二十六話 謎の封筒
ベネディクトは懐から一枚の封筒を取り出す。
「仕事は内容は簡単だ。コレをある者に渡せ」
テーブルに置いたそれは、差出人も宛先も書かれておらず、それらしい印すらもなかった。
つまりこの封筒の存在は誰にも知られたくないということ。
「中身は?」
「お前達は知らなくてよい。もし読めば命はないものと思え」
だよねぇ、分かってたけど一応聞いてみたんだ。
もしかするとこの中に、奴の秘密が隠されているかもしれない。
「で、今回はどこの誰に届けるんだ」
リーダーが話を進める。
ベネディクトは懐からさらに一枚の紙を取り出した。
それをテーブルに広げて見せる。
どうやら王国西方を描いた地図のようだ。
「王都から西に進んだ町、クロンドに行け。そこの酒場でオーガ殺しを飲んでいる奴がいるはずだ。何も言わず封筒を差し出せ。すると向こうから別の封筒が渡される、お前達はそれを受け取ればいい」
「それだけ?」
「それだけだ。後は封筒を私へ届けろ。先にも言ったが間違っても中を見るんじゃないぞ。命が惜しくばな」
封筒の交換か……ますます怪しい。
公にできない相手と手紙を交わしていると言うことかな。
それとも表に出せないような情報を秘密裏に運ばせている。
もしくはその両方。気になるな。
リーダーは封筒を受け取って僕に差し出す。
意味が分からず首をひねった。
「今回はあんたがやれ」
「いいのかい?」
「ベネディクト様はあんたがどれだけ信用できるか知りたいみたいだ」
ベネディクトは目を細めて僕を見ていた。
なるほどね、これはテストも兼ねているのか。
僕らが信用に足るかどうかの判断材料にするつもりなのだろう。
だとすると今回の仕事は常に監視されていると考えるべきか。
「アモンと言ったか、私は強く賢い者を好む。この依頼を見事達成して有用性を示せ」
「承知しました。輝かしきベネディクト様の為に」
僕は優雅に一礼する。
普段はこんなことしないけど、信用を得る為にはやむを得ない。
彼は用心深い性格のようだし気位が高い。
今はできるだけ気に入られるように振る舞うしかないのだ。
「うし、そんじゃあ顔合わせも終わったし、報酬はいつも通り達成後ってことで」
「よかろう。それと、くれぐれも私との関係は口外するなよ」
「分かってるよ。俺達も命が惜しいからな」
僕らは部屋を退室する。
だが奇妙なことに、三匹のグレゴリーウルフが僕らの後を付いて来ていた。
それは建物を出てからもだ。
(使い魔が追跡しています)
(分かってる。狙いは僕ら?)
(恐らく)
イリスとの通信を終えてしばし考える。
新参者である僕らを警戒するのは当然だ。
使い魔の眼を通して僕の正体を見極めようとしているに違いない。
「これであんたもある意味では俺達の仲間だな」
「そうだね」
「しかし、あのしゃべり方は演技としても、ちょっとどうかと思ったぜ。貴族様はあんなのがお好きなのかね」
会話を続けながら夜道を進む。
後ろから付いてくる三匹の狼は一向に帰るそぶりを見せなかった。
間違いない。僕らの後を付けてくる気だ。
「それじゃあ僕らはここら辺で帰らせてもらうよ」
「分かった。次は飯くらいおごるぜ」
「うん、楽しみにしているよ。またね」
僕はほんの少し杖を振る。
四人はとろーんとした表情となった。
”
これは相手から特定の記憶を書き換える魔術だ。
魔力抵抗が強いと効果はないが、予想通り四人にはばっちり効いていた。
消すのは僕達に関わる全ての記憶。
あの日、僕らと彼らはギルドで会わなかった。
今夜もベネディクトに四人で会いに来た。
そう変更する。
ベネディクトに正体を知られない為の措置だ。
改竄が完了すると、僕とイリスは声をかけずにその場を後にした。
(やはりこちらに付いてきています)
(だろうね。適当な角で曲がったらコレを飲んで)
僕は懐から出した二つの小瓶の一つを彼女に渡す。
もしもの為に作っておいた薬だ。
ほどなくして僕らは角を曲がる。
そして、手早く小瓶の蓋を開けて中身を飲み干した。
「「「がうっ!?」」」
