三十話 再び巨獣の樹海へ
目覚めると背伸びをしながらあくびをする。
木々が風に揺れて木漏れ日が眩しかった。
「食事ができています。すぐに食べられますか?」
「準備をするから待っててくれるかな」
川の冷たい水で顔を洗う。
それから歯を磨きながら景色を眺めた。
僕らは再び巨獣の樹海へとやってきている。
理由はお金の為だ。
今の僕は果物一つ買えないほど金欠なのである。
原因はもちろん僕。
前回あれだけ稼いだお金をまるまる研究につぎ込んでしまったからだ。
おかげでイリスに怒鳴られ、メイド達には皮肉を言われ、執事には沈黙されてしまった。
分かってる。全部僕が悪いんだ。
新しい器具と珍しい素材を見つけて我慢できなかった僕のせいだ。
でも、後悔はしていない。
とまぁそんなわけで、急遽依頼を受けることとなった。
今回の目的はサイクロプスを狩ること。
できれば五体以上は欲しい。
それとついでに珍しい素材も。
――なのだが、樹海に入って今日で二日目。
未だにサイクロプスと遭遇できていない。
僕らは獲物を探し求めて樹海の十分の三の位置までやってきていた。
準備を終えた僕はたき火の前に腰を下ろす。
朝食はパンとスープのようだ。
「肝心のサイクロプスと遭遇できないのはなぜでしょうか」
「あむっ、あれは元々樹海の奥で生息しているらしい。この前みたいな森の浅い部分に現れるのはかなり珍しいそうだ」
パンをかじりつつスープを啜る。
あっさりとしていて非常に美味しい。
また料理の腕を上げたみたいだ。
「この際ですから樹海の中心部に行くというのはどうでしょうか」
「それはいいけど理由でもあるのかな」
「かつての冒険者が手に入れたというお宝に興味があります。それを売ればしばらくは貯蓄を切り崩さずとも生活ができるのではないでしょうか」
お宝ねぇ。僕も気にはなってるけど、なんなのかも不明だし、どのような色や形なのかもはっきりとしてない。
そんな物を果たして見つけられるだろうか。
僕としてはそんなものはないが正解だと思うけどなぁ。
食事を終えて出発の準備をする。
僕らは基本的に川沿いに移動をしていた。
その方が道に迷わなくて済むからだ。
「見てください、あの鳥カラフルで可愛いですね」
「へぇ、本当だ。二羽いるみたいだね」
「きっと恋人同士なのでしょう。私とご主人様のようです」
「――なんだって? くしゃみをしてて聞き取れなかったよ」
「…………」
森の中はとても居心地が良い。
小鳥の鳴き声に川のせせらぎは最高の癒やしだ。
なのにイリスはなぜかしょんぼりしていた。
「私とご主人様が出会って何年なりますかね」
「えっと、僕が三十歳の頃に五歳の君を見つけたから九十年くらいかな」
「それなのに……私はなんの進展もできていない。絶望的です」
酷い落ち込みようだ。
事情はよく分からないけど励ましてあげないと。
「元気だしてよ。諦めなければきっとなんとかなるからさ」
「ご主人様がそれを言いますか。誰のせいで落ち込んでいると思っているのでしょうか」
ギロリと僕を睨む。
あ、うん。これはあれだね、放っておかないといけない雰囲気だね。
偶にあるんだこう言う時がさ。よくわかんないことで落ち込んで、その後、異様なほど不機嫌が続く。
触らぬ神にたたりなしって言うし、しばらくはそっとしておこう。
「おおっ、これは緑毒茸! こっちには悶絶死茸があるじゃないか!」
僕は森の中を駆け回る。
ここは素材の宝庫だ。いたるところに貴重な研究材料が生えている。
それに生き物だって珍しいものばかりだ。
虫、鳥、水生生物、哺乳動物。それに魔獣。
どれも僕の心を湧き踊らせた。
「集めた素材を売れば結構な額になりそうな気がしますね」
イリスがぽろりとこぼした言葉に、僕はさぁぁと顔が青くなって、キノコを入れた籠を守るようにして抱きしめた。
「だ、だめだよ! これは売らないから!」
「ですがこうもサイクロプスが見つからないとなると、別の方法を考えないといけません。何度も言いますが今は素材よりもお金ですからね」
「お金お金って、君には研究よりもお金が大事なのか!」
「当たり前です。お金がないとご主人様に食事も出せなくなりますからね。ですので――それをよこしてください」
イリスが籠を掴む。
い、嫌だ! これは僕の研究の素材なんだ!
