二十九話 疾風のフォーナス

 疾風のフォーナス。

 確かベオルフには十二魔将と呼ばれる配下がいたはずだ。

 その中にそんな名前あったような気がする。


「十二魔将の一人かな?」

「おっ、なんだ俺のことを知っているのか」


 ニカッと笑みを浮かべる。

 雰囲気は明るいがあからさまに殺意をにじませていた。

 逃してはくれない感じだ。


「でも意外だったよ。ベネディクトが君のような”名付き”を呼び出せるなんてさ」

「へへへっ、普通はそう思うよな。人間の魔力量じゃ到底俺みたいなのは維持できねぇ。けどな、あいつは別格だ」


 別格? 奴には特別な何かがあると言うのか?

 とてもそんな印象は受けなかったけど……。

 フォーナスは僕の抱いた疑問をあっさりと答える。


「奴はタリスマンを持ってんのさ。保有魔力を倍増するな。じゃなきゃベオルフ様の忠実なしもべであるこの俺を呼び出すなんてあり得ないぜ」


 フォーナスは閉じた自身の右目をトントンと指で叩く。

 あの眼帯の下にタリスマンがあるってことか。


 タリスマンとは魔界や人間界で、希に発見される特殊な道具のことを指す。

 桁外れな能力を有していることから、一般的な魔道具マジックアイテムとは一線を画していると考えられている代物だ。

 どこの誰が作ったのかは定かではない上、その仕組みも未だに解明されていない物が多い。一説によるといにしえ悪魔デーモンが作ったのではないかとされているそうだ。


「どうして侵入者である僕にそんなことを教える」

「決まってるじゃねぇか。あの世への土産だよ」


 槍の矛先が僕に向けられた。

 だが、あえて杖を構えず提案をする。


「ここで戦ったら部屋がめちゃくちゃにならないかな。君も主の屋敷を傷つけるなんて不本意だろうし。ここは一つ外で決着をつけないか」

「……もっともだな。後でどやされるのは勘弁してもらいたい」


 なんとなく話が分かる相手だと思っていたけど予想通りだった。

 これでなんとか侵入したことを、ベネディクトに悟られずに済むかもしれない。もちろんフォーナスを上手く倒せればの話だけどね。


 僕らは窓から庭へ飛び降りる。

 今度こそ互いに武器を構えて戦いに備えた。


「良い度胸じゃないか。人間のくせに正面から悪魔デーモンとやりなおうなんて」

「僕を他の人と同じように考えてるとあっさり死んじゃうよ?」

「かもな。一目で分かるぜ、戦い慣れてるってな」


 戦いは前触れもなく始まる。

 強烈な踏み込みで突き出された矛先を半身でギリギリ躱し、至近距離で炎の魔術を放つ。それを身体を反らして避けると、奴はバックステップで下がって魔術を行使する。


「”三爆槍トリプルボム”」


 創り出された三本の風の槍。

 アレには見覚えがあった。

 確か風系統の追尾型爆破魔術だ。


 僕は飛行フライで真上に急速上昇。

 三本の槍は後ろからしっかり付いてきていた。


「逃すか! 槍よ、どこまでも追いかけろ!」


 槍を振りきろうと急旋回を繰り返すも執拗に追尾する。

 その後方からはフォーナスも追いかけてきていた。


「”黒霧ブラックミスト”」


 辺り一面を覆う漆黒の霧が発生する。

 さらに霧の中で”炎壁フレイムガード”を創り出した。

 三本の槍は壁に直撃して爆発。爆音が霧の中で響く。


 そこからさらに、霧の外にいるだろうフォーナスに向けて新たな術を行使。

 雷光の剣を十本創り出して解き放った。


 ”十雷剣イエローライン


 射出された輝く剣は、黄色い軌跡を描きながら音の速度で奴に迫る。

 だが、さすがは十二魔将の一人と言うべきか。

 槍を巧みに操り、全ての剣を弾き落とした。


「なかなかヤベぇ術を使ってくれるじゃねぇか。ヒヤッとしたぜ」

「そう言う割には余裕のようだけど?」


 霧が晴れると、フォーナスが笑みを浮かべていた。

 このくらいで倒せるとは僕も思っていなかった。


 八魔神とは魔界を支配する八人の最上級悪魔クラウンデーモンのことだ。

 その一柱であるベオルフの側近が弱いわけがない。

 今も戦っているように見えて実のところは遊んでいるに過ぎないのだ。

 本気を出せばどれほどの力を発揮するのやら。


「強力な術といい発動速度といい、あんた本当に人間か?」

「正真正銘の人間だよ。魔界帰りだけどね」

「魔界……帰りだと?」


 ここに来てようやくフォーナスが、目を見開いて驚いた様子を見せる。