同じように角を曲がった三匹の狼は、慌てた様子で周囲をキョロキョロする。
鼻を地面に向けてスンスンさせるも目的の人物の臭いは嗅ぎ取れない。
目の前にいるにもかかわらずだ。
僕らが飲んだのは『透明薬』と呼ばれるものだ。
とは言っても実際に透明になるわけじゃない。
認識を阻害することによって消えたように見せているのだ。
欠点は持続する時間が短いってことかな。
「帰ろうか」
「はい」
僕らは夜道をのんびりと歩きながら屋敷へと帰還した。
◇
「ふわぁ~」
「なんじゃ、ずいぶんと眠そうではないか」
「うん。昨日は夜更かししてさ」
僕はうとうとしながら朝食のパンをかじる。
プリシアはパンの上にスクランブルエッグを載せて、さらにその上から砂糖を振りかけて食べていた。
「うえぇ、よくそんなもの食べれられるね」
「甘いものはアタシの大好物じゃ。お兄ちゃんも試してみるとよい。コレがなかなか美味なのじゃ」
「ぼ、僕は遠慮しておくよ」
甘ったるいだろうパンに満足そうな妹。
僕は見ているだけで胸焼けがしそうだった。
反対にイリスはと言うと、真っ赤なソースをパンに振りかけて食べている。
アレはかなり辛かったと思うけど……。
「ん~、目が覚めるようです。朝は辛いものに限りますね」
「はぁぁ? 何を言っておる。朝と言えば甘いものじゃ。脳みそが糖分をエネルギー源にしておるのを知らぬのか」
「それくらい理解していますよ。貴方と違って私は魔界で、それもご主人様の近くで高度な知識を学びましたので。あ、羨ましいですか?」
「うきぃぃいい、この
「いいでしょう、望むところです!」
二人は席を立って互いに構える。
僕はあくびをしつつ新聞に目を落とす。
ふむふむ、魔帝国との戦況は王国が圧倒的優勢か。
将軍が魔術師を中心とした新たな独立遊撃部隊を創設。
絶世の美女と噂の賢者ローズマリアの美容法。
他には特にこれと言って目に付く記事はないように思う。
そこでふと目に付いた記事。
『賢者プリシア、陛下より前線への出立命令が下される』
そう言えばベヒーモスの責任の一端を負わされたことで、国王より前線の押し上げを命じられたとか言ってたな。
だとすると近い内に戦場に行かないといけないのだろう。
「このっ、ちょこまかと逃げるな!」
「当たってあげる義理はありませんからね」
プリシアの振り下ろした杖が、テーブルを真っ二つにする。
食器が宙を舞うが、僕はそれらを魔術で空中に固定。唯一落ちてきたコーヒーカップを受け止めて一口含む。
「あの、ご当主様。そろそろ止めていただけないでしょうか」
背後にいたサーニャがそっと耳打ちする。
確かにそろそろ止めた方がいいかも。
屋敷を破壊されたら大変だしね。
「二人ともいい加減にしなさいっ」
ぴしゃりと言えば、イリスもプリシアも直立姿勢で固まった。
「喧嘩もいいけど、ほどほどにね?」
「申し訳ありませんでした」「ごめんなさいなのじゃ」
そろってしゅんとうなだれる。
分かればいいんだ。
僕も二人をこんなことで怒りたくないからね。
さて、今日も天気がいいし畑でも見に行こうかな。
◆
青い炎が灯る重々しい廊下。
その最奥には重厚な扉が存在していた。
鎧に身を包んだ女性は、閉められた扉の前で足を止める。
「陛下に急ぎのご報告があります。扉を開けなさい」
「承知いたしました」
二人の兵士によって扉が開けられる。
女性はしなやかな足取りで皇帝の間へと踏み入った。
「ジュスティーヌ、ただいま帰還いたしました」
「…………」
長い白髪をふわりと揺らして、女性は玉座の前で片膝を突く。
彼女は紅い目でちらりと上方を覗いた。
玉座に座るのは黒いマントを羽織った黒い長髪の若い男性。
頬杖を突いて無表情で見下ろしていた。
左手に持った杖が、彼を魔術師であることを教えている。
ジュスティーヌは報告を始めた。
「王国北方に向かわせた部隊が全滅いたしました」
「……生存者は?」
「いません」
男性は「続けろ」と彼女に命令する。
