六話 先輩と親睦会

「――それで命からがら逃げてきたと言うことでしょうか?」

「違うって! 何度も言ってるだろ! ブロンズ級のこいつが倒したんだよ!」

「何度も言っていますが、さすがにそれは無理のあるお話ですよね。今日登録したばかりの若くて経験もない彼がオーガを倒しただなんて。それも一撃で。信じろという方がどうかしています」

「あー、くそっ、なんで嘘だって決めつけるんだよ!」


 頭をかきむしるナッシュにライとアンリが深いため息をつく。

 僕とイリスはやりとりを見ながら、いつ終わるのかと思いながらあくびをしていた。


 すでに依頼達成の報告は済んでいる。

 報酬も受け取っているが、最初に予想していた通り微々たる金額だった。

 そこまではいい。今回の仕事は冒険者のいろはを覚える為のもので、本格的に稼ぐような内容ではなかったのだから。


 問題はナッシュがギルドの職員にオーガとの遭遇を報告してからだ。


 途中までは職員も彼の説明を熱心に聞いていたのだが、僕がオーガを倒したあたりで職員の表情は変わった。

 そこから妙に質問が増えて、あら探しのようなことが始まったのだ。

 で、現在は職員とナッシュの話は平行線を辿っているというわけだ。


「こいつはスゲぇ後輩なんだよ! どうして信じてくれねぇんだ!」

「私は客観的に言っているだけです。たとえば経験豊富な騎士が冒険者に登録したとしましょう、それならオーガを討伐したとしてもなんら不思議なことはありません。ですが彼は前歴もない若輩の魔術師です。これのどこに納得できる要素がありますか」

「シルバー級のオレがロイの強さを保証してやるよ。それならどうだ」

「それは何かの冗談ですか。たかがシルバー級で新人の実力を保証だなんて。そう言うのはミスリル級かオリハルコン級になってから言ってください」

「ぐぬぬぬ、シルバー級を馬鹿にしたな!」


 そろそろ不味い。今にも本格的な喧嘩を始めそうだ。

 ナッシュが剣の柄に手をかけようとしたところでライが彼を羽交い締めにする。


「落ち着けって。職員相手に喧嘩してどうするんだよ」

「止めるなライ! こいつはシルバー級を侮辱したんだ! 死をもって償わせる!」

「バカ。そんなことしたらお尋ね者になるだろ。と言うか証拠があるのを忘れてないか」

「――!? そうだった!」


 ナッシュは背負っていたリュックから、四つの塊を取り出してカウンターに置いた。

 それはオーガの手足だ。僕がほとんど吹き飛ばしてしまったので、拾えるものといえばそれくらいしかなかったのだ。


「まさか……!?」

「どうだ、これでオレの言っていることが事実だと分かっただろ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるナッシュに女性職員は冷や汗を流した。

 どうでもいいけどいつまでこのやりとりが続くのだろう。

 そろそろどこかで夕食をとりたいのにさ。


「お腹が空きました。彼らは放置してどこかに行きませんか」

「そうしたいのは山々なんだけど、ナッシュ達とはまだ話したいことがあるんだよね。悪いけどもう少しだけ我慢してくれないかな」

「ご主人様がそうおっしゃるなら待ちますけど……早くしてくださいね」


 イリスはそう言ってから窓の外を覗く。

 すでに夕暮れ時で窓からは茜色の光が差し込んでいた。


「申し訳ありませんでした! お客様を疑うような真似をしてしまうとは!」

「ふふん、信じてもらえればいいんだよ。何せオレは心の広い冒険者だからな」

「ではすぐにでもオーガ討伐の依頼を達成した、と言うことで処理させていただきます」


 職員は建物の奥に消える。

 数秒後に戻ってくるとカウンターに金貨が二枚置かれる。


「おい、尊敬すべき後輩。お前の報酬だぞ」

「ちゃんと名前で呼んでくれないかな。それ、すごく恥ずかしいんだよね」


 僕はカウンターに置かれた金貨を受け取る。

 ナッシュはうんうんと何度もうなずいて嬉しそうだった。


 別に僕はオーガの報酬なんてそこまで求めていなかったんだ。

 成り行きで倒しただけだし放置してもいいかななんて思ってた。

 

