四話 冒険者デビュー

 二人で歩いていると『冒険者ギルド』と言う看板を発見する。

 そこは木造の大きな建物で、大勢の冒険者らしき人間が中へと吸い込まれるように入っていた。


「ここで冒険者というのになれるのですね」

「らしいよ。僕も聞いた話だから本当かどうかまでは分からないけどね」


 ギルドに入ると女性職員の並ぶ大きなカウンターが目に入る。

 その次に大きな掲示板。べたべたと何枚も紙が貼られていて、人々はそれを見ながら話し合っていた。

 僕らは空いているカウンターへと顔を出して職員に声をかけた。


「登録をしたいのですが」

「二名様でよろしいでしょうか?」


 職員はすっと二枚の紙を僕らに差し出した。

 内容を見るとどうやら個人情報を記載しなくてはいけないらしい。

 名前、性別、年齢、使用する武器、その他の職業、爵位などなど。

 埋められる場所は埋めて僕とイリスは職員に紙を提出した。


「はい、確かに。それでは冒険者の証を作成しますので少しお待ちください」


 席を立った職員は建物の奥へと姿を消した。


「しかしよろしかったのですか。年齢を十七にして」

「正直になんて書けないよ。実際の僕は百十五歳だし、君も九十五歳じゃないか。どう考えたって怪しまれる」

「年齢を詐称しなければならないとは人間界は面倒ですね」


 やれやれと首を横に振るイリス。

 僕だって嘘はつきたくないけど今回ばかりは仕方がない。

 無駄な混乱を招いたところで得られる物は何もないからだ。


「お待たせいたしましたぁ。これが冒険者の証です。できれば無くさないでくださいね、再発行は料金がかかりますので」


 職員から受け取ったのは銅色の金属プレートだった。

 これこそが冒険者の証だ。

 表面には先ほど紙に記載した情報が記されていて、これだけで身分証明書とすることができる。

 

 僕らは職員から階級について説明を受けた。

 冒険者はギルドからの評価によって階級が決まるそうだ。

 

 下からブロンズ級、シルバー級、ゴールド級、ミスリル級、オリハルコン級と階位がもうけられていて、上がるほどに報酬も多くなるのだとか。ようするに儲けたければ昇進しろと言うことである。


「掲示板は自由に見て構いませんが、受けられる依頼は現在の階級のみとなっています」

「もしブロンズの僕が、勝手にゴールドとか受けたりしたらどうなるのかな?」

「別に罰則とかありませんよ。死んでも自己責任になるだけですから。止めるのはあくまでもギルドからの良心であって、上の階級を受けたからといって何かが駄目ってことではないんですよねぇ。でも、もし成功すれば評価は変わると思いますけどね」


 ふーん、じゃあ僕がゴールド級やミスリル級の仕事を受けても問題はないんだな。案外、予想よりも早く安定した生活を手に入れられそうだ。


「と言うわけでギルドから最初の忠告をしておきます。北の森では最近、オーガが度々出没していますので、依頼を受ける際は充分に気をつけてくださいね」

「分かったよ。忠告ありがとう」


 僕らは早速、掲示板へと移動して張り出されている依頼を眺めた。


「どれも雑魚ばかりのようですね。あのオークがブロンズ級では最も高額な報酬のようですし」

「みたいだね。面倒だし一気にゴールド級でも受けちゃおうかな」


 二人でこそこそと話をしていると、誰かが僕の肩をポンポンと叩く。

 振り返ると三人組の若い男女がそこにいた。


「さっき登録したんだろ。だったらシルバー級であるこのオレが色々教えてやるよ」


 リーダーらしき背の低い生意気そうな少年が、意気揚々と僕にそう言った。

 

 歳はだいたい十五歳くらいかな。

 茶色の短髪に頬に刻まれた大きな傷が特徴的で、背中に背負った少し大きめの剣が妙に目をひいた。

 革製の胸当てやその他の防具を見る限り、なかなかよく使い込まれている。

 口だけでなく実力もそれなりにあるのだろう。


「ごめんなさい。ウチのリーダー、バカだからすぐに人に声をかけちゃうんですよ」

「誰がバカだ! 撤回しろアンリ!」

「まぁまぁ、そういきり立つなよナッシュ。バカは事実だろ」

「ライ! お前まで!」


 アンリと呼ばれた少女は魔術師なのか杖を握っており、若草色のローブを身に纏っていた。

 肩ほどの黒髪に比較的整った容姿は、美少女と言っても差し支えない。

 ローブを押し上げる胸はかなりのもので、ついそちらに目が行ってしまうほどだ。


 ライと呼ばれる少年は落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

 金の長髪は額の辺りで分けられ、程よい垂れ目が彼をハンサムに見せる。

 主に使っている武器は槍らしく、右手には使い込まれているであろう鋼の槍が鈍く光を反射していた。

 

