十五話 斥候との戦い2
地面を滑るように飛行すると、僕は新たな十人の前で停止した。
突然現れた魔術師に、彼らは馬の足を止めて警戒心をむき出しにする。
「……こんなところに魔術師? 全員周囲を確認、伏兵がいるかもしれない」
「異常なし。敵の姿は見当たりません」
「たった一人で我々の前に現れたと言うのか?」
「恐らくそうではないかと」
隊長らしき男はわずかに口角を上げる。
危機的状況ではないと判断できたからだろう。
「全員戦闘態勢。たった一人だからと油断するな。この国には賢者と呼ばれる魔術師もいると聞く。あの者がそうではない保証はない」
「了解。魔術師、前へ」
副官らしき男の声に従って三人の魔術師が彼らの前に並んだ。
先ほどの者達よりも明らかに統率がとれている。
恐らくこちらが斥候部隊の中核なのだろう。
一人の魔術師が杖を僕に向けて無詠唱で魔術を放つ。
「”
三つの風の刃が放たれた。
僕は急加速して蛇行しながら攻撃を回避する。
「なんだあの動きは!? 近づけさせるな、次の攻撃を放て!」
「”
もう一人が放ったのは水系の攻撃魔術だった。
水で創られた十本の槍が流星のごとく僕に向かって降り注ぐ。
この程度じゃぬるすぎるよ。僕はこれを何倍にもした攻撃を魔界で受けたことがあるんだ。
槍の着弾地点を予測しながらヌルヌルと回避し続ける。
「次だ! 次を撃て!」
「フレイム――あぐっ!?」
僕の
無詠唱と言っても所詮は三工程の一部を省いたに過ぎない。
まだまだ
現に撃ち終わったばかりの二人の魔術師は、次の構築に集中して沈黙している。
するりと魔術師の壁をすり抜けると、僕は軽く跳躍して騎乗する兵士の真後ろに立った。
うん、馬の上で見る景色はなかなかいいね。それじゃあバイバイ。
兵士の背中に手を当てて魔術を放つ。
彼は目や耳から血液が吹き出して馬から落下した。
「化け物め! よくも我が部下を!」
指揮官が剣を横薙ぎに振るうも、僕はくるりと大きなバク宙で攻撃を避けた。
地面に降りると再び風の力で滑るように加速する。
構築を終えた魔術師の二人が僕に向けて魔術を放つ。
「”
「”
地面から巨大な生き物の口のように正方形の岩の檻が出現する。
ガチンッと檻は僕を飲み込むようにして閉じ込めると、さらにその周囲を正方形の岩が覆い隠してしまった。
たった一人に二重防壁とは恐れ入る。よほど僕が怖いようだ。
「”
トンッと杖を地面に突けば、強力な衝撃波が周囲の檻と壁を破砕する。
爆発とも言える現象に、騎乗していた兵士の数人が転げ落ちた。
「ば、馬鹿な、あの二重防壁を易々と破るだと……」
「これくらいじゃ僕は閉じ込められないよ。じゃ、続きを始めようか」
一気に急加速すると、騎乗している兵士にドロップキックをお見舞いする。
反動を利用して後方に跳びつつ、振り返りながらの後ろ回し蹴り。
さらにその反動を使って馬の頭にふわりと足を下ろすと、目の前にいる兵士の頭にコツンと杖を当てる。彼は血液を垂れ流しながら地面に倒れた。
「くっ、散開せよ! 密集していては敵の思うつぼだ!」
彼らは馬から降りて僕を取り囲む。
三人倒したから後は七人か。
指揮官だけはいつでも逃げられるように、馬に乗ったままだから実質六人との戦い。
一気に三人が僕へと斬りかかる。
「ふっ、遅いよ」
一人目の剣を紙一重で躱しながら顎に掌底を打ち込む。
二人目は軽く足払いで地面に転がし、三人目は胸ぐらを掴んで投げる。
「”
水で創られた三本の鎖が地面から伸びて僕に巻き付く。
すかさずもう一人の魔術師が魔法を放った。
「”
「”
鎖の拘束を強制解除して真上に飛び上がる。
杖から撃たれた一筋の雷撃は、地面に直撃して爆発を起こす、その場で倒れていた三人の兵士はバラバラの肉片となって散った。
「どう言うつもりだ! 味方を攻撃するなんて!」
「す、すまない、逃げられないように速い術で仕留めようとしたんだが……」
仲間の兵士に魔術師は胸ぐらを掴まれる。
どうやら各々の判断で戦いを始めたことで統率に乱れが生じているようだ。
僕に対する恐怖が焦りや混乱を加速させているようにも見える。
「ここまでか……お前達はその者を少しでも長くここに留めるのだ! 絶対に逃してはならんぞ! いいな!」
指揮官は馬で西に向かって全速力で駆け出す。
残った三人は覚悟を決めたのか先ほどよりも殺意が強くなっていた。
