十四話 斥候との戦い1

 甲冑を身につけた五人の男達は馬から降りた。

 一見どこにでもいる普通の人間のように見えるが、その額からは角が生えており、放つ気配は明らかに人間のものとは思えない禍々しさだった。

 僕はすぐに彼らが魔族であることを察する。


 魔族とは一般的に、悪魔デーモンと人間の間にできた者達の末裔のことを指す。

 人間と見分ける為の特徴はいくつかあるが、代表的なのは額の角があること。

 身体能力も非常に高く、基本的な能力は人間の二倍はあるとされているそうだ。


 ただ、人間というのは自分達とは違う異質なものを嫌う傾向があり、それ故に彼らは迫害された長い歴史があった。

 だが、転機が訪れる。

 魔王と名乗る男が現れ国々に向けて宣戦布告したのだ。

 彼は魔族を率いて奴隷となっていた同胞達を救い出した。

 その結果、いくつかの国が滅んだとされている。

 彼らはその後、未開であった西の暗黒領域へと引きこもり、以来千年ほど人間の領域には姿を見せていないとされていた。


 僕は様子を窺いつつライに事情の説明を求めた。


「魔族は西の暗黒領域に引きこもっていたはずよね?」

「らしいな。けど、十年くらい前だったか、いきなり奴らは侵攻を開始した。まず最初にやられたのは最も近い場所にあったエルメダス国。次にバナジャ国。現在はグランメルン王国と戦っている」

「戦況は?」

「こちらが押されているらしい。向こうの戦力が想像以上に強いらしく、王国の兵士達が虫けらように殺されてるとか。敵の斥候がこんなところにまで入り込んでくるくらいだ、かなりヤベぇ状況なんだろ」


 僕がいない間にそんなことになっていたなんて。

 地上から帰還する悪魔デーモン達には時々話を聞いていたんだけどな。魔界では戦争なんて日常茶飯事だったし、僕に伝えるまでもないと思ったのかもしれない。


「見てみろよこの戦果。ここは最高だぜ」


 兵士の一人が掴んでいた何かを仲間達に見せる。

 それは金や銀の貴金属だ。

 兵士達は地面に座ってどう殺して奪ったのかを話し始めた。


「斥候なんてもんじゃないぜアレは。ただの盗賊だ」

「うぐぐ、許さん! 今すぐぶっ殺してやる!」

「バカ、はやまるなって! アンリ、こいつを押さえつけてくれ!」


 ライとアンリは興奮したナッシュを全力で止める。

 あんなものを見せられたら王国民として怒り狂うのは当然だ。

 彼の強い怒りは僕も痛いほど理解できる。

 けど、だからといってむやみに飛び出すのは賛同しない。


「ご主人様、数キロ先から新たな集団が近づいているようです」

「人数は?」

「五名。馬に乗っていると思われます」


 イリスの目には数キロ先の光景がはっきりと見えている。

 人の数倍の五感を有している悪魔デーモンだからこそできる芸当だ。


 それはそうと近づいている五名は、恐らくあの兵士達の仲間なのだろう。

 だとするとここが偵察に出ていた者達の集合地点になっているのかもしれない。

 しばらくすると馬に乗った五名が合流し、先に到着していた五名と笑顔で挨拶を交わす。


「十人になっちまった。このままだとここから動けないぜ」

「あんな奴らぶっ殺せばいいんだ。それで全部解決だろ」

「ほんとナッシュは底抜けのバカだな。相手は王国軍も手こずる魔族の兵隊だぞ。シルバー級の冒険者が挑んだところで返り討ちに遭うのが関の山だろ」

「だとしてもだ! オレは血も涙もない奴らは絶対に許さない!」

「わっ、アンリ、ちゃんと押さえろって!」


 再び走り出そうとしたナッシュを、ライとアンリが押さえつける。


「はぁぁぁ、どうしてこうウチのリーダーは計画もなく突っ込もうとするのかな」

「血筋だろ。こいつのじいさんも昔は同じような無鉄砲だったって、俺のところのばあさんが言ってたぜ」

「そう言えば私のおじいちゃんもそんなこと言ってたかなぁ」


 二人の下では「放せ! オレはあいつらをやっつけるんだ!」とジタバタと暴れている。ナッシュの暴走は今に始まったことではないのだろう。ライもアンリも妙に手慣れていて冷静だ。

 僕は十人を隅々まで観察してから三人に声をかける。


「僕はあの兵士達をここで倒しておくべきだと思うよ」

「こ、後輩! お前はやっぱりオレの気持ちをよく分かってるな!」

「うん、ナッシュの怒る気持ちもよく分かるよ。あの十人をここで逃せばきっと、大きな部隊を連れて戻ってくるに違いないからね。そうなればこの辺りの村や町は片っ端から攻め落とされる」


