失うわけにはいかない」

「それってつまり?」

「貴公には罰として賢者の一人になってもらう」


 はぁぁ、そうだよねぇ。

 王様の寝所に無断で侵入なんてありえないよね。

 だからさっさと退散しようと思ってたのにさ。

 こうなったら強引にでもここから脱出しようかな。


 ん……?

 あれ……ちょっと待って?

 今、賢者って言わなかった?


 ええええええええええええっ!??

 な、なんで!? なんでそうなるの!?


「陛下!? それはあまりにも英断に過ぎるというか、無謀というか、血迷っていると言うか! どうかご再考を!」

「余の決めたことに口を出すなローズマリア」

「私も彼女と同じ意見です。正体不明の者をいきなり賢者にするなど前代未聞。そもそもこの者は敵か味方かすらはっきりしていないのですよ」

「ふむ、アルベルトも反対か」


 腕を組んで悩む王に、賢者の一人が歩み出る。


 彼は賢者の中で最も年老いた姿をしていた。

 細身に側頭部と後頭部しか残っていない白い髪。

 歩みはおぼろげで今にも倒れそうな印象だった。

 彼こそが『凡俗の賢人』と揶揄されるカサル・ビルフォリオだろう。


「あれだけの実力ならベネディクトの開けた穴を埋めるには最適でしょうな。ですが今すぐ信用しろというのはどだい無理な話。疑心暗鬼のままではとても協調などとは」

「ならばどうしろというのだ」

「決して裏切らぬと言えるだけの、陛下とこの国への忠誠の誓いを見せていただけませぬとな。それも万人が認める形として」

「つまり我が国の賢者にふさわしいだけの偉業を打ち立ててみろと?」


 王は困ったような顔で僕を見る。

 その目は『できるか?』と言いたそうだった。


 いやいや、そもそも僕は賢者になるって一言も言ってないんだけどさ。

 なんでこうなるかな。はぁぁ。

 でもここで断ると今後アモンとして活動することは厳しく制限されそうだし。

 賢者であることのメリットもそれなりにあることも理解している。

 まぁ、今の生活が壊されることがないなら、別に引き受けてもいいとは思ったりもするけどさ。


「じゃあ僕からも条件を付けさせてもらう。重要な案件以外で呼び出さないこと。僕の正体を探ってはならないこと。下される命令に対し拒否権を行使できること。これら三つが通るのなら賢者になっていい」

「拒否権とはこれはなかなか」


 ビルフォリオはニヤリとして顎を触る。

 ローズマリアも「よく分かってるじゃない」などと納得している様子だった。


「余が許可しよう。他の者達は異論はないか」


 王の言葉に賢者達は頭を垂れる。

 反論なし。条件を受け入れると言うことだ。


「さて、アモンを賢者にする件だが――何事だ?」


 謁見の間に一人の騎士が駆け込んだ。

 彼は息を切らしており、血や泥などで鎧が酷く汚れていた。


「報告します! 南方より敵襲あり! 現在、ブレバー領主率いる三千の兵で応戦はしておりますが、敵の数があまりに多く押されております!」

「敵の数は!?」

「およそ二万です」


 部屋にどよめきが広がる。

 国王は「まだ戦力を隠していたというのか……」と頭を抱える。

 とうとう大規模奇襲作戦が始まったのだ。


 魔族は巨獣の樹海を南西より抜けることで、見事に王国の裏をかいた形だ。

 王国民にとってあの樹海は、簡単には通り抜けられない難所として認識されている。軍が通り抜けるなど想像の外にあったことなのだ。


 さらに言えば北方の斥候部隊が目をひいていたことも関係している。

 王国側は前線から北方と意識を向けさせられ、南への注意を向ける余裕がなくなっていた。加えて先のベヒーモスの件。王都壊滅は免れはしたものの、結果的に国内は僅かながら混乱させられた。

 そこに大規模奇襲。見事な作戦だ。


 南方の魔獣が活性化していた件もこれで納得ができる。

 魔族の軍が獣を追い立てていたのだ。

 そのおかげでナッシュ達がランクアップしたと考えると少し複雑な気分だけどね。


「僕がその二万を倒すよ」

「――!?」


 ガタッ。王が立ち上がる。

 だが、賢者達はなぜか無反応だ。


「ま、まことか!? 二万の敵兵を退けると!?」

「それで忠誠を証明できるかな?」

「もちろんだ! ぜひ参謀として兵を見事に操り我が国の危機を救ってくれ!」

「あ、違う違う。僕は一人でどうにかするって言ってるんだ」


 するとブルックスとローズマリアが笑い始める。

 ビルフォリオは肩眉を上げて見せ、アルベルトは依然と無表情のままだ。

 僕はその反応が理解できずきょとんとする。


「ぶははははっ、二万をたった一人で退けるだと! 笑わせるねぇ! 冗談にしちゃ出来が良い!」

「ほんと、お腹がよじれるほど面白い! もしかして人間の軍と魔族の軍の違いもよく分かってないんじゃないかしら! だいたい二万の兵を相手にするってことがどんなことか、お馬鹿さんには想像もできてないみたいね!」


