二十四話 謝罪

 双剣を抜いたイリスは疾風のごとく走り、サイクロプスに迫る。

 四人よりも脅威であることを察した魔獣は、彼女を踏み潰そうと高く片足を上げる。


「ふっ!」


 下ろされた足は地面を揺らして亀裂を生んだ。

 イリスは地面を転がってこれを躱し、起き上がりと共に斬撃を食らわせる。

 だが、傷は浅い。安物の粗悪な武器で戦っているせいか、敵の肉まで刃が届かないようだ。


「武器を替えるかい?」

「その必要はありません。ビオグランテを使うほどの相手ではないでしょう」


 魔双剣ビオグランテは魔界の名匠が造った名剣だ。

 それだけに抜きどころを間違えると余計な被害を生む。

 ベヒーモスの時でさえ十分の一の性能も発揮していなかったくらいだ。

 彼女の選択は正解ではあるものの、今後はもう少し良い武器を与えるべきだろう。


 サイクロプスの振り下ろされる拳を、くるりと身体を回転させて華麗に躱す。


 ほぼ同時に剣が振られ、敵の腕に深い切り傷ができた。

 さすがはイリス。達人は武器を選ばないと言うが、まさに言葉通りの光景だ。


「うがぁぁああああっ!」


 俊敏に攻撃を交わし続ける彼女に、サイクロプスは怒りの頂点に達したようだ。

 大型魔獣の性格はだいたい大雑把で短気。おまけにプライドも高い。

 人間サイズの相手に手こずるなんて、彼らからすればあってはならないことだ。

 ちょこまかと逃げる彼女に、さぞいらだちを覚えているに違いない。


 巨体が跳躍する。


 組んだ両手をハンマーのように振り下ろせば、大地が大きく揺れて轟音が鳴り響いた。

 普通の人間ならミンチになっていただろう。

 良くて内臓破裂。全身骨折か。


 しかし、イリスはそれを片手で受け止めていた。


 渾身の攻撃が通じなかったことに魔獣は後ずさりする。

 その顔には恐怖が浮かんでいた。


「もう終わりですか?」

「うぐぐっ……」

「では、私の攻撃です」


 刀身に赤いオーラが現れる。

 次の瞬間、サイクロプスの首は宙を舞う。


 着地した彼女の近くに、大きな頭部が重い音を響かせて転がった。


 ドッスン、巨体は倒れて再び大地が揺れる。

 びゅーびゅーと噴出する大量の血液が地面を紅く染めた。


「お見事。とは言っても当然の結果かな」

「ええ、少しは手応えのある相手かと期待したのですが」


 イリスは不完全燃焼とでも言いたそうな顔だ。

 気持ちは分かる。魔界の獣はどれも強くて刺激的だったからね。

 血湧き肉躍る戦いを期待しちゃったんだろうなぁ。


 さて、偶然とは言えサイクロプスも討伐できたことだし、報酬は期待できそうだ。


 それと逃げてきたゴールド級の人達は――っと、いたいた。

 四人は大木の陰に隠れて戦いの様子を見ていたらしい。

 よほど怖い思いをしたのか、魔獣が倒された現在でもそこから動こうとはしなかった。


「無事だったみたいだね」


 僕はリーダー格の男性に話しかける。

 彼は僕の顔を見るなり冷や汗を流し、声を震わせて返答した


「て、てめぇら何者なんだ。ゴールド級最上位のサイクロプスをいともたやすく倒すなんて……」

「ブロンズ級の冒険者だよ。ごく最近登録した新人なんだけどね」

「バカな!? 今のはどう見てもプラチナ級の戦いだったぞ!」


 あはは、そう言われても本当にブロンズなんだけどね。

 でも、プラチナ級の人達は先ほどのイリスくらいは戦えるのか。

 これは良い情報だね。

 ギルドで僕らの実力がどの程度なのか俯瞰ふかんできそうだ。


 四人はそろって地面に膝を落として頭を下げる。


「え? ええ??」

「こんなことで許してくれるとは思わないが、ギルドであんたにさせたことを詫びさせてくれ。俺は命の恩人になんてことをしたんだ」


 彼らの態度の急変に僕は目を点にする。

 謝罪をしてくれるのは嬉しいけど、ずいぶんと早い手の平返しだ。

 ひとまず実力が認められたってことでいいのかな。


「私は今すぐにでも断罪すべきだと進言します」

「またそんなことを。いいじゃないかこうしてちゃんと謝ってくれたし」

「甘すぎます。このような連中は一度許すとつけあがりますよ」



 ズズン、地響きが森を揺らす。



 木々から一斉に鳥達が飛び立った。

 しかし、地響きはそれだけで終わらない。

 大地の揺れは一定のリズムを刻んで継続していた。


 これは足音? それも複数?


