二十七話 クロンドの町
小太郎とリルルで王都を出た僕らは西へと進む。
目的はベネディクトより預けられた封筒を届けること。
今は顔を隠す為に仮面も付けている。
原っぱを道なりに進みつつのどかな景色を楽しむ。
いつ何時でも余裕を持つのが僕の流儀だ。
「クロンドという町はどのようなところでしょうか」
「さぁ、僕も行ったことがないから分からないや。ただ、東方に比べて発展しているのは確かだね。他国との交易も盛んだったし」
当然だけど過去形だ。
今ではその他国も魔族に滅ぼされて存在しない。
残された民がどうなっているのかも不明だ。
「王国というのは意外に小さいのですね」
イリスはリルルの背中で購入したばかりの地図を眺める。
王国はいびつな菱形のような領土だ。
東方には山脈が連なり、南方には大森林が広がっている。
北方にはいくつかの小国が存在しているが、不可侵の条約を結んでいる為に交流はない。
そして、西方には二つの国を挟み、暗黒領域と呼ばれる地が存在している。
そこは広大な森に覆われた人の踏み入ることのできない領域。
凶暴な魔獣が生息しており、植物すらも牙をむくとか。
未だに全貌の分からない未知の土地なのである。
「そうかな。周辺国では最も大きな国だよ」
「エターニアはもっと大きかったように思いますが?」
あー、そっちと比べちゃダメだよ。
エターニアは大陸一つを占領しているんだからさ。
規模が違いすぎるよ。
「ぶるるる」
「どうしたんだい小太郎」
「もしかするとアレが気になるのでしょうか」
イリスが見上げた方角に僕も視線を向ける。
遙か上空を飛ぶのは黒い鳥だ。
何度も旋回してこちらを確認する。
視界を通してベネディクトが操っているのが見て取れた。
僕らが裏切って封筒を開けないか気にしているようだ。
「撃ち落としましょうか?」
「ダメだよ。そんなことをしたら裏切ったって思われてしまう。ここは我慢して向こうに合わせよう」
せっかく懐に入れたんだから、じっくりと引きずり落とす材料を探さないとね。
僕の妹にやったことを後悔させてやるんだ。
マグリス家はやられたらやり返す家だってことを思い知らせてやる。
「しかし、昨日から考えていましたが、あのような小物を相手にわざわざご主人様が動かなくともよい気がしますが?」
「でも排除しておかないとルナが困るじゃないか」
「プリシアと呼ばないとまた怒られますよ。それはそうと相変わらず、気持ちが悪いほどのシスコンですね」
「ふふ、僕には褒め言葉だよ」
シスコンにブラコン。呼びたければ好きに呼ぶがいいさ。
僕は兄弟の為に生きていると言っても過言ではない。
自分の人生なんて二の次。
愛する家族を守ることが使命なのだ。
ふと、イリスと顔を合わせれば、彼女はぷふっと吹き出す。
「いい加減、その仮面は止めてもらえませんか。笑いが止まらなくて非常に困ります」
「えー、気に入ってるのにさ」
「ベネディクトと言う男も笑いをこらえていましたよ」
そうなの? 全然気がつかなかったなぁ。
まぁ、不評なら買い換えるけどさ。
同じくらい良い物がクロンドにあればいいけど。
◇
町に到着した僕らは、まずは宿を探す。
プリシアが三日後には戦場へ出向くと行っていたけど、一日残っていれば見送ることもできるし大丈夫だよね。
「王都に劣らぬ賑わいですね」
「うん、戦争中って言ってもここら辺はまだまだ遠いからね」
クロンドの町は第二の王都と呼ばれるほど大きい。
王都と違う点は露天商が多いことかな。
雑多としていてどこに何があるのかは一目では分からない。
身体をこするようにすれ違いながら、僕らはキョロキョロと宿らしき看板を探し続ける。
「あそこはどうでしょうか」
「悪くないね。ひとまずチェックインしようか」
彼女は僕にリルル預けて一人で宿の中へ。
その間に僕は懐から封筒を出して中身を確認する。
もちろん封を開けるようなことはしない。
こう言う時に最適な魔術があるのだ。
その名も『透視術』である。
基本的に爆発物がないかを探る術なのだが、使い方によってはこう言うこともできる。
術を発動して封筒を眺める。
次第にうっすらと中身が見えてきた。
だが、数字と記号ばかりで肝心の内容が読み取れない。
「なるほどね。暗号化されてるのか」
だとするとコードブック――解読書が必要になるか。
高度に暗号化された文章はコードブックがないと読み解けない。
困ったな。これじゃあ何が書いてあるのか分からないよ。
一度この内容を書き写して、ベネディクトの持っているコードブックで読み解くしかないか。でもそうなると奴がコードブックを、どこに隠しているのかを調べないといけなくなるし……。
うーん、すごく面倒だ。
半蔵がいればこう言うの任せるんだけどなぁ。
まだ半年経ってないし、今はパナルロイ村から引き上げさせるのは危険か。
別の部下を呼ぶ?
