三十三話 深夜の謁見
地下研究室で僕は解読した魔族からの手紙を読んでいた。
ちなみにすでにベネディクトには、僕が作成した手紙を渡している。
なのでこれは複製ではなく本物だ。
『大規模奇襲作戦。巨獣の樹海を越えて我が軍が王国を強襲せし、当初の予定通り貴殿は他の賢者と共に我が軍と抗戦した後、タイミングを見計らって奴らの背後に奇襲を仕掛けられたし。貴殿の投降受け入れの準備は整っている』
予想していた通りだ。
ベネディクトは祖国を裏切り敵側についていた。
保身のためにあらゆるものを売ったんだ。
それはそうと奇襲作戦の内容を見る限り、魔族側の真の狙いは賢者のようだ。
二段構えの奇襲作戦とは恐れ入る。
実にいやらしくも効果的に王国の弱体化を狙った計画だ。
我がグランメルン王国にとって六賢者とは、魔術師国家としての象徴であり力そのものだ。それが崩れれば大幅な戦力低下を招き、影響は国中へと及ぶことになるだろう。
「そうか……王国軍の士気を低下させて前線を後退させるつもりなんだな」
そして、この作戦を考えたのは恐らくテトだ。
王国の弱点をこうも的確に突けるのは同じ王国民しかいない。
プリシアはあれからテトのことにはだんまりを決めこんでいるし、どうして彼が魔族側に行ったのか僕はよく知らない。
ただ、彼に王国への明確な恨みがあることだけは理解できた。
僕はベネディクトが魔族に渡した手紙を確認する。
もちろんこれは僕が書き写した複製だ。
『詳細情報感謝する。近々最前線へ賢者プリシアが参謀として派遣される。彼の者は奇手を得意とする思量深き者なり。充分に用心されたし』
今回はプリシアについて記載しているだけだった。
得意とする作戦や魔術などが記されている。
大丈夫だとは思うが、兄としてはかなり心配だ。
「やはりエターニアの軍を……」
「ライオットに絞め殺されても知りませんよ」
「!?」
振り返るといつの間にかイリスがいた。
その手にはトレイに載せたコーヒーカップがある。
彼女はカップをデスクにおいて一歩下がる。
「サーニャの代わりに私がお運びいたしました」
「あ、ありがとう」
淹れ立てのコーヒーは美味しい。
僕は一口飲んでから気持ちを落ち着かせる。
「黙って後ろに立ってるから驚いたよ」
「一応ノックはしたのですけどね。ご主人様は集中するとすぐに周りが見えなくなるので困ります。それともう一度言いますが、軍を召喚した日には息子に絞め殺されますよ」
「だよねぇ。分かってるけど、妹が心配でさ」
「気持ちが悪いほどのシスコンですね。ヘドが出ます」
ひどい! 妹を心配するのは兄として当然じゃないか!
しかも百年ぶりに再会したばかりなんだぞ!
「もう少しご自身の妹を信じられたらどうでしょうか。彼女はあれでも魔術師の最高位である賢者の一人ですよ。もし本当にどうしようもない時は連絡が来るはずです」
イリスの言葉に僕はしょんぼりする。
忘れていたよ。あの子はもう僕の後ろを追いかけていた頃のか弱い子供じゃないんだ。だったら実力を信じて待ってあげることも兄の勤めなのかもしれない。
まさか配下に大切なことを教えられるなんて僕もまだまだだな。
「ところで鏡鳥は上手く売ってきたかい」
「ええ、ご主人様にギルドには売るなと言われていたので、こっそりと王都の魔道具屋に買い取ってもらいました」
「何か言ってた?」
「今後ともご贔屓にとだけ」
鏡鳥は希少であるため公には売れない。
その理由は誰がどこでとったなどの情報が出回るからだ。
巨獣の樹海で生息しているなんて知られたら、それはもう目も当てられない状況となるだろう。
故に僕は保護という名目で生息地を伏せることにした。
ちなみにではあるが、鏡鳥の卵は現在も温め続けている。
無事に生まれるかどうかはまだ分からないが、もし生まれたなら生態を知る大きな機会となるだろう。
そんなことを考えつつ卵がどんな様子かのぞきに席を立つ。
「――あれ? 卵が消えてる?」
あるはずの卵が一つもない。
するとイリスがポンッと手の平に手を打つ。