 木々のへし折れる音が耳に届いてイリスが臨戦態勢となる。

 僕は彼女に構えを解くように言って、専用空間マジックボックスからとある物を取り出した。


 それは杖のようにも見える一本の金属の筒だ。

 木製で作られた持ち手の部分には『V-04』と刻印が刻まれていた。


 僕は杖を地面に突き刺して筒を両手で握る。


 筒は中ほどで半分に折れる機構となっており、そこに僕はあらかじめ魔術が込められた弾丸を差し込んだ。

 そして、ガチャンと元の形に戻すと、僕は筒の先を振動と音の発生源へと向ける。


 これは『魔導銃マジックガン』と呼ばれる代物だ。


 魔界では比較的マイナーな武器ではあるが、その利便性と低コストに魅了される者も少なくない。特殊な弾丸に魔術を込めることで、連続して攻撃ができるほか、戦闘時に魔力消費がほとんどないのが他の武器と比べて有利な点だ。

 標準で自動照準機能が搭載されている為、素人が撃ってもまず外れることはない。


 森から姿を現したのは多数のトロルだった。


 先頭を走るのは打撲痕のある見覚えのある個体。

 仲間を率いてサイクロプスに復讐するつもりのようだ。

 それにしてもなかなかの絶景だ。

 十体以上のトロルが、猛然と大地を走るなんてそうは見られないだろう。


「おい、見てないで逃げようぜ!」

「問題ないよ」

「冗談だろ!? こんなところで死ぬつもりは――」


 僕は魔導銃マジックガンの引き金を引く。


 銃口から無数の閃光が発射。

 それらは的確にトロルの額に命中する。


 すると魔獣達は地面を転がるようにして倒れていった。

 殺してはいない。眠りの魔術を行使しただけだ。

 数時間熟睡すれば目が覚めることだろう。


「銃をお使いになるなんて珍しいですね」

「たまにはね。飾って眺めるだけじゃ面白くないだろ」


 魔導銃マジックガンを仕舞えば、四人が顔をほころばせて駆け寄った。


「マジですげぇな。トロルの群れを倒すところなんて初めて見たぜ」

「あれくらいなら誰でもできると思うけど」

「んなわけねぇだろ。あんた頭おかしいのか」


 酷い言われようだ。

 イリスがすかさず「頭がおかしいのは以前からです」と付け加える。

 それってなんのフォローにもなってないから。


「しかし、礼をしようにも受けた恩がデカすぎるぜ。一体なにを渡せば釣り合うんだろうな」

「別にお礼なんて……」

「おいおい、まさか恩を売って逃げようってのか。確かに俺達はろくでなしだが、命を助けられて平然としてられるほどクズじゃねぇぞ」


 リーダーの言葉に三人の仲間はニカッと笑う。

 すると彼らは集まって何やら話し始めた。


「俺達の全財産で恩が返せると思うか?」

「無理だな。別の物にするべきだろ」

「だったらいっそうのこと、あの方を紹介するってのは?」

「それって不味くねぇか。誰にも話すなって言われてただろ」

「……いけるかもしれねぇ。前に人を探してるって言ってたじゃねぇか」

「「「ああ~、そう言えば」」」


 四人の話がまとまりこちらに戻る。

 リーダーが切り出したのは意外な話だった。


「あんた達に紹介したい人がいる。それが俺達からの恩返しだと思ってくれ」

「紹介したい人?」

「その人に会えば割の良い仕事がもらえるんだ。あんた達ほどの実力者ならきっと大金を稼げるし、間違いなく上流階級に太いパイプができるはずだぜ」


 突然の話に僕は戸惑う。

 助けたのはあくまで善意で何かを望んでのことじゃない。

 気持ちは嬉しいけど断ろうと僕は考えていた。


「これは他の奴には絶対に言うなよ、実は俺達ベネディクト様と懇意にさせてもらっているんだ」


 男はそう耳打ちした。

 会わせたい人とはベネディクトのことか。

 一瞬、彼らの話を断ろうかと思ったがすぐに考えを改めた。

 もしかするとこれはチャンスかもしれない。


 正直、僕はベネディクトのことが気に入らない。


 理由は単純で、ベヒーモスの件や妹に責任を押しつけようとしたことだ。

 プリシアによれば以前から彼には黒い噂が絶えなかったらしい。

 賢者の地位にすら取引をして座ったとすら言われているくらいだ。


 もしだが、僕が彼に近づいてなんらかの悪事の証拠を見つけることができれば、賢者の地位から引きずり落とすことも可能になるんじゃないか。

 そうなれば王国も少しは良くなる気がするんだ。

 プリシアだって気が楽になるに違いない。


 悪くない。この機会を有効に使わせてもらおうじゃないか。


「それは大変嬉しい話。ベネディクト様とはお会いしたいと前々から思っていたんだ。間を取り持ってもらえるのなら是非お願いしたい」

「へへっ、決まりだな。それとこれは忠告なんだが、顔は見せない方がいいぜ。権力者ってのは都合が悪くなると何をしてくるか分からねぇからな」