「あんたもしかして青藍の賢者か」

「…………」

「風の噂で人間界に帰ったとは聞いていたが、まさかこんなところで会えるとはな。どうやら今夜の俺はついているようだぜ」


 フォーナスは「ベオルフ様にあんたの首を届ければ、さぞお喜びになるだろうよ」と見る者をゾッとさせるような冷たく邪悪な笑みを浮かべる。

 どうやら本気モードにさせてしまったようだ。

 彼の身体が変化する。


 表皮は艶のある焦げ茶色の外殻に包まれ、グリーンの長髪が風になびく。

 腕は太く。身体はより強靱に。

 背中には大きなコウモリ羽が現れた。


 できあがったのは禍々しい鎧に包まれた騎士。


 大きな口には鋭い牙が並び、縦長の瞳孔が僕を睨む。

 発する気配が身体に重くのしかかった。


「じゃあ僕も魔界の賢者として戦わせてもらうよ」


 杖を専用空間マジックボックスに放り込む。

 マントを脱ぎ捨てて、さらに上着も脱いだ。

 さらけ出されるのは黒いノースリーブの服を着た上半身だ。


 魔闘術を発動。

 全身に赤いオーラが迸る。


「あんたも本気か。嬉しいぜ」

「正々堂々とやらせてもらうよ」


 急加速した僕は一瞬にしてフォーナスの懐に入る。

 至近距離で”暗黒爆炎ダークバースト”を直撃。

 紫の爆炎が奴を包み込こんで爆音が空気を震わせた。


 ――と、そこから炎を突き破って追撃の拳を奴の顔面にたたき込む。


「ぐうっ!?」


 地上へと流れ星のごとく落下、建物の屋根を突き破って轟音が鳴り響く。


「大丈夫、まだ気分は落ち着いてる」


 魔闘術は高揚して昔の自分が顔を出してしまうのが最大の欠点だ。

 できるだけ早くこの戦いを終わらせないと、調子に乗った僕が何をするか分からないからね。


「風烈波!」


 フォーナスの落ちた場所から、いくつもの風の刃が放たれる。

 爆発的突風によって瓦礫を吹き飛ばした奴は飛翔した。


 僕は風の刃を腕を交差して防御。

 腕や身体に切り傷ができる。

 追いかけるようにして高速飛行するフォーナスは、矛先を僕に向けて強烈に突き込んだ。


多重障壁アイアス


 左手から出現した六角形の障壁が幾重にも重なって一枚の盾となる。

 矛先は障壁の一枚を砕くも、勢いは殺され止められた。

 障壁と矛先が衝突したことにより、甲高い音と火花が散る。


「ふっ!」


 すかさず至近距離からの回し蹴りを放つ。

 奴は左足でそれをガード。

 瞬時に体勢を整え、数え切れないほどの突きを繰り出した。


「オラオラオラオラオラッ!」


 鋭い突きが頬をかすめる。

 槍の勢いは衰えず、なおも速度は上がっていた。

 僕は攻撃を躱しつつも後退しながら術を行使する。


「”衝撃音響サウンドインパクト”」

「”音爆弾サウンドボム”」


 互いに発せられた音と音が衝撃を生む。

 同系統で相殺するとは。

 だが、魔術に関してはこちらが上だ。

 すでに次の術を発動している。


「”氷結針アイスニードル”」

「しまっ――!?」


 胸に刺さった白い針にフォーナスは叫ぶ。

 即座に左腕で針を抜こうとするが、刺さった場所から急速に凍り付き、あっという間に彫像ができあがる。


 僕は紫の炎を右手に纏わせて拳を構えた。


「魔闘術・邪炎正拳!!」


 右の拳がフォーナスの外殻を砕いて鳩尾へ沈む。

 ブチブチと肉を断裂させ、重音と共に反対側へと衝撃が突き抜けた。

 奴は身体をくの字に折り曲げ、唾液を混じらせて吐血。


「あぎっ!? ごの゛ぉおおおおっ!!」


 フォーナスはダメージを押し殺し、槍を僕に向かって振り上げた。


 判断ミスだ。君は一度距離を取るべきだったね。

 僕は追随して攻撃の内側へと再び入り込む。


 トン、と右手を彼の胸に添えた。

 食らわせるのはゼロ距離魔術。

 それも一撃で命を刈り取るような。


「”死曲ラストメロディ”」


 超音波が彼の細胞を破壊する。

 恐らく彼には音楽が聞こえていることだろう。

 生涯にたった一度だけしか耳にできない美しい音色。

 それは身体が崩壊してゆく死の音だ。


 ブシュウッ、全身から血液が噴き出し、彼は血の涙を流す。


 ぐらりと自由落下に入ると、ドスンッと地上から重々しい音が響いた。

 僕は魔闘術を解除して一息つく。


(ご主人様、ベネディクトが屋敷に帰還しました)

(了解。君も撤収してくれ)