 こちらはたたずまいから実力を察することができる。

 飄々とした隙だらけの空気を漂わせているが、その実まったく油断を見せていない。魔界でもこういった奴はくせ者が多かった記憶があるな。


「色々教えてくれるというのは?」

「そりゃあもちろん依頼に同行して指導してやるんだよ。オレは面倒見の良い先輩だからな。いざって時は可愛い新人を守ってやる」


ナッシュと呼ばれる少年は自信満々にそう言った。


「えっと、それは君にどのような利益があるんだ?」

「そんなことも分からないのかよ。お前さてはバカだな」

「……バカなので教えてもらえないかな?」

「ふふん、しょうがないな。たとえばオレが後輩を助けたりしたら尊敬されるだろ。すると後輩は憧れのオレに追いつこうと努力する。立派な冒険者になった暁には、きっと恩返しをしてくれるはずだ。その後輩にオレは『フッ、そんなものは必要ない。オレはお前の先輩だからな』って言うんだよ。格好いいだろ」


 えーっと、全然話が分からない。

 後々の後輩からの恩返しを期待してるってことでいいのかな?


「ごめんなさいっ! 彼、本当に底抜けのバカで! 単純に慕ってくれる後輩が欲しいからってだけなんです!」

「あ、そう言うことか。なるほどね」


 イリスを見ると呆れた表情だった。

 気持ちは分かるけど本人の前でそんな顔はしちゃ駄目だよ。


「とりあえず話は分かったよ。君達の言う通り僕らはさっき登録したなかりで、冒険者というものがまだよく分かってないんだ。もし良ければなんだけど、色々と教えてもらえるととても助かる」

「おおおおっ! 後輩!」

「え!? え!??」


 ナッシュがいきなり抱きついてきて感動する。

 僕は頭の中は疑問符で埋め尽くされた。


「悪いな。話に乗ってくれた後輩は君達が初めてなんだ」

「な、なるほど……」



 ◇



 僕らは王都の北にある森に来ている。

 受けた依頼はゴブリン退治。

 ブロンズ級の最も簡単な仕事の一つである。


「いいか、どんな仕事でも油断は禁物だ。確かにゴブリンは魔獣の中でもダントツに弱い。けど、冒険者っていうのはそれだけと戦うわけじゃないんだ」


 ナッシュが先頭を歩きながら説明をしてくれる。

 彼らは『赤ノ牙レッドファング』と言う冒険者パーティーらしい。

 シルバー級冒険者としてそこそこ名を売っているのだとか。


「たとえば今回みたいにゴブリンを討伐目標として森に入るとする。けど、実際にはゴブリンと遭遇する前にオークと戦うことになるかもしれない。だから冒険者っていうのは、常に想定する敵の二倍以上の敵と戦う準備をしておかないといけないんだ」

「質問だけど、もし勝てないと分かった時はどうすればいいのかな」


 ナッシュは魔術師であるアンリに目を向けた。

 すると彼女は懐から一枚の紙切れを取り出して僕に見せる。


「勝てないと判断した時は『身代わり人形スケープゴート』を使用します」

身代わり人形スケープゴート?」


 初めて聞く魔術だった。

 それも当然で、僕が魔界で習得した魔術は悪魔デーモンしか知らないような特殊なものであり、人間界の魔術は全くの無知なのだ。

 なので僕はアンリの説明する魔術に興味津々だった。


身代わり人形スケープゴートは遠隔操作と幻覚を組み合わせた魔術です。人の形にした魔符を放つことにより、敵の注意を逸らして逃走可能な状態を作り出します」

「なるほど。それで魔符というのは?」

「魔力に反応する特殊な文字が刻まれた紙のことをそう呼んでいます。あれ? でも、魔符に関しては魔術師なら知っていて当たり前の知識ですよね? ロイさんは私と同じ魔術師だと思ってましたけど……もしかして違ってました?」


 あ、ヤバい。変な質問をしちゃったみたいだ。

 どうにかごまかさないと。


「えーと、僕の師匠は面倒くさがりでさ、攻撃魔術は一通り教えてくれたけど、それ以外は自分で勝手に調べろって人だったんだ。だから魔符のことも初めて聞いたと言うか」

「その気持ちすっごく分かります! 実は私の師匠もぜんぜん教えてくれない人でして、弟子そっちのけで自分の研究のことばかり! ほんと酷いですよね!?」


 うん、なんとかなったみたいだ。

 ただ彼女の言葉は僕にはちょっと耳が痛いかな。

 さっき僕が話した内容って、僕が弟子にしたことなんだよね。

 そのせいでずいぶんと怒られたし今でも時々そのことでイジられたりする。

 

