三十四話 賢者からの転落

 太陽が真上に来る時刻。

 グランメルン国境付近にある丘に一人の男がふらりとやってきた。

 その者は頭部から角を生やしており甲冑を身につけていた。

 男は静かに丘から景色を眺める。


「珍しいな、貴様が遅れてくるとは」

「…………ああ」


 男の言葉に軽く返事をする。

 薄汚れた外套のフードを外すしてみせると、男は目を細めて鼻で笑う。

 話は向こうから切り出した。


「突然会いたいとはどのような了見だ。我々は例の大規模奇襲作戦終了後に顔を合わせる予定だったはずだぞ」

「不測の事態が起きてしまったのだ」

「どういうことだ。まさか作戦が漏れたのか」

「そうではない。私が問題としているのは王国側に強力な予備戦力が隠されていたと言うことだ。あれほどの数をどうやって集めたのか……」

「ふざけるな! 貴様が二万で落とせると言うので、俺は陛下に今回の奇襲作戦を提案したのだぞ!」


 彼は胸ぐらを掴んで怒鳴る。

 額には冷や汗が浮き出ていた。


「今回の奇襲作戦の内容を、より詳細に聞かせてはもらえないだろうか。そちらの動きが分かれば、こちらも軍をどのように誘導し、罠にはめるか思案できる」

「くっ……!」


 突き飛ばすように胸ぐらを放し、彼はこちらに背中を向けた。

 拳を握った手は震えている。

 それは怒りからではなく恐怖によるものに見える。


「我が軍は南西より巨獣の樹海と呼ばれる森林地帯を横切るようにして北上する。樹海を抜けた後は、村や町を強襲しながらまっすぐ王都を目指す計画だ」

「指揮官は?」

「ジュスティーヌ参謀だ。それと罪人ブリークを随行させている」


 男の言葉に「ブリークとは何者だ」と返す。


「元将軍にして先祖返りの化け物だ。表向きはそんな風に見えないが、常に血に飢え殺しの快楽を求めている。アレはたった一人で数百もの戦力に数えられる」

「ならば総合的に見て戦力は二万余りと言ったところか」


 舌打ちをした彼は振り返る。


「敵の予備戦力はどの程度だ。兵数は? 攻撃手段は? 得意とする陣形は?」

「そう慌てるな。私もどのように王国軍を誘導すべきか考えている最中だ」

「落ち着いてられるか! この作戦には俺の将来がかかっているんだぞ! もし失敗すれば副参謀降格どころの話ではない陛下に殺されてしまう! それともここにきて怖じ気づいたかベネディクト!?」