 魔族がどこまで勢力を伸ばしているのかは僕には分からないが、戦線が西方にあるのは確実だろう。

 だとすると奴らの狙いは北から回り込んでの王都強襲。

 確実に王都を落とせるだけの戦力がこの地に投入されるはずだ。


「ど、どうしよう! 私達の村が!」

「落ち着けって。まだそうなるって決まったわけじゃない」

「でもロイさんが敵が攻めてくるって!」

「あいつらを見逃したら、そうなる可能性が高いって言ってるだけだろ。つまり一人として逃さなければいい。そうだろロイ?」


 僕は笑みを浮かべてうなずく。


「とりあえず僕とイリスで片づけてくるよ。三人はここで――え?」

「うぉおおおおおおおっ!!」


 次の瞬間、ナッシュが二人の押さえから抜け出し猛然と駆けだした。


 素早く剣を抜いた彼は、背中を見せて座っている魔族の一人を問答無用で斬り殺し、すかさず別の相手の首を狙う。

 が、すでに抜かれていた剣に弾かれた。

 ナッシュは魔族の出方を窺う為に一度距離を取る。


「お前ら許さねぇからな! 一人残らずぶっ潰してやる!!」

「んだとこのガキ! 不意打ちで一人殺したくらいでいい気になるな! おい、野郎共、このクソガキと遊んでやれ!」


 指揮官らしき男が八人をけしかける。

 ナッシュは下がりつつも魔族相手に互角に戦っていた。


「しまった……話に夢中で油断してたよ」

「やっぱりこうなるんだ。ほんとバカ」


 ライとアンリは溜め息を吐きつつもどこか嬉しそうだった。

 きっとナッシュは村のことだけじゃなく、殺された赤の他人のことにも怒っているのだ。

 本当に純粋で優しい子だ。ルナの子孫が彼らで良かったと思うよ。


「こうなった以上は加勢に行くしかないね。僕とイリスが数を減らしつつサポートするから君達はナッシュを助けてあげて。きっと彼も二人を待ってるよ」

「だよなぁ。手のかかるリーダーだ」

「どこかにバカが治る薬ってないのかなぁ」


 二人はナッシュを助ける為に茂みから走り出す。

 さて、僕らも行かないといけないね。

 振り返るとイリスが愛馬に指示を出していた。


「小太郎とリルルは逃亡者を始末してください。一人として逃してはいけませんよ」

「ブルルル」

「ガウッ」


 僕らも茂みから駆けだし魔族の元へと向かう。

 すでに二人がナッシュと合流して戦いを始めているが、やはり状況は厳しいように見えた。実力も数も向こうが上なのだから当然か。むしろ遊ばれている感すらある。


(僕が三人をサポートするから君は敵の数を減らしてくれるかな)

(かしこまりました。彼らが倒せるだろう者のみを残します)


 さすがは僕の右腕だ。よく分かっている。

 実は僕はこの機会を、赤ノ牙レッドファングの実戦訓練にしようと考えていたんだ。

 せっかく必殺技を教えても扱いきれないんじゃ意味がない。どこかで実践があれば良いなぁ、なんて少し考えていた矢先の出来事だったからちょうどよかったんだ。アンリも遠慮なく新魔術を撃てるだろうし、やっぱりベストタイミングだと思う。