 ちらりとイリスを見るとジト目で見られていた。

 分かってる、反省してるからもう許してよ。


「その身代わり人形をちょっと見せてもらえるかな」

「いいですよ。あ、注意しておきますが、見ただけじゃこれは習得できませんからね。身代わり人形エスケープゴートは、上級魔術師が覚えるような難易度の高い術なんです」

「みたいだね。思ったよりも術式が複雑だ」


 紙には書かれた呪文の他に、複雑に絡み合う

 うん、なるほど。こういうことか。

 僕は紙をアンリに返してお礼を言った。


「ところでロイさんってあの子と付き合っているんですか?」

「ん? ああ、イリスのことかな。同じ村の幼なじみってだけだよ。僕らは苦しい家計を少しでも助ける為に冒険者になったんだ」

「わぁ、私達と同じですね! 実は私達も同じ村の出身で、しかも同じ理由で王都にやってきたんです! なんだかすごく親近感を覚えますよ!」


 アンリは笑顔で僕の手を掴んでぶんぶんと上下させる。

 同じ境遇の後輩ができて嬉しいって感じかな。

 ただ、申し訳ないけど全部嘘なんだよね。ちょっぴり良心が痛むよ。


「マジかよ! 双剣使いなんて初めて見た!」

「そこまで驚くようなことではありません」

「いやいやいや、双剣使いなんてもう絶滅寸前だよ! いやぁ、俺も剣が使えたらイリスちゃんに手取り足取り教わりたかったなぁ!」


 ライのはしゃいでいる声が聞こえる。

 視線を向けると、イリスの隣でヘラヘラとだらしない笑みを浮かべていた。

 先頭を歩いていたナッシュが不機嫌な顔で振り返った。


「剣が二本使えるくらいでいい気になるなよ! オレだって双剣使いになろうと思えばなれるんだからな!」

「なんだなんだ、イリスちゃんに嫉妬か? 自分が一本しか使えないからって、冷たく当たるのはみっともないぜ。しかも可愛い女の子にさ」

「ちが、ちがう! あー、くそ、先輩の威厳が!」


 ナッシュはくしゃくしゃと両手で頭をかきむしる。


「戦いに得物の優劣は関係ありません。結果が全てです。ようはナッシュの剣が私より勝っていればいいだけの話」

「だよな! いいこと言うじゃん! オレの剣は双剣に勝るってことだ!」

「下に見られているのにも気がつかないのかよ。マジでナッシュはバカだな」


 彼らと一緒にいるのはなかなか楽しい。

 最近ではこう言った対等な触れ合いは少なかったからな。

 そう思うと魔界に残してきた友人達が恋しくなってしまう。

 彼らは元気にしているだろうか。


「そろそろゴブリンの狩り場へ着きそうだ。準備はいいか」


 表情を引き締めたナッシュが僕らに声をかける。

 暗に油断するなと言っているようだ。

 

 彼は背中から体格に似合わない大きめの剣を抜いた。

 ロングソードだろうが、彼が持つと大剣にしか見えないな。

 アンリも杖を握りしめ、ライも真剣な表情をしている。


 僕らは身を低くして草むらを進んだ。

 視界には森の開けた場所で、肉をむさぼる四匹のゴブリンが見える。

 身長は一メートルほどで体色は濃い緑。

 腰にぼろ布を巻いているだけの簡素な姿だった。


「背後はオレ達が守る。お前らはあいつらを仕留めてこい」


 ナッシュの言葉に僕はうなずく。

 するとイリスが双剣を抜いて僕に声をかけた。


「あの程度の敵を相手に、ご主人様が動かれる必要はありません」


 茂みから飛び出したイリスは、一瞬で四匹のゴブリンを両断した。

 その様子にナッシュ達は呆然としていた。


「……もしかしてイリスちゃん、めちゃくちゃ強い?」

「そんなレベルには見せませんでしたけど!? 全く動きが見えませんでした!」

「嫌だ! 後輩の方が強いなんてオレは認めない!」


 そんなことを言い合う三人を放置して僕も茂みから出る。

 ゴブリンの死体に近づいて、討伐証明の左耳を四匹分ナイフで切り落とす。


 討伐証明はギルドに提出する、依頼を達成した証である。

 これをギルドに見せることによって、報酬が支払われるシステムとなっているそうだ。

 加えて冒険者はこの時点で素材の採取もしなくてはいけない。素材となる部分は魔獣によって様々ではあるが、集めておくとギルドで買い取ってもらえるらしいのだ。お金が欲しい時はやっておいて損はないだろう。


「こんな雑魚を相手にするくらいなら、ゴールド級の依頼を受ければ良かったですね」

「まぁいいじゃないか。彼らと知り合えたことが今回の収穫みたいなものさ」

「ご主人様がそう言うのなら私は別に構いませんが……後々に辛い思いをされないか心配です」

「うん? 辛い思い?」


 僕は小首をかしげる。

 すると、不意に女性の叫び声が聞こえた。


「きゃぁぁああああああっ!?」


 すぐに声のした方へと目を向ける。

 そこにはナッシュの首を掴んだオーガがいた。


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