「報告を受けたリンドベル将軍はおって部隊を向かわせましたが、いずれも帰還者はいませんでした。よって北方からの奇襲作戦は延期という判断をした模様です」
「だろうな。成功など万に一つもあるとは思っていなかった」
勢いよく顔を上げたジュスティーヌは魔皇帝の表情を確かめた。
その顔は変わらず一切の感情を浮かべていない。
自身の民であり兵士が死んだことになんら動かされるものがないようだった。
彼は玉座から立ち上がり、煌々と照らす青いかがり火に目をやった。
炎を見つめる目は愉悦に歪み、口角が鋭くつり上げる。
そこには百年前に兄を慕って無邪気に笑顔を浮かべていた者はいない。
瞳に揺らめくのは憎悪の炎だ。
「これでまた一つ王国に前進する。戦線は移動するだろう」
「――!? まさか捨て駒にしたのですか!?」
「祖国の為に散ったと言え。無用な言葉は誤解を招く」
彼はジュスティーヌの近くへと歩み寄った。
そして「楽な姿勢での拝謁を許す」と許可を出した。
「では、教えていただけませんか。彼らはなんの為に死なねばならなかったのかを」
立ち上がった彼女は魔皇帝の目を正面から見据えた。
だが、彼は動じた様子もなく冷たい視線を返す。
「言わば囮。彼らにはあらかじめ北方で目立つように動けと命じていた。そのおかげで王国は最前線に辺境と意識を裂かなければならなくなったのだ」
「それだけではないのですよね?」
「無論狙いは別にある。すでに戦力の大半が場に出ていることは判明している。ここでもし新たな敵戦力が出てきたとしたらどうすると思う?」
「……現在戦っている兵力の一部を裂くことになるのではないでしょうか」
魔皇帝はマントを翻し玉座に腰を下ろした。
「違う。賢者共が出てくるのだ」
「あの王国魔術師の頂点にいるという六人の賢者ですか?」
控えていた給仕が静かに魔皇帝に近づく。
彼にグラスを渡し、給仕はボトルからワインを注いだ。
ワインの香りを嗅いでから彼は次の言葉を述べる。
「これは王都に引きこもっている無能な六賢者共を引きずり出す計画だ。とは言っても一人は前線へかり出されるようだがな。よって討つべきは五人の賢者だ」
「お言葉ですが、賢者を討ったからと言って戦線が押し上げられるとはとても……」
「王国軍の士気は依然と高い。それは賢者という切り札が後ろに控えているからだ。だがもしその賢者が討たれたらどうなる」
ジュスティーヌは思考を巡らせる。
王国軍の希望とも言える切り札が消えたとしたら、もはや戦況をひっくり返すことは不可能と言える。敵兵の士気は下がり絶望が蔓延するはずだ。
その結果、戦線は後退。
勢いに乗った我が軍は王国へと本格的に攻め入ることができる。
「問題は本当に賢者を討ち取れるかでしょうか」
「それだ。そこで我はブリークを差し向けることにした」
「あの大罪人を!?」
ブリーク・ブリーフ。
バロニア魔帝国の監獄に収監されていた大罪人である。
常に血に飢え今までに数百と言う魔族を殺した生粋の殺人鬼。
元将軍と言う経歴があり、軍事には非常に詳しい。
ジュスティーヌは名前を聞いただけで顔が青ざめた。
「アレは魔族の皮を被った獣。隔世遺伝によって先祖の血が蘇った怪物です。あのような者をお使いになるのは危険かと」
「では同行して手綱を握ればよい。アレは確か貴様の同族だったはずだぞ」
「いえ、あの……かしこまりました」
魔皇帝の言葉に彼女はうなずくしかなかった。
これで勝利が得られるのなら自身の感情など些細なこと。
彼女はそう考えた。
「今一度、貴様に問おう。この戦争の意義とは?」
「はっ、我らを滅ぼさんとする王国の息の根を止め、脈々と受け継がれし先祖の怨念を鎮める為でございます」
「よろしい。では行け」
ジュスティーヌは深々と一礼してからきびすを返して退室。
残された魔皇帝は無表情でその背中を見送る。
「もうすぐだ。もうすぐ余の手に王国が落ちるぞ……ぐっぐっぐっ」
彼はどす黒いオーラを放って嗤っていた。
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