けど、それだとライオットに怒られそうだし。
重要な部下を魔界から引き抜くなってさ。
しょうがない、自分でやるしかないか。
魔術師のことをよく知っているのは魔術師だしね。
しばらくするとイリスが宿から出てくる。
「チェックインができました」
「そう、部屋数は?」
「一つです」
彼女はニンマリと笑みを浮かべる。
そ、そうか……また逆さまで起きないといいけど……。
僕らは宿の馬小屋に二頭を預け、酒場へと行くことにした。
「至る所に酒場を見かけますが、どこにその男がいるのでしょうか」
「……手分けして探すしかなさそうだね」
探すのはオーガ殺しを飲んでいる男だよね。
もうちょっと絞り込めるような情報が欲しかったなぁ。
僕とイリスは二方向に分かれて男を捜すことにする。
目に付いた酒場に入り、カウンターを確認。
複数ならテーブル席を使うが、一人だけなら多くの場合カウンター席に座るからだ。
だが、どこにもそれらしい男の姿はない。
十軒以上回って日が暮れようかと言う頃、イリスから通信が入った。
(見つけました。オーガ殺しを一人で飲んでいる男を)
(どこにいたの!?)
(町の西側です。店名はゴブリンのヨダレ亭)
(え?)
(ゴブリンのヨダレ亭です)
なにその汚い店名。
思わず二度も聞いちゃったよ。
とりあえず店のある場所へと走る。
上空ではベネディクトの使い魔である、黒い鳥がこちらを見ていた。
依頼を達成するまではどこまでも付いてくる気なのだろう。
”ゴブリンのヨダレ亭”と書かれた看板を見つけた僕は、足を止めて呼吸を整える。
そこで店の前で待っていたイリスが声をかけた。
「この中です。カウンター席に座っているのですぐに分かると思いますよ」
「ありがとう。行ってくるよ」
スイングドアを開けて店内へ。
彼女の言う通りカウンターには一人の男が酒を飲んでいた。
しかもあからさまにオーガ殺しと書かれたボトルが傍に置かれ、男はグラスに入った酒をちびちびと飲んでいる。
顔は覆面をしていて確認できない。
冒険者だろう革の防具を身につけており、腰には剣が装備されていた。
僕はそしらぬ顔で男の隣の席に座る。
グラスを拭いていた店主が「何をお飲みになりますか?」と尋ねた。
「エールを一杯」
「かしこまりました」
入り口の方を見ると、黒い鳥がドアの上に留まっていた。
黒い目がじっとこちらの様子を窺っている。
僕は懐から封筒を取り出し、隣へカウンターを滑らせるようにそっと差し出す。
男は顔も向けず封筒を受け取り、取り出した別の封筒をこちらに滑らせた。
受け取った僕は素早く懐へと入れる。
こっちも後で確認だ。
どうせ暗号化されてるだろうけど見ないわけにはいかないからね。
「はい、エールだよ」
「ありがとう」
ジョッキを受け取って一気に飲み干す。
ちらりと隣の男を見れば、妙に額の辺りが膨らんでいる。
……あれ、もしかしてこの人魔族?