「へぇ、君は副参謀なのか」

「!?」


 は懐からロープを取り出して男に投げる。

 これは自動で狙った獲物を捕縛する魔道具だ。

 シュルル、ビシッ。

 ロープは一瞬にして男を縛り上げた。

 地面に転がった彼は、信じられないと言った様子で僕を見上げている。


「色々と教えてくれてありがとう」

「――しまった! 偽装か!」


 ようやく気が付いたようだ。

 僕は自身にかぶせていたベネディクトの幻を解除する。

 とは言っても仮面をかぶっているので何者なのかは彼には判別不能だ。


「魔術師……まさか!?」

「残念。君が思うようなたいそうな存在じゃないよ。僕はただ裏切りが許せないどこにでもいる魔術師の一人さ」

「奴は! ベネディクトはどうなった!?」

「まだ健在だ。僕と君がこうして会っていることすら彼は知らないよ」

「そうか! さては奴を捕まえるネタがないので、この俺から自白させようという魂胆なのだな! そうはさせるか!」


 男は自身の舌をかみ切ろうとする。

 僕は即座に眠りの術をかけてそれを阻止した。


「ZZZZZZZZ」


 いびきをかく魔族の男。

 これで奴を追い詰めることができる。


 僕は男を小太郎に乗せると王都へと向かった。



 ◆



 グランメルン王国謁見の間。

 玉座に座る若き王の前に五人の賢者が頭を垂れていた。


「突然の招集にも関わらずよくぞ集まってくれた。礼を言うぞ」

「もったいなきお言葉。我ら六賢者は陛下のお呼びとあらばいかなる場所でも、喜んではせ参じましょう」


 主席賢者であるハンス・アルベルトが顔を上げて微笑む。

 歳は二十代ほど。金の長髪に端正な顔立ちをしている。

 その両眼は閉じられており、この場にいる誰もが彼が盲目であることを知っていた。


 その後ろに並ぶのは四名の賢者。


 賢者カサル・ビルフォリオ

 賢者クリス・ベネディクト

 賢者リサ・ローズマリア

 賢者トーマス・ブルックス


 いずれもその名は知らぬと言われるほどの魔術師である。

 彼らがそこにいるだけで謁見の間は張り詰めた糸のような緊張した空気が漂う。


 代表者であるアルベルトが王と会話を進める。


「してこの度はいかなるご用でしょうか」

「先日、余の寝ている部屋に侵入した者がいた」

「なんとっ!?」


 アルベルトだけでなく四名の賢者もざわつく。

 王宮の魔術防衛は彼らが行っている。

 それはつまり賢者の目をくぐり抜けてたどり着いたと言うこと。

 絶対とも言うべき自信があっただけに、この事実は彼らを大きく動揺させた。


「貴公らがそうなるのも無理はない。余ですらその者が寝室に難なくたどり着いたことに驚きを禁じ得なかったのだ」

「我らの結界を突破したと!? それで陛下はどのように身を守られたのでしょうか!?」

「その前に一つ聞くが、貴公らの張った結界に不備はなかったのだな?」

「もちろんでございます。悪魔避けに侵入者探知、その内側には多重障壁を展開させ、常に王宮は固く守られております。結界の整備に関しましても、週に一回は必ず賢者の一人が点検をしております」


 王は足を組むと人差し指で肘置きとトントンと叩く。


「ならばどうやって侵入されたのだ」

「これは推測ですが、裏口である水路を使って入られたのではと。ただ、あそこには専用の鍵でなければ開けられない扉がございまして、鍵を持つ我らと大臣しか通り抜けられない仕様となっております。並の術師では解錠は難しいかと」


 五名の賢者は所有する鍵を王に見せる。

 王の近くで話を聞いていたゲブロ大臣も慌てて鍵を取り出した。


「侵入した者は貴公らに等しい実力を備えた者であると考えて良いのだな?」

「恐れ多くも代表者として述べさせていただきます。我らは王国に忠誠を誓った身、陛下のご信頼を裏切るような真似などするはずがございません。どうか賢きご判断を」


 アルベルトは自分達が疑われていると考えた。

 常識的に考えて王の寝所に入ることのできる者は賢者のみ。たとえ大臣が他の者に鍵を預けたとしても、宮殿内に仕掛けられた防衛術の数々を突破するにはやはり賢者並みの実力が必要となるのだ。

 加えて宮殿内に仕掛けられた防衛術には、それぞれの賢者が独自に仕掛けたものが存在する。これにより賢者と言えど王の寝所に簡単には侵入することはできない。


 王は彼らの表情を見てニヤリとする。


「余は貴公らを疑っているわけではない。侵入者がどのような者か知りたかっただけだ」

「ならばお聞かせください。陛下はその者をいかなる方法で退かせたのかを」


 アルベルトの言葉に王は笑い始めた。

 賢者達は再びざわつく。


「あの者は話をしに来たと言っていた。事実、彼は話しかしなかった。いや、なかなか素晴らしいプレゼントをもらったか。まぁよい、それはいま話すことではないな」


 王は腰に帯びた剣を撫でる。

 それは控えめに装飾が施された一振り。

 賢者達はようやく王の剣が変わっていることに気が付く。


「ならば聞かせてはいただけませんか。その侵入者は陛下にどのような話をされたのか」

「ふむ……」


 主席賢者の言葉を受け、王は不意に口を閉ざす。

 その行動はまるで何かを待っているかのようであった。


 しばし沈黙を続けた彼は再び口を開く。


「あの者は賢者の中に裏切り者がいると言ったのだ」

「!?」


 この場にいる誰もが国王の発した言葉に耳を疑う。

 賢者はもちろん大臣に部屋を警護する兵士達ですら驚愕に声を漏らす。


 六賢者とは王国魔術の象徴。生ける伝説である。

 そして、永らく続く賢者の歴史にただの一人も祖国を裏切った者はいないのである。

 故に彼の言葉は耳にした者の頭をハンマーで殴ったような衝撃を与えた。


「ありえない! 賢者が祖国を裏切るなど!!」


 過剰にまで反応したのはベネディクトだった。

 彼はアルベルトを押し退けて王の眼前へと歩み出る。

 その様子を王は無表情で見ていた。


「なぜいないと言い切れる。賢者も人の子、必ず過ちを犯さないとは断言できまい」

「陛下は勘違いしておられる! 我らは王国魔術の象徴でありいにしえから続く魔術師の系譜を継ぐ者なのです! その連綿たる歴史に汚点を残そうとする者など、ただの一人もいるはずがないと申しあげましょう!」