沢山集めて驚くようなすんごい毒薬を作る予定なんだぞ!
「分かったよ! 本気でサイクロプスとお宝を見つけるからさ!」
「……それならいいでしょう」
彼女が籠から手を放す。
やばい、もう不機嫌が始まってる。
なんとかご機嫌とりをしないと研究素材がお金に変わってしまう。
僕は
これは鳥型の魔道具だ。
十キロ圏内を自由に飛ぶことができて、その視覚情報を僕の伝えてくれる優れもの。
主に偵察用に使用している。
金属製の鳥を地面に置き、僕はあぐらをかいて瞑想する。
パタパタと鳥が羽ばたけば、瞼の裏に五つの景色が鮮明に映し出された。
どこだ。サイクロプスはどこにいる。
一羽の視覚に見覚えのある頭部が映し出された。
ここからおよそ三キロほどの場所だ。
しかも群れでいるのか二十匹以上が森の中を闊歩している。
あれ? 何か光ってる?
別の視覚に妙な物が映っていた。
それは大木の上でキラキラと陽光に照らされて輝いている。
近づいてみればその正体が明らかとなった。
それは一羽の鳥だった。
だが、その身体は鏡のようにつるりとしていて光を反射している。
まるで銀を鳥の形に形成して磨き上げたかのようだった。
それを僕は知っている。
名前は『鏡鳥』。
人々の間では幻の鳥として知られていた。
その素材は金貨五十枚はくだらないと言う噂だ。
欲しい。鏡鳥の素材が欲しい。
アレを手に入れて調べてみたい。
一体どんな研究に役立つのだろうか。ワクワクしてしまう。
どうやら僕はいつの間にかニタニタしていたようだ。
「ご主人様、顔が気持ち悪いです」
「ふふ、今回ばかりは仕方ない。だってお宝を見つけたからね」
イリスの驚き声が聞こえる。
今まで冒険者達がアレを見つけられなかったわけが分かったよ。
百メートルを越える巨木の頭頂部に巣を作られたら、よっぽど目の良い者でない限り気がつくはずがない。
加えて鏡鳥は周囲の景色を反射することから非常に見つけにくい鳥でもある。
良く晴れた日でなければ発見するのは困難だろう。
僕はピヨピヨさんを回収。
すぐに鏡鳥のいる場所へと移動を開始した。
「この上にいる」
見上げた巨木は他の樹と比べると特に高い。
樹齢二千は確実に越えていると思われる。
まだ鏡鳥はこちらには気がついていない様子だ。
のんきにくちばしで
ゆっくりゆっくり上昇して接近する。
右手に持つのは
これで確実に捕らえる。
「!?」
鳥が僕の姿をその目で捉えた。
すぐさま飛び立とうとするが、僕は瞬時に引き金を引いて魔術を放つ。
銃口から打ち出された光の弾丸は鳥を直撃。
強烈な眠気に襲われたことで、幾度か必死に羽ばたいてから垂直落下していった。
下にはイリスがいるので上手くキャッチしてくれていることだろう。
巣を覗くと三つの卵があった。
面白いことに卵の表面も鏡のように反射しており、まるで作り物のように見えてしまう。僕はそれをすべてポケットに入れる。親がいなくなった以上、放置しても死んでしまうだろうからだ。
どうせなら人間の手で孵化させてみるのも面白いかもしれない。
「へぇ、ここには鏡鳥が沢山いるんだ」
他の木々の頭頂部を見てみると何羽も鏡鳥が確認できる。
この辺りは彼らの生息域のようだ。
僕は地上に降りて捕らえた鳥をまじまじと見た。
「変わった鳥ですね。一見すると金属のようにも見えますが、触ってみるとちゃんとふわふわしています」
「どうやらこの鏡のように反射する特殊な羽毛によって、周囲の景色を映しているみたいなんだ。これも生きる為の知恵なんだろうね」
ナイフで鳥の息の根を止める。
その際、血液もガラス瓶の中に採取。
どこからどのような発見があるか分からないのだから、無駄にする物など何一つない。
むふふ、これからどんな発明ができるのか楽しみだなぁ。
