二十八話 侵入

 クロンドの町から帰還。

 僕らは道中で何匹かの魔獣を狩った為、ギルドへと寄ってから帰宅することにしていた。


「あれ、ギルドの前に人が集まってる」

「何かあったみたいですね」


 ギルド前には大勢の人が集まっていた。

 彼らは何かを見ているようで「ひでぇ、誰がやったんだ」と囁く。

 僕とイリスは駆け寄ってその中心をのぞき込んだ。


 そこにあったのは死体となった四人のゴールド級冒険者だった。


 どれも胸の辺りに大きな穴が開いており、目を見開いたまま地面に横たわっていた。

 そこへギルドから職員がやってきて周囲に知らせる。


「この方々のご遺体はこちらで預からせていただきます。原因が分かり次第ご報告いたしますので、本日のところはお帰りください」


 野次馬達は解散する。

 だが、僕とイリスはその場に残り、死体となった四人を見つめていた。


「……どう思う?」

「殺されたのでしょうね。あの者に」


 彼らの行く先を危惧はしていた。

 ベネディクトは用心深い男だ。秘密をばらした者は容赦なく殺すだろう。

 と言うのも彼らは決して誰にも言ってはいけない、秘密の仕事やベネディクトのことを僕に話してしまったのだ。


 そして、最悪なことに奴は何度も人を試す。


 四人に言った新しい人手の要求は言わばテストだったのだ。

 『絶対に言ってはいけない』『人を連れてこい』この矛盾した命令をどう解釈するかで、ベネディクトは四人を試した。

 恐らく誰にも話さず連れてこない。が正解だったのだ。

 結果的に四人は約束を破り裏切り者と判断されたのだろう。


「奴はこういうことを繰り返しているのか」

「でしょうね。私としてはどうでもいいことですが、ご主人様はそうではないのですよね」


 うん、僕は奴を許せそうにない。

 出会って日も浅い彼らだったが、決して殺されていいような人達じゃなかった。

 善人でもないけど根っからの悪人でもない、人間らしい生き方をしていたように思う。

 話してみれば意外に気さくで気遣いもできた。

 それなのに殺されるなんてあんまりだ。


「殺すおつもりならお任せください。今すぐにでも息の根を止めて参ります」

「それじゃだめなんだ。もし僕が感情にまかせて奴を殺せば、この国に大きな混乱が生じる。腐っても賢者、プリシアの言っていた意味がよく分かるよ」


 証拠を挙げて捕まえるしかない。

 それしかベネディクトを止める方法はないんだ。

 幸いにも僕はそれを可能とするかもしれないネタがこの手にある。

 一刻も早くコードブックを入手するべきだ。


「かぁかぁ」


 建物の屋根に目を向ければ、黒い鳥がこちらを見下ろしながら鳴いていた。

 ベネディクトの使い魔だろう。

 なるほど、これは僕らへの見せしめでもあったのか。

 失敗すればお前達もこうなると。


 イリスはしゃがみ込んで死体の胸に触れる。

 気になることがあるようだ。


「この殺し方、魔術ではないように思います」

「強引に腕をねじ込んで心臓を引き抜いた、そんな感じに見えるね。とすると悪魔デーモンかな」

「そう考えるのが妥当かと」


 僕はしゃがんで彼らの瞼を下ろした。

 安らかに眠るといいよ。

 仇は僕がとってあげるから。



 ◇



 午前零時。

 僕は一人でベネディクトの待つ場所へと向かった。


 一軒家の扉を開けて中へと入る。


 予想していた通り、今日も使い魔である狼が配置されていた。

 だが、前回と違うのは姿を隠していないこと。

 露骨に守りを見せてこちらを牽制する。


 階段を上って二階へ。


 奴がいるだろう部屋の扉を開ければ、やはり前回と同じように椅子に座ってワインを飲んでいた。