部下を犠牲にしてでも情報を持ち帰る決断を下したのだろう。
悪くない判断だけど、それを下すのはもう少し早いほうが良かった。
こうなるともう手遅れ。彼らが逃げ切れる確率はほぼゼロだ。
「”
杖を地面に落とすと数え切れない根っこが現れて三人に絡みつく。
締め上げる力はすさまじく、全身の骨を折られながら地面の中へと引きずり込まれた。
うん、やっぱり使い勝手が良いね。範囲も広いし悪くない。
欠点は死体が残らないことかな。よくよく考えてみるとこれって冒険者に向かない術だよね。アンリにはもう一つくらい新しい術を教えておいた方がいいかもしれない。
すでに逃走している指揮官は豆粒ほどの大きさになっていた。
ここから追いかけるのは時間がかかりそうだ。
「そろそろかな」
突如として馬の上から指揮官の姿が消える。
その近くではリルルが何かをかみ砕いており、あまり美味しくなかったのか、ペッと吐き出していた。さらに小太郎が現れてリルルに何かを伝えている。
二頭は逃げていった馬を追いかけて地平線の彼方へと消えていった。
魔族を仕留めるだけで良かったのだけれど、もしもの為に気を利かせてくれたのかな。馬に重要書類を持たせていないとも限らないからね。
「後輩! お前はやっぱり尊敬すべき後輩だよ!!」
ナッシュが僕の身体に抱きつく。
が、すぐにライに引き剥がされていた。
「な、な、なんですか今の戦い!? あんな戦い方、私は誰にも習っていません!!」
アンリは興奮した様子で僕の胸ぐらを掴んだ。
顔は紅潮していて息が荒い。
よほど先ほどの戦闘に衝撃を受けたのだろう。
「あれは僕が考えたオリジナルの戦闘法なんだ」
「遠距離からでも狙い撃ちできるのにどうしてあんな危険な方法をとるんですか!? ロイさんのことですしやっぱり意味があるんですよね!?」
彼女は唇同士が触れ合いそうなほど顔を近づける。
僕は落ち着くように言って身体を少しだけ押し返した。
「君は魔術が最も効率よく威力を発揮できる距離って知ってるかな」
「えっと……十メートルくらいですか?」
「正解は一メートル以内。もっと正確に言えばゼロ距離だ」
「そんなに近いんですか!?」
ギョッとする彼女に、僕はやっぱりそう思うよねと心の中でうなずく。
「魔術と言うのは基本的に発動時が最も強力なんだ。距離が伸びれば伸びるほど弱体化するし必要な魔力量も高くなる。だとすると最も効率の良い戦い方が、どんな風になるかはもう分かるよね」
「じゃあさっきの戦いは魔術師の理想の戦闘方法だったってことですか!?」
「そうなるかな。でも君は真似しない方がいい。あれは僕が苦肉の策で創り出した危うい戦い方。普通の魔術師が同じようなことをしようとしても死ぬだけさ」
あれは
まぁ、近接戦闘のプロフェッショナルが魔術師になったりすれば、もしかしたら可能なのかもしれないけどね。
「しゅ、しゅごい! さすが賢者様、私のような凡人とはもはや生きている世界が違いすぎる! 今日から師匠と呼ばせてください! そして、その偉大なるお知恵を私にお与えください!!」
「待って、土下座なんて止めて! ナッシュ、ライ、イリス! 助けて!」
アンリが地面に頭を擦り付けて土下座する。
その目はぐるぐる回っていてはぁはぁと息が荒い。
おまけに僕の足にすがりついて「ウヘヘ、これが賢者様のお足」とか変なことを呟いてる。
いや、気持ちは分かるよ? 魔術師って知識に貪欲だから驚くような知識を与えてくれる人に対しては、尊敬するし崇拝することもあるくらいだ。
けど、これはちょっと色々なものを振り切っている気がする。
彼女の中で僕がどんな存在になっているのか考えるのが怖くなってきた。
「「アンリ……お前……やっぱり……」」
幼なじみに二人はアンリの変貌にドン引きしていた。
見てないで止めてよ。この子、僕の靴を舐めそうな勢いなんだけどさ。
「ご主人様に迷惑をかけてはいけません。嫌がっていますよ」
「え? あ、ごめんなさい! 興奮しすぎてついうっかり!」
イリスが後ろ襟を掴んでアンリを片手で持ち上げる。
正気に戻った彼女は顔を赤くして僕にペコペコと頭を下げていた。
元に戻って良かった。さっきまでの彼女は常軌を逸していたよ。
するとイリスが何かに反応して遠くに視線を向ける。
(馬に乗った何者かが近づいています。数は三)
(また魔族かな? 彼らに隠れるように伝えた方がいい?)