 ベネディクトの屋敷に明かりが灯るのが見える。

 僕とイリスは奴が書斎のカーテンを閉めるのを確認してから帰還した。



 ◇



 地下研究室にて僕は書き写した手紙を目を通す。


「王国軍が近々補給部隊を奇襲予定。用心されたし――やっぱりか」


 解読した内容に頭を抱えたくなった。

 ベネディクトが王国を裏切って敵国に協力しているのは確実なようだ。


 しかしなぜだ。なぜ祖国を裏切る。

 彼は賢者となって地位も名誉も手に入れた。ならば今あるものを守る為に動くのが普通ではないだろうか。


 いや、だからこそなのかもしれない。


 彼はこの戦争に勝ち目はないと踏んでいるのだ。

 故にいち早く敵に取り入り自己保身に走った。

 あり得ない話ではない。


「向こうの反応はどうだろう」


 もう一つの手紙に目を通す。

 こちらは謎の男から受け取った手紙の複製だ。


 えーっと、『大規模奇襲作戦の決行予定。次回の手紙にて詳細記載』か。


 作戦内容を伝えられるまでに信頼されているのか。

 まぁ、それはそうと大規模奇襲は見過ごせない。

 この分だと次も運び屋をするしかなさそうだ。


 コンコン。


 ドアが叩かれたので入室の許可を出した。

 入ってきたのは旅の支度を整えたプリシアだった。

 その顔は酷く落ち込んでおり暗い。


「どうしたんだい。暗い顔してさ」

「しばらくお兄ちゃんと会えなくなると思うと辛いのじゃ」


 よしよしと頭を撫でてあげる。

 僕も離れるのは辛いよ。


 彼女はこれから前線へ出向いて参謀を務めるそうだ。


 目的は硬直状態にある戦線の押し上げ。

 少なくとも半年は帰ってこられないとか。


「とりあえず座って。まだ時間はあるんだろ」

「うむ、お兄ちゃん成分を補給する時間は確保しておる」

「そ、そうなんだ……」


 妹を椅子に座らせて身体を向かい合わせる。


「ところでお兄ちゃんは何をしておった」

「調べ物さ。ちょっと気になることがあってね」

「邪魔をしてしまったようじゃな」

「別にいいよ。ちょうど一休みしようかと思ってたところだし」


 僕の言葉にプリシアは「なら良かった」と呟く。

 うーん、なんだか悩んでいることでもあるのかな。

 彼女が上目がちに会話をする時は聞いて欲しいことがあるサインだ。


「相談があるなら聞いてあげるよ」

「本当か! やっぱりお兄ちゃんは優しいな!」


 表情を明るくした妹に、やっぱりかと密かに思う。


「実はあの研究員がどうやってアタシの研究成果を盗み出したのか分からぬのじゃ」

「犯人は自白しなかったの?」

「それだけは口を割ろうとはしなかった。無論、拷問という手段もあったのじゃが、あの者は有力貴族の子息だったのでそれはできなかった。結果的に不明なまま解放するしかなかったのじゃ」


 なるほどねぇ、確かに気になるよね。

 最大限警戒していて盗み出されたんだ。その方法を知りたがるのは当然。