「ありがとう。気をつけるよ」


 パタの村で仮面を買ったはずだから、今回はそれを使おうかな。

 それにしても割の良いビジネスってなんなのだろう。

 ゴールド級の彼らが儲かると言っているのだから、手に入る額はかなりのものなのだと推測する。

 あまりにも酷い仕事なら断ることも考えておこうかな。



 ◇



 町に帰還後、僕らと四人の男達はギルドへと向かった。

 カウンターに行くと、討伐証明であるアーマーライノスの角と、サイクロプスの目玉を置く。

 受付に座っていた職員は驚愕のあまり椅子から転げ落ちた。


「いたたた……私の目の錯覚かしら。ブロンズがゴールド級の討伐証明を持ってきているように見えるのだけれど」

「錯覚じゃないよ。ちゃんとここにある」

「嘘でしょ。ブロンズがどうやって狩ったの」

「普通に?」


 首をかしげるると、女性職員は額を押さえて何かに苦しんでいるようだった。


「貴方、見覚えがあるわ。登録初日にオーガを狩った人でしょ」

「そう言う君は受付をしてくれた人だよね」


 僕はニコッと微笑む。

 女性は頬を赤く染めて顔を背けた。


「綺麗な顔してやることえげつないわ……」

「え?」

「な、なんでもありません! それで一応お聞きしますが、そちらの方々と共同で狩られたのですよね!?」


 僕らの後ろにはまだあの四人がいる。

 なぜか彼らからドッと笑い声が聞こえた。


「あり得ないぜ。この二人はサイクロプスを倒し、そればかりかトロルの大群まで倒したんだぜ。俺達が手助けなんて冗談だろ」


 リーダーの言葉を聞いていた職員やその他の冒険者が目を見開く。

 しんっとギルド内が静まりかえった。


 あれ、この空気不味くない?


 あれだけ騒がしかったギルドの内部に静寂が訪れるなんて異常だ。

 そんなに変なことをしたかな。ちょっと不安になる。


「ト、トロルの大群!!?」


 女性職員が大声で叫んだ。

 それを皮切りに、至る所でざわざわと話し声が聞こえ始めた。


「その素材はどこに!?」

「あー、えっと、眠らせただけだから殺してないんだけど……」


 職員は「良かった。残業は回避できたわ」などとほっとしている。

 考えてみればあれだけの数を解体すれば、素材だけでとんでもない量になっていただろう。

 やっぱり殺さなくて正解だったみたいだ。

 まぁ、やむを得ない場合はしっかり倒すつもりではいるけどね。


「なんだよ眠らせただけか。紛らわしい」

「それでもスゴクね? トロルって鈍感だから状態異常効きにくかったはずだぞ」

「ねぇねぇ、あの子ウチにスカウトしない?」

「どんな魔術を使ったのか興味深いでゴワス」


 冒険者達のささやきが耳に届く。

 全体の評価はどちらかと言えば良いようだ。

 これで今日みたいなトラブルも少しは減るんじゃないかな。

 顔も知られたみたいだしさ。


 職員が依頼達成の書類を書きつつ僕に話をする。


「この実力なら、すぐにでもシルバー級に昇格できると思いますが、どういたしますか?」

「もう上がれるの?」

「実力は充分に確認できましたので問題はないかと」


 ふーん、もうシルバー級に上がれるのか。

 こうなるとナッシュ達を先輩って呼びにくくなるな。


「ちなみに上がらないって選択肢はあるかな」

「もちろんありますが……まさかこのままっておっしゃるのでは……」

「うん」


 職員が再び額を押さえて何かに苦しむ。

 なんだかこの人、調子悪そうだけど大丈夫かな。


「ご主人様、昇格されてはどうでしょうか」

「それはいいかな。有名になりたいわけじゃないし、今のままでも上の依頼は受けられるしさ。特に困ることなんてなさそうに思うけど」

「ですが上があるなら目指すべきでは?」

「ミスリル級のこと? 憧れはあるにはあるけど、やっぱり面倒ごとが多そうだし、僕の性には合わないかなって。最低限のお金があってのんびり畑を耕せたらそれでいいし」


 イリスと職員は大きなため息をついた。


 なんで!? 至って普通の考えだよね!? 

 どうしてそんな哀れむような目で見るのさ!?


「承知いたしました。それでは現状維持ということで話は承りました」


 納得した女性職員は報酬をカウンターに置いた。

 数枚の金貨を受け取って僕は振り返る。


「面会は明日の夜だったね」

「ああ、くれぐれも無断欠席は勘弁してくれよ」


 四人の冒険者はそう言ってからギルドを出て行った。


 賢者ベネディクト。

 果たしてどのような魔術師なのか。

 

 僕は密かにワクワクしていた。


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