(いえ、その必要はないかと。どうやら敵ではないようです)
しばらくすると馬に乗った三人の騎士が到着する。
彼らは地面に降りて魔族の死体を確認し始めた。
「報告にあった人数と一致する。あとはもう半分か」
「他の十人もすでに倒していますよ」
リーダーらしき騎士にアンリが歩み寄って話しかけた。
騎士は彼女を見るやいなや片膝を突いて頭を垂れる。
「アンリお嬢様! まさかこのような場所にいらしたとは!」
「楽にして良いわケビン。貴方がなぜここに来たのか事情を聞かせてもらいたいの」
「はっ、最近この辺りで敵国の斥候がうろついているとの情報提供があり、我々騎士団が数日前から巡回を行っておりました。加えて先ほど村に帰還した者の一人が、魔術による戦闘を見たとの報告があり、我々が急ぎ参った次第でございます」
ケビンは兜を脱いで金の短髪と整った顔を露わにする。
それよりもアンリがお嬢様と呼ばれていることに少し驚いている。
ライがさりげなく近寄ってきて説明をしてくれた。
「アンリは領主の娘なのさ。今の領主様は大婆様の孫だって言えば分かりやすいか」
「領主の娘!? と言うかそこも身内なの!?」
「驚くよな。でも事実だから仕方がないんだ。あそこにいるケビンだって俺の兄貴だし」
「えぇ!? お兄さん!?」
ライとケビンの顔を何度も見比べてしまった。
と言うかライは騎士の家に生まれたのか。
年の割には妙に落ち着いていると思っていたからなんだか納得だ。
ケビンは僕の眼前まで来ると一礼する。
「魔族を倒してくださったと聞きました。村を代表してお礼を申し上げたい」
「いえ、僕はほんの少し手伝っただけですよ。本当に活躍したのは彼らです」
振り返るとナッシュとライが恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いていた。
確かに僕とイリスが大部分を倒しはしたけど、そんなことがかすむくらい
「二人ともよくやってくれたな。領主様から何かしらの褒美があるかもしれないぞ」
「「マジかよ! やったぜ!」」
二人は「何がもらえるんだろう」などとウキウキしていた。
僕は気になったことをケビンに尋ねることにした。
「質問なんだけど、領主は娘が冒険者になっても平気なの?」
「普通はそう思われるでしょうね。非常に危険な職業ですから。ですが、ご当主は快くアンリ様を送り出しております。魔術師として名を上げること、それは血筋が優秀であることの証明に他なりません。最終的にはトンプソン家の利益に繋がるのです」
なるほどねぇ。そう言えば貴族の次男や三男は、冒険者になったりするって聞いたことがあったな。強い魔術師として名が広まれば多方面から声がかかりやすいし、良い結婚相手だって簡単に見つかるだろうね。
これに関しては誰でも知っている有名な話があって、かつて下級貴族の三男坊だった男が一流冒険者になって軍にスカウトされたんだ。
その後、彼は階段を二段跳びするように昇進を果たし将軍の地位まで上り詰めた。彼が魔術師として強かったと言うのもあるだろうけど、将軍まで昇ることができた最大の理由は冒険者時代に知り合った人脈なんだ。彼は多くの貴族や豪商を助け、親睦を深めていた。
それに気がついた貴族達は、こぞって我が子を冒険者にするようになったそうだ。以来、冒険者に多くの貴族魔術師が混じるようになったのだとか。
「でも、そうなると領主の祖母があんな家に住んでいるのは不思議かな」
「大婆様のことですね。本来なら領主の屋敷にてお住みになるのが普通なのでしょうが、あの方は高祖母から引き継いだ古き家を、終の棲家と決めておいでなのです。きっと離れられないほどの多くの思い出があるのでしょう」
ケビンは「ひとまず村へご帰還ください」とだけ言って、二人の騎士と魔族の死体を一カ所に集め始めた。
さらに遅れて十人ほどの兵士がやってきて本格的に死体処理が始まる。
もうここで僕らができることはなさそうだった。
その後、僕らは馬に乗って村へと無事に帰還。
酒場で祝杯を挙げ、今日の戦いを夜遅くまで語り合ったのだった。
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