三十二話 収穫

 翌朝、僕らは小太郎とリルルでクロンドの町へと向かった。

 二度目なので移動は前回よりも速い。


「ベネディクトに怪しまれていないでしょうか」

「気にしなくていいよ。そもそも彼は最初から僕らを深く疑ってなんかいないのさ」

「なぜでしょうか?」

「彼は自身が賢者であることにプライドを持っている。使役する自慢の悪魔デーモンが殺されたとなれば自分と同等の敵を想定するはずだ。つまり彼は僕が賢者の一人かどうかを確認したかっただけなんだ」


 ベネディクトは僕が偽装した賢者だと疑っていた。

 故にあの部屋には偽装看破の魔道具『真実ノ人形トルースドール』が置かれていたんだ。

 あれらは四つで一セットになっていて、部屋の四隅に設置することで入室した者の偽装魔術を強制解除する効果を持っている。

 ちなみに魔界でも頻繁に使用されているメジャーな道具だ。


「そう言うことでしたか。どうして真実ノ人形トルースドールが置かれていたのか納得できました」

「僕があの部屋に入った時点で疑惑は晴れていたのさ」


 イリスのことを教えたのは言葉通り信用を得るため。

 疑惑が晴れたとしても、僕が誰かの差し向けたスパイかもしれないと言う疑念は残ったことだろう。

 身元不詳、容姿も能力も分からない相手となると真っ先に疑われるのは当然である。だからこそあえて使役悪魔を教えたんだ。


 それに彼にとって僕の悪魔デーモンがどこの誰かなんて興味がない。

 賢者でないと分かった以上、その使役される者も脅威ではないと判断されるからだ。それでも念の為に、イリスには偽名を名乗らせたから問題はないと思うけどね。


 クロンドの町に到着した僕らは、小太郎とリルルを宿の馬小屋に預けて酒場へと向かう。


 空を見上げれば、前回同様黒い鳥が僕らを監視していた。

 自身の使役悪魔が殺された後だ、いつも以上に警戒しているに違いない。

 僕は封筒を透視術で中を確認する。


 ……やっぱりね。でもこれなら問題なさそうだ。


 前回と同じ酒場ゴブリンのヨダレ亭に向かい、そこでオーガ殺しを飲んでいる男を見つける。僕は隣に座って店主にエールを注文した。


 そして、素早く懐から封筒を取り出してカウンターの上を滑らせる。


 男は封筒を受け取り懐へ。

 すぐさま向こうもベネディクト宛の封筒を滑らせた。


 僕はエールを一気飲みしてから酒場を後にする。


「上手くいったみたいですね」

「これで奴の罪を白日の下にさらすことができるよ」


 イリスと僕は宿には戻らず、その足でとある店に向かった。






 そこは主に魔道具などを売っている店だ。

 一般人が買うようなお手軽なものから、魔術師しか購入しない特殊なものまで幅広く置いている専門店である。

 実は前回にも来たのだが、時間の都合でゆっくり見られなかった場所なのだ。


 ドアを開けるとその商品の多さにびっくりするだろう。

 店内は迷路のように入り組んでいて、どこになにがあるのかは店員にしか分からない。


「どんな道具があるのかワクワクするよ!」

「迷子にならないでくださいねご主人様」


 僕は手当たり次第に商品を籠の中に入れる。

 どんな効果があるのかは買ってから確かめればいい。

 あーもう、最高だよ。こんなに知らない魔道具があるなんてゾクゾクする。


「ご主人様!」

「え?」


 四つ目の籠を手に取った瞬間、イリスに怒鳴られた。


「私は籠三つまでと言ったはずです!」

「そ、そんなこと言った?」

「ちゃんと言いました。ぜんぜん話を聞いてなかったみたいですね」