「そう言えば今朝、ピノにこの部屋を掃除させましたよね?」
「だったと……思う」
「で、サーニャが朝食に出したのは目玉焼きでした」
「まさか!?」
さぁぁと顔が青ざめるのが分かった。
なんで忘れていたのだろうか。ピノは奔放な性格だから僕の私物でも勝手に触ったり捨てたりするんだった。
だからエドワードやイリスに研究室の整理整頓を任せていたのに。
ほんとどうして忘れてたんだよ。僕のバカ。
「目玉焼きがやけに美味しく感じたのはそのせいでしょうね」
「やめて! 泣きそうだ!」
確かにすごく美味しいとか思ってたよ。
サーニャを褒めた時「ピノが持ってきた卵で作ったのですが、今度どこで採ってきたのか聞いておきますね」なんて言ってたし。
「はぁぁ、ご主人様の泣きそうな顔もたまにはいいですね」
イリスはなぜか嬉しそうだった。
◇
夜のとばりに包まれた王都。
僕は仮面をかぶって屋根から屋根へと飛び移りながら移動する。
今宵はおぼろ月夜だ。
時折コウモリが飛んでいるのが見える。
「さて、ここまで来たけどどうやって入ろうかな」
そびえ立つ白亜の宮殿を見ながら僕は視線を彷徨わせる。
これからやることはこの国では重罪だ。
良くて終身刑。悪くて死刑。どちらに転んでも最悪だ。
けど、僕ならば捕まることなく成し遂げることができる。
さて、まずは侵入経路を確保しないと。
僕は
仮面の上からはめると視界は良好となる。
さらに周囲の魔力の流れに注視して結界がないか確認した。
ぼんやりとだが宮殿をすっぽりと包む魔力のドームが見える。
「悪魔避けの結界と侵入探知の結界が張られているのか。その内側には数枚の物理障壁。不用意に入れば宮殿中に警報が鳴り響く仕掛けみたいだ」
ぱっと目に付く結界の穴は正門だ。
だがそこは扉が閉められ複数の門番が強固に守っていた。
おまけに扉には複雑な施錠の術が何重にもかけられており、物理的な備えとして強度向上の術までかけられていた。
いくら僕でもここまでがっちり固められると手こずりそうだ。
となると表からの侵入は厳しいか。
別の穴を探していると、宮殿内に続く水路に目が行く。
恐らくあそこが宮殿に入る裏道だろう。
どんな堅牢な守りでも必ず穴がある。
それは見落としなどではなく、わざとそう作ってあるのだ。
理由はごく単純で、表立って引き入れることのできない者達をそこから中へと入れる為だ。
平民の愛人、他国の要人、闇商人などなど。それに魔術師の出入り口としても使用されているはずだ。
いちいち出入りするのに術をかけ直すのは非常に手間がかかるからだ。
ただ、そこに守りが一切ないとも考えにくい。
少なくとも悪魔避けの結界くらいはあると考えるべきだろう。
僕は『水歩きの術』を行使する。
水路に流れる水の上を走りながら、宮殿内へ続くトンネルへと入った。
直線をひたすら走り、現れた魔力の壁の前で立ち止まる。
「やっぱり悪魔避けの結界か」
僕はするりと結界を抜けて奥を進む。
しばらくすると水路を塞ぐ鉄格子に行き当たる。
これにも強度向上の術がかけられていた。
しかも破壊すれば警報が鳴る術までかけられている。
出入りできるのは鍵穴のある小さな扉だけだ。
僕は鍵穴をのぞき込む。
「あー、魔力で判別する特殊な施錠かぁ。てことは複製を作っても開かないタイプだな。さすが王様の暮らす宮殿だ。手が込んでいる」
それは先が丸く一見するととても鍵とは呼べない代物。
先を鍵穴に当てると、粘土のようにぐにゅにゅと形が変化して押し込むことができる。
これは僕の開発した道具『万能キー太郎』である。
あらゆる施錠を解くことのできるまさしく万能の鍵。
ガチャリと音を立ててあっさりと扉は開いた。
僕は鉄格子を抜けて先へと進む。
しばらくすると小さな接岸場所があった。
小舟でここまでやってきて宮殿内に入るようだ。
ボロボロの木製の扉を静かに押し開ける。
扉の先には螺旋階段が上へと続いていた。
僕は階段を駆け上がり最上部にある扉を押し開ける。
ここは……エントランス?