 そう言うとナッシュ達に怒られる羽目となってしまった。

 ギルドに報告すれば評価も上がるし報酬だってもらえる。

 ここで捨てるのは勿体ないと。

 で、結局ナッシュがギルドと話をつけることとなり、こうして僕の手には報酬が握られることとなった。


「ありがとうナッシュ先輩。感謝するよ」

「おおおおっ、後輩! もっともっと尊敬してくれて構わないからな! オレもお前のことは沢山尊敬するぞ! これからもお互いに尊敬し合える素晴らしい関係を築いていこうぜ!」

「あ、うん、とりあえずしがみつくのはやめてくれないかな……」


 ライに引き剥がされたナッシュは「後輩、後輩!」と喚いている。

 一体どこからそんな情熱が湧き起こるのだろう。不思議な人物だ。


 とりあえず僕らは親睦もかねて食事に行くことにした。



 ◇



 満席状態の酒場。店内には胃袋を刺激する美味しそうな匂いが充満する。

 がやがやと冒険者らしき客達が、馬鹿話をしながら食事と酒に舌鼓を打っていた。


「カンパーイ」


 カチンとジョッキを打ち合わせて僕らは親睦会を開始した。

 テーブルには鳥の丸焼きなど山盛りのスパゲッティなどが並べられている。

 すでにナッシュとライの皿は料理で小山のようになっていて、二人は夢中で口に詰め込んでいた。


「二人とも落ち着いて食べようよ。今日はロイさんやイリスさんがいるのにさ」

「はははやほう、ふえふほひひはへはほはいほ!」

「ほうはほうは! はっふはひひほほふうは!」


 ダメだ。何を言っているのかさっぱりだ。

 イリスはと言うとフォークをひたすらにくるくると回して、スパゲッティと格闘していた。その表情は真剣そのものだ。


「これは……難しいですね。どのタイミングで口に入れていいのか分かりません」

「ふふっ、イリスさん。そんなに沢山巻いちゃ食べられないですよ。ほんの少し巻き取るだけでいいんです」

「なるほど。人間界の食べ物は技術が必要なのですね」

「人間界?」


 僕とイリスはハッとする。

 油断してぽろっと漏らしてしまったようだ。

 僕は苦笑いをしながらイリスに注意した。


に挑戦する食べ物って言いたかったんだよね。言い間違えるなんていけないよ。イリス」

「申し訳ありません。そのような間違いをするとは恥ずかしい」


 冷や汗を流しつつ僕とイリスは笑い合う。


「そう……なんだ。でもここは普通の酒場だから、人間の限界に挑戦できるような料理は出していないと思うけど……でもスパゲッティって考えてみれば、どこまで巻き取れるんだろうって思ったりもするし。ある意味では限界に挑戦してる……?」