 ショックだ。籠三つまでなんてあまりにも少なすぎるよ。

 こんなにも研究対象があるというのに、その一割も知ることができないなんて。


「お願いだよイリス。もう一籠だけ」

「だめです」

「この通りだから、ね?」

「だめったらだめです」

「そんなこと言わないで、たのむよ」

「だめで――ぶふっ! その仮面で近づかないでください!」


 しゃがみ込んだ彼女は顔を両手で押さえて笑いを抑えていた。

 そうだった、今は例の仮面をかぶっていたのだった。

 立ち上がった彼女は条件を出す。


「その仮面を買い換えるのならもう一籠だけ許します」

「えー、コレ結構気に入ってるんだけどさ」

「あまりにも締まらないのでいい加減買い換えてください!」


 と言うわけで仮面を買い換えることを条件に、追加の購入が許された。


 仮面と言うのは魔術師によく使用される道具だ。

 身元を隠したい時だけでなく表情を悟られないようにするなどや、効果を付与することにより防具や特殊な道具としても使用することができる。

 なのでこの店にも数種類の仮面が販売されていた。


 イリスが持ってきたのは貴族が舞踏会で付けているような、目元を隠すだけの洒落たデザインの物だった。


「これなら口元も見えますしそれなりに顔も隠せると思います」

「なんだかなぁ。面白みがないよね」

「面白さなんて必要ありません!!」


 オーガのような形相でイリスが僕を睨む。

 ひどい、今付けている仮面は彼女が気に入っていたから購入したのに。


 ただ、彼女の持ってきた仮面はちょっと頼りない感じだ。

 激しく動くとすぐ外れそうな印象である。

 なので僕は却下して、次の仮面を探すことに。


「これなんかいいよね」


 僕が見つけたのは鳥の頭部のようなマスク。

 頭部をすっぽりと覆うような形状になっていて、くちばしのある場所には毒ガス対策のフィルターが備えられていた。

 ダークなデザインで僕好みだ。


「却下です。機能としては悪くないとは思いますが、デザインが私好みではありません」

「え!? 好みの問題なの!?」

「私が望むのはもっとこう、偉大にして敬愛するご主人様を形にしたような物です。このような低級悪魔デーモンのようなデザインなど許せません」


 うーん、良いと思うけどなぁ。

 ま、でもよくよく考えたら僕に毒ガスなんて効かないんだよね。

 諦めて他を探そう。


 そこでふと目にする仮面。


 それは今付けている物とまったく同じデザインでありがなら、目を見張るような機能が搭載されていた。

 なんと声を変えることができるボイスチェンジャー付き。

 さらに吸着固定機能があるみたいで一度付けると、ちょっとやそっとじゃ取れない仕組みになっている。


「コレに決めたよ」

「どうしてですか!? 今付けている物と同じ物ですよ!?」

「よく見て、これはデザインは一緒だけど機能が段違いだ。たぶんこの店の中にある仮面で一番の品じゃないかな」

「ぐっ……」


 イリスは仮面を見て悔しそうな顔をする。

 僕も残念だよ。他に良い仮面があれば喜んで買ったんだけどね。


 ちなみに忘れがちではあるが、彼女の付けている仮面はサングラスと髭だ。

 やっぱり彼女もそれなりの機能を備えた物にするべきだろう。

 というわけで今度はイリスの仮面選びとなる。


「私はこれにします」


 彼女の選択は一分もかからなかった。

 それは女性の顔を模した白地の美しい仮面。しかもバラの模様が描かれおしゃれだ。一応吸着固定の機能も付いているみたいで、付けたまま戦闘をしても外れることはないようだった。