 彼は僕の顔を見るなりニヤリとする。

 グラスをテーブルに置いて拍手を始めた。


「貴殿はなかなか優秀な魔術師のようだ。私の使い魔の追跡を撒き、奴らから自身の記憶を消去する。並外れた魔術だ」

「お褒めにあずかり光栄です」


 僕は優雅に一礼する。

 今は従順な姿勢を崩してはいけない。

 奴を挙げるネタをもっと手に入れなければ。


「とりあえずかけたまえ」

「失礼いたします」


 椅子に腰を下ろすと、テーブルを挟んで対面にいるベネディクトはグラスを差し出した。

 お前も飲めと言うことだろう。

 グラスを受け取れば、奴はボトルからワインを注ぎ入れる。

 ロウソクに照らされたワインは血のように赤かった。


「前回でも言ったが、私は強く賢い者を好む。信頼という最も大切なものの次にな。神経質だと思うだろうが、なにせ私は敵が多い。目の敵にしている輩は星の数ほどいるのだ」


 だろうね。と内心で思いつつ僕はあえて返事はせずワインを口に含む。

 長い年月を想起させるような深い味わいが広がり、鼻に豊かな香りが抜ける。

 安物ではこうはいかない。どれほど寝かせたものかは分からないが、高級ワインなのは間違いない。


「驚いた。貴殿は彼らの死体を見ても動じないのだな。ワインに毒が入っているとは考えなかったか」

「そのような回りくどいことを、賢者であるベネディクト様がするとは思えません。貴方様なら直接この僕を殺すことができるはずです」

「グッグッグッ、なるほど。その通りだ」


 彼は笑みを浮かべてワインを飲み干す。

 普通ならあんなものを見た後は警戒するだろうね。

 だが、僕には脅しは利かない。

 たとえこのワインに毒が入っていようが、この状態異常無効化のネックレスが全てを中和してくれるのだ。


 第一、奴はためらう者を信用しない。

 断るも受け取るも即決するくらいの判断力がなければ、奴の信用を得るなど不可能だ。


「それで仕事はどうだった」

「考えていたよりも簡単でした。とてもトロルを倒すほどの実力者が必要な内容とは思えませんでしたね」

「今のところはな。だが、いずれ封筒を奪おうとする者達が現れてもおかしくない。私が求めたのはそれを守り切るだけの実力を備えた者だ」


 邪魔者……反ベネディクトの人間かな。

 もしくは何かを嗅ぎつけた人物。

 そうまでして奪われたくない手紙とはなんなのだろうか。

 僕の予想通りならこいつは国を裏切っている。


 そんなことを考えつつ、表面上ではそのような態度は見せず語りかける。

 もちろん貴族らしく優雅にワインを飲みながら。


「それで次の仕事はいつでしょうか?」

「一週間後だ。内容は変わらない」


 彼はそう言いつつテーブルに十枚の金貨を置いた。

 今回の報酬か。四人が言っていたように割のいい仕事だな。

 だからこそなおさらに怪しい。

 あまりにも都合のよすぎる話だ。


「受け取りたまえ。これは報酬だ」

「では遠慮なく」


 金を懐に入れると、ベネディクトは「ところで」と話を切り出す。


「貴殿はどこの何者だ?」

「秘密です」

「そう言わず教えてくれ。私は貴殿を部下として雇いたい。誰かの元にいると言うのなら、さらに良い待遇を用意しよう。どうだ、考えてくれないか」

「…………」


 ぬええええっ!? ここでスカウト!?

 待った待った、全然予想していなかった展開だよ!


 どうしよう、どう返事しようか。

 下手に断ると機嫌を損ねるし、受けるつもりもさらさらないし。

 うーん、非情に困ったな。


「主には御恩があります。それを返すには少なくとも一年はかかりましょう。今ここで僕が正体を明かせば必ず主のご迷惑となります。どうしてもそれだけは避けたいのです。どうかご容赦を」