 ベネディクトはアルベルトに「陛下に無礼であるぞ。下がれ」と両肩を掴まれて後方に押し下げられてる。


「そうだっ、あの女だ! あのプリシアなら裏切るかもしれない! あいつは魔術師の家系に生まれていない成り上がり者だ! 祖国を裏切り魔族に寝返ったとしてもなんら不思議なことはない!」

「プリシアが裏切り者と申すか」

「その通りです! もしいるとすればあの女以外にありえない!」

「にしてはなかなか不思議なことを言う。余はなどと一言も言っていないのだがな」


 視線がベネディクトに集まる。

 賢者達はすぐさま彼から離れて杖を構えた。


「う、裏切りと聞いたのでそう思っただけです。決して私がそのようなことをしているというわけでは……」


「――その男が裏切り者だ」


 勢いよく扉を開けて踏み込むのは奇妙な仮面を付けた男だった。

 しかもその男はロープで縛られた魔族らしき男を抱えていた。

 ドサッ。

 床に放り投げられた魔族はうつろな目でベネディクトを見る。


「そこにいるのは我が友ベネディクトじゃないか~。貴殿の提案してくれた賢者共を皆殺しにする作戦はまこと素晴らしいものだなぁ~。おかげで陛下も俺に大きな期待を寄せられているんだぞぉ~」

「この男はバロニア魔帝国の副参謀だそうだ。今は僕の制作した自白剤を投与していて、この通りどんなことでも答えてくれる状態だ」


 再びベネディクトに視線が集まる。

 彼は仮面の男を睨み付けて歯ぎしりした。


「アモン! 貴様、裏切ったな!」

「それは間違いだ。なぜなら僕は最初から君を捕まえる為に動いていたのだから」


 ベネディクトは眼帯を外し、杖をアモンに向ける。

 放たれるのは六本の光の槍。


 ”光六槍ライトスピアー


 アモンに槍が降り注ぐ。

 彼に直撃した瞬間、爆発が起こり床に亀裂が走る。

 巻き起こった衝撃波に数人の賢者は床を転がった。


 もうもうと立ちこめる白い煙。

 仕留めたと確信したベネディクトは嗤った。


「馬鹿者め! 大人しく私に従っていれば死なずに済んだものを! 死の国で己の愚かさを存分に悔いるがいい!」

「ベネディクト、貴様!」

「おっと動くなよ。すでに私の悪魔デーモン達がお前らを狙っている。妙な予感がしてあらかじめ宮殿内の防衛を全て解除しておいて正解だったな」


 賢者達に杖を向けて笑みを浮かべる。

 宮殿に入る魔術師は例外なく使役悪魔を同行させることはできない。

 その為、この場にいる魔術師で彼の悪魔デーモンに対抗できる者は皆無と言えた。


「残念だけどそっちはすでに僕の悪魔デーモンが始末したよ」


 突風が煙を吹き飛ばす。

 その下から現れたのは無傷のアモンだった。


「無傷……だと?」

「僕は悪魔デーモン並に魔力抵抗値が高いんだ。だから遠慮せずにいろんな術を使ってくれると嬉しいな」


 ベネディクトはすぐに術を構築して発動させる。

 放つのは雷の魔術。

 杖から発した眩い電撃がアモンを撃つ。


 しかし、いくら電撃が身体に直撃しようが彼は平然としている。

 その光景にベネディクトだけでなく、四人の賢者達も絶句していた。


「そういうのじゃなくて、もっと珍しい術を使って見せてよ」

「まだだ! 私にはタリスマンがあるのだ!」


 ベネディクトの右目に埋め込まれた水晶が輝き出す。

 濃密な魔力が彼を包み込み、切り札とも言える一つの術を発動させた。


 ”光槍大軍ストラトス


 無数の光の槍が出現する。

 その数はおよそ五百。

 だが、かなり無理をしているのかいくつかの槍が霧散する。


「うーん、意外に引き出しが少ないのかな。それにこれはよくない感じだね。僕はともかくこの場にいる人達が危ない。てことで君には少し眠ってもらうよ」


 それはほんの瞬きをするような時。

 アモンはベネディクトの懐へ身体を滑り込ませて鳩尾を肘で打つ。


「――あぐぁ!?」


 次の瞬間、術は解除され光の槍は消え失せた。

 ベネディクトは両膝を床に突くと、力なくうつ伏せに倒れる。


「これで一件落着かな」


 満足そうにうなずくアモン。

 対照的に賢者達はただただ呆然としていた。



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今日は七夕ですね。皆様はどんなお願い事をしましたか?

私はスーパーウルトラ超絶筆力をいただけるようにお願いしました。

叶うといいなぁ(ベランダから夜空を見上げる)


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