 都合の良いことにアンリは一人で物思いにふけり始めた。

 なんとか誤魔化せたようだ。危なかった。


「うっかり口を滑らせてしまいました」

「頼むから気を抜かないでくれ。僕らが魔界から来たことは秘密なんだからさ」


 魔界帰りだってバレたらどんな扱いを受けるか分かったものじゃない。

 それにイリスの正体は絶対に隠さなければならない。

 この世界において悪魔デーモンとは強力ななのだ。

 野放しになっているなんてしれたら人々はきっと放ってはおかない。


「ところで僕から少し聞きたいことがあるのだけれどいいかな」


 ゴクンッと食べ物を飲み込んだナッシュが「聞きたいこと?」ときょとんとした顔をする。


「実は王都で人を探しているんだ。マグリスと言う名前の人達なんだけど、君達の中で心当たりがある人はいるかな」

「それは一族ってことだよな?」

「うん。どんな相手でもいいから、知り合いにいたら教えてほしい」


 三人はしばらくの間、腕を組んで記憶を掘り返す。


「俺の方にはそんな名前の奴はいないな」

「私も」

「オレもだな」


 なんとなくそんな気はしてたけどやっぱりか。

 まぁ、そう簡単に見つかるとも思ってなかったから別に落ち込むこともないさ。


「そのマグリスって言うのは後輩の家族なのか」

「そうだね。遠い昔にね、離れてしまって以来どこにいるのかも分からないんだ」

「家族と離ればなれなのか……」


 僕の人生最大の後悔は家族を人間界に残してきたことだ。

 だから僕はどんな形でもいい、家族と再会したかった。


 バンッとテーブルを叩いてナッシュが立ち上がる。


「オレが後輩の家族を探してやるよ!」

「へ?」

「こう見えて俺達、赤ノ牙レッドファングは顔が広いんだぜ! 後輩の家族くらい簡単に見つけてやる!」


 思わぬ申し出に間の抜けた顔をさらしてしまった。

 するとイリスがクスクスと笑う。


「ご主人様のそのようなお顔、久しぶりに見ました」

「やめてくれイリス。僕だって全てを予測できる存在じゃないんだ。騙されることもあれば不意打ちを食らうことだってある。知人の突然の申し出に驚くことだってね」


 でもこれは渡りに船かもしれない。

 僕は王都での協力者を探していた。

 それも信用できて、王都に詳しく、情報収集に長けている人材を。

 冒険者である彼らなら、情報を集める能力はそれなりにあると予想できる。

 悪くないと思う。少なくとも情報を提供してくれる相手は多いに越したことはない。


「じゃあ好意に甘えようかな。もちろん有力な情報を提供してもらった時はそれなりの報酬も支払うつもりだ。どうかな」

「それでOKだぜ。それともう一つ条件を付けていいか」

「内容次第かな」

「オレ達を鍛えてくれ」


 ……鍛える? 僕が彼らを?

 ナッシュは話を続ける。


「お前らスゲぇ強いんだろ。だったら技の一つでもいいから伝授してくれねぇか。オレ達はこのままシルバー級で終わりたくない。出世して沢山の金を稼ぎたいんだ。なぁ、頼むよ」

「いや、でも……」

「ほんの少しの間でいいからさ! 後輩!」


 抱きついてお願いする先輩に呆れてしまう。


「分かったよ、それじゃあ君達にそれぞれ必殺技を伝術する。それでいいかな」

「おおおおおっ! 必殺技! ありがとう尊敬すべき後輩!」

「ちゃんと名前で……もういいや。好きに呼んでよ」


 ダメダメな先輩だけど憎めない性格をしてるから怒れないや。

 あれだ、昔のライオットを見ているようで、つい世話を焼いてしまうのかもしれない。あの子はしっかりと王様をやっているかな。心配はしていないけど気になってしまうよ。


 僕らは適当なところで親睦会を終わらせて解散した。



 ◇



 屋敷に帰還した僕とイリスは、早速それぞれの部屋で就寝する。

 久しぶりのふかふかの布団は気持ちが良くて、すぐに眠気に襲われてしまった。


「…………」


 僕の意識は一気に浮上した。

 どこからか視線を感じたからだ。

 

 これは……殺気?

 

 じっとりと張り付くような殺意がこちらに向けられている。

 人間界こちらで敵になるような存在なんていただろうか。

 全く記憶にない。だとすると知らない敵だ。


 それはそうと殺気も隠せないなんて……。

 いや、違う。これは威嚇しているのだ。

 理由は分からないが、潜んでいることを隠すつもりはないようだ。


 しばらくすると殺気は消えた。

 今夜は襲撃しないつもりのようだ。

 何者だろう。思い当たる節といえばこの屋敷だ。

 前住人が家財を置いて売り払った原因だろうか。


 近々この屋敷を徹底的に調べた方がいいかもしれない。

 僕は再びまどろみへと沈んでいった。


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