 それと平行して、魔族がどの程度の戦闘力を有しているのかを調べるつもりでもある。

 実は魔界では魔族はほどほど弱いと噂されていた。

 けど、それは悪魔デーモン基準の話であって、実際はどれくらい戦えるのか僕にも分からないのだ。なので今回はその噂が正しいのかの確認を行うつもりだ


「くそっ、剣圧が強すぎて押される!」

「どうした人間のガキ。威勢良く出てきたはいいが、これじゃあいつまで経っても俺達を倒せないぜ。そうそうその顔、その悔しさにゆがむ表情が好きなんだよ」


 剣と剣が甲高い音を立てて交差する。

 ナッシュはいつしか相手の斬撃を受けるだけで精一杯の状態となっていた。

 二人の間に割って入るようにライが槍を突く。

 男は後方に跳躍して躱すとニヤニヤする。


「アンリ、あいつの動きを止めてくれ!」

「分かったわ! 大地に住まう新緑の住人よ、我が命に応え、敵なる者の自由を奪いたまえ。”草拘束グラスバインド”!!」


 男の足下に生えている草が急速に成長して手足を縛る。

 だが、男の後方にいる杖を持った男がすかさず呪文を唱えた。


「清き浄化の炎よ、我が命に応え、その身を縛り付ける鎖から解放したまえ。”解錠アンロック”」


 拘束していたはずの草は一瞬で灰と化す。

 敵の対抗魔術にアンリは少し戸惑った様子だった。


「戦い慣れてる……拘束をこんなにも早く解いてしまうなんて」

「くくくっ、お嬢ちゃんはどうやら魔族の魔術師と戦うのは初めてのようだな。だったらこんなことができるのも知らないだろう”岩人形ロックゴーレム”」


 魔術師の男の足下が盛り上がり、地面から三メートルほどの岩でできた人形が出現する。

 ただ、その身体は四角い大小の岩が寄り集まってできたような雑なものだった。

 ドシンッと重い足音を響かせてゴーレムは三人に立ち塞がる。


「まさか無詠唱!? 魔族は兵士レベルでそんな高等技術が使えるの!?」

「ははははっ、驚いただろう! たいていの人間は無詠唱ができると知って腰を抜かすんだ! こんなもの魔国では当たり前なのにな!」


 ゴーレムが立ちすくむアンリに拳を振り上げる。

 ナッシュが守るようにして前に出るが、ゴーレムの拳を受け止めた彼は、弾き飛ばされて地面を転がった。


「ナッシュ!?」

「愚かな。ゴーレムはあのオーガと互角に殴り合える強さを誇っているのだぞ。人間のガキごときに防げると思うな」


 ゴーレムが再び拳を振り上げる。

 だが、下ろされた拳は突き出された槍の矛先によって砕け散った。

 アンリの前で槍を華麗に回転させてから構えたライは、どうだと言わんばかりにニヤリとする。


「ゴーレムを傷つけただと!?」

「俺達を簡単に殺せると思うなよ。こっちにだって切り札くらいあるんだよ。それをこいつに見せてやれナッシュ」

「でりゃぁぁああああああっ! 食らえ、岩斬撃!」


 高く跳躍したナッシュは身体ごと剣を振り下ろす。

 頭から股にかけて刀身は通り抜け、ゴーレムは一刀両断された。

 ナッシュの剣は赤いオーラを放っていたが、まだまともに持続できないのか元の状態へと戻ってしまう。

 イリスが伝授した必殺技『魔闘術』である。

 簡単に言えば魔力を物理的な攻撃力に転化したものだ。


「あり得ない! 人間のガキがゴーレムを一撃で倒せるはずが……!?」


 魔術師の男は後ずさりする。

 そして、トンッと背中が僕の胸に当たった。

 勢いよく振り返った彼は、僕の顔と後ろに広がる光景に絶句する。

 そこにはすでに死体となった仲間達の山があったからだ。

 僕は彼ににっこりと微笑んだ。


「ご主人様、こちらはあらかた片づきました。魔族というのでそれなりに戦えるのかと思っていましたが噂以上に雑魚でした」

「うん、ご苦労様。しょうがないよ、悪魔デーモンの血を引いていると言っても何世代も前のことだし。もうほとんど人間みたいなものだね」


 イリスは双剣を静かに鞘に納める。

 僕の足下にはナッシュ達と戦っていた剣士が倒れていて、その胸にはぽっかりと大きな穴が空いていた。

 魔術師の感情は驚きから次第に恐怖へと変化する。

 彼は悲鳴を上げてこの場から逃げ出した。


「おい、待て! オレと戦えよ!」

「諦めろナッシュ。あれはもう戦えるような状態じゃない」

「でも逃すと不味いんだろ! 追いかけて殺さないと!」


 三人は僕の顔を見る。


「大丈夫だよ。最悪、小太郎とリルルが追いかけてくれる。けど、そうなる前にアンリが仕留めればいい」

「あ、新魔術ですね」


 小さくなって行く魔術師の背中。

 彼は何度も何度も振り返ってこちらの様子を確認していた。

 その顔は距離が開くにつれて笑みへと変わる。

 このまま逃げおおせると思っているようだ。


「偉大なる新緑の住人よ、我が命に応え、敵なる者を大地にへと還したまへ。”緑獄殺グリーンパラダイス”」


 アンリが杖先を地面に落とすと、草原の植物達がざわざわと揺れ始めた。

 逃げ続ける魔術師の周囲の地面から大量の根っこが露出し、彼の身体に次々に巻き付いてゆく。


「ひぃ、なんだこれ!? 誰か助け――!?」


 根っこは魔術師を地面の中へと引っ張り込み、最後には頭部も飲み込まれて声すらも聞こえなくなってしまった。

 あれこそ僕がアンリの為に創った新魔術である。

 きっと彼はこの辺りの貴重な栄養源となってくれることだろう。


「なんだあの魔術……凶悪すぎるだろ……」

「植物が怖いって思ったのは初めてだ。俺達が教わったものよりもよっぽど必殺だぞ」


 ナッシュとライは戦々恐々としていた。

 成功したアンリはぴょんぴょんと跳びはねてはしゃいでいる。


「見ましたかロイさん! 大成功ですよ!」

「上手くできたね。魔力消費はどうだったかな」

「言っていた通り威力に対して消費が驚くほど少ないです! こんな低コストの魔術を簡単に作ってしまうなんてさすが賢者様です!」


 彼女の切り札を見た時から気になっていたんだ。

 魔力消費が大きすぎるんじゃないかってね。

 あの程度の魔術で半分以上も持ってかれるなんてどう考えても割に合わない。だから僕は彼女の為に、より使いやすくより高威力の術を開発したのだ。


「ご主人様、どうやらこの者達だけではなかったようです」


 イリスの言葉を受けて視線を向けると、数百メートル先に馬に乗った十人の兵士の姿が見える。

 なるほど、斥候部隊は全部で二十人いたのか。

 どうりでいつまでも十人がここから離れなかったわけだ。


「いいよ、彼らは僕がかたづける」


 風の魔術を発動させると身体がふわりと浮いた。

 そして、一気に加速。

 超低空飛行のまま滑るように僕は魔族へと向かった。


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