 二人に釣られて部屋にいる大臣や兵士達も笑い出す。

 ここまであからさまに蔑まれると恥ずかしいな。

 一応、僕なりに勝てると踏んで言ったんだけどなぁ。


 沈黙していたアルベルトが、手を掲げて静かにするようにと周囲に示す。


「すでに我々は知っているはずだ、彼が並の術者ではないことを。ならばここは一つ力を見せてもらおうではないか。その結果によって賢者にふさわしいかどうか判断させてもらう。ビルフォリオ、貴殿が彼に同行したまえ」

「なぜ儂が?」

「この中で最も洞察力に長けている。見届け人には最適であろう。それと、もし彼が倒しきれなかった場合は、貴殿に後始末を頼む」

「少々面倒だが、まぁよかろう。儂も彼には興味があるのでな」


 アルベルトは話を終えた後に王に一礼する。


「このようになりましたがいかがでしょうか」

「余に異論はない。それでことを進めるがいい」


 賢者一同王に礼をする。

 一応だけど僕も軽く頭を下げておいた。



 ◇



 ビルフォリオを連れて王宮を出ると、別行動をしていたイリスが合流する。


「こちらは全て片付きました」

「ありがとう。事情は説明しなくても把握してるよね?」

「ええ、こっそりと話は聞いていましたので。何度あの愚か共を挽肉にしようと思ったことか。よくぞ耐え抜いたと自分を褒めたいです」

「うん、本当に我慢してくれてありがとう!」


 危うくプリシア以外の賢者がこの国から消えるところだった。

 なんせ本気のイリスは、僕でも止めるのに苦労するくらいめちゃくちゃ強い。

 賢者を甘く見ているわけじゃないけど、彼らが一瞬で挽肉にされる光景しか僕には想像できないんだ。


 僕の後ろにいるビルフォリオが肩眉を上げてイリスを観察する。


「この気配、お嬢ちゃん悪魔デーモンだね」

「え? 分かるの?」

「儂はそういうのに聡いのさ」


 へぇ、人間と悪魔デーモンを見分けられるなんてすごいや。

 僕ですら一瞬で判別するのは無理なのにさ。

 さすがは賢者っていったところかな。色々と学べそうだ。


 僕は術で小太郎とリルルに呼びかける。

 しばらく宮殿の敷地で待っていると、二頭が地面を駆けて風のように現れた。

 二頭の出現にビルフォリオは目をまん丸にする。


「ほうほう、これはまた……見たこともない魔獣を飼っているのだな」

「ぶるるる」


 彼は小太郎の身体に触れて「なんと雄々しく美しい」とうっとりしている。

 若干鼻息が荒く気持ちが悪い。褒めてくれるのは嬉しいけど、いつも堂々としているはずの小太郎が引いている。

 イリスはさりげなくリルルと一緒に距離を取った。


「南方に向かうので、後ろに乗ってもらえるかな?」

「なぬ!? 乗せてもらえるのか!?」

「う、うん……」


 小太郎が走り出すと後ろに乗っている彼がギャーギャー騒ぎ出す。


「おほぉっ! なんと、空を駆ける馬とは! 羨ましい、羨ましすぎるぞ! 貴殿はどうやってこのような獣を手に入れたのだ!? いや、それよりもまずはこの魔獣がいかなる名を持ちどこに生息しているのか知るべきか!!」

「ちょっと大人しくしてくれないかな」

「ふひぃいいっ! この逞しい尻! これだけで儂は分かる! こいつは並の馬ではないぞ! まさしく馬の形をしたなにかだ! ゾクゾクするわいっ!」


 老人は小太郎のお尻などをなで回す。

 この調子だと、帰りは乗せられないかな。

 小太郎はプライドが高いからベタベタ触る相手は嫌いなんだ。


 地上ではリルルがイリスを乗せて、家々の屋根を猛スピードで走っていた。


「ご主人様、私が一足先に様子を確認してきます」

「うん。よろしく」


 そう返事をした次の瞬間には、リルルの姿はどこにもなかった。

 足の速さならフェンリルは魔界でトップクラスだ。

 空を高速で駆ける麒麟ですら、その後ろ姿を拝むことはできない。


「ぬひょおおおおっ! あの獣も普通ではなかったか! この歳になってこのようなときめきを感じるとは! 儂のケモナー魂が燃えさかっておるわ!」

「う、うん……」


 早く下ろしたいのか小太郎の足はいつもより速かった。


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