「じゃ、会計を済ませようか」


 僕らは買い物を終えて宿へと戻る。



 ◇



 ブチブチ。ブチブチ。

 黙々と畑の雑草を抜く。


 畑仕事というのはほんと地味な労働だ。


 作物ごとにあげる水の量を考えないといけないし、時々無駄な葉っぱが生えてないか見ないといけない。

 それに病気や虫。栄養不足。

 気にすべき点は山のようにある。


 だからなのか無事に実ってくれた時は、それはもう歓喜に包まれる。

 確かな手応えも感じるし、僕はこの場所で生きてるんだなって気もするんだ。


「当主っちは農作好きだよなぁ」

「そりゃあそうだよ、僕は農民生まれの農民育ちだし」


 ぶちりと蛇のようにくねくねと動くキュウリをちぎる。

 これは魔界キュウリだ。

 成熟すると自分でツタを切って肥沃な土地を探しに行くので、その前に収穫しないといけない。牙には微量の毒があるので収穫の際には要注意だ。


 他にも魔界トマトを収穫する。

 人間界のトマトと違い、魔界産は鮮やかな紫色に育つ。

 これを収穫する際の注意点は、切り落とすまで決して果肉を触ってはいけないと言うこと。魔界トマトは体温の高い生き物が果肉に触れると爆発する。それも盛大に。なのでトマト収穫時は汚れても良い服装をして、細心の注意を払いながら収穫に臨まなければならない。

 あとできれば下に構える籠には、綿などを敷き詰めていると実が傷まなくて良い。


「こっちも良い出来だ」


 魔界マンドラゴラを地面から一気に引き抜く。

 すると赤い人型の根っこが「ワッショーイ!」と叫ぶ。

 僕は掴んだマンドラゴラを捨てて次のマンドラゴラを抜く。


「ワッショーイ! ドッコイセー!」


 畑の近くではマンドラゴラ達が円になって踊り始める。

 人間界のマンドラゴラは引き抜くと、奇声をあげて抜いた者を殺すとされているが、魔界産のマンドラゴラはひと味違う。

 景気よく踊り始めることで、抜いた者を愉快な気分にさせてから逃げ出すのだ。

 しかもめちゃくちゃ足が速い。なので逃げ出す前に確保することが収穫のポイントだ。


「ところで例のメイドはどうなの?」

「プリシアっちが前線に出たこともあって目立った動きはないかな。週に一回外部に手紙を出してるくらい。当主っちに関してはアタシらががっちりガードしてるから、調べるにも手をこまねいてるみたいだぜ」


 それなら安心かな。

 いくら仮面で顔を隠しても別の方面から知られたら意味がない。

 ノーマークだからこそ奴の懐へ深く潜り込めるんだ。


「当主っちって半蔵っちも召喚してんだよな」

「そうだけどどうしたの?」

「あいつがいれば当主っちが石橋叩くような真似もしなくていいように思うんだけどさ」

「彼には村を守ってもらってるから今は頼れないんだよね。それに魔族に不穏な動きもありそうだし、もうしばらくは動かせそうにもないかな」


 半蔵は優秀なだけに使いどころが難しい。

 敵の動きが読み切れない現状、彼に大切な場所を守ってもらうのは妥当だと判断している。少なくとも状況が変わらない内は予定通り半年は潜伏してもらわないといけない。

 それに彼からの報告で敵を殲滅したともあったのでなおさらだ。


 僕はほどほどに会話を終えると、鍬で地面をザックザックと掘り返す。


 これから畑をさらに広げるのだ。

 妹のメイドが住み込みで働くようになった為、少しでも食費を浮かせようと作物を増やすことにしたのだ。

 幸いここは土地が広いのでいくらでも畑を広げることができる。


 耕した土地に僕は、魔界キャベツと魔界アスパラガスそれに魔界メロンを植えた。

 これで食事により一層の彩りがもたらされることだろう。

 収穫が今から楽しみだ。ワクワク。


(ご主人様、夕食のお時間です)

(メインはなにかな)

(ポトフという料理らしいですよ。サーニャが町で作り方を聞いてきたそうです)

(へぇ、それは美味しそうだ。分かった、すぐに戻るよ)


 僕はピノと一緒に屋敷に戻ることにした。


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