エントランスホールにある壁の一部が隠し扉になっていたようだ。
宮殿内は闇に満ちており静かである。
僕は術で足音を消して目的の部屋を探す。
時々宮殿内に仕掛けられた防衛術があったが僕はするすると抜けた。
そこはすぐに見つかった。
最も警備が厚く守りを固めている場所だったからだ。
部屋を守る四人の兵士に眠りの術をかけて行動不能にすると、扉に防衛術がかけられていないか確認してから中に入った。
豪華なベッドに眠る金短髪の若い男性。
僕は杖を
熟睡しているのか一度目では目を覚まさず、二度、三度とコンコンと杖で叩いてようやく目を覚ました。
「んんっ……誰だ余を起こすのは」
「こんばんは。君に話があるんだ」
「なっ――んぐんんっ!?」
術でグランメルン国王の口を閉じる。
口を押さえて混乱する王に、僕は「落ち着いて、殺したりはしないから」と声をかけつつ、部屋の隅に置かれていた椅子を持ってきてベッドの横に置く。
僕は椅子に座るとかけていた術を解いた。
「貴様、何者だ!?」
「僕はアモン。しがない魔術師さ」
王は枕元にあった剣を抜いて僕に振るう。
が、刀身は手刀によってあっさりと半ばから折れた。
「なっ――!!?」
「陛下とあろう御方がなまくらをお使いになっているとは。親睦をかねて僕から代わりの物をプレゼントさせてもらうよ」
それを陛下の前に放り投げた。
彼は恐る恐る剣を手に取り鞘から引き抜く。
「この剣……なんと美麗にして力強いことか。これほどの代物を余は今まで見たことがない。まるで意志を持っているかのごとく、恐ろしいまでにこの手になじむではないか」
「それは魔界の名匠ゲノビアが打った一振りさ。特殊な力はないけど、普通の剣として使うなら十分すぎる性能を持っている」
「魔界だと。貴様、
「違う違う。僕は正真正銘の人間さ」
陛下は安堵したように息を吐いた。
どうやら少しは落ち着いたみたいだ。
「さっきも言ったけど僕は君に話があってここまで来た」
「……ならば日中に堂々と謁見すれば良かったのではないか」
「正体を明かせないからそれはできないんだ。だからこうして夜中にこっそりと会いに来たってわけさ。僕の都合で申し訳ないけどね」
彼は話を聞きながら僕の至る所に視線を向けて正体を探ろうとしていた。
記憶にいる者達の誰かなのではと考えているようだ。
残念。僕が陛下と会うのはコレが初めてなんだ。
なのでこの場で答えに行き着くことはほぼゼロである。
「それで話とは?」
「うん、あまり時間がないし手短に話すよ」
僕は懐から二通の封筒を彼に差し出した。
受け取った彼は中を見て首をかしげる。
「数字と記号ばかりで内容が読めないが?」
「それは暗号なんだ。コレを見ながら読み解くといい」
「なるほど、解読書か」
彼はランプを付けて手紙を確認する。
「これはまさか魔族側の手紙か!?」
「もう一枚を確認して欲しい」
ベネディクトが魔族に送った手紙を読んだ彼は目を見開く。
「この内容……我が国に裏切り者が……いる?」
陛下の手紙を持つ手は震えていた。
それは悲しみや恐怖と言うよりも怒りからのように見えた。
「裏切り者はベネディクトだ」
「ばかなっ!? 彼は我が国の誉れ高き賢者であるぞ! 余と祖国を裏切るような真似をするはずがない!」
「だったら聞くけど、補給部隊を叩く作戦は成功したかい?」
「ぐっ――!?」
手紙には王国軍が補給部隊を奇襲すると書かれている。
これがもし嘘なら作戦は成功していた可能性は高い。
「奇襲作戦は失敗したと報告を受けている。それも待ち伏せをされていて部隊はほぼ全滅したともな」
「賢いからこそ早くに見切りを付けたんだ。それにベヒーモスの件もよく思い出して欲しい、奴がどうして王都にそれほど離れていない場所でアレを召喚したのかを」
「まさか!?」
「そう、最初から彼は知っていた。ベヒーモスが操れないことを」
考えてみればおかしな話だ。
ベヒーモス召喚にフォーナスが口出ししないわけがない。
なぜならベオルフ率いる十二魔将はかつてベヒーモスと戦ったことがあるからだ。
その恐ろしさは身にしみて分かっているはず。
だとすれば出てくる答えは一つだ。
奴はフォーナスの言葉を聞いた上で実行に移したのだ。
ベヒーモスに王都を破壊させる為に。
「余は、奴に甘すぎる罰を与えてしまったと言うのか……」
「今は戦時中。普通なら陛下の判断は英断と呼べただろうね」
「どうすれば!? 今さら刑罰を改めるなどできぬぞ!」
「その為に僕がやってきたんだ」
陛下は僕の目の奥をはっきりと見た。
「この際、貴様が何者かは問わぬ。裏切り者である奴をどのように拿捕すべきか教えてくれまいか」
「それだけど――」
僕は考えていたことを陛下に話した。
内容を理解した彼はニヤリと笑みを浮かべる。
「ククク、貴様はなかなか性格が悪い。だが、実に良い策だ」
「じゃあ手はず通りに」
立ち上がって背中を向ける。
最後に彼が剣を抜くかどうか試したのだ。
だが、そうはせず声をかけるだけだった。
「アモンと言ったか。賢者達が張った幾重もの結界をくぐり抜けて、よもやここまでたどり着くとは。その卓越した力と魔術はどこで身につけたのだ」
「魔界と言ったら……納得するかな?」
そう返答すると彼は押し殺すように笑う。
「気に入った。再び会おうぞ」
「うん。また会おう」
僕は静かに闇の中へと消えた。
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