そんな言葉が脳裏をよぎる。
しかし、だとしても膨らみが小さすぎる気がする。
魔族の角は簡単に隠せるほど短くはない。
そうだ、透視術があるじゃないか。
術を発動させて男を確認した。
次の瞬間、僕はエールを吹き出してむせる。
「ごほっごほっ! もういいよ、代金はここに置いておくから」
「まいど」
ジョッキを置いて僕は外に出る。
黒い鳥は僕の顔をじっと見てから空へと飛び立った。
「げほっげほっ」
「大丈夫ですか?」
「うん、もう落ち着いた」
……。
…………。
あれは間違いなく魔族だった。
しかも角の折れた魔族。
これは魔界で聞いた話だが、魔族にとって角は命の次に大切なものだそうだ。
折れれば魔族と見なされなくなるとか。
なので彼らは角に布を巻いて寝るのだそうだ。
先ほどの男が自身で角を折ったのかは定かではない。
問題はこの王国に魔族が紛れ込んでいると言うことだ。
魔族と人間なんて角があるかないかくらいしか見た目で判断できない。
もしあのような者がこの地に沢山いるとしたら、由々しき事態ではないだろうか。
王国の情報が敵へ筒抜けだ。恐ろしく危うい。
待てよ。ベネディクトはどうして魔族に手紙なんて送った。
暗号化された内容……魔族……秘密の仕事……。
出てくる答えは一つだけだが、果たして賢者がそんなことをするのだろうか。
僕には到底信じられない。だって彼は魔術師の頂点の一人なんだぞ。
これはプリシアの為とか言っている場合じゃないな。
一刻も早くコードブックを手に入れ、真実を知るしかない。
ベネディクトは僕の考える以上に悪人かもしれないからだ。
「監視の目がなくなったようです」
「みたいだね。ひとまずは信用されたのかな」
黒い鳥は姿を消していた。
◇
ランプの灯る机で僕はペンを走らせる。
紙に書いているのは昼間にのぞき見た暗号だ。
記憶が残っている内に記しておかないと。
最後の数字を書き記すと一息ついた。
「まだ書いていたのですか」
部屋に入ってきたのはお風呂からあがったパジャマ姿のイリスだ。
髪がしっとりと濡れていて、白い肌もピンク色に染まっている。
タオルで髪を拭っている姿は妙に色気があってドキリとしてしまった。
「ご主人様?」
「なんでもないよ」
彼女はきょとんとした顔をしてから、ニヤニヤとした意地悪な表情へ切り替わる。
ヤバっ、これはいたずらをする前の顔だ。
急いでスーパー賢者タイムを発動しないと。
「もしかして私の湯上がり姿に見とれましたか?」
「ち、ちがう。僕もお風呂に入ろうかななんて考えてただけさ」
「ふ~ん」
机に片手を乗せてイリスが僕にずずいっと寄る。
胸が顔に当たりそうな位置で止まって、石鹸の匂いが鼻腔をくすぐる。
そうか、この宿はお風呂があるばかりか石鹸もあるのか。
じゃない! 今はそんなことに気を散らしている場合じゃない!
集中しろ。僕は賢者だ。スーパーな賢者なのだ。
ふーふーはー。ふーふーはー。
いいぞ、もうすぐ発動できそうだ。
「知ってますか。私って寝る時は下着を着けないんですよ。ほら」
ぷにょん。
僕の顔に柔らかいものが当たった。
その感触は僕の脳内に強烈な雷撃を直撃させる。
「うわぁぁあああああああっ!!」
「ご主人様!?」
僕は頭が真っ白になって椅子から転げ落ちる。
そこからすぐに立ち上がって慌てて部屋を出た。
ひどいよ! また僕をからかった!!
百年間童貞で恋人いなかった僕で遊ぶなんて酷すぎる。
昔からそうだ。僕の周りに集まる女性はいつも意地悪をする。
村で一番仲がよかった幼なじみだって「好きだよ」なんて言っておいて、すぐに「さっきのは嘘! 冗談だから!」なんて僕をもてあそんだんだ。
女はいつだって男の純情を踏みにじる。ずっとだ。
宿の廊下を走り抜けて僕は風呂場へと入る。
お風呂に入ればきっとこの興奮も収まることだろう。
更衣室で服を急いで脱いで浴室に入る。
大きな湯船には大勢の人がだらしない顔で浸かっていた。
僕は身体を洗う為にまずは小さな木製の椅子に座る。
石鹸とタオルで頭と身体を洗い、汚れを丁寧に洗い落とした。
いざ湯船へ。
湯に浸かれば至福の息が吐き出された。
やっと気持ちが落ち着いてきたみたいだ。
今思うと恥ずかしいくらいに取り乱しちゃったな。
イリスには後で謝らないと。
(ご主人様、先ほどは申し訳ありませんでした)
イリスから通信が入る。
彼女はひどく落ち込んだ声で謝罪の言葉を口にした。
(いいよ、僕も過剰に反応しすぎたと思うしさ)
(あの、もしかして私のことを嫌いになりましたか?)
(なるわけないじゃないか。変なことを言うよねイリスは)
(そうですか。よかった)
安堵した声が頭の中に響く。
嫌いになるわけないじゃないか。
イリスは僕の娘みたいなものなんだからさ。
僕は存分にお風呂を堪能してから部屋へと戻った。
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