「おおお、なんたる忠義。ますます欲しいぞ。よかろう、一年でも二年でも待ってやろう」


 ふぅ、なんとか乗り切った。

 にしても本当に信頼できる人間が大好きなんだな。

 やんわり断ったはずなのに好感度が上がった気すらする。


 ベネディクトが懐中時計を取り出して時間を確認する。

 そろそろ帰る時間か。

 僕は席を立ち上がって一礼する。


「長くお邪魔してしまいました。それではこれをお渡しします」


 スッ、と謎の男から預かった封筒を差し出す。

 彼は封が切られてないことを確認して僅かに口角を上げた。


「ご苦労。アモン、貴殿には今後も期待している」

「もったいないお言葉です。それでは今日のところは失礼いたします」


 ゆっくりとした足取りで退室した。



 ◇



 僕は飛行フライで目的の場所へと移動。

 地面に着地すると、素早く身をかがめてイリスの近くへ寄った。


「どうかな?」

「全体を覆うようにして結界が張られています。無理に破れば間違いなく侵入が悟られるでしょう」

「予想していた通りか」


 ベネディクトと別れて数分。

 僕は奴の屋敷の前へと来ていた。


 視界には大きな門とその奥にある建物が見える。


 やることは一つ。

 暗号を解く為のコードブックを手に入れること。


 他人の家に無断で入るのは気が進まないけど、もし奴が国の存亡を握っているのだとすればそんなことは言っていられない。

 感情を犠牲にしてでもやるべきことだ。


 懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。

 奴があの一軒家から戻ってくるには最低でも十五分の猶予がある。

 それまでに確認できればこちらの勝ちだ。


「それで結界を突破する方法は考えつきましたか?」

「ちょうど良い物があるんだ。待ってて」


 専用空間マジックボックスからある物を取り出す。

 長さはだいたい二メートルほど、太さは直径一メートルくらいはあるかな。

 筒がいくつも連なるミミズのような金属製のボディ。

 頭部には掘削用のドリルが付いている。


 その名も『ドリルくん四号』。


 いかなる場所であろうと地中を掘り進められる、自慢の魔道具マジックアイテムだ。ちなみになぜ四号なのかと言うと。

 一号から三号は魔界に生息するモグラに囓られて壊れてしまったからだ。


 さっそくドリルくん四号は地面を掘り始める。


「地面には結界がない。盲点でした」

「みんな空か地上しか見てないからね。つい足下のことを忘れちゃうんだ」


 ゴリゴリゴリ。ドリルが地面に掘った穴はカーブを描いて敷地の中へ。

 僕らも穴を通って奴の敷地に侵入を果たした。


 ちなみに結界と言うのは、基本的に外からの侵入を防ぎはするが、中から外に出るのはスルーする。

魔法陣自体に識別機能が組み込まれているからだ。

 そんなわけで帰りはこの穴を通って出る必要はなかったりする。


「がうっ?」


 バラの咲く庭では、使い魔である狼がうろついている。

 ざっと見ても十匹以上。

 建物の上を見てみたが飛行する使い魔はいないようだった。


 狼達はいち早く侵入者を察知してこちらに駆け出す。


「イリス」

「承知しています」


 イリスが前に出る。

 彼女は封じ込めていた魅力香チャームを解き放った。


 次の瞬間、狼達は地面に伏せて尻尾を振る。


 強力な魅了で戦闘意欲を削いだのだ。

 加えて一時的だがこちらの味方となってくれる。

 相変わらず恐ろしい力だ。


「お前達は主人が屋敷に入れないように阻止しなさい。分かりましたね」

「がうっ!」


 狼は庭へと散る。

 これで少しばかり時間を稼げそうだ。


 僕らは急いで屋敷に侵入する。


 施錠は魔術で簡単に解けるので問題ない。

 それよりも気になるのは住人だ。

 できるだけ見つからないようにしなければいけない。

 いちいち記憶を消していては時間の浪費だからだ。


 屋敷の内部は真っ暗で視界が効かない。

 と言うわけで新たな魔道具マジックアイテムの出番だ。


 その名も『夜目ゴーグルくん六号』。


 一見するとただのゴーグルだが、頭にはめるとすっきりくっきり視界良好。

 僕らは手分けしてコードブックを探すことにする。


 イリスは一階。僕は二階を担当。

 各部屋を探索しつつそれらしい物を探し続けた。


 うーん、ないな。


 これも違う。


 あ、これは見ちゃダメな奴だ。


 ここかな?


 うん、見なかったことにしよう。


 探し始めて十分が経過。

 僕はようやくベネディクトの書斎を見つける。

 部屋の中には魔術に関する本がずらりと並び、壁一面が本棚だ。


「プリシアの屋敷は地下研究室への入り口があったけど……」


 本棚を探る。

 いかにも怪しい場所だからだ。


「もしかして普通の本棚?」


 どう探っても隠し扉があるようには思えない。

 だとすると次に怪しいのは本だ。

 背表紙を眺めながら適当な本をとってみる。


 パラパラ。特に何かが挟まっている感じはしない。

 ベネディクトがコードブックを隠しそうな場所ってどこだろう。

 ふと、とある背表紙が目に入った。


 タイトルは『賢者の栄光』。


 いかにも好きそうな本だ。

 でもさすがにそう都合よく……。


 ぱらりと床に一枚の紙が落ちる。


 なんだろう。これ。

 本に挟まっていたみたいだけどまさかね。

 内容に目を通してみる。

 僕は読み進める内に、次第に笑みを深め笑い出しそうになってしまった。


 そこに書かれているのは、数字や記号に設定されている文字の羅列だった。


 間違いないこれがコードブックだ。

 これを見ながら手紙を読み解けば奴の秘密が明らかとなる。


 しかしながらコレを持って行くわけにはいかない。

 奴は帰宅後、必ずこの本を確認するはずだ。

 そして、解読書が消えていることに気がつくはず。

 そうなれば真っ先に疑われるのは僕だ。


(イリス、こっちで発見したよ)

(了解です。では私もそちらに向かいます)


 彼女がここに来るまでの間に僕はコードブックを丸暗記する。

 これくらいならすぐに覚えられそうだ。


「おやおや、一足早く戻ってきてみればこんな時間に客人とは」

「!?」


 振り返るとデスクに腰掛けた男の姿があった。

 僕は冷や汗を流しつつ紙を本に挟んで棚へと戻す。


「夢中になりすぎていたみたいだ。君の気配に気がつかなかったよ」

「用は済んだのかい」

「まぁね。それで君はベネディクトのアレかな」


 グリーンの短髪の若い男が歩み出る。

 窓から入る月光に照らされたその顔が露わとなった。


 軽装に右手には槍。

 程よく鍛え抜かれた筋肉が光と影で浮き上がって見える。

 そして、挑発的な目がギラリと光っていた。


「俺は八魔神の一柱ベオルフ様の配下『疾風のフォーナス』。主との契約により、不届き者の貴様を処断する」


 フォーナスは槍を構えてニカッと白い歯を輝かせた。


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