――と、そんなことを考えているとイリスが鳥を僕の手から奪った。
な、なに。どうしたの一体。
するとプチと羽毛を一枚僕に差し出す。
頭の中で疑問符が大量生産された。
「この羽で我慢してください」
「まさか! それを売るつもりなのか!」
「当たり前です。大金になるのなら売らない選択肢はありません」
彼女は「それとも購入した研究機材や素材を売りますか?」などと脅すのだ。
僕は冷や汗を流しながら笑顔で承諾した。
「それでこれからどういたしますか」
「もう少し素材を集めたいかなぁ。サイクロプスにはもう用はないし」
「ではついでに食材も集めましょうか。珍しい物を土産にすればサーニャも喜ぶはずです」
「それは名案だ。人間界の食材には興味津々だったし」
そんなわけで僕らは素材探し&食材探しを開始する。
森の中をウロウロすればそれらしい物はすぐに見つかった。
ここは食材の宝庫だ。至る所に見知らぬキノコが生えている。
「コレはなんでしょうか?」
イリスが見せたのは笠にドクロマークがあるキノコだ。
色も赤黒く毒々しい。
「それは髑髏茸だよ。見た目はそんな感じだけど、実はすごく美味しいことで有名なんだ。香りも良いし高級食材だよ」
「このいかにも毒がありますといった外見で高級食材ですか。最初に食べた者はさぞ勇敢だったのでしょうね」
髑髏茸には面白い話がある。
このキノコを最初に食べたのはとある青年だった。
彼は家が貧乏で多額の借金を抱えていたそうだ。
そして、とうとうどうしようもないところまで追い詰められ自殺を決意する。
その当時、髑髏茸は触れるだけで死んでしまう毒キノコだと誤解されていたそうだ。
青年は森に出向き、髑髏茸で服毒自殺を図る。
だが不思議なことに一向に死ぬ気配がなかったそうだ。
青年は生ではダメだったのではと思い至り、キノコを焼いて食べることに。
すると、あまりの美味さに泣いてしまったそうだ。
その味にとりつかれた彼は髑髏茸を使って料理店を始めた。
結果、青年の料理店は王国でも有数の高級料理店へと変貌を遂げる。
借金は完済、彼は髑髏茸の力もあって王国一の料理人の地位を手に入れたのだ。
髑髏茸の誤解が解けたのは彼が死んで一年後のある日。
青年の息子が父親のレシピを見て、髑髏茸が食材だと言うことを知ったそうだ。
その話は王国中に広まり、髑髏茸は美食を求める貴族や地位を求める料理人達によって、片っ端から採られたのだとか。
現在では珍しい高級食材として重宝されているそうだ。
「案外、人生を諦めた人が見つけたのかもしれないよ」
「なるほど。過去にこのキノコで自殺をしようとした者がいたのですね」
イリスは少し機嫌が直ったのか顔をほころばせた。
僕は一安心して野草を採取する。
集めた野草を彼女に見せると興味津々といった様子で質問してきた。
「これは?」
「ツクッシだね」
「こっちは?」
「森ニンニク」
「これなんか変わってますね」
「それはノビールだよ。油で揚げると美味しいんだ」
他にもタラチャの芽やゼンマイマイなどを採取した。
これだけあればサーニャも大喜びだろう。
キノコだって山盛りだ。
「トマルンジャ・ネエゾ! トマルンジャ・ネェゾ!」
妙な鳴き声に目を向ければ、そこには一羽の鳥がいた。
ワインレッドの羽毛に白い鶏冠の鶏。
厳しい環境でしか育たないという希少鳥『オル鳥』だ。
その肉質は柔らかくジューシーだと聞いたことがある。
僕は最小の威力で
空気の弾丸はオル鳥の胸を打ち抜き、バタリと地面に倒れた。
「トマルンジャ・ネエゾ……」
鳥は最後に鳴いて息絶える。
なんだか壮絶な最期を見せられたような気になる。
その後、僕らは無事に町へと帰還した。
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