 それに手段が不明のままでは対策の立てようもない。


「今回の件、考えれば考えるほど奇妙なのじゃ」


 彼女の言葉に僕は「奇妙?」と返す。


「捕まった研究員は魔術のデキはあまり良くなかったのじゃ。加えてアタシしか知らぬ金庫の番号を把握していたこと。どう考えてもあの者が研究を盗み出せるとは思えない」

「他に協力者がいたってことかな」

「そう考えるのが妥当じゃ。それもアタシに近い者」


 プリシアに近い研究員か。

 それなら金庫の番号を偶然目にする機会もあるかもしれない。

 もしかすると研究員ですらないのかも。

 たとえばメイドとか。


「ちなみに悪魔デーモンを使って調べさせたって線はないのかな」

「もしアタシの近辺に潜んでいたとすれば楓がすぐに見つけておる」


 それもそうか、あの子は優秀な諜報員だからね。


「それで目星はついてる?」

「十人ほどな。しかし、どれも決定的なものが欠けておるのじゃ」

「上手く隠れているってことか。手がかりがないのは厳しいね」


 十中八九その者とベネディクトは繋がっているはずだ。

 だからこそ絶対に尻尾は見せない。

 繋がりが世間に露見すれば確実に消されるからだ。


 そして、例の研究員はその者を隠す為の身代わりだった。


 ベネディクトがあえて生かしたのも、真の裏切り者を表に出さない為の措置だったんだ。

 身代わりが処罰を受ければこの件は終息する。

 そうなればプリシアの傍には、これからも奴のスパイが在り続けることとなるのだ。

 逆に言えばそれだけ奴はプリシアを警戒していると言うこと。


「分かったよ、そっちは僕で調べてみる」

「頼んでもよいのか?」

「もちろんだよ。君はこれから前線に出向かなきゃいけないし、そんな余裕もなくなるだろうからね。手の空いている僕が代わりに調査をしておくから安心して」

「お兄ちゃん! 大好きじゃ!!」


 僕は抱きつく妹の頭をそっと撫でる。

 心配しないで。

 可愛い妹の邪魔者はきっと僕が排除するから。


「あ、そうだ。これを貸しておくよ」

「なんじゃこれは?」


 僕はデスクに置いていたとある物を彼女に渡す。

 それは五センチほどの小さな物体だ。


「それは僕の開発した魔道具マジックアイテム『通信君八号』だよ。それを互いに耳にはめれば、どれだけ離れていても会話が可能なんだ」

「おおおおおおっ! 世紀の大発明じゃ! やはりお兄ちゃんは天才じゃな!!」


 プリシアはぴょんぴょん飛び跳ねて歓喜した。

 これで危機的状況には駆けつけられることだろう。


「お兄ちゃん! ありがとうなのじゃ!」

「どういたしまして」


 くふふ、可愛いなプリシアは。

 僕は君と再会できて本当に幸せだよ。


「シスコン」


 入り口のドアを見ると、イリスが隙間